異世界畜産05・センチピード国➁
前回のあらすじ・桜とフクちゃんは、どうやら「辰の獣人」らしい?
その夜、僕は、「もう暗いよ、帰らないとパパとママに怒られちゃうよ」と言うふくちゃんをなんとかなだめ、眠りについた。
翌日。
僕は、情報収集に徹することにした。
畜産戦隊と僕たちは昨日の王様たちの前に集められ、色々と説明されたけれど、僕は王様やお付きの人以外の人たちの話が聞きたかった。
畜産戦隊の、特に男の人たちは、キレイな令嬢たちに「勇者様」とか呼ばれてこの世の春だ、ようやく来たモテ期だ、なんて浮かれていたけれど、僕は、王様たちの言葉に何だか違和感を持っていた。
だって、魔王がいる、勇者が失われた、と言う割に、僕たちが現れた当初、王様には悲壮感がなかった。
むしろ、棚から牡丹餅、瓢箪から駒、忘れてた宝くじが当たってラッキー、みたいな、思いがけない幸運が転がり込んできて嬉しくてたまらない、そんな雰囲気だった。
畜産戦隊の人たちは、元は売れない舞台俳優だったらしい。
アルバイトで、畜産戦隊に限らず、色々なヒーローショーの中の人をやっていて、むしろそっちが本業になりつつある、と嘆いていたところで、今回の召喚騒ぎ。
日本に戻ってうだつの上がらないご当地ヒーローに戻るくらいなら、ここで本物のヒーローになってやる、と腹をくくったそうだ。
でも、僕は違う。
確かに高校もまだ卒業していないし、家族も心配しているだろうし、百合姉から預かったふくちゃんへの責任もある。
けど、それだけじゃない。
僕には、日本に帰りたい切実な理由がある。
伯父さん家は、後継者難で、酪農家から繁殖農家に転職した。
酪農より、和牛の繁殖農家のほうが、体力的に楽で、年を取ってからでもやれるだろう、との判断からだ。
それでも、後継者がいないことに変わりはない。
伯父さんも、もう六十五歳。
ようやく後継者に決まった僕がここで急にいなくなってしまったら、伯父さんたちは、あと数年で繁殖農家を辞めてしまうだろう。
そうしたら。
桃子が、梅子が、花子が、生まれた時から僕がミルクをやって育てた母牛たちが、売られてお肉になってしまう。
まだ若い未経産の牛なら、繁殖用の母牛に買われていくこともあるだろうけど、年を取った経産牛を、飼うために買っていく農家はいない。
行き着く先は、屠畜。
本当に子どもが産めなくなって、年を取ってお肉になるなら、それはしょうがない。
ただ、死んで運ばれていくよりも、人や動物に食べられる最後のほうがまだマシだというのは、僕も経験上分かっている。
牛舎で具合が悪くなって、立てなくなって、次第に弱っていく牛というのは、本当に悲惨だから。
でも、桃子も梅子も花子も、まだまだ赤ちゃんを産める歳だ。
それが、僕がこんなことに巻き込まれたために死ななきゃならないなんて、絶対に納得出来ない!
「ねー、くらちゃん、つまんないー」
難しい話に飽きたふくちゃんの言葉に、これ幸いとばかりに僕は王様たちのところから抜け出した。
ちょっとそのへんで遊ばせてきます、と言った僕の言葉を、王様たちは快く許してくれた。
大事な話がある場で子どもに泣きわめかれるより、目に付かない場所に連れていって欲しい、というのは世界は違えど共通認識らしい。
幸いにも、まだ僕とふくちゃんは鹿の獣人だと思われていて、城内の人たちにも、勇者の巻き添えで召喚された、と認識されているらしい。
「大変だったわねぇ、あんな小さい子連れて」
「ほんとにねぇ」
中庭で蝶々を追いかけているふくちゃんを見ながら、料理番のおばさんたちがため息をついた。
ジャガイモの皮むきを手伝っている僕に、色々な世間話をしてくれる。
「王様もね、もういいお年だから。
摂政様がしっかりなさっておられるから、国は安泰だろうけどね。
この国から勇者が出たら、そりゃあ万々歳だけど、無理に異世界の人を召喚なんてしなくてもねぇ。
大国から下に見られるのは、あたしらだっていい気はしないけど、魔王が現れたわけでなし……」
「えっ、魔王っていないんですか?」
「とんと聞かないわねぇ。
勇者は、この間、ソイ王国から出たって聞いたけど」
「その前の勇者は、デントコーン王国だったわね」
「どっちも大国だから、王様、悔しかったんじゃないの?」
おばさんたちの話をまとめると。
この大陸に、数百年に一度、魔王が現れる、という伝説があるのは確かだ。
けれど、ここ数百年、魔王が現れたことはなく、今現在は割と平和だという。
二十年に一度ほど、『戦神の加護』を持つ勇者が現れるけれど、加護というのは人が見て分かるものではないので、本物か偽物か普通の人には判断できない。
過去二人の勇者は、『デントコーン王国』『ソイ王国』という、大陸でも中央らへんにある大国から誕生し、このセンチピード国のある『バミューダ小国群』と呼ばれる地域からは誕生していない。
勇者がいる国は、諸国の中でも発言力が増すので、王様は自国から勇者が誕生しないことをとても残念に思っていたらしい。
「しかし、アンタたちは鹿の獣人って言ってたけど、珍しい色ね」
「ぼ、僕たちの世界には、こんな色の鹿も結構いるんですよ。
はは……」
「ま、何にせよ、皮むき上手ね。助かったわ。
またおいで」
おばさんは僕の頭をガシガシと撫でると、駄賃にと飴玉を二つくれた。
僕のこと、いったい幾つだと思ってるんだろう?
その後、何人もの下働きの人たちと話し、僕の違和感は確信に変わった。
うん。
これ、ダメなパターンの召喚だ。
「今日は疲れたんで、このまま寝ます」
夕飯を終えて部屋に戻ると、部屋付きのお姉さんに、お風呂はいらない、と断った。
ふくちゃんと二人だけになると、僕は急いでふくちゃんの角と耳としっぽを再び確認した。
「くらちゃん?
ねぇくらちゃん、ふくちゃんがここにいるん、パパとママ知ってるの?
ここどこ?」
突然、知らない場所に来て、それでも気をはっていつも通りにしていたふくちゃんも、僕と二人になったとたん涙が盛り上がってきた。
僕はふくちゃんの、やっぱり鹿とはとても思えないしっぽを見ながら、どうやったらふくちゃんに分かってもらえるか考えていた。
「あのね、ふくちゃん。
よく聞いて。
ここはね、僕たちが住んでた国じゃないんだ。
僕もすっごく帰りたいけど、しばらくは……ひょっとしたらずっと、百合姉たちのとこには、帰れないかもしれない」
「ひっ……」
しゃくりあげようとするふくちゃんに、僕はさらに言葉を重ねる。
「この国の人たちはね、魔王……うん、すっごく強い、ジコーチュみたいな悪い奴がいて、すっごく困ってるんだって」
本当は違うと、もう僕は知っているけれど、国同士の見栄の張り合いのせいだ、なんて説明しても、きっと分かってもらえないだろう。
ここは、王様の最初の説明にあえて乗っかることにした。
ふくちゃんの好きな、スライム戦隊プニキュイの敵を例にあげると、泣きかけていたふくちゃんが目を丸くした。
「ジコーチュがいるの?
じゃあ、プニキュイもいる?」
「うん、いたんだけど、負けそうで、だから助けてくれそうな畜産戦隊ライブストックを呼んだんだって」
「プニキュイに、ライブストックも出るの?」
すっかりアニメの話と混ざっちゃったけれど、ふくちゃんが泣き止んだから、よしとする。
「プニキュイとライブストックは強いけど、ジコーチュも強いでしょ?
この世界の人たちは、ライブストックと一緒に来た僕らも強いと思ってるんだ。
だから、ひょっとしたら、僕たちも勇者になって戦えって言われるかもしれない」
「え?
くらちゃんも?
くらちゃん、弱いでしょ?」
あんまりな言い草に苦笑する。
どうやらふくちゃんは、自分のことより僕のことが心配らしい。
確かに僕は、同年代からみても非力だし、柔道だって剣道だって、高校の授業でかじった程度だ。
「うん、だから、一緒に逃げよう」
「へっ?」
ふくちゃんが、目を真ん丸にしてビックリしている。
これが、僕が考えた末に出した結論だ。
今時の若者は、なんて言われることも多いけれど、僕も、自分の時間を削って出世したり稼いだりするより、ほどほどに働いてほどほどの給金をもらい、平和に自分の趣味に埋没したいタイプだ。
もっとも、その趣味っていうのが牛だから、ほどほど働く、ってとこは無理としても、自分を一方的に召喚して、その上本当のことも隠している王様のために頑張って努力する気にはなれない。
幸い、畜産戦隊の人たちはやる気だったし、もし本当に魔王が現れて、日本に戻るための条件が『魔王討伐』だったとしても、そっちは畜産戦隊に任せたほうがいい。
もちろん、知らない国で何も持たない僕らが、路頭に迷う可能性を考えると、ストックホワイトが言っていたように、ここに残って保護してもらっていたほうがいいのかもしれない。
でも。
この世界にまだ『魔王』はいない。
ここに残って、『魔王討伐』を待つなんて、それこそ何年、何十年先になるか分からない。
僕とふくちゃんは、あの王様が探していた『竜の獣人』なんだ。
ライトノベルは高校でも結構流行っていたから、僕は知っている。
異世界転移には、ダメなパターンがあるってこと。
召喚した人間を、徹底的に利用しようとする人間がいるってこと。
辰の獣人だってことがバレて、利用される前に、ここから離れて日本に帰れる他の方法を探したほうがいい。
それに、なんだか背筋がぞわぞわする。
ここにいちゃダメだ。
猛烈にそんな気がする。
「でも、勇者って、ヒーローでしょ?
ふくちゃん、ヒーローになりたい!」
それなりに王様の言葉も聞いていたらしいふくちゃんが頬を膨らませる。
……ああ、そうだ。
ふくちゃんはスライム戦隊プニキュイが大好きで。
ご当地ヒーローのショーに行くくらいヒーローが好きなんだ……
「ねぇ、ふくちゃん、思い出して。
今日のショーで、畜産戦隊がピンチになったときがあったでしょ?
プニキュイでも、プニキュイがピンチになるのって、どんなときだっけ?」
ふくちゃんはちょっと首を傾げた後、はいっ、と手を挙げた。
「子どもたちが敵に捕まったとき!」
「正解!
で、ここにいる子どもって?」
「ふくちゃん!」
「そう。だから僕らは、畜産戦隊の周りにいないほうがいい。
畜産戦隊は強いけど、牛とか豚のいないとこだと弱くなっちゃうんでしょ?
ここはお城のある町だから、牛とか豚は、きっと少ないよ」
「でも……
おじいちゃんが、ふくちゃんたちのこと、お城にいていいって言ってなかった?」
さり気に昨日の会話も聞いていたらしいふくちゃんに、僕はもっともらしい顔をして問いかける。
「ふくちゃん、『いかのおすし』って知ってる?」
「知ってるよ、幼稚園でやったもん!
『知らない人についてイカない』『他人の車にノらない』『オお声を出す』『スぐ逃げる』『すぐシらせる』でしょ?」
どや顔で答えるふくちゃんに僕は再び尋ねる。
「で、ふくちゃん。
あのおじいちゃんは?」
「……知らない人だ……!」
たった今気づいたようにポカンと口を開けるふくちゃんに、僕は心の中で小さくガッツポーズをする。
「そうでしょ?
ひょっとしたら、あのおじいちゃんもジコーチュの仲間かもしれない。
あのおじいちゃんのとこにいるのが、ジコーチュに捕まってるのと同じなら、プニキュイも畜産戦隊もピンチになっちゃうよ」
「分かった、ふくちゃん、ここでヒーローになりたかったけど、プニキュイが困るなら、くらちゃんと逃げる」
ほっぺたを赤くして、ぶすっとして言うふくちゃんに、何だか罪悪感がこみ上げてくる。
なんだか僕の方が、ふくちゃんをだまして誘拐する犯人みたいだ。
でも……ここにはいたくない。
ふくちゃんにもいてほしくない。
料理番や下働きの人たちは親切だったけれど、あの王様は好きになれない。
理屈じゃない。しっぽがピリピリする。
「じゃあ、今のうちに寝ておこう。
みんなが寝ちゃって静かになったら、こっそり起こすから、そしたら逃げよう」
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