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part 1



 どこまでも広がる赤茶けた大地に並んだのは、鋼鉄を纏い機関銃を手にした五名から成る小規模部隊だった。

 ドラム缶のような寸胴の体には荒野に馴染む迷彩模様が施され、鶴翼陣形で小高い丘を占領している。

 隊が丘の上から見下ろしているのは、鋭く伸びた刀剣を構える一機の敵だった。

白銀の鎧は欧風の騎士を思わせる意匠で、通常のものより遥かに刀身の長い両刃の剣を構えている。肩に担ぐように両刃剣を振り上げると、隊を睨みあげるように静止した。


 そして、どちらともなく動き出す事で戦いは終決に向かった。五対一の戦いは、圧倒的な戦闘力を以て決着を迎える。

 丘の上から一斉掃射される五つの機関銃は嵐のように弾丸を撃ち出し、周辺の地面ごと敵機を破砕しようと試みた。しかし、それより一瞬早く白銀の閃光が走った。

両脚に取り付けられた加速装置を稼働させると、一足飛びに距離を詰めたのだ。

銃弾による暴風雨が到達するより早く前に飛び出した閃光は、隊の左翼に到達すると、両刃剣による輝く軌跡を残して両断。

二度、銀色が閃いただけで左翼は失われてしまう。鋼鉄を両断する刀剣の存在など、小隊の誰もが信じられなかった。

しかし、現実に目の前で起きている。


 誰かが悲鳴混じりに機関銃を向けるが、丘の上に全員が密集している状況である。同士撃ちを恐れるあまり発砲には至らず、そしてその一瞬は見逃される事もなく、再び数度の閃光が駆ける。

 数秒後には、五丁の機関銃を一本の刀剣で圧倒した、という信じがたい結果だけが残された。


加速装置を停止させると、ぷしゅうと排熱蒸気が二本の筋をゆるやかに浮かべる。

両刃剣をすらりと腰の鞘に納めると、勝ち誇ったように片手を軽く上げて見せた。



 わぁぁ、と大きな歓声が広がる。円形の観客席の中央には、四方へと向けた巨大モニターが並んでおり、そこには今しがた決着した「試合」の様子が映されていた。

一人で五人を打ち破った見事な試合内容に、誰もが惜しみない拍手を送る。


 全国高校機装戦関東大会、と印字された横断幕が掲げられているその舞台は、機装戦と呼ばれるスポーツのために設営されたものである。


機装戦とは、その名を正式には機械装甲戦闘。

機械装甲と呼ばれる武装した人型機械人形を使って行われる疑似戦争スポーツで、バスケットやサッカーと並ぶ世界的有名スポーツである。

 ルールによって異なる事はあるが、基本的に選手は五人までで、各自が用意した小型の機械装甲を専用の機器に接続。そしてそれぞれ用意されたコクピットに搭乗し、全天モニターによる仮想空間で戦闘を行う。

公式ルールでは、事前登録された指揮官の撃墜で勝敗を決する。


 男女の筋力差や体格による影響の一切を受け付けない機装戦は、完全なる男女混合で、身体制限の存在しないスポーツとして競技人口は少なくない。

 そして、全国大会への切符をかけた関東大会も今や二回戦が終了した所であった。


「……記録は」


 白銀の騎士甲冑が輝く映像が切り替わり、映像はコクピットから降りた選手を映し出した。

背の高い男子高校生で、親指を立てて笑っている。


「ばっちりです! しっかり余さず、既に部長のパソコンに送ってます!」


 その一行は揃って制服を着ていて、観客席の最上段から忌々し気にモニターを見ていた。

立ち見席の柵に足をかけ、苛立ちを隠す事もなく舌打ちすると手元の携帯端末を操作する。


「今まであんな奴、どこにいたんだ……。かもめ高校だと? あそこは毎年凝りもせず予選敗退している弱小高校だろう。とっくに廃部にでもなったと思っていたんだが、一体どうなっているんだ」


 つぶやいた人物は、同じく関東大会に出場している家鴨高校の部長、高校二年生の秋河である。小柄な体格で、長髪の隙間から目を細めた。


「くそ、完全にノーマークだった。一回戦はどうしてたんだ? 刀剣で機関銃に突撃するなんて完全に頭がどうかしている。まともな選手なら遮蔽物の確保を考えるはずだが、一回戦もあの調子で勝ち上がったのか? 準決勝に当たるのはどの高校だったか。何て事だ。あれでも今あいつが斬り捨てた連中は優勝候補だぞ。堅守と統制のとれた攻撃は対抗手段を用意して然るべきものだった。俺も相応の作戦を用意していた。にも関わらず、刀剣で正面突破? こんな理不尽があるものか……」


 すると、その隣にいた部員が返す。


「ぶ、部長! 指示してくれるなら、ナッツだってあれくらい!」


 頭髪をオレンジ色に染めた奇抜な女子高生である。

伊達メガネの奥で瞳を輝かせて言うと、器用にも手すりの上にジャンプして立って見せた。


「さぁさ、命令をば! 二回戦はナッツによる正面突破作戦を立てて下さいな! 今の以上の活躍をお見せしますとも!」


 秋河はモニターに視線を送る。

かもめ高校の選手は一色翼というらしい。それから手すりの上でステップを踏んでおどける後輩部員を見て、溜め息をひとつ。


「お前なんか試合に出せるか。しばらくはベンチだベンチ」

「いーやー! ナッツも戦いたいのですー!」


 一体どうやって細くて丸い手すりの上でステップを踏んでいるのだろうか、などと秋河はぼんやり思いつつ後輩を眺める。


 彼女の名前は夏野くるみ。高校一年生で、ナッツというのは単なるあだ名である。

 家鴨高校は地区大会を勝ち抜き、関東大会にまで駒を進めはしたが、部員は部長である秋河を含めて三人しかいない。

ナッツは秋河にとって二人しかいない後輩の一人。後輩のうるさい方だ。


「ミーコ! ミーコからも何か部長に言って! ナッツが試合に出られるように説得して!」


 必死の訴えが秋河に届かない事を知ると、ナッツは同輩の女生徒に声をかけた。


「……(部長)………(出場希望)」


 ナッツと同じ一年生で、後輩の黙っている方。冬堂美衣子は無言のまま目だけで秋河に訴えた。しかし黙っているだけで気持ちが通じるなどという都合の良い事は起きず、秋河もまたミーコと出会って一年に満たない付き合いでは何かを察する事はできなかった。


「んもー! ナッツが出ないと、部長とミーコの二人で試合するんですよ? 相手は五人ですよ? 絶対にナッツもいた方が良いのにっ!」

「やかましい。人数がどうこうじゃない。次の試合にお前が出た所で、いてもいなくても結果的にどうせ変わらないだろ。わかりきった事をまったく。ほら、ミーコを見習え。静かに己の出番を待ち、その殺意を貯めているんだ。きっとそうに違いない。見ろ、この狂気に濁った瞳を」

「……(空腹)」

「今にも誰かを殺しそうな目ですね。ナッツは時々ミーコが怖いです。全員まとめてぶっ殺してやる! って言ってます」

「うむ。実に頼もしい」

「……(否定)……(空腹)………(帰宅希望)」


 ここに至るまでミーコは一度も口を開いていない。しかしそれは何も、単に無口であるなどといった理由からではなかった。

ミーコは頭をオレンジ色に染めたナッツ以上に奇妙な恰好をしており、それが直接の原因で話す事ができなかったにすぎない。


 ミーコは口元にガッチリと拘束具としてマスクをはめられており、そもそも口を開く事ができない。どころか、拘束服を着ており、両腕を胸の下でクロスしたまま固定されている。

脚だけは自由で、じゃらじゃらと拘束服に付属した下半身用の固定器具を引きずっている。

ちなみに、足元はサンダルである。もちろん、サンダルは手を使わずに脱いだり履いたりできるからだ。


 これはミーコが苛烈ないじめを受けているわけでなく、とある事情から拘束服を着る必要性があるからに他ならないのだが、ミーコは歩くだけで注目を集めてしまう。

秋河はいちいち周囲に事情を説明するのに疲れており、最近ではもっぱら周囲の視線を無視していた。


「しかし一色翼か……。ナッツ、一応はお前の所見も聞いておこう。どう見る?」


 秋河が言うと、ナッツはけたけたと笑い出す。


「ナッツが戦えばあんな奴そっこーで、爆殺! ですよ! ナッツを誰だと思ってんですかー? 白兵戦の天才! 格闘チート娘! 音速妖精の名前は伊達じゃあないのです!」

「どれも初めて聞いたぞ。自称ほど悲しいものはないな……。そんなものを自称してもお前はお前だと言うのに、なんとも憐れな……。それに、妖精じゃなくて妖怪の間違いじゃないのか?」

「なんてこと! 部長はナッツの事そんな風に思ってたんですか!」

「いや、そんな風にも何も……。そう思ってるし、事実お前は妖精なんて柄じゃないだろう」

「いーやー!」


 ナッツはやかましいだけで、外見的には決して妖怪などと揶揄されるような人物ではない。と、秋河は一人思いを巡らせた。それから、ただし、と続ける。


 およそその本質はミーコと同じくらいには化け物じみたものだが、と。


「さて。お前の正体はどうでも良い。それより、偵察はこれで終わりだ。さっさと帰って明日の準備をしよう。わかってるのか? 明日は二回戦だぞ。遊んでいる暇はない」

「はーい。どうせナッツは試合に出してもらえませんけどね」

「何を言っている。ミーコにはできない重要な役割があるじゃないか」

「裏方の雑用じゃないですか! んもー!」


 まぁまぁとナッツを宥めつつ。家鴨高校の一行は会場を後にしたのだった。


「そうだ、帰りにタイ焼きを買ってやろう。どうせ大会中は露店と屋台でお祭り騒ぎだ。さっきタイ焼き屋があるのを見たんだ」

「じゃーナッツはカスタードにします! あとたこ焼き屋さんがあるのもさっき見つけました!」

「ミーコにも何か買ってやろう。何が良い? 目線で教えてくれ」

「……(鯛焼)……(餡子)」


 明日に試合を控えつつも、この時ばかりは和やかな空気を楽しんで良いだろうと秋河は楽観的に空を見上げた。



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