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少女は「おはよう」と言った。  作者: 藍緒 弦
2.おおかみのくに
12/27

おおかみのくに⑤

 寝覚めの少女の鼻をついたのは、フローラルなかおりだった。少女が目をこすりながら身を起こすと、そこには一人の女性が立っていたのである。

 その女性は、全身濃い赤色の服をまとっていて、頭には三角帽、ローブを包み込むようにマントを羽織っていて、少女と似たようなフリフリとしたロングスカートの下には赤いヒールが見えた。


「あらあら、可愛いお嬢さんだこと。あなたが私を探していたのかしら?」


 彼女は少女を見るとくすくすと笑った。


「あなたが『本物の魔女』さん?赤犬さんは?」


 次いで青犬が目を覚まし、ぱちくりと女性を見上げた。白狼はくろうは既に起きていたのか、静かに様子をうかがっていた。


「ええ、そうよ。私があなたの探していた『本物の魔女』。赤犬は外を見張っているわ」


 魔女はたおやかに、こつり、こつりと靴音を響かせる。


「おおよその話は赤犬から聞いてるわ」


 魔女のにこりとした微笑ほほえみに、少女は心を弾ませた。


「じゃあ、私のこと『魔女じゃない』って証言してくれるのね!」

「えぇ、でも、普通に私が証言台に立ったんじゃつまらない。あいつの鼻を明かしてやりましょ。それと……お嬢ちゃん、お嬢ちゃんのこと、少し見せてくれるかしら」


 と、魔女は少女の顔を覗き込んだ。山羊を思い出させる紅の瞳が少女の顔をじっとみつめる。少女はわけもわからず、されるがままだ。


「ふんふん、なるほどね。だいたいわかったわ、まぁでも、それは後でいいかしら」

「ずいぶん回りくどいんだな」


口を挟んだ青犬を、魔女は手で払うようにたしなめる。


「やだわ。噛みつかないでちょうだい。ちゃんと全部終わったら言うわ。それに、私がなぜここにいるのかわからなければ、貴方たちは不安でしょう?私は果たして『本当の魔女』なのか。それは事を成す前にきちんと語って差し上げますわ。寝物語には早すぎるけれど、期限の今日、三日目の六時までには少し時間があるでしょうから」


 そういうと、魔女は椅子にふわりと腰かけた。


「昔、この国は、もっと多くの人々が住まう国だったの。風景も、こんな鋭角えいかくばかりではなかったし、もちろん、らせん状のねじれた建物なんてなかったわ。青犬も、人間も、青犬と人間の子どもたちだって、特にお互いを気にすることなく生きていた。でもね、青犬の中から特に大きな力を持つ者が現れたの。それが、あの青い大狼たいろうたち」


 魔女はいつの間にか、どこからか取り出したティーカップに入れた紅茶を、四つ、それぞれの前に並べて行きながら語る。琥珀こはく色の透き通った色は、魔女の通りの良い声と似たように思えた。少女は砂糖を入れるのも忘れて手をつけ、青犬はふぅふぅと冷ましてからそれを飲んだ。白狼は、ただなんともないことであるかのように、魔女の話に耳を傾けながら飲んでいる。


「ふふ、それ、美味しいでしょ。魔法もそうだけれど、大きな力というのは使い方で素敵にも、そうでない姿にも形を変えるの――っと話が逸れたかしらね。とにかく、あの青い大狼たちが現れてから、彼らは青犬たちを統制し始めたの……」


 魔女が言うところによれば、この世界は、元々は二足歩行の青犬と、少女のような普通の人間が暮らしていたらしい。そうして暮らす中で、人間と青犬はいさかいをおこすこともなく、青犬と人間で結ばれる者たちも現れ、混血児なども産まれた。それとは別に青犬同士が交配した結果、その血を濃くしていったものはその力を、いうなれば獣性が強くなった者が産まれていった。血は世代を重ねるごとに濃くなり、そうして最も濃い血を得たのが裁判官のような蒼く強い大狼たちだった。

 大狼たちは、あっという間にこの世界を統率していった。半ば強引に権力の中枢ちゅうすうを握り、混血児たちの血をどんどん青犬の血で濃くしていった。前世代の混血児や、その親もそれに逆らうことを許されなかった。そのなれのはての姿が、少女が裁判所で見た、あの人間混じりの青犬たちだった。

 そして、世界は作り変えられた。

 あらゆる道は鋭角なものが主とされ、ねじれた建物が建ち並んだ。

 逆らう者は次々に大狼たちの手にかかって消されて行った。

 魔女がこの国にやってきたのはそんな時だった。元々、魔女は世界を渡り歩く存在であったが、彼女の叔父である白狼が旅の最中に大きな傷を負ってしまい、魔力を行使できなくなってしまった。結果、魔女は、元は人間の姿であった白狼を、この世界に馴染なじむようにと青犬の姿にカムフラージュした。

 その時は、彼女はその先に彼女に待っている運命を知りもしなかった。

元々この世界にいた人間……彼らは青犬と比べると力が弱かった。そんな折、ささいなきっかけから魔女の存在は人間たちの知るところとなり、彼らは彼女にすがられ、結果的に旗印はたじるしになるような形にさせられた。「これは私の甘さね」と魔女は自嘲じちょう気味に言う。


「……結局、人間側が敗北したのは、大狼たちの力ではなく、誰が権力を握るのか、という内紛によるものだったわ」


 魔女はふぅ、とひとつ大きくため息をついた。


「内紛で数を減らした人間が、生き残るためにとった行動は、旗印であった私を、大狼たちに差しだすこと。そうなることは、少し前にわかっていたし、私もそのこと自体には諦めはついてしまっていた。だから、私は、素直に大狼たちに引き渡され、そして、処刑された。火あぶりね。思い出したくもないわ」


 完璧に青犬にカモフラージュされていたはずの叔父が今の姿、つまり白狼の姿になったのはその時で、原因はわからないという。魔力の枯渇が原因かもしれないし、彼の精神によるところかもしれない。また、人間の姿に戻ることもできなくなってしまった。


「ならどうして、魔女さんは今ここにいるの?」

「確かに、魔女は処刑されたって俺も聞いたぜ。俺が産まれる何年も前の話だからきいただけだけどよ」


 二人は口を揃えて疑問を口にする。


「まぁ、それは簡単よ。そうなることは読めていたから、転移の魔術を使って私と木でできた人形を入れ替えただけ。もちろんタイミングは十分に測ったから、熱かったけれどね。それからはそこにいらっしゃる叔父さんとひっそり暮らしていたの。青犬さんには当たり前のことかも知れないけど、お嬢ちゃん、ここを歩いていてお嬢ちゃんみたいな人間の姿、見なかったでしょう?」

「そういえば、そうだわ」


 少女は思い出しながら答えた。少女と同じような普通の人間がいれば、もっと楽に情報が集められていたかもしれない。ただ、少女は前回いたやぎの国同様に、それが当たり前のことだと思っていた。


「人間は……今は、息を潜めて生きているのよ。正確には、私にもちゃんと人間が生き残っているのかどうか把握し切れてはいないのだけれどね」


 魔女は立ち上がり、スカートの裾を掴んで、カーテンコールの役者のようにお辞儀した。


「これで私のこの国についての話はおしまい。童話みたいに『めでたしめでたし』とはいっていないのだけれどね」


 魔女はそう言うと、まるで少女のようにいたずらっぽく微笑んだ。

 そうしてから「さて」と前置きをしてから魔女は言う。


「これだけ手ひどい扱いをされたんですもの、私の分も含めて、ちょっとくらい仕返ししてやってもいいわよね」


 魔女は心の底から楽しそうに笑った。

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