はなのくに ③
女王はひとり、真っ直ぐに前を見据えて山の中を歩く。
荒れた森ではなかったけれど、さすがは花の国と言うべきなのか、森は色とりどりで、蔦が長く、そして深く、そしてなによりも多くの植物が生い茂っていた。その植物の多さからか、その道は途方もなく長い道のりであるように感じられた。
それでも女王は緑の根を抱えて、先へ、先へと進んでいく。
そうしていくうちに日は一度落ちてしまい、今日はここで休憩ということにした。
変調が訪れたのは、その夜のことだった。急に苦しそうに呼吸が荒くなりはじめたのである。
「なにこれ、なんだか、胸が苦しくて、とても眠く……」
ハッと女王は気が付く。気が付くのが遅かった。ここまで自分は迂闊にも、蜜を持たずに城を出てしまったということ。そして、濃淡のまだら模様が自分の体にも現れていること。さらに、恐らく、周囲に植物が多いこの状況では、町民たちを誘った眠りの力も強いということ。
「どうしたら……いいの?」
そこで女王は意識を失った。
その頃、少女は苦しみながら、眠っていた。まるで全身に鞭を打たれるような強い痛みが、波がやってくるように襲ってくる。見れば、濃淡のまだら模様はより広く、濃く広がっていた。女王のことが心配でならないが、今はそんな場合ではなかった。
わたしはこのまま死んでしまうのかしら?
そう思った時、いろんな人の顔が頭を過った、山羊さん、優しい青犬さん、白狼さん、赤の魔女さん、女王さん。
そうした後にふと恋しくなったのは、頬が落ちる程美味しかったパンケーキではなく、あのパンケーキの後に飲んだ蜜の味だった。あの滑らかで優しい味。ふと、なにかが、少女の頭にひっかかる。
あの時、自分の身体が動かなくなった時、濃淡のまだら模様は、広がっていたけれど、薄まっていなかったかしら?
お城の人に頼んで、あの蜜を持ってきてもらう、それを一気に飲み干してみる。それが喉を通って体に浸透していく、見れば、まさしく自分の身体の濃淡のまだら模様は薄く、範囲も狭くなっていた。申し訳ないとは思いながらもおかわりをする。飲めば飲むほど、まだら模様は消えて、身体の痛みが消え、身体が動くようになる。
そうなってようやく、女王さんのことを気に掛ける余裕ができた。
「お願い、もう一度……」
少女はそう念じて水晶に力を込める。
すると、そこには、身体を濃淡のまだら模様に浸食され、気を失っている女王の姿が映し出された。
「行かなくっちゃ!」
そう言うと、少女は、自分が持てるだけの蜜を持って城を飛び出した。