プロローグ.壊れてしまった鉄屑と少女
こんにちは
わたしはあなたをそうよぶの
ねむったあなたに
さめないゆめに
にじをわたって
おはようを
おやすみってよぶために
そこはとうの昔に閉じられた部屋だった。
何に使うのだかわからない機械や部品が埃をかぶり、難解な言葉や数字が羅列された紙が散乱している。
その部屋の片隅に、少女はいた。
きらきらとした銀色の髪に、くりっとまるい同じ色をした瞳。
その瞳が見つめる先に、大きな鉄の塊があった。
「こんにちは。ごきげんはどうかしら」
少女は覗き込むように、鉄塊に向かって言葉を投げた。
鉄塊には、丸い眼のようなもの、そして今にもバックリと開きそうな口のようなものが備え付けられていたが、それに応じる様子はなく、ただそこに鎮座している。
紫色のゴシック調のワンピース、そのスカートのすそをひらひらさせて、まるで踊るように、少女は歩みを寄せた。
「今日も雨がふっているわ。ほら、音が聞こえるでしょう?」
返答がないことを気に留める様子もなく、少女は続ける。
少女の言う通り、薄暗い部屋の中には、雨粒が屋根を叩く音が、かすかに響いている。
「嫌いではないのだけれど、ずっと雨なのはいやだわ。だってじめじめしてしまうもの」
そう言って、少女は膝を抱えて、鉄塊の前に座り込んで歌い出した。
おめめをまっかにこやぎさん
めぇめぇないて ゆめのなか
わんわんほえる おいぬさん
さいばんかんは つちをうつ
ねむるどうぶつ あまいみつ
はなのかおりは どこまでも
ちろちろきいろいしただして
おつきさまへと うねるへび
ふわふわうかぶ ゆめのなか
うかぶせかいは どこかしら
少女がそこまで口ずさんだ時、突如として、ごーん、ごーんという大きな鐘の音が鳴り響いた。それは、この部屋にはあまりにも不釣り合いな、大きな木製の柱時計から聞こえていた。
「なんなのかしら」
引き寄せられるように、少女は柱時計に歩み寄る。
鐘の音は止まらない。
その音の中に、少女は確かに声を聞いた。
「彼に、おはようを言いたいかい?」
少女は、その問いに言葉では答えなかったけれど、確かにその瞬間に、それを望んだ。
室内に光が満ち、それが収束した時残されていたのは、ただ物言わぬ鉄塊だけだった。