おおかみのくに③
二日目も、二人は歩き回った。
少女に繋がれたロープは心なしか緩いように思えた。
しかし、歩けども歩けども、成果らしい成果は得られない。言ってしまえば昨日と同じだった。聞き込みをしようにもまともにとりあってもらえないことが多く、赤犬の噂はようとして知れず、ただただ時間だけが過ぎていく。
二人が、件の二匹に遭遇したのは、そんなときだった。
「あっ」と少女が声をあげる。同じ青犬であるのにも関わらず、何故だか少女にはその青犬たちが、自分を捕縛したあの二匹であるとわかった。あるいは、裁判所や、様々な場所で青犬を見てきて、感覚的に違いが分かるようになってきたのかもしれない。
「無駄足ご苦労だな」
「無駄足ご苦労だね」
二匹は口を揃えてそう言った。ニヤニヤと笑いながら少女を見下ろしている。慌てたように青犬が割って入る。
「えぇ、まぁ仕事ですからねェ。あと二日あるもんですから、しっかりと見張りますよ」
それを聞くと、二匹は顔を見合わせてまたニヤニヤと笑う。そうしてこちらに向き直ると、こう言い放った。
「そんなにバカ正直にやることはないと思うがなぁ」
「そんなにバカ正直にやることはないと思うがねぇ」
青犬はよくわからずに「へ?」という顔をした。
「えっと、どういうことですかねェ?」
また顔を見合わせる。ニヤニヤとした笑みは止まらない。
「そんな簡単な事に気が付かないなんて、下っ端の青犬は愚かだな」
「そんな簡単な事に気が付かないなんて、下っ端の青犬は愚かだね」
これには青犬も少しムッとしたようで、
「そんな簡単なら、どうかご指南いただけませんかねェ?俺よりお偉いお二人でしたらさぞかし素敵なご案をお持ちなんでしょうなァ」
と、やや喧嘩腰でモノを言った。それを歯牙にもかけず、二匹は言い放つ。
「そいつの死刑は決定的だ。そう考えれば、わかるだろうさ」
「そいつの死刑は決定的だ。そう考えれば、わかるだろうぜ」
しかし、青犬にはわからない。そうしていると二匹が近寄ってきて、小声ではあるが、わざと少女にも聞こえる様に、言った。
「そいつを二日間、閉じ込めてしまえばいい。そうすればお前の評価もあがるだろうさ」
「そいつを二日間、閉じ込めてしまえばいい。そうすればお前の評価もあがるだろうよ」
これに、青犬は大いに戸惑った。そんなことは青犬の頭にはなかったからだ。
「いや、でも、まだ『本物の魔女』が見つかるかも……」
異論を唱えようとする青犬の言葉をさえぎる様に二匹が言う。
「いるわけないだろう。魔女は処刑されて死んだんだ」
「いるわけないだろう。魔女は処刑されて死んだのさ」
そうして、二匹は続けてこう言った。
「なんなら閉じ込めるのを手伝ってやるよ」
「なんなら閉じ込めるのを手伝ってやるさ」
二匹は、青犬を越えて、少女の方へ歩みを進めようとした。
反射的な行動だった、と思う。
青犬は二匹を力いっぱいはねのけた。急に力を加えられて、二匹はバランスを崩し、しりもちをつく。その隙に青犬は「行くぞ!」少女の手をとって走り出した。
「この下っ端風情が!覚えておくんだな!」
「この下っ端風情が!覚えておくんだぞ!」
背後から二匹の遠吠えが聞こえた。
一通り走って、二人は一息ついた。路地に座り込んで
息を荒くしながら少女が聞く。
「青犬さん。その、本当によかったの?」
青犬も肩で息をして、
「あァ?なにがだよ?」
と聞き返した。
「だって、あの人たち、あなたより偉いんでしょう?それなのに、あんなことをして、その……私のために。なんであんなことをしたの?」
青犬は一つ大きく呼吸をして、答えた。
「あァ、なんでかな。なんでかはわからねェや。なんとなく、そういう気分だったのかもな。まァ、後悔はしてねェさ」
そう答えた彼の顔は、どこか晴れやかだった。
そんな二人に、路地裏から声をかける者がいた。
「嬢ちゃんに青いの……なにかをお探しかい?」
彼の姿は、全身をローブの様なもので覆っていて、更に暗い路地裏にいるため、良く見えない。
「ええ、私たち赤いお犬さんを探しているの!」
そうすると、彼はローブ越しに頭をぼりぼり掻いた。
「あァ……赤犬かァ……知っちゃあいる。知っちゃあいるが」
そう前置きしてから、彼はこう言った。
「嬢ちゃん、水筒持ってんだろ。一滴でいい。そいつの中身を恵んじゃァくれねェか」
「こ、これは、山羊さんにもらった大切なモノだけど……」
少女は少し躊躇うような仕草を見せた。そこに青犬が口を挟む。
「おいおい、いいのかよ。そんな怪しいのにあげちまって、よくわかんねェけど大事なモンなんだろ?」
少女は青犬の方に向き直る。その瞳は真剣だった。ああ、たぶんこれは本気でわたしを心配してくれてるんだと、そう思う。だからこそ、少女は、言った。
「一滴で、いいのよね」
「オイオイ」と青犬は止めようとするが、
「このまま、なにもわからないまま三日間過ごすよりはいいわ!」と少女は返した。
銀の筒から、一滴、謎の人物が爪先で掴んだ器に向かって、雫が一滴垂れる。黒山羊がむさぼっている時はわからなかったが、その雫は、乳白色の中にかすかに紅色が混じっていた。
彼がそのまま、その雫を口へと運ぶ。
その時、彼の手から腕と、口先が見えた。彼の手から腕は白色の毛で覆われており、また、彼の顔も灰色がかった白色で狼のようだった。雫を口にした瞬間、その白色の体毛に紅色が走ったように見えた。
「あァ……染みわたる、染みわたる。ありがとよ、お嬢ちゃん。こいつは『血』みたいなもんでよォ……」
気分よさげに、余韻に浸る白い狼に対して、少女は戸惑いながらも尋ねた。
「もしかして……あなたが『赤犬』さん……?」
青犬もその様子を見ていたようで、
「なんだ、赤犬を見つけたのか?」
と、興奮した様子だ。だが、それをたしなめるように、静かに白狼は言う。
「残念ながら、俺はお前さんたちが探してる『赤犬』じゃねェよ。でもヤツの居所は知ってる。なんせヤツは青犬たちにとっては目障りだろうからな」
「じゃあ赤犬さんはどこなの?どうしてそんな風に思われてるの?」
白狼は指を一本、少女の立てると、チッチッと横に振る。
「質問はゆっくりで、ひとつずつだ……お嬢ちゃん。まず『赤犬』の居所だが、アイツは普通に探してもみつからねェ……だが安心しな。俺が案内してやるよ」
白狼に忠告されたからか、少女は鼻息を荒くしながらもこくこくと頷いて話を聞いている。
「んで、次だ。『赤犬』がなんで目障りかって言ったら……そこの青犬の兄ちゃんならわかるだろ?青犬の連中は総じて排他的だ。それは、そいつの階級みたいなもんにも比例する。それが自分達と違う毛色の『赤』で、自分らと違う知識を持ってるとなりゃあなァ……」
それを聞いて、うんうんと頷きながら青犬が口を開いた。
「確かにアイツらはわかりやすく態度がでけェ。下のモンを蔑ろにすることもしばしばだ。俺も……って、なに言わせてんだ、お前」
文句を言いつつも、青犬はそこまで嫌そうな顔はしない。
むしろ嬉しそうだ。それは本音を言っているからなのか、それとも少女の捜索に突破口がみつかりそうだからか、それはわからない。
「さて、約束通り『赤犬』のところに案内してやろう」
そう言うと、白狼は立ち上がった。そうして、裏路地の更に奥に歩を進めて行く。
「なぁ、ほんとに大丈夫なのか?」
懐疑的な目で問いかける青犬に対して、少女はなにか確信を得たように答えた。
「大丈夫!きっとなんとかなるわ!」
そうして少女が胸を張っていると、
「オイ、いかねぇのか。置いてくぞ」
白狼が急かすようにそう言った。