精霊界へ。戦いの幕開け
狭い路地裏の片隅で、スキルの精霊体転化を使った。この体になってみるとわかるんだ。自然の力が流れ込んできて、自分の魔力が流れ出ていっちゃうんだよね。
「ふぅ」
「にゃ!? 人間が精霊の体になったにゃ!? そんなのハイエルフにも出来ないにゃ」
「⋯⋯ごめんね。この力はまだ上手く扱えないんだ。どうしたら良いか教えてくれる?」
あまり長い時間このままでいれば、体から魔力が抜けきっちゃうと思うんだ。そうなると僕自身どうなるかわからないから、早めにどうにかする必要があるんだよ。
「トラ、アークにはあまり時間が無いから早くしろ。驚くのは後にするんだ」
「わ、わかったにゃ! 渡り石を握って欲しいのにゃ!」
トラさんに差し出されたそれを急いで握る。意外と軽いんだね。滑らかなでひんやりとしている。
近くで見るとやっぱり綺麗だなぁ。
「渡り石に月の光を集めるにゃ。月光の力を集めれれば、精霊界までの道を開けるんだにゃ」
「わかった。やってみるね」
急いで渡り石を月にかざしてみる。初めてなんだけど、やり方はなんとなくわかるんだよね。魔力を操作するのとはまた違う⋯⋯でも意外と要領は似たような感じだよ。
魔力との一番の違いは、出力される力のコントロールが出来ない事かな? 自分から捻り出すわけじゃないから、無理な圧が体にかかったりしても調整が出来ないんだ。
難しい⋯⋯でも僕ならきっと出来る。魔気融合身体強化に慣らされてるんだから。
トラさんの言った月光の力って何だろう⋯⋯集めようと意識を集中し始めたら、目眩がする程の力が流れ込んできた。
あわわ⋯⋯どうしよう。ちょっと調子に乗ってました⋯⋯自然の力は膨大なんだね。
「大丈夫かにゃ!?」
「アーク!」
転びそうになり、ビビが体を抱きとめてくれた。トラさんが心配そうに僕の事を見詰めている。
急激に自然の力を取り入れたから、体内の魔力が一気に抜け出しちゃったのかも。気絶しなかっただけでも良かったかな。
これは予想外だよ⋯⋯精霊体の状態で、蓄えられる力には限界があったんだ。だから自然の力を取り入れると、押し出される形で体外に溢れ出しちゃうんだね。
「僕は大丈夫⋯⋯平気⋯⋯ビビ、ちょっとそのまま支えててくれる?」
「わかった。アークはそれに集中しろ」
「お、オイラも手伝うにゃ!」
二人のお陰で、何とか作業を再開出来た。ビビが体を支え、僕が月光を吸収する。その力をトラさんが渡り石へ流し込んで、更に僕が月光の力を取り入れるんだ。
三人で力を合わせて続けていると、渡り石から不思議な魔法陣が浮かび上がる。
「君は凄いにゃ⋯⋯半端者のオイラとは違うにゃ⋯⋯」
「え?」
トラさんが寂しそうに呟いた。それには沢山の想いが込められているように感じる。
「何でもないにゃ! もう少しにゃ!」
「うん、頑張る!」
トラさんには、ビビと似たようなところがあるのかも⋯⋯会ったばかりでわからないけど、ヘイズスパイダーが倒せたら聞いてみようかな。
魔法陣がどんどん大きくなっていく。それは渡り石から抜け出して、空中で回転しながら強い光を放った。その光は一瞬で消えると、黒い渦のようなものが前方に出来上がる。
それを見たトラさんが、また泣きそうな顔になってしまった。
「トラさん?」
「成功にゃ⋯⋯ありがとにゃ。名前を教えてもらえないかにゃ?」
「僕はアークだよ」
「ビビだ」
「アークにビビ。本当にありがとうにゃ。これで精霊界に戻れるにゃ」
「どういたしまして」
僕は人間の体に戻った。やっぱり精霊の体になるのは辛いんだ⋯⋯美味しくはないけど、回復力増強のポーションを飲む。
はぁ⋯⋯体に染み渡る〜。染み渡る苦味〜。
「これ以上は迷惑をかけれにゃい。オイラは行くにゃ」
「ちょっと待って! 僕達も行かなきゃならないんだ」
「そうだな。私達も連れて行け。トラよ」
「向こうは危にゃいかもしれないにゃ。どうしてそこまでするんだにゃ」
「さっきも言ったでしょ? こっちにも蜘蛛が出てるんだって。だから元を絶ちに行くんだよ」
「アークがやる必要があるのかにゃ?」
「勿論」
僕は冒険者カードを取り出した。僕の大事な大事な冒険者カード。金色でピカピカしているんだ。それをトラさんに見せたんだけど、やっぱり精霊界に住んでるから知らないみたいだね。
「これは冒険者のカードなんだ。僕には蜘蛛を倒さなきゃいけない理由があるんだよ。それにトラさん一人じゃ危ないでしょ?」
「良いのかにゃ? ⋯⋯人間のアーク⋯⋯感謝するにゃ。オイラを助けて欲しいにゃ」
返事をする代わりに、トラさんの首をもふもふする。いや、やっぱり言葉にしておこうかな。もふもふはするけど⋯⋯もふもふ〜。
「確かに承りました。このアーク、全力をもってトラさんを助ける事を誓います」
「私もだ。アークの敵は斬る。以上だ」
「二人共、助かるにゃ。扉の渦が無くなる前に行くにゃ!」
「「お〜!」」
僕を真ん中にして、左手にビビ、右手にトラさんの肉球をにぎりながら、ゆっくりと黒い渦の中へ飛び込んだ。
渦の中は真っ暗なトンネルで、振り返ってもアルフラの街は見えない。この道は何処まで続いているんだろう? 気がつけば地面の感覚も無くなっていた。
「トラさん。精霊界には向かえているの?」
「にゃんかおかしいにゃ⋯⋯。──にゃ!?」
──グググギギギグググ⋯⋯
「ッ!!」
空間が軋み始め、体を変な衝撃が襲う。右へ左へ激しく揺られ、前後左右もわからなくなってきた。真っ暗で何も見えない⋯⋯どうすれば良い?
「ビビ、トラさん」
「ん」
「にゃ」
何かを様子がおかしい⋯⋯三人で抱き合うよにくっついて、はぐれないように支え合う。
と、そこでいきなり大空へ放り出された。
「ちょっと!! “テンペストウィング”!」
「いきなりか、はあ!」
「にゃ! 落ち──」
白い翼と赤黒い羽が空に伸びる。危ない⋯⋯トラさん落っことすところだった。僕とビビは飛べるから良いけど、トラさんだけだったら落っこちてたよ?
茹だるような熱風が体を包んだ。変な焦げるような匂いと、真下にはマグマの湧き出る大地が広がっていた。
凄いね。ここが精霊界なの?
「ここは⋯⋯火の国にゃ! にゃんでこんな場所に⋯⋯オイラの住んでた国じゃないにゃ!?」
「どういうこと?」
「オイラが住んでたのは水の国なんだにゃ」
勝手なイメージだけど、確かにここは水の国とは言えないよね。溶岩が流れ、黒い岩が点在している。
人間の世界は夜になるところだったのに、精霊界は青空が広がっていた。
大きな音が聞こえて振り返ると、僕達から遠く離れた場所へ隕石が落ちてきた。
──ズガァァアン⋯⋯
轟音と共に火柱が立つ。呆気に取られる迫力だね。
「今日は隕石の日みたいだにゃ」
え? 隕石の日とかあるの?
「精霊界怖⋯⋯当たったら死んじゃうよ」
「精霊はそんな事じゃ死にゃにゃい」
「おい、アーク⋯⋯あれを」
ビビがある方向に指を向けていた。見てみると、遠くに赤い屋根の巨大なお城が見える。
「それじゃない。その周りだ」
「え?」
*
三人称視点
空高く聳える王城と、それを取り囲む数十万もの民家がある。更にその先には、それら全てを囲う高く白い城壁があった。
ここはイフリートの治める国フレイガースだ。そのフレイガースに住む精霊達が、現在パニック状態で飛び回っていた。
それはまさに地獄のようであった⋯⋯見た事もない白い蜘蛛の軍勢が、いきなり城壁をよじ登って噛み付いてきたからだ。
でもそれだけではここまでの騒ぎにはならないだろう。少し怖く思ったとしても、精霊は外傷で存在が脅かされたりしないからだ。
でもあの蜘蛛はそれだけじゃなかった⋯⋯噛まれた途端に体が吸い込まれ、存在そのものが食われてしまったからだ。
「大変だ〜大変だ〜!」
炎で造られたカエルのような見た目の精霊が叫んでいる。彼の名はオンミール。偉大なるイフリート様に仕える忠臣の一人だ。
「いやーー!」
土塊の蛇が糸に絡め取られた。
攻めてきた蜘蛛の数は数万にものぼる⋯⋯早く王に報せなきゃとオンミールは必死に飛び回った。だがそれを邪魔するように、蜘蛛の糸が罠の如く空を飛び交っている。
(くぅ⋯⋯何故こんな事に)
危うく捕まりそうになりながらも、炎のブレスで焼き払いながら進んで行く。
精霊達は戦いに慣れていなかった。普段から戦う事も無ければ、争い一つ起きないのだから。
精霊界は精霊達の楽園だ。人間や魔物と契約する者もいるが、力を分け与えるだけの簡単なお仕事になる。だから精霊達の中で戦いの経験がある者が殆どいなかったのだ。
(まずい⋯⋯早く体勢を立て直さなければ⋯⋯)
「助けて〜食われるー!!」
その声に振り返る。
(何でなのだ⋯⋯仲間がどんどん食われていく)
体を糸で素巻きにされた岩の精霊が、助けを求めて手を伸ばした。そんな姿を見せられたら、オンミールには見捨てる事が出来ない。
「今助け──ッ!」
──ガリ!
大きな蜘蛛に噛まれ、呆気なく存在が食い尽くされる。オンミールは悔しそうに顔を歪めながら、不気味な白い蜘蛛を睨みつけた。
火、風、光、闇、雷、水の精霊には糸をどうにか出来る力がある。すり抜けたりも出来るが、土の精霊には捕まれば逃げる術がない。土の精霊は本来一番力持ちなのに、蜘蛛の糸が強力過ぎて打つ手が無いのだ。
「ああああ! 皆を食べるなよ! 何なんだお前達は!」
蜘蛛は大小様々で、三十センチくらいの大きさだったり五メートルを超える巨大なのもいた。真っ白い体で足が速く、沢山の赤い目がギョロリと動いて獲物を探している。
そこら中から蜘蛛の爪が建物を引っ掻く音が聞こえてきて、それが更に精霊達に恐怖を与えていた。
「オンミール!」
「アイセア!」
オンミールの直ぐ近くに落雷が落ちた。大量の土煙の舞う様子から、余程急いで来たのだと推測出来る。
「無事だった? オンミール」
「アイセアこそ」
煙の中から姿を見せたのは、雷を纏う女性形の精霊だった。アイセアはオンミールの無事を確認すると、表情を引き締めて周りの蜘蛛へ落雷を落とし始める。
「くらえ! くらえくらえー!」
──ズドドドドーン⋯⋯
バリバリと雷が迸り、その視界が真っ白に染まる。
「オンミール。早く王城へ行きなさい」
「俺よりもアイセアが飛んだ方が速いだろ!?」
「私は蜘蛛をおさえるのに精一杯よ。だからオンミール⋯⋯早く! 早くイフリート様に伝えて!」
「それじゃアイセアが!」
「大丈夫に決まってるじゃない! 早く行って」
顔を悔しげに歪めるオンミール。
(アイセアだって辛い筈なんだ⋯⋯クソ)
「沢山の精霊の命がかかってるの! グズグズしてないで行ってよ!」
「わかった! 必ず助けに来る。耐えてアイセア!」
「当たり前じゃない!」
アイセアは再び空から落雷を落とした。ここは城下町の大通りで、王城までは一直線に飛べば早い。体を浮き上がらせ、オンミールが飛び立とうとした瞬間⋯⋯
(──ッ!!)
空を塞ぐように無数の蜘蛛の糸が乱舞した。右から左へ、左から前へ⋯⋯あっという間に塞がれた空の道に、ただただ絶望感が湧き上がってくる。
(巫山戯た生き物だ⋯⋯この数、速さ、それに優れた戦闘能力まである)
考え事すらさせてはもらえない⋯⋯どうするか必死で考えていたオンミールに、小さな蜘蛛が空から降ってきた。
「こんな時に!」
「もう! 何なのよ!」
(もう駄目なのか? 早くイフリート様の元へ行かないといけないのに)
「フレイムブレス!」
オンミールは自身最強の技を放った。しかし、魔力のこもった特殊な蜘蛛の糸は、オンミールのブレスでも焼き払えない。それどころか、退路を断つように周囲を蜘蛛に囲まれてしまった。
「退けよ⋯⋯退けよー!」
「きりがない⋯⋯なんて数なのよ」
「「「「ギチギチ⋯⋯キチキチ⋯⋯」」」」
イフリート様にこの危機を伝えるまでは、絶対に負けるわけにはいかない。オンミールとアイセアは、数少ない大精霊だった。
「助けてー⋯⋯怖いよー!」
小さな精霊が蜘蛛に追い回されている。蜘蛛の足が凄く速い⋯⋯逃げ場もどんどん無くなっていく⋯⋯
「今助ける! がんば⋯⋯れ⋯⋯よ」
オンミールが叫ぶも一足遅かった⋯⋯アイセアも悔しそうに奥歯を噛み締める。
ふと遥か上空から、強大な魔力が膨れ上がるのを感じた。もう既に空は見えなくなっている⋯⋯蜘蛛の糸が街を覆うようにドームを形成しているようだ。
「なんだ? 何が起こっている!?」
「わからないわ! 今度は何なのよ!」
二人が動揺するのには理由があった。精霊は自然の力を行使して魔法を放つが、魔力を使う者は誰もいない。
新たな敵が現れたんだ⋯⋯そう思い、オンミールとアイセアは覚悟を決める。
ブクマ500件突破しました!
アクセス数も18万を突破。沢山読んでもらえて嬉しいです(*^^*)
五章のバトルが始まります。相変わらずアークはアークなので、この先もどうぞお楽しみ下さい。
作者、ドラグスに帰りたい病が発動中(:3_ヽ)_
「ベスちゃん、ミラさん、シェリーさーん。すっごいお土産持って帰るから待っててねー!」(アーク)
「むまぅッ!?」




