おおかみのくに⑦
少女たちが姿を現れしたのは、赤犬の家の近くにある街はずれの草原だった。
ぷっ、と魔女が噴き出す。
「あっはははは、あなたたち、見た?あの裁判長の顔!結局フタを開けてみればこんなものなのよ!情けないったらなかったでしょう?もしかしたら、この国の情勢も少しだけ変わるかもね」
釣られて、青犬も笑った。
「確かにな!ケンケン。あんな顔、一生に一度見られるかどうかだぜ、あんなのは」
少女もくすくすと笑う。
「最初に見たこわーいイメージとはかなり違ったわね、あはは」
そうしてひとしきり笑った後、魔女が少女に向き直った。
「青犬さんに回りくどいって言われたことなんだけれどね、さっきも言ったけれど、今のあなたは水の中をたゆたう葉っぱのようなものなの」
真剣な表情になった魔女に釣られたのか、少女は真剣なまなざしを返す。
「きっと、あなたのこれから行く先には、あなたが本当に得たいものを得るための、たくさんの困難……壁が待ち構えていると思う。あなたのその勇気と、機転と、なによりもその真っ直ぐな魂が、あなたを導いてくれるはず。それが、例え、壊れてしまっていると、到底辿り着けないと今はわかりきっていても」
魔女の紅緋色の瞳が、少女を見据える。
「まぁ、たぶんよくわからないと思うけれど、今はそれでいいの。あなたは、あなたの思う通り、やっていけばいいわ。きっとそれが、あなたの望む答えに辿り着くための方法だと、私は思う」
そう言ってから、魔女はふところをがさごそと探った。
「これを、持っていきなさいな」
それは、あの白藍色の水晶だった。
「これはきっとあなたの役に立つ。あの真珠の中の液体と同じにね。あれが『血』だとするならこれは『心臓』……きっとそろそろ時間だろうと思うから……全部教えてあげられなくてごめんなさい。私も長い時間を経て、昔ほどの力は持っていないから、全てを見通すことはできないの」
「えっと、たしかによくわからないけれど、ありがとう、魔女さん!」
少女が水晶を受け取って、そう答えた時、あの鐘の音が、また、鳴った。
ごーん ごーん
彼女の背後に、両開きの扉状の光の塊のようなものが現れる。少女の身体は、その扉に取り込まれていく。
「あのね!青犬さんもありがとう!青犬さんはとっても優しかったわ!」
「うるせぇよ!……元気でな!」
少女は完全に光の塊に飲み込まれ、そうして消えた。光の塊も収束し消えていく。
赤の魔女は、それを見送ってから、青犬の方に振りかえって、言った。
「さて、青犬クン。君もいろいろ思うところはあると思うけど、とりあえずは今の仕事のままでいるより、『赤犬』のところで働く方がいいんじゃないかなって私、思うんだけど、どうかな?」
「………まぁ、悪くねぇのかもな。どのみち、あいつらに逆らった時点で、俺はそうするしかねェんだろうさ」
青犬は皮肉そうに、嬉しそうに笑ってみせた。
これにて、おおかみのくに、おしまい、おしまい。