異世界畜産03・畜産フェスティバル➁
前回のあらすじ・桜が牛好きになったきっかけは、小学校のときの登校拒否だった。
「お散歩牛さーん♪」
ヒーローショーの前に、ホルスタインの共進会に寄った。
共進会というのは、いわゆる牛の美人コンテストだ。
本当なら、ホルスタインなら牛乳の量や美味しさ、和牛ならお肉の美味しさとかで評価されるべきだと思うけれど、共進会で評価されるのは、牛の美しさ。
人生賭けて凝っている人もいるし、付き合いで参加している人もいるし、農業高校の生徒もいる。
地域予選もあって、『畜産フェスティバル』で行われるのは県大会、この上に関東大会も全国大会もあるけれど、大抵は県外なので僕は行ったことがない。
県大会には、県内の大勢の畜産農家が集まるので、それを目当てにした畜産系のお店のブースがたくさんある。
その中の一軒が、毎年、子どもには牛のキャラクター入りのヘリウム風船を無料で配り、さらに取引先の農家の子どもには、散歩させているように地面ギリギリに浮かぶ牛の形の風船を配ってくれる。
紋次郎おじさんちはその取引先で、ふくちゃんは営業さんと顔見知りなので、毎年『お散歩牛さん風船』をもらうのを楽しみにしている。
「朝、雨っぽいから心配だったけど、何とか持ちそうで良かったねフクちゃん」
「クラちゃん雨男だもんねー」
「フクちゃんまで言わないでよ。
それに、共進会は雨天決行だし」
「雨じゃお散歩牛さんが濡れちゃうよ。
フクちゃんは晴れ女だから大丈夫ーー」
実を言うと、僕は今日雨が降るんじゃないかと、とても心配していた。
フクちゃんは楽しみにしているし、雨の日のヒーローショーは地面がびしょびしょになって、シートもドロドロになって悲惨なのを知っている。
本降りなら中止もあるだろう。
だって、僕は昔から晴れて欲しいときほど雨が降る、雨男なんだ。
高校の友だちには、「アフリカに行ったら銅像が立つレベル」とかからかわれるほどの。
一時期、伯父さんたちも本気で心配していた。
何しろ、牛飼いというのは天候に作用される。
雨男というのは致命的な欠陥だ。
でも、そんなのは気のせい、迷信だと言い張って、なんとか牛飼いになりたいという熱意を認めてもらったんだ。
今更、雨男を認めるわけにはいかない。
「ふわふわにも行きたいし、ヒヨコも見たい!」
「ついでにスタンプも集めちゃおう」
県のマスコットを巨大にしたふわふわ(ぬいぐるみの体内で遊ぶ空気トランポリンみたいなやつ)は長蛇の列で、僕とふくちゃんは先にスタンプラリーのクイズを回ることにした。
スタンプラリー、ヒヨコの孵化、獣医さん体験、トラクター試乗、牧草のロールへの落書き、子豚の写生大会、馬へのエサやり体験、と、意外と『畜産フェスティバル』は子供向けに企画されている。
そのほとんどが無料か格安で、さらにチーズがもらえたりヨーグルトがもらえたり、クレヨンがもらえたりすることから、地元の幼稚園児や小学生に人気で、ふくちゃんの友だちにも何人か会った。
あっちにスタンプがあったよ、とか、うちのママってば堆肥もらってるんだよ、とか、そんな話をしながら盛り上がっているところを見ると、いつも『クラちゃんクラちゃん』とついてきたフクちゃんにも、僕の知らない交友関係があるんだと、微笑ましいような、寂しいような気分になった。
「フクちゃん、ヒーローショー始まっちゃうよ!」
僕らの横を走り抜けて行った友だちの声に、フクちゃんも慌てて僕の手をつかんで走り出した。
ヒーローショーは、今までいた場所よりも一段低い場所に停められたトラックをステージにして行われる。
メディア化していないご当地ヒーローだというのに、結構な人数が集まっていた。
『ホルスタインの力を搾りつくす、ストックホワイト!』
『和牛の旨み、ストックブラック!』
『豚さんの全てを活かす、ストックピンク!』
『ヒヨコの愛らしさ、ストックイエロー!』
『馬力なら誰にも負けない、ストックブラウン!』
『『『『『五人合わせて、畜産戦隊ライブストック!』』』』』
ツッコミどころが色々あるけど、子どもたちが盛り上がってるから、まあ、いいか、な?
「ねぇねぇ、知ってる? フクちゃん。
ライブストックはね、牛とかの力で戦うから、北海道とか栃木とか群馬だと強いけど、東京とかだとすっごい弱くなっちゃうんだって」
「へぇ、なんでトーキョー?だと弱いの?」
「牛とかが少ないからだよー」
熱心な子に説明されて、フクちゃんもうんうん頷いて聞いている。
なるほど、普段そんなに興味のなさそうなご当地ヒーローのショーに行きたい、とか言い出したのは、幼稚園の友だちとの付き合いだったのか。
女の子ってのは大変だねぇ。
『大丈夫かっ、ピンク!
……きさまっ、ピンクをよくも!
許さないぞ、トンコレラ怪人め!』
『ふぁーふぁーふぁー。
この会場の中に、消毒マットを踏まずに来た子どもたちがたくさんいる。
その足裏についた菌のすべてが、わしの力になるのだー』
『……大丈夫、あたしはこんなやつに、負けないんだからっ!』
『なにっ、わしの攻撃を受けて、なぜ動けるんだっ』
『ワクチン打ってたから、なんとか耐えられたのよっ!』
『ぬぬぬっ』
その後も、会場の子どもが怪人に拉致されたり、力を合わせて怪人を倒したり、というお約束の流れがあって、ヒーローショーは終幕した。
確かに、人が集まるだけあって、それなりに面白かった気がする。
『それでは、ショーの後は、ヒーローとの記念撮影とサイン色紙の販売を行いまーす!
ライブストックのソーセージも売ってるよーー』
司会のお姉さんのアナウンスに、子どもを連れた親がぞろぞろと並び始める。
「フクちゃんはどうする?
写真撮りたい?」
「とってほしいけど……おしっこ」
「じゃあトイレ行ってからね」
確か会場の隅に仮設トイレが並んでいたはず……と思って振り返れば、そちらにも結構な列が出来ていた。
大人が二人以上いれば、一人がヒーローの列に並んで場所取りをして、その待ち時間にもう一人が子どもをトイレに連れて行く、とか出来るんだけれど、あいにく僕は一人だけだ。
幼稚園児に、一人でトイレに行って来て、と言うわけにもいかない。
僕はフクちゃんとトイレ待ちの列に並んだ。
子ども連れが多いからか、結構な時間がかかった。
ちょっと前なら、こういうとき、「おしっこ出ちゃうよ、早く、早くーー」とか叫んでいたふくちゃんが、今日はもじもじしながらも黙って待っていて、「さすが年長さんだね」と褒めたら、「もうすぐ一年生だもん」とどや顔が返って来た。
ふくちゃんがトイレから出るのを待って、僕もついでに済ませて出ると、フクちゃんの姿がない。
慌てて見回した先で、友だちのママさんにちゃっかりソフトクリームを買ってもらっているフクちゃんがいた。
「フクちゃんてば!
あ、すみません、買ってもらったみたいで」
「あら、百合ちゃんと一緒じゃなかったんだ、フクちゃん」
「ママはこうちゃんと一緒だから。
フクちゃんはクラちゃんと来たの」
首をかしげて僕を見るママさんに、僕が代わりに説明する。
「百合姉は、赤ちゃんがいるので来られなくて。
それでもフクちゃんが、どうしてもヒーローショーを見に来たいって言うんで、僕が代わりに連れて来たんです」
「あら、百合ちゃんの弟さん?
いいねぇ、フクちゃん、優しそうなおじさんで」
「おじさんじゃないよ、クラちゃんだよ」
口を尖らすフクちゃんは、それでもしっかりとソフトクリームを握っている。
「それよりフクちゃん、ちゃんとお礼言った?」
「ほのちゃんママ、ありがとー」
「ありがとうございます」
そんなこんなをしていたら、すっかり遅くなり、写真撮影の列に並んだときには、僕たちが最後尾になってしまった。
飽きっぽいふくちゃんだけれど、ママさんに買ってもらったソフトクリームがあるからか、ペロペロと舐めながらご機嫌で順番を待っていられた。
「ライブストックはね、牛とか豚とかの力で、怪人と戦うんだよ」
「ふーん」
「ブラウンはね、ニンジンをあげるとパワーアップするんだよ」
「へーえ」
「イエローはね、普段は弱いんだけど、敵の秘密基地に入ったときだけパワーアップできるんだよ」
「そうなの?」
それって『どうぶ〇しょうぎ』のひよこ(歩)ネタなんじゃあ?
とは思ったけど、フクちゃんに言っても多分分からない。
「はい、では次の方」
ようやく、僕らの番になった。
ヒーローたちとの撮影は、自分のカメラで撮ってもらう分には無料、運営側のカメラで撮ったのを印刷してもらうと有料、というよくあるパターンだ。
五人のヒーローと、なぜか司会のお姉さんにも囲まれてカメラに向かう。
「はーい、じゃあカメラのほうを見てー。
ヒヨコのお母さんは誰かな?
せーのっ」
「「にわとりー」」
パシャッ、とカメラのシャッターがおりた瞬間。
フラッシュでは到底あり得ないほどの光が、僕たちを包んだ。
―――勇者たちよ――――
耳慣れない声が脳ミソを揺さぶった次の瞬間。
何だかよく分からない、ぞわぞわとした感覚と共に。
僕たちと畜産戦隊の前には、見たことのない景色が広がっていた。
牛雑学・ホルスタインと和牛の間に産まれた交雑種。どこかで聞いたことがある?焼肉屋さんとかで聞いたことあるかも。「国産牛肉」は、多分、ホルスタイン雄。乳臭い牛肉は、出産経験のあるホルスタイン雌。