喧嘩は嫌なので脅しました。 水の都“アルフラ”。
夕焼け空の中を飛ぶ船の甲板から、激しく回転する大きなプロペラを眺めていた。規則正しいバタバタする音が、僕をいつまでも釘付けにさせる。
隣には僕の左手がお気に入りの吸血鬼が、誓の指輪を撫でたり見詰めたりしている。
魔導飛行艇は安定した速度で飛行していた。行きは六時間かからない程度の時間で到着したけど、帰りはゆっくり安全なルートで飛ぶんだってさ。
魔力の薄い場所を選んで進み、危険な魔物が出そうな場所を避けて通るんだとか。
最も注意しなければならないのが、この国にある亜竜の住む霊峰。次にグリフォンが産卵するための高山など、他にも危険な場所が多々あるんだって。
不測の事態に備えて、普段はゆっくり飛んで行くらしい。なのでドラグスに到着するのは明後日の昼頃になるそうだ。
僕は甲板から流れる景色が好きだった。外の世界を見たことが無かったから、何処を見ても面白いんだよ。
ただ外を見ているわけでもないけどね。“気配拡大感知”スキルを使って、危険な魔物が近付いてきていないか警戒もしていた。
危険な場所を避けて進んで行けば、自然と何処かの街の上を通ったりする。高い場所を飛んでるから良く見えないけど、何となく手を振ってみたりした。
ビビも景色見たら良いのにな。指輪は何時でも見れるんだから。
そう思いながらも、気に入ってもらえたのが嬉しかった。
これは簡単な契約魔術の指輪⋯⋯鈍い色の安物で、何の装飾も無いリング。誓を破っても罰は無く、ただ崩れて取れるだけ。
でもこの指輪がここにあることが、ビビにとっての大きな意味になる。
船員さんが一人近付いて来た。僕がその人に顔を向けると、彼はニコッと笑って手招きをする。
「アークさん、ビビさん、夕食が出来たので呼びに来ました。船内に入って下さいや」
「ありがとうございます」
「そんなに広くないですがね。飯はまあまあの味かと思いますぜ」
「お腹が空いてきていたので楽しみです」
船員さんに着いて船内に行くと、美味しそうな香りが漂って来た。
やっぱり中はとても狭いね。よくわからない配管が沢山あるよ。
案内された食堂には、六人で楽に囲めるくらいの小さなテーブルがある。壁には丸型の窓があり、厨房合わせても四畳半無いかもしれない。
きっと一度に全員で休憩することが無いんだろうね。誰かが船を操作しなくちゃいけないから。
「来たか、アークよ」
船長がレアのステーキを頬張りながら、少量のお酒を飲んでいたみたい。ガーリックの良い匂いがするなぁ。フォークに刺さった分厚いステーキから、ぽたぽたと鉄板に肉汁が落ちた。
ぱちぱちと爆ぜる脂と、ガーリックソースが絡み合っている。
そのソース欲しいです。ヨダレが止まりません!
焼ける音を聞きながら、僕は部屋の奥まで入って行った。
「こんばんは。帰りも乗せていただきありがとうございます」
「いーさ、この船は王都へ帰るからな。それにアークを連れて帰らないとキジャさんが五月蝿いだろう?」
そうなんだ⋯⋯この魔導飛行艇は王都から来たんだね。やっぱりかっこいいなぁ。良いなー良いなー。こんな立派な空飛ぶ船が、王都にはいっぱいあるのかな?
「二時間くらいしたらアルフラの街へ到着だ。今日はそこを宿にするからな。飯食ったらもう少し好きな場所で待っててくれ」
「街へ降りれるんですか?」
「ああ。ちょっと補給も必要なんだよ。イグラムじゃ全てが揃わなくてな」
「楽しみです! アルフラってどんな所なのかなー」
船長と話をしていると、美味しそうなグラタンが運ばれて来た。チーズにこんがりと焼き色がついていて、グツグツとまだ煮立っている。
煮込まれたオニオンの香りがまた良いね。どんどんお腹が空いてきちゃう。
僕達の後に食事をする人がいるかもしれない。あんまりのんびりしていると、他の人の迷惑になっちゃうかもね。
背もたれの無い丸椅子に座り、グラタンの置かれたテーブルの前に着いた。サラダにサンドイッチ、ステーキとトマトスープまで出てくる。ボリューム満点だよ!
「アルフラは水の都よ。そこでちょいと冷却水を入れ替える。イグラムにもあったんだが、この船に使うには足りなくてよ。燃料の問題は無いが、他にも見なきゃならなくてな⋯⋯街に着いたらとりあえず宿だ。翌日の昼には出発するから、それまで自由にしてくれていい」
「わかりました。明日の十二時までには船に戻りますね」
「ああ、それで大丈夫だ。⋯⋯アルフラは観光名所だったんだが、今回の騒動でどうなってるのかはわからん。何とか耐えきったらしいがな」
「そのアルフラも襲われたのですか?」
「ああ⋯⋯残念だがな。アルフラは綺麗な場所なんだが、襲われた理由がわからんよ。攻め込んでも意味が無い⋯⋯人口が多いだけでな」
「そうですか⋯⋯」
「ふ。すまん。飯の前だったな。美味いから食ってくれ」
「はい」
目の前には美味しそうな料理がある。これを食べて元気を出そうね。
神様にお祈りを捧げ、感謝の気持ちと共にアルフラの無事を願った。どうか誰も死んでいませんように。
*
水の都アルフラは、大きな湖の中にある街だった。月明かりを頼りに、魔導飛行艇がゆっくりと近付きながら高度を落とす。
街の中には沢山の水路があり、様々なボートが浮かんでいた。家の外壁は白く、屋根はオレンジ色に統一されているようだ。
今は夜だから暗いんだ。だからあまり遠くまでは見えないね。明日の朝にでも少し観光してみようかな。
まだ時間も十九時過ぎで、街には沢山の明かりが灯っている。
魔導飛行艇は一度港に下ろすらしい。下にいた漁師風の男性が、光る棒を振りながら誘導してくれていた。
「こっちだー! そのままゆっくり下ろせー!」
回るプロペラの風圧が、水面を激しく揺らしていた。誘導してくれていた男性の服も、千切れそうな程にバタバタしている。
「よーし! そのままだー! 慎重にな!」
船はゆっくりと着水すると、プロペラの回転が止まった。
普通に水面に浮かぶことも出来るんだね。陸にも着地出来るし、僕も将来は魔導飛行艇が欲しいかもしれない。そうなると船の整備と操縦が出来る仲間が必要だね⋯⋯でも戦えない人を連れ歩くのは難しいからなぁ。ん〜⋯⋯今は保留かなぁ。
甲板からジャンプして桟橋の上に降りた。ちょっと古びた木製の桟橋が、着地と同時に嫌な音を響かせる。ビビも真似して僕の隣に着地した。
「アーク。魚がいるぞ」
「おー⋯⋯良く見えるね。僕には真っ暗で難しいな」
「えい!」
──ザクッ!
ビビが血晶魔法でレイピアを作り、切っ先を伸ばして水面を突いた。ちょっと反則的な釣り方だね。
剣を持ち上げると、頭を貫かれた80センチくらいの魚がピクピクと痙攣している。少しドヤ顔のビビが微笑ましい⋯⋯褒めるように頭を撫でてから、魚の尻尾を落として血抜きをした。
この街の漁師風の人達と、船長が話をしているみたい。宿へは皆で移動するらしいから、ちょっと時間を潰さなきゃいけないかな?
暇だから僕も釣りをしよう。そう思っていたら、船長がいきなり殴り飛ばされる。
「ぐあ!」
「「船長!」」
船長が殴られた衝撃で背中から倒れると、それを船員さん達が助け起こしていた。何があったのかわからないけど、穏やかじゃない雰囲気が伝わって来る。
殴ったのは仕立ての良い服を着た男性だろう。その背後に護衛だと思われる男性と女性が一人ずつ立っていた。いつの間にか漁師風の人達がいないなぁ。
「この船は今からドゥーリッチ伯爵様が貰い受ける! 平民の分際で口答えをするな!」
「ぐぅ⋯⋯こ、これは冒険者ギルドの船です。いくら伯爵様の命令だろうと、ちゃんとした手続きをしてもらわなきゃ──」
「口答えをするなと言っている! 金ならば払う」
──ドン。
まだ立ち上がれていなかった船長の足元に、革の袋が落とされた。中にはお金が入っているものと推測出来るが、どうもやり方が強引だよね。
殴らなくたって良いじゃないか。酷いことするな⋯⋯
船長が革袋を開くと、中にはやはり金貨が入っていたようだ。ざっと見で五十枚くらいかな? でも魔導飛行艇ってそんなに安くないでしょ? そんなお金じゃ魔導車だって買えないんじゃないの?
船長も同じことを考えていたようで、何とも言えない表情を浮かべていた。
これがただの人なら突き返せば良いんだけど、相手が貴族だから対処が難しいんだろうね。
「それだけあれば十分だろう。今直ぐ荷物を纏めて出て行くが良い」
「これだけじゃ燃料代にしかなりません。魔導飛行艇を買い取ると言うのであれば、せめて4000万ゴールドは用意していただきませんと⋯⋯」
「なっ! よ、4000万ゴールドだと!!」
貴族服の男性と同じように僕も仰け反る。
4000万ゴールドだってぇ! 高いなぁ。白金貨三十枚なら直ぐ払えるんだけどね。まだギルドに預けてないから手元にあるよ。
貴族服の男性は魔導飛行艇の相場を知らなかったみたいだ。顔を真っ赤にして歯軋りをしているように見える。
「ええい! もうこんな街にいられるか! 療養のために伯爵様を連れて来てみれば、魔物が毎晩襲って来るではないか!! 口答えせずに船を明け渡せ!」
「ギルドからこの国の王様へクレームを入れることになりますが?」
「お前! 私を脅そうと言うのか!」
「滅相もございません。⋯⋯ですが、無理矢理奪うと言うのであれば、そうするしかないと言っているまでです」
「ぐ⋯⋯」
そうだよね。冒険者ギルドは、世界中にある巨大な組織だもの。一国の王様だって下手なことは言えないんだよ。
僕とビビは影に隠れながら様子を見ている。船長の口と鼻から血が出ているよ⋯⋯痛そうだから早く治してあげたいな。
でも今は大人の会話の真っ最中だから、僕が出て行っても話がこじれるだけになっちゃいそう。それに僕は乗組員じゃないし、余計な口は挟みたくない。
貴族服の男性が周囲を見渡した。その顔を怒らせながらも、何かを確認しているようだ。
「ふ⋯⋯もう後悔しても遅いぞ。お前達、コイツらを殺せ」
「なっ!」
船長や乗組員全員が驚愕の顔になる。誰もそこまでして来るとは思わないもんね。僕も内心かなりびっくりしました。
「いーのか? 後で伯爵様に怒られるんじゃ?」
護衛の男性が確認を取る。面倒そうな顔をしながら、腰の剣に手をかけた。
「ここに目撃者はいない。不敬罪だと言えば問題無い。だから殺せ」
「そーかい⋯⋯じゃあ悪いけど、あんたらには死んでもらうよ」
「ししし、運が悪いねあんた達」
護衛の二人が剣を抜いて歩いて来た。明らかにおかしい命令なのに、どうしてそれは出来ませんって言わなかったんだろう?
「そんなことしてただで済むと思っているのか!?」
「横暴だ!」
「ただで殺られてたまっか!」
「船乗り舐めんな!」
全員腹を括った顔をしているけれど、戦えない皆じゃ直ぐに殺されてしまうだろう。
「仕方ないね。行こ、ビビ」
「そうだな」
緊迫している空気の中で、僕とビビが皆の前に割り込んだ。当然注目を浴びてしまうよね。でも皆がやられそうなのに見て見ぬふりは出来ないよ。
「あ? ガキんちょがいたのかよ⋯⋯誰かがパパなのか?」
「運が悪いのは私達もか。嫌な仕事だね⋯⋯怖くないように最初に殺ってあげるよ」
男は眉根を寄せ、女の人は嫌そうに苦笑いした。船の皆は僕を見てホッとしたような顔を見せる。
「悪いことをしようとしている自覚はありますか?」
「当たり前だろ」
「さてねえ」
「早くしろ! 今人が来たら面倒だ!」
貴族服の男性が後ろから怒鳴り声を上げた。それで目の色を変える護衛の二人⋯⋯
でも、
「今止めるなら見逃します。貴方達も捕まりたくは無いでしょう?」
これで止めてくれるなら良し。駄目だったら残念だけど拘束しよう。
僕は身体強化と気力操作を使って力の底を引き上げる。この人達にここまでする必要は無いけれど、これで引いてくれるなら助かるな。
体から溢れ出る金色の闘気を纏い、ドラシーを抜いて片手で構えた。それを見た護衛の二人が、息を呑んでその場で固まっている。
良かった。僕の力の一端でも実力差が理解出来たようだ。
「そんなの⋯⋯こ、虚仮威しだろ!? さっさと──」
「僕には銀閃と言う異名があります。一応Bランク冒険者なのですよ?」
「何!?」
「⋯⋯」
貴族も護衛の人も固まったね。冒険者ギルドのカードを胸ポケットから出すと、見やすいように掲げてあげる。
「あれは⋯⋯本物か⋯⋯」
「逆立ちしても勝てないわね⋯⋯」
「くぬ⋯⋯クソ! クソクソクソが! 覚えてろよー!」
貴族服の人が走って去って行くと、護衛の二人が追いかけるように逃げ出した。捨て台詞だと思うけど、覚えられたらまずいのはそっちなんじゃないかと思うんだ。
苦笑いをしてから神聖魔法を船長にかける。お待たせしてすいません。
「いやー。助かったよアーク。スカッとしたぜ」
「あ〜助かったぁ」
「良かったぁ⋯⋯」
「陸では死なねえって決めてたんだよな」
笑顔の船長と皆から感謝をされる。大したことはしてないけど、ああいう身勝手な貴族は駄目だよね! こういう時はアレだ! 豆腐の角に頭をぶつけて⋯⋯なんだっけ? 残念な気持ちになっちゃえよYOUだっけ?
さて、敵も逃がしちゃったし、一度皆に謝ろう。
「皆さんごめんなさい。冒険者ギルドの人間に暗殺未遂をしたら、罪にかけられてしまいますよね? あの人達がいくら貴族でも、最悪死罪になっちゃうかと思いまして⋯⋯船長が殴られたのに逃がしちゃいました」
僕は甘いかな? あんな絡まれ方をしたけど、死んで欲しいとは思わないんだ。
「良いさ。貴族の悔しそうな顔が見れたんだ。それよりも気になる事を言っていたな⋯⋯」
「そうですね⋯⋯」
あの貴族の男が言っていたんだ。魔物が毎晩襲って来るって⋯⋯魔物の問題がまだ解決していないみたい。
それにしては平和だと思うんだけど、いったいどうなっているのかな?
街の中を“気配拡大感知”スキルで探ってみる。うん、やっぱり普通だと思うんだ。変だなぁ⋯⋯
「僕は一度ギルドに顔を出しますよ。まだ問題が解決していないみたいですし」
「ああ。俺達も行くよ。宿をギルドで手配してもらうからな」
「一応魔導飛行艇を収納しておきますか?」
「は? そんなことが出来るのか? デカいだろ?」
「はい。魔物に壊されたら大変ですからね」
一から説明するより見せた方が早いだろう。僕が魔導飛行艇を収納したら、空中でお尻丸出しの船員さんと一瞬目が合った。その船員さんは考えている人のようなポーズでニカッと笑うと、そのまま海へと落ちて行くのでした。
話の“落ち”のために船員さんを落としました( ๑•̀ω•́๑)私は悪くない私は悪くない。
はい。と言うわけで新章スタートです(*^^*)




