閑話 ベスと鉱山都市
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side ベス
夜明けより少し前、魔導飛行艇の甲板に立っていた。
激しく冷たい向かい風を浴びて、羽織っていた鼠色のローブがバタバタと五月蝿い。
「もう直ぐ到着です! 姐さん!」
「わかった⋯⋯」
慌ただしく動き回る船員達を横目に、どうしても気持ちが急いて仕方がない。
私は早く鉱山都市へ到着しなければならないのだ。
大きな岩山が見えてくる。問題を片付けたら、私は直ぐにでも⋯⋯
風に乗って、民家の焼ける匂いが漂ってきた⋯⋯それと同時に、鉱山都市の灯す光が見え始める。
「私は先に行く! お前達は安全な高度を維持しなさい!」
「「「へい!」」」
返事を聞くか聞かないかのタイミングで、私は甲板から空へ身を投げ出した。
間に合って⋯⋯くれ。頼む⋯⋯
重力魔法の“グラビティーコントロール”を唱える。落下していた体が方向を変え、一気に加速し飛行艇を置き去りにする。
鬱陶しいローブを脱ぎ捨てて、魔戦鎚“ゴルディススマッシャー”を取り出した。
私の長年の相棒⋯⋯長大な金色の両手戦鎚で、見た目はかなり派手派手しい。
頼むぞゴルディス。
鉱山都市ベグナムは、私が着いた時にはまずい状況にあった。Bランク魔獣“レッサーベヒモス”が、丁度外壁を破壊したところだったらしい。
魔鉄製の頑丈な外壁だけど、Bランクの魔獣に襲われたらひとたまりもないだろう。
このベグナムには、他の街より沢山の冒険者がいる。
オーダーメイド装備を作れる場所として有名で、実際魔装備を作れる職人が沢山いるんだ。
だから襲われても戦力的には申し分ない筈なんだけど、街を取り囲む魔物の数が半端じゃない。
これを引き起こした黒幕は誰だ?
怒りがふつふつと湧いてくる⋯⋯そいつが目の前にいたら、私は躊躇無くゴルディスを振り下ろすだろう。
私の友人は優しいやつだったんだ。村が魔物に襲われれば、きっと最後まで戦ったに違いない⋯⋯
あいつは生きているだろうか? 死ぬわけ無いと信じたい。早くこの戦いを終わらせて、私はクオーネの元へ向かう。
私の古い友人。土の大精霊クオーネ⋯⋯必ず助けに行くからな。
「く! た! ば! れ!」
──ドバアァァンッ!
音速を超える程まで加速して、空からゴルディスの振り下ろした。
レッサーベヒモスの頭が、スイカのように爆散する。私の勢いはそこで止まらずに、地面に大きなクレーターを作ってしまった。
あ、やば⋯⋯これ、後でギルマスに怒られる!?
勢いで家が数件吹き飛んだだけだ。うん⋯⋯きっと大丈夫⋯⋯悪いのは魔物だからね。
「な⋯⋯ベス様!?」
「救援か!?」
「ベス様が来てくれたぞ!」
色めき立つ冒険者や兵士達。それと同時に、飛行艇からの超高度爆撃が始まった。
ベグナムの外は、瞬く間に炎の海に飲み込まれる。
それでも魔物には気休め程度だ。Dランク以上の魔物には、あの程度の炎など意味が無い。
「炎でかなり削れる筈だ! 腕に自信のある者は、Dランク以上の魔物を、殲滅しろ! 手に負えない魔物は私が倒す!」
「「「おー!!」」」
やる気を見せる冒険者や兵士。でもその顔には疲れが浮かんでいた。
こんな時⋯⋯アークだったら⋯⋯
不意にアークの顔を思い出して、自然と頬が緩んでしまった。
ああ、アークに会いたいな。私の癒しなんだ。
*
鉱山都市の戦闘は、その後一週間続いた。Bランクの魔物は一体だけだったけど、Cランクの魔物が混ざってきたりもする。
油断は出来ないだろうけど、これくらいなら私がいなくても大丈夫。そろそろクオーネを探しに行けるね。
ここは鉱山都市ベグナムだ。魔武器を装備した冒険者が多くいるし、未熟だけどBランク冒険者もいる。
上級冒険者と言われるBランクでも、異名を持たない者の方が多い。パーティーでコツコツポイントを貯めた者と、大きな活躍をした者の差だ。
「ベス先輩! 握手してもらえませんか?」
爽やかな笑顔で、青年が私に握手を求めてきた。赤い髪で少し童顔かな? まああれだ、道端の石ころのようなやつだ。
「ベス先輩! 無視しないで下さいよお。これでも自分、ベグナムでは若手ナンバーワンの実力者なんですよ?」
ここ数日、何故か私に付き纏って困っている。確かにそこそこな実力はあるんだけど⋯⋯装備が成金のように輝いていて眩しいな。
街の復旧作業も動き始めたし、食糧や水の問題も無い。
「私はもう行く。確かチャラ男だったか?」
「一文字も合ってません!? トゥルーダですよ!」
「世界は広いぞチャラ⋯⋯トゥルーダ。お前くらいの実力者なんて、この世に腐る程いるんだ」
「⋯⋯」
「また会う事もあるかもしれないな」
そうして私は街を出た。帰りの飛行艇に乗れるそうだけど、私はクオーネの所へ行かなければならない。
きっと生きている筈だ。待っていてくれ⋯⋯クオーネ。
見つからなかったとしても、精霊界に戻っている可能性もある。
直ぐに行くからな!




