異世界畜産11・白い瘤牛
前回のあらすじ・ギルマスに牧童に扮して逃げるよう手配してもらい、バリカ村を目指す。
「牛だっ!
牛がいるぅぅ」
パリカ村にて。
柵に囲まれた放牧場にいる白い牛の群れを前に、跪いて両手を組み感涙にむせいでいる僕へ、フクちゃんが引き気味に声をかける。
「いや、クラちゃん?
牛なんて見慣れてるでしょ?」
「だって、ここは日本じゃないんだよ!?
最悪、牛がいないかもしれないって絶望、フクちゃんにも分かるでしょ!?」
「いや別に……
牛がいるのは当たり前だけど、絶対いなくちゃならないかって言うと、そーでもないかなーって」
「それは日常的に牛を見過ぎて麻痺してるんだよっ。
水と同じ、普段は感じないけど、なくなると僕らは生きていけないんだ!
牛への渇望をまだ知らないだけなんだよフクちゃん!」
なに、なんでそんな残念な子を見る目で見るのフクちゃん!?
「うん、クラちゃんはもうしょうがない。
フクちゃんがしっかりしないと」
「しょうがないってどういうこと!?」
僕とフクちゃんが言い合っている後ろから、くっくっくと笑い声がした。
振り返ると、小柄なおじいさんと三人のおじさんたちが笑いをかみ殺していた。
よく日に焼けてキャラメル色の肌をしていて、髪と口ひげは灰色だ。
「あ、あのっ、初めまして僕は桜っていいます。
牧童のアルバイトに来ましたっ」
「ああ、ああ、プラゼールしゃくら。マルコの悪ガキから話は聞いとるよ。
そうかい、アンタが牛飼いになりたいって子かい。
なから奇特な子だ」
「オーラ、しゃくら」
「オーラ、クラ」
「オーラ」
お爺さんの後ろにいたおじさんたちも、次々に手を挙げて挨拶してくれる。
「プラゼール」とか「オーラ」ってのはこのへんの挨拶かな?
牛の角が生えているところからすると、この小柄なおじいさんは牛の獣人だと思う。
牛の獣人が牛を飼ってるってなんだかシュールだけれど、アンパン〇ンとかでもそうだし、そういうものなのかもしれない。
っていうか、なんだかおじいさんの口調にデジャブを感じるんだけど。
群馬弁?が混ざってる? まさか?
「わしはここらの組合長をしとるゴンザってもんだ。
なっから牛が好きげな様子だ、なんなら策の中に入って牛糞の掃除でもしてくれてええで」
「ホントですかっ?
ついでに牛に触っても?」
「ああ、ああ、蹴られんように気ぃ付けてな」
わーい、と側にあった角スコとネコ車を持って柵の中に入る僕の後から、あきれ顔のフクちゃんも付いてくる。
「牛糞の掃除って、そんな喜んでやることじゃないと思う」
「ここの牛は、乳用牛じゃないのかな?
子牛が多いからかもしれないけど、ウンチが固いね、フクちゃん」
「ウンチ以前に、フクちゃん真っ白い牛なんて初めて見たよ」
牛糞はフクちゃんには重すぎるから、手伝ってくれるわけじゃないけど、僕が怪我でもしないか見守っていてくれている。
むしろ僕の保護者気分なのかもしれない。
「ここらの牛は、瘤牛のネロール種だ。
暑さやダニ、風土病に強く、重宝しとるよ。
シャクラ……クラの言うように、乳用じゃなくて肉用種だ。
乳用はギル種だ」
「ギル?
って確か、牛の市が開かれる町の名前じゃあ?」
「んだな。
なっから牛飼いが多い地域だから、町の名前にもしたんだんべ」
そういえば、群馬県だって、馬の群れってまんまの名前だもんね。
「クラとフクがいた国じゃあ、どんな牛を飼ってたんだ?」
「フクちゃんちはね、はんしょくわぎゅー?
黒い牛とこげ茶の牛だよ。
昔は白黒の牛もいたっておじいちゃんが言ってた」
フクちゃんの言葉を聞いたゴンザ爺ちゃんは、ふむと顎に手を当てた。
「そりゃあ、なっから北のほうだべな。
ここらの牛ぁみんな瘤牛だからな」
「えっ!?
この世界……じゃなかった、この国にも、和牛やホルスタインがいるんですか?」
神よ……と感謝しそうになった僕に、ゴンザ爺ちゃんの声が待ったをかける。
「この国じゃあねぇよ。
この国は大陸でも南東の地域、白黒の牛がいるのは、大陸でも中央から北西のほうだべな。
瘤牛は暑さに強く、白黒の牛は寒さに強いっつう話だ」
ああ確かに、年々暑くなっていく夏に牛たちは大変そうだったな、と僕は紋次郎伯父さんちの牛舎を思い出す。
牛舎の温度を下げるミストに大型の扇風機、紋次郎伯父さんも大分工夫していたけれど、牛の具合が悪くなるのはいつも夏場だった。
去年はお産の後で立てなくなった母牛もいた。
熱を出して寝たまま動かなくなった子牛に、紋次郎伯父さんがジャアジャアとホースで水をかけるから何事かと思ったけれど、熱中症への処置だと聞いて納得した。
風邪で熱を出したなら水をかけちゃマズいけれど、熱中症なら水をかけるのは理にかなっている。
紋次郎伯父さんの判断が間違ってたらどうしよう……と密かに気をもんでいたけれど、その後この子牛は持ち直して、胸をなでおろしたことを覚えている。
これが、大量に乳を出す乳牛だと、もっと暑さに弱くて大変なんだと紋次郎伯父さんが言っていた。
ゴンザ爺ちゃんの分類でいくと、和牛はきっとホルスタイン寄りなんだろう。
「あれ、でも一頭だけ白くない牛がいるよ?」
遠くを見ながら目をしばたたかせるフクちゃんの視線を追うと、確かに柵の反対側に茶色い子牛が一頭だけいた。
「ああ、ありゃあここらの農家で産まれた子牛じゃなくて、ガウチョが狩ってきた牛の一頭だんべ」
「え?
ガウチョって、牛飼いのことじゃないんですか?」
ギルマスの言い方から、僕はてっきり、ガウチョ=牛飼いだと思ってたんだけど?
「いや、牛飼いはバケーロ。
ガウチョっつぅのは、本来は大草原にいる野生の牛や馬を追って生活している人間を差す言葉だ」
なんとなく、僕の頭の中にカウボーイが浮かんだ。
本格的に西部劇っぽい。
このままだと、牛泥棒との銃撃戦とかもあるんだろうか?
そんなことを考えていた僕に、ゴンザ爺ちゃんがくっくっくと笑った。
「坊主は、牛が好きなんかい?」
「もちろんです!」
即答した僕を、ゴンザ爺ちゃんは何かまぶしいものでも見るように目を細めて眺めた。
「マルコの悪ガキから、ガウチョになりたい子が来るとは聞いとったが……
まさか、牛が好きで牛飼いになりたいとは思いもしなかったべ」
「え?」
牛が好き、以外の理由で牛飼いになりたい人なんて存在するんだろうか?
「坊主たちが、なから遠い国から来たことはなんとなく分かった。
この辺りの人間なら知っとることだが、ガウチョっつぅのは、勇士の一面もあるんだ。
この国の初代国王、わしらは敬意をこめて指導者と呼んどるが――……を助けて、大国を退け、独立を勝ち取ったのは当時のガウチョたちだった。
金銭も衣服すら受け取らず、僅かな楽しみの酒も煙草も投げ捨てて、主とするものは掛け値なしに信頼し、進軍ラッパと共に命を懸ける。
それが、この国のガウチョだ」
なんだか、侍とか野武士とか、そんなイメージだろうか。
「当時の指導者とガウチョのおかげで、わしらは民族の誇りというものを失わずに済んだ。
今の王族貴族の中にゃあ、中央の文化にかぶれて、ガウチョを野蛮な下郎と見る輩もいるが、多くの国民にとって、ガウチョといえば勇士であり憧れだ。
だからわしは、牛飼いになりたい箱入りの子が来ると聞いて、てっきりそのガウチョの勇士としての面に憧れた世間知らずな坊やかと思っとったんだべ。
いくらマルコの紹介とはいえ、そんな坊やなら願い下げだと思っとったんだ」
「僕、雇ってもらえないんですか……?」
おろおろと牛とゴンザ爺ちゃんを見比べる僕の肩を、ゴンザ爺ちゃんの後ろにいたおじさんがニイッと笑って親しげに叩く。
「なぁに、坊主なら合格だ。
な、親父?」
「シィムシィム。
勇士としての一面があるにしても、ガウチョってなぁ牛追いが本業だ。
ましてバケーロは牛飼い。
貴族のボンボンが憧れだけでやったって、続く商売じゃあない」
「ぼ、僕は貴族なんかじゃ……」
慌てて否定しようとした僕を、おじさんが気さくに笑ってさえぎる。
「はは、坊主を見てりゃあ一目瞭然だ。
牛が嫌がる真後ろはちゃんと避けてるし、近づくのも蹴られる後ろからじゃなくて横から、牛のしっぽが持ち上がったら距離を取る。
嬢ちゃんにしても、指先でこわごわ触るんじゃなくて、手のひら全体で撫でてる。それも頭じゃなくて、顔の下や腹を。
牛に慣れてるもんの行動だ」
「極め付きは、育成に尻尾ではたかれた時の反応だべな。
やられたことがない人間は、最初なっから驚くんだ。
こんなに痛ぇもんかってな」
おじさんとゴンザ爺ちゃんの言葉に、僕もうなずく。
「大きくなるとムチみたいですもんね。
子牛の頃はフワフワで可愛いんですけど」
「牛にとっての尻尾は、犬猫のバランスとりとは違う武器の一つなんだべな。
一頭が警戒して鳴くと、みんなして一斉に振り出すべ?」
「あー、そう言われればそうですね」
なんだか牛の話題が通じるって凄く嬉しい。
こんな異世界まで来て、牛談義が出来るとは思わなかった。
「合格だ、クラ!
わしらバケーロ組合は、クラとフクを歓迎するよ」
満面の笑顔のゴンザ爺ちゃんにギュッと抱きしめられて、背中をポンポンと叩かれた。
こっちの人の普通の挨拶なのかもしれないけど、まだちょっと慣れない。
僕も抱きしめ返したほうがいいのかな?
え、この紋次郎伯父さんより年上だろう爺ちゃんを?
目を白黒している僕に、ゴンザ爺ちゃんの息子さん(ミゲウさんというらしい)が笑顔で角スコ(四角いスコップ)を手渡す。
「さ、アミーゴ。そうと決まればまずは仕事だ。
普段は大草原に放牧してるからそんなに汚れないが、今は市に出すために集めてる。
こまめに掃除してやらないと、あっという間に糞まみれだ」
牛雑学・牛のへその緒は人間より短く、逆子(後ろ足から産まれる子)の場合、産まれる途中でへその緒が切れ、胎内で窒息する危険性が高い。




