混戦のフレイガース、舞い降りた銀閃(1)
*濃いめのバトル(っ ॑꒳ ॑c)
巨大なお城に巨大な街⋯⋯折角訪れた摩訶不思議な精霊界で、楽しく観光出来ないのは勿体ない。全てが落ち着いたらまた来たいよね。
「⋯⋯そのためには⋯⋯」
「気をつけてな」
「無事に帰ってくるにゃ。巻き込んだオイラが言うのも忍びにゃいけどにゃ」
「うん。ビビとトラさんも気をつけてね。上空にいるからって安全かどうかわからないよ? ヘイズスパイダーの親はAランクの魔物らしいから、空にいるからって油断しないようにね。ここには多分いないと思うけど、姿を隠しているだけかもしれないし⋯⋯」
虚空を見詰めながらそう言った。可能性は低いとは思うけどね。
「わかってる」
「オイラも警戒するにゃ」
この二人なら大丈夫だと思いたい。僕も戦闘に集中するから、状況次第では二人をカバー出来ないんだ。
「良いから行け。私もアークを一人にはしない」
「着いて行くのにゃ?」
「そういう意味ではない⋯⋯」
「あははは。うん。じゃあ行ってきます」
ビビから嬉しい言葉をもらいました。落下をしながら“魔気融合身体強化”を発動した。紫電が迸り、激しい銀色の奔流が溢れ出す。
有事に備えておいた方が良い⋯⋯使うのはレベル2までにしよう。先が長いかもしれないし、切り札はとっておきたいからね。行くよドラシー。
『♪〜!』
迫る地面を睨みつけて、体をバッと大の字に広げた。体を全身に風を受け止めて、テンペストウィングを大きく羽ばたかせる。
──ブオン!
強烈な風で急制動をかけると、地面を這うヘイズスパイダーが吹き飛ばされていた。ふと下を見てみたら、白いものが蠢いてるよ。急に現れた僕に、沢山の赤い目が集中する。
うぅ⋯⋯こんなに蜘蛛が沢山いると、ちょっと近寄りたくないな。でもやりますか。
見据えるは糸のドーム。これがあるせいでヘイズスパイダーが街の中を立体的に動き回っている。まずはそこから解決しよう。
僕は銀閃⋯⋯銀閃の戦い方って言ったらやっぱり、
「ハッ!!」
──スパンッ!!
紫電を纏いながら、空間を断つように奔る銀色の剣の軌跡⋯⋯広範囲に街を覆う蜘蛛の糸を、見える限り遠くまで縦に斬り裂いた。
「ハッ! ヤア!」
──ザザザンッ! ──ズパン! ズザザザッ!
放たれる銀閃が、街を覆う蜘蛛の巣を次々に斬り裂いていく。処理しなきゃいけない範囲は広大だけど、スキルで魔力を消費するのは避けたい。
結構頑丈な糸みたいだね⋯⋯でも僕ならなんとか斬れる。
バサバサと斬り裂いて、半分以上の巣を破壊した。街の中には光が届いているだろう⋯⋯今直ぐ助けに行くから安心してね! 次は中の蜘蛛をやっつけなくちゃ。
──ガクン⋯⋯
「ッ!」
三メートルくらいのヘイズスパイダーが、僕の足首に糸を巻き付ける。引っ張られて落ちそうになったけど、急に動かなくなって花を咲かせた。
危ない⋯⋯ビビに助けられたんだ。
注意しているつもりでも、周りは敵だらけでアクシデントも多々ある⋯⋯もっと気を引き締めよう。
「きゃああああああ! 誰か助けてー!」
悲鳴が聞こえて振り向くと、遠くで猿のような精霊が捕まっていた。家と家の間に蜘蛛の巣が張られていて、どうやらそれに引っかかっちゃったみたいだ。
ドラシーに魔力を注ぎ込みながら、分割、並列思考、思考加速を使う。気配拡大感知でヘイズスパイダーの位置を確認し、ドームの中へ飛び込んだ。
「はぁぁぁああ⋯⋯」
限界ギリギリまで魔力を注ぎ込まれたドラシーが、輝きながらスパークする。
よし! 今だ!
「“ホーミングレーザー”!!」
気合いと共にスキルを発動した。ドラシーの刀身から、光の線が数えきれないくらいに飛び出していく。
もう誰にも死んで欲しくない。本当なら蜘蛛にも死んで欲しくない⋯⋯でもそんな事言ってたら戦えないよ。
頭の中が焼き切れるような痛みに耐えて、数千にも及ぶ光線をコントロールする。
──ズドドドドドドド⋯⋯!
街へ降り注ぐ大量の光線が、ヘイズスパイダーの額を撃ち抜いていった。でも倒せたのは小型のやつだけみたい⋯⋯三メートルを超えるようなのも沢山いるし、大きさに比例して強くなるみたいだ。
上手くいかないな⋯⋯それに硬い。だけどまずは小型のやつからだ。
「“ホーミングレーザー”!!」
再度ホーミングレーザーを放つ。二度の大技の連続使用で、回復したばかりの魔力がごっそりと減ってしまった。
あまり状況が良くないね。それでもやるしかない!
「すぅーふー。まだまだ⋯⋯“ホーミングレーザー”!!」
三回目のホーミングレーザーで、今窮地に陥っている精霊を出来る限り助けてあげた。
ちょっとは落ち着けたかな?
「もう大丈夫だよ。こっちにおいで」
「に、人間!?」
「うん。怖がらなくて良いよ」
猿の精霊さんを蜘蛛の巣から引き剥がした。粘つく糸に少し毛が毟られて、痛そうな顔をしていた。近くにヘイズスパイダーはいないけど、流石に放置は出来ないよ。
「僕はまだ戦わなくちゃ。一人で逃げれる?」
「ええ、は、はい!」
「良かった」
「ありがとうございま⋯⋯ふわぁぁ」
ついお猿さんの頭を撫でちゃったけど、僕より絶対年上だよね? 精霊さんだから、見た目から年齢がわからないや。一応リジェネーションをかけてあげる。
「人間さん。ありがとうございました! 気をつけて下さい!」
「いーえ。頑張ってきます」
一度上空へ高度を上げながら、気配拡大感知を拡げていく。街を覆う巣は、まだ半分くらいしか破壊出来ていない。巣のある場所のヘイズスパイダーは、立体的な動きで移動が速いんだよ。
高速で接近する個体がいる。僕は条件反射でドラシーを振り抜いた。
──ズバンッ!
それは真っ白な体をしていたけど、他のヘイズスパイダーとは全く違う容姿をしていた。
あれは何? 今までと違うけど、特殊個体なのかな?
「ぎゃ⋯⋯ぎーぎゃ⋯⋯」
「⋯⋯」
体を真っ二つに斬り裂かれ、地面に落下する特殊個体。目の数は六つ、腕は四本に太い足が二本⋯⋯
少し人間に近いかも? それにしても、凄いジャンプ力だったよ。僕は四十メートルくらい上空にいたのに、一瞬で間合いを詰めてくるあのスピード⋯⋯後でビビに報告しなきゃ。
少し頭がクラクラするよ。体がちょっと辛いかも⋯⋯でもまだ全員助けられていない。
更にもう一体の特殊個体が、僕にフレイムランスのようなものを放ってきた。
サッと半身になって躱したけど、魔法まで使うの? 腕が六本、脚が四本か⋯⋯目が四つで、鼻や耳まであるね。さっきのより人間っぽいかも⋯⋯
地上で蜘蛛の糸に巻かれないように警戒していたけど、射線が通りやすい空中も危ないかもね。
銀閃を一振りして、それを追いかけるように飛び出した。ヘイズスパイダーが左へ避けた瞬間、二段跳びスキルで方向をくの字に曲げる。
「ぎぎゃ!」
「“オーラスティンガー”!」
──ドンッ!
僕のオーラスティンガーが、ヘイズスパイダーの胸に大きな穴を空けた。ドラシーが根元まで突き刺さり、僕は少量の返り血を浴びてしまう。
薄青い血の色だ⋯⋯
そんな事を考えた瞬間だった。胸を貫かれながらも、鉤爪のような手が僕の体を引き寄せた。
油断していた!? それもあるけど、うぅ⋯⋯凄い力だ⋯⋯
人型の姿に近いからって、生命力まで人を基準にしちゃ駄目だ。何とか抜け出さないとまずい!
「ぎゃー! ぎーぎゃ!!」
「ッ!!」
特殊なヘイズスパイダーが叫び声をあげると、遠くにいた数体がこちらへ向かって走ってきた。
この状態は危ない。仕方ないね⋯⋯
ドラシーの魔気融合増幅スキルを使う。一気に膨れ上がった銀色の奔流に、耐えきれなかったヘイズスパイダーが吹き飛ばされた。
痛い! ちょっと強引過ぎたみたい。
離すまいと踏ん張られたせいで、背中をザックり抉られてしまう。血飛沫が出る程じゃなかったけど、熱い痛みが身を包んだ。
僕に向かってきていたヘイズスパイダーが、偶然横並びになっている。それを確認するよりも早く、僕は銀閃を薙ぎ放つ。
「はぁぁあ!!」
──ズザザザン!
自分でも見事だと思える素早さで、ヘイズスパイダー達を輪切りにする。後からこっちに向かって来ていたのはノーマル個体で、魔気融合身体強化のレベル3に対応してくる事は無かった。
特殊個体にはジャンプで避けられたけど、空中へ銀閃を放ったら真っ二つになった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
緊張感のせいか、体の消耗が激しい。立て続けに飲んだポーションのせいかもしれないけど⋯⋯
完全回復ポーションを取り出して、敵の少ない民家の屋根に降り立つ。
「何だ⋯⋯に、人間!? 何で人間が精霊界にいる!?」
何かが近づいて来てたのはわかってたけど、話しかけられたので振り向いた。
服を着た真っ赤な炎のカエルさん?
その体は宙に浮いていて、体がメラメラと炎に包まれている。
それと、
──バシィィン!
雷を纏う女の人まで現れた。
見た目は十八歳くらいのお姉さんで、髪の毛が輝く金髪のショートカット。ドレスのような華やかな服に身を包んでいる。
きっとこの街の精霊さんなんだろうね。他の精霊さんよりも圧迫感があるな。もしかしたら強い精霊さんなのかもしれないよ。
ゆっくりもしてられないけど、一応挨拶くらいしておこうかな。
「僕はアーク。人間の世界ではBランクの冒険者をやっています。偶然知り合ったトラさんを助けるために、人間の世界から精霊界にやってきました」
これで良いかな? 自己紹介を終えて、返事を聞かずにポーションを飲み干した。唖然とした顔の二人を無視して、再びドラシーに魔力を込める。
「み、味方なのか!?」
「嘘じゃないみたい⋯⋯だけど⋯⋯」
「“ホーミングレーザー”!!」
ホーミングレーザーを、空に向かって打ち上げた。一定の高さまで昇った光の束が、流星群の如く街中へ突き刺さっていく。
まだまだ倒さなきゃいけない魔物が沢山いる。ビビのお陰でかなり楽になっているけど、話なら敵を倒してからでも大丈夫だよね。
やっぱりヘイズスパイダーは強い⋯⋯五メートルを超えるような個体は、レーザーを束ねても倒せないや。大きな特殊個体がいたら嫌だなぁ⋯⋯
それにしても、精霊さん達はなんで戦わないんだろう? ちゃんと反撃をしていれば、ここまで劣勢になる事も無かったと思うんだけどね。
「あなた達も戦えるんですよね?」
きっとこの二人は強いと思うんだ。せめて避難誘導だけでもして欲しいな。
周りからはまだ悲鳴が聞こえている⋯⋯僕も頑張るけど、僕だけじゃ手がまわらないんだよ。
遠くでビビの魔力が膨れ上がのを感じた。戦いが終わったら、後で血を吸わせてあげなくちゃね。
「す、すまない。人間の子よ。名はオンミールだ! 緊急時だから今はこれで許してくれ!」
「私はアイセア! 助かるわ!」
「うん。僕だけじゃ全部は難しいんだ。もっと力があれば良かったんだけど⋯⋯ごめんね。出来る限り頑張るからさ」
「十分すぎるくらいよ。正直助かる!」
名前はアイセアさんだったかな?
銀色の力の奔流を放ちながら、大きくテンペストウィングで飛び上がった。オンミールと名乗った炎のカエルさんは、大きなお城の方へ向かって飛んで行く。
「アークって言ったかしら? 私に魔力を分けてくれない?」
え? 魔力を分けるのは構わないんだけど⋯⋯
空中に飛び上がった僕を、普通に飛んで追いかけてきた。
精霊さんは皆飛べちゃうのかな? そうだったら凄いや。
「えーっと、アイセアさんでしたよね? 僕の魔力をどうするんですか?」
「難しい事じゃないのよ。私と“契約”しないかしら?」
え? 契約⋯⋯って?




