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3. 王の住まう都で

 




 それから二週間、私たちはレッセル男爵家が所有する、こじんまりとしたタウンハウスに滞在しつつ、王都の観光や貴族が集まるお茶会に顔を出して過ごしていた。人目を気にせずいられる母との買い物は柄にもなくはしゃいでしまった。お茶会では、建国祭に合わせて王都に出てきたほかの地方貴族のご令嬢と繋ぎができたし、情報交換も行われてとても有意義なものになった。



「ところで、ティターニア様、クリスティアノス伯爵のことはご存じ?」



 そんなお茶会で突然話題を振られ、紅茶でむせそうになりつつもなんとか持ち直した。さも普通に飲んでいたという振りをして、首をかしげて見せる。



「ええ、少しだけなら。お噂は我がレッセル領にも轟いておりますわ。実際にお会いしたことはありませんが」

「そうですのね。わたくしもお話だけですの。とても麗しい美貌を持った方だとか!かの王女殿下の傍で常にお守り申し上げる姿は、まるで一枚の絵画であるかのように美しかったと」

「へ、へえ、そうなんですね」

「たった一人を守る騎士、女性の憧れですわね」

「伯爵さまとお話したことのある方から伺ったのですが、物腰もやわらかで、紳士な方だったそうですわ」

「きゃあ、わたくしもお話してみたいわ」



 アルトリウスだけの話ならばいいのだが、クリスティーナを交えられるととたんに気恥ずかしくなる。私は適当にテーブルのお菓子へと手を伸ばした。次々と出てくるアルトリウスの話は、やれ黒髪が素敵だとか、やれ優しいだとか、容姿も性格も大絶賛だ。容姿は確かに整っているが、紳士なのは外用なんだよなあ、と私は気まずくなって口をつぐんでいた。



「そういえば、建国祭の二日目に開かれる夜会に、今年は出席されるそうですわよ」

「えっ本当ですか?」

「あら、ティターニア様も興味がおありなのね」

「え、ええ。一度はお会いしてみたかったものですから。皆さんが仰るように素敵な方だとしたら、言葉を交わしただけで一生の思い出になりそうですわ」



 私は反射的に口を挟んでしまった。それまでおとなしくしていた私が話したことでロックオンされたのか、ぐいっと子爵令嬢が詰め寄ってくる。それをやんわり押し返しながら、私は当たり障りのない言い訳を並べた。


「ティターニア様ならば、伯爵さまのお心を射止めてしまうかもしれませんわね」

「えっ?」

「わたくしもそう思いますわ。今日初めてお会いしましたが、ティターニア様はとてもお美しいですし」

「ええ、所作も気品があって。とても男爵家の方とは思えませんわ。……ああ、いいえ、男爵家を貶めているわけではありませんのよ。なんだかもっと貴い方とお話しているような気分になるのですわ」

「そう、でしょうか。あまり領から出ないものですから、わたくし自身では思ってもみないことです。身分だって釣り合いませんし。でも、そうですね……あの方がわたくしに笑いかけてくださる、そんなことがあったら、とても素敵ですわ」



 にっこり笑った後に、ああしまったと思ってももう遅い。周りの令嬢たちはどこかうっとりするような目で私を見ているのだ。この次に言われる言葉を、私はよく知っている。クリスティーナとして付き合ってきた令嬢にもこんな視線を向けられていた。ほら来るぞ、お―――



「お姉さま!お姉さまと呼ばせていただいてもよろしいですか!?」

「わたくしも!」



 次々と叫ばれる言葉に、私は曖昧に頷くしかない。前世でも、断るすべを見つけることはついぞ叶わなかったのであるから、仕方がないのだ。こうなってしまっては、もうどうしようもない。



「ええ、かまいませんわ。でも、どうか楽に接してくださいね」



 こう答えるしか、ないのだ。キラキラした瞳で頷く彼女たちを見ながら、私は小さくため息をつくのだった。


 前世で培った身のこなしやマナーは、一朝一夕でレベルを下げて矯正できるものではなく、王女としての社交をしてしまっていたのだと私はようやく気付いた。レッセル領では社交の場に出ることはほとんどなかったから、ずっと素の自分でいたことが災いした。ようするに、外用に私が取り繕える面の皮は、クリスティーナ王女用のものしかないのであった。


 今さら男爵令嬢らしく振る舞うこともできず、私はクリスティーナと同じように振る舞うことにした。もうやけくそだった。令嬢たちは見事に私を崇め奉るようになってしまった。皆さんのご両親に、平謝りしたくなるほどだ。



「楽しい時間をありがとうございました、皆さん」

「こちらこそ、とても楽しかったですわ、お姉さま」

「またお会いしましょうね!」

「あの、地方にお戻りになってもお手紙差し上げてよろしいですか……?」



 恋する乙女か、と突っ込みたくなるほどに、頬を染めておずおずと声をかけてくる子にも私は動じたりしない。



「ええ、嬉しいわ。私からもお手紙を書きますね」

「はうぅ、ありがとうございます!」



 にっこり笑いかけて、ようやく辞去する。こうして、私にとって波乱のお茶会が終わったのだった。







「ねえ、お母様。私の所作って変かしら」

「え?なあに、急に」



 夕食後のお茶を二人で楽しんでいるときに、私は母にお茶会での出来事を話した。もちろんクリスティーナとか言うことは伏せて、男爵令嬢としておかしくないかを尋ねたつもりだ。



「そうねえ、王都に来るまで、貴族の社交に連れてきたことはなかったし、気づかなかったけれど。どこでそんなの覚えてきたのかしらとは思ったわ」

「やっぱり……」

「あ、でも去年くらいからかしら、ちょっと変わったわ、あなた」

「えっ、そう?」

「大事なものでも見つかったの?芯が通ったというか、うん、素敵になったわ」

「素敵に……?」

「ええ、別に問題を起こした訳でもないのだし、社交界では相手をいかに味方にするかでしょう。うまくいっているのなら、そのままでいいと思うわよ」

「そっか……ありがとう、お母様」



 ちょうど前世の記憶を思い出したころのことを言われてどきりとしたが、母は優しく笑っていた。母は強し、という言葉の意味を改めて知る。クリスティーナはちゃんと母親になってあげられなかったなあ。子どもたちは健やかに育っただろうか。生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた時の感触を思い出して、ちょっぴり切なくなった。



「ああ、ティア、今日もお父様は遅いみたいよ」

「そうなの?」



 座っているだけだとか言っていた父は、議会を荒らして楽しんでいるらしい。地方貴族の権限の見直し、民の生活の質について、商売方法の革新……中央の貴族たちが困惑するほどの資料をばらまき、賛同者を増やしている。これは議会も長引きそうだし、予定より長く王都に居られるかもしれない。レッセル家は父も母も強かった。







 レッセルを発って一ヵ月、建国祭の日はあっという間にやってきた。リュスタニア王国の建国祭は三日間。その間、街は普段のマーケットの他に出店が所狭しに並び、花や灯りで装飾される。一日目の午前中に国王陛下が国民に対してお言葉をかけ、それが開幕の合図だ。その後に王宮から王族が手を振る例のイベントがあり、王宮の一部が解放される。二日目と三日目は夜会があり、ホールには貴族が集まる。平民たちは眠らない街で飲み明かすなり、広場で踊るなり、各々過ごし方が違うようだ。


 建国祭の間は議会もお休みなようで、前日の夕方、父はやり切ったと言わんばかりのいい笑顔で帰ってきた。私と母はそれを苦笑いで迎え、数日ぶりに夕食を一緒に取ったのだった。


 一日目、私たちは平民に交じって王宮の近くに行った。国王として立つのは王太子であった兄だ。王位は譲ったものの先代はまだ元気なようで、少し後ろから見守っていた。私はかつての家族だった人たちを、遥か下から眺めているのになんだか不思議な心地がした。でも、元気で何よりだと思う。私は嫌がらせのように大きな歓声を上げてやった。ただ、先代王のタイムスケジュールは緩くなっていますようにと切に願う。東西を行き来するときは二十分くらい空けてあげてほしい。


 その後は王宮内を見たり、街で出店を冷やかしたり、親子でめいっぱい楽しんだ。出店は前世の時から変わらない店があったかと思えば、逆に奇想天外な出し物もあったりして、時の流れを感じるような感じないような、まあとにかくおもしろかった。


 二日目のお昼は一人で街をぶらぶら歩いていた。偶然お茶会で知り合ったご令嬢と会ったので、一緒に街を見て回ったりもした。夜会の準備があるので午後の早い時間に屋敷に戻ると、母がすでに準備を始めていた。私はしばらくのんびりして、母の支度を眺めてからやっと腰を上げた。



「お母様、本当にいいの?こんな素敵なドレスをいただいて」

「いいのよ、こんな時くらい」



 高そう……という私の思いを汲み取ったのか、母はからりと笑って私を鏡の前まで促した。濃紺を基調としたドレスは、オーソドックスなAラインだ。肩を出した少し大胆なデザインだが、色味が落ち着いているのでそこまで気にならない。むしろ上品ささえ感じる。広がる袖には白い糸で緻密な刺繍がされており、スカートは紗を幾重にも重ね、地の紺色が透けて複雑なグラデーションを生み出している。生地の端は金糸で縁取られているので、動くときらりと反射した。一言でいえば、すごく好み、だった。


 色味が地味だからと紺を避ける者も多いが、紺色と白がいいというのは私の希望である。前世ではドレスについて私の希望が反映されることはほぼなかったから、謎の感動がある。濃紺と白、という色味は、騎士の制服に使われている。だからこそ、私が着たかった色であり、着ることはできなかった色である。一般の令嬢であれば紺なんてありふれた色なのだ。しかし、護衛という観点からどうしても騎士と並ぶことの多かった私が紺を着ると、目立たないしいらぬ邪推のもとになるから。



「よく似合っているわ、ティア。とってもきれい」

「ありがとう、お母様」



 我ながら着こなしていると思う。紺を着るという夢がこんなところで叶って、私はすこぶるご機嫌だった。使用人に髪を結いあげてもらい、少し逡巡したが欲望は抑えられず、あの髪飾りをつけてくれるように頼んだ。



「この髪飾り、ドレスにとても合いますね」

「本当まるで誂えたようですね。ティア様、すごくお綺麗です」

「ありがとう」

「じゃあ行きましょうか、ティア。お父様、支度が整いましてよ」

「ああ、二人とも綺麗だ。では、行こうか」

「はい」


 王宮へと向かう馬車の中、私は流れる王都の光景を眺めながら、そっと目を伏せた。


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