さよならイグラム
猫耳メイドって素晴らしいですね! わかります。
あれから七日が経ち、領主様から新たに手紙を受け取りました。明日には魔導飛行艇の修理が終わるそうなので、急遽アーにゃんとビビにゃんのさよならパーティーが開かれたのです。
今、猫耳メイド喫茶は超満員。僕とビビにゃんが好きだったファンのお客さんが店に集まり、泣きながら「元気でね」「またね」とか「また何時でも戻って来なさい」とか言ってくれて、とても嬉しく寂しく思いました。
ぼ、僕だって⋯⋯皆のことが──
「アーク! それ以上は駄目だ! 戻って来ーい!」
「ハッ!」
何だろう。空気に流されそうになってたみたい。おかしいなぁ。
真子ちゃんからの魔術の指導はとても難しかったよ? 基礎も何もわからない状態だったから、かなり根本的なことから教わりました。
まず、魔術とはなんぞや? から始まり、詠唱とはなんぞや? 魔法陣とはなんぞや? と、細かい指導からしてもらうことになったんだ。
僕はスキルのことしかわからない。だから最初は全然意味がわからなかったよね。
まず魔法陣とは、誰もが魔力を流せば使えるように、魔術を書き写した物らしい。本来は使う人物によって細かな調整が必要だけど、魔力効率さえ気にしなければ発動可能なんだとか。
そのため魔法陣は広く世界で使われていて、様々な工夫がされながら進化しているんだとか。
それでも大衆向けの魔法陣には限界があり、本気で使おうと思えば自分で書き直すしかないらしいよ。
古代文字を使い、ありとあらゆる命令を書いていくことで、魔法陣は様々な反応を引き起こすことが出来る。文章の区切り方や、図形の挟み方、使う魔石やインク、書き込む革や金属でも変わってくるんだって。
まずは古代文字の勉強が必要だね。でもこれには教科書などは無いらしい。世界中で研究されているんだけど、どの国も解読出来た内容を秘匿しているんだたってさ。なので、真子ちゃんが教科書を作ってくれたんだって。基本的な書き方から説明されているので、本当に助かります。
真子ちゃんは古代文字を勉強したわけじゃないんだってさ。勇者様なら全員が解読出来ちゃうらしいよ? なんて凄いんだろうね。流石勇者様だよ。
次に詠唱とは何か。これはスキルとは使い方が違うらしく、声に魔力を込める必要があるらしい。それも古代の言葉が必要になるから、詠唱魔術はかなり高度な技術なんだとか。
強くなるには必要だよね。絶対に使えるようになりたいな。
無詠唱魔術は更に難しいらしいけど、それが出来なきゃSランク以上の魔物とは戦えないんだって。僕が詠唱魔術まで出来るようになったら、無詠唱魔術のことを教えてくれるんだってさ。
これらのことを全てひっくるめ、魔術と言うらしいんだ。
真子ちゃんの教科書は無限収納へしまってある。こんな本は二度と手に入らないよね⋯⋯落としたら大変だよ。本当にお世話になっちゃったな。真子ちゃんありがとう。
僕とビビはステージに立ち、真子ちゃんからマイクを渡された。皆の潤む目を見ながら、今日最後の言葉を考える。
「皆様、今までありがとうございました。この猫耳メイド喫茶でのことは絶対に忘れません。真子ちゃん、メイドの皆、ご主人様達、お嬢様達、本当にありがとう。明日イグラムを去りますが、また来ることがあれば必ず立ち寄りたいと思います。にゃん!」
「世話になった。また来る⋯⋯にゃん」
──パチパチパチパチパチパチ⋯⋯
うぅ⋯⋯やっぱりちょっと泣きそうだよ。皆仲良くしてくれたからね。本当にありがとうございました。
*
翌日、折角なのでイグラムの魔導具屋さんにやって来ました。大きなお店で中も広い場所の筈なのに、品物が溢れていて狭苦しく感じるよ。
珍しい物ばかりで見ていて楽しいです。どんな物かわからないから、とりあえず弄ってみたりしてるんだ。
ピョンピョン飛ぶ兎の玩具が欲しくなっちゃったよ⋯⋯
「アーク。これ便利じゃないか?」
ビビが持って来たのは、壁に貼り付けるタイプの収納冷蔵庫だった。確かに僕の部屋でも使えるもんね。果実を搾ったジュースを入れておけば最高だ。それに壁に貼り付けるだけなんて凄いよね。薄いからスペースも要らないし、扉を開けば奥行きも結構あるよ。
その冷蔵庫と、音がしない空気を吸い込む小さな魔導具を選んだ。スイッチを入れるとゴミを吸い取ってくれるんだって。片手に持てるアイロンみたいな形をしたやつだから、狭い部屋の中でも掃除が楽になるよね。
んー、他には〜⋯⋯
ある物を見つけ、それをこっそり購入した。ビビに内緒にしておくんだ。
「来て良かったね」
「そうだな。でもアークが魔術を覚えれば、どれも自分で作れるようになる物だろう。珍しいのもあるが、どれも単純な物に見える。だから必要な物以外いらん!」
「あぁ⋯⋯」
ビビに兎さんが掴まれて商品棚に戻される。ああ、カエルさんに芋虫さんまで⋯⋯ちょ、ちょっと待って! 必要だよねクマさんは!
「飯を食う魔導具って⋯⋯何の役に立つんだ? アーク」
「いや、だってさ。一緒に食べたらもっと美味しくなるかもよ? あと、額のボタン押してみて!」
「ふむ⋯⋯えい『ハチミツ食べたいでごわす!』いらん!」
ガビーン⋯⋯渋い声で喋るクマとか凄いと思ったのに。
結局実用的な物だけ買って店を出る。夜にはイグラムを出発するらしいから、あまり時間が無かったんだよね。
他にも見たいお店があったけど⋯⋯んー。
「ビビ、着ぐるみ屋さんがあるよ!」
「買ってどうする?」
「ビビと遊ぶかな」
「却下。⋯⋯我慢出来なくなりそうだ」
「え?」
却下までは聞こえたんだけど、後半は声が小さくてわからなかった。
楽器屋さんで勇者様が考えたアコースティックギターという物を購入する。今はまだ指が届かないんだけど、大きくなったら練習するんだ。
もう買い忘れてる物は無いよね? ギルドへ挨拶しに行かなくちゃ。
*
オープンテラスの綺麗なレストランを見つけて、そこで遅めの昼食を済ませる。
大盛りミートボールパスタを食べたんだよ。チーズいっぱい乗せてもらったんだ。お土産にテイクアウトを沢山作ってもらってから、僕達は冒険者ギルドへやって来た。
ギルドの中はもう緊迫した雰囲気は無く、お酒を飲んでいる人が数人いるようだ。
受け付け嬢さんに声をかけると、少々酒場の椅子でお待ち下さいませご主人様と言われた。後半空耳かもしれない⋯⋯きっと空耳だ。
どうせ暇ならと思って酒場のメニュー表を眺めたら、ここはちゃんとミルクが置いてあるみたい。帰ったらミルクさんに教えてあげよ。
暫く待ってたら、上の階から沢山の人が下りて来た。何だろうと思って顔を上げたら、マリクさんやサナトリアさんなど全員が揃っている。
僕の方から会いに行こうと思ってたのに、態々向こうから来てくれるなんてね。
「やあアーク君。あれ? お酒なんて飲むのかい?」
「いーえマリクさん。僕は嗜む程度なんで一滴も飲めません」
「それ嗜んでないよね!?」
あら、バレちゃった。今度から一滴は飲もうかな(キリ)。
「アーク君は今日ドラグスへ帰るんだろう? 足の準備が整ったって船長から聞いたよ」
「はい。今晩帰ることになりました。短い間でしたが、大変お世話になりました」
僕は椅子から立ち上がると、集まってくれた全員に頭を下げた。接点の無い人も多いけど、折角集まってくれたんだもんね。
三十代くらいに見える男女の二人が、僕の前にやって来た。深く頭を下げてから、気迫のこもった目を向けて来る。
この二人⋯⋯確か何処かで⋯⋯
「銀閃様⋯⋯夫の命を救っていただいて、本当にありがとうございました」
「俺からもありがとうございます! あの時のことはあまり覚えてませんが、アーク様が忙しい中、俺を助けるために態々空から下りて来てくれたと聞きました。これで妻を悲しませずに済みます。本当にありがとうございました!」
あ、思い出した! クレイゴーレム達が見つけてくれた瀕死の男性だね!
「お元気そうで良かったです。それと、態々ではありませんよ? 僕はこのイグラムに住む人を助けに来たのですから。それこそが本来の目的だったのです。助けられて本当に良かったと思います。これからも奥さんと仲良くして下さいね」
「は、はい⋯⋯ありがとう⋯⋯ございました⋯⋯」
「ありがとうございました!」
二人はもう一度深く頭を下げてから離れて行った。入れ替わりで男女の五人パーティーが僕の前に近付いて来る。
「お、俺達も、アドバイスと怪我の治療までありがとうございました!」
「どういたしまして」
「俺達も頑張りますんで、アークさんも頑張って下さい!」
「はい。沢山頑張ります」
その後もワラワラと集まってきて、誰が誰だか良くわからなかったよ。中には兵士さんもいて、僕に御礼を言ってくる。
本当に僕は皆を助けられただけで満足なんだけどね。でもしっかり感謝されて上げないと、この人達の気が済まないみたいだった。
感謝はされ慣れてないんだよ。ちょっとむず痒いなぁ。
「あの黒くてデカいゴリラから守ってくれてありがとう!
「どさくさに紛れて娘を嫁にやらずに済んだ。ありがとう」
「ありがとうございました!」
「ブレスから守ってくれて助かった。あの時は死ぬかと思いましたよ。ありがとうございました!」
「ありがとう!」
「あの時は助かったよ! ありがとう!」
「俺からもありがとうございました!」
こんなにいっぱいありがとうをもらうのは始めてかもしれない⋯⋯父様、母様、僕は今沢山感謝されています。二人のようにちゃんと良いことが出来ているのでしょうか。
僕とビビも、父様や母様みたいに活躍出来るようになりたいな。
隣で大人しくしていたビビの手を握る。ビビはキョトンとしながら首を傾げた。
わからないけど、胸の奥がムズムズする。これはスキル? ちょっと違う気がするんだ。
「また来た時は仲良くして下さい。それでは」
「ちょ、私まだ! 私まだ〜!!」
背後から丸出しお姉さんの声が聞こえた気がする。きっと空耳、空耳〜。
僕は足早にギルドから遠ざかるのでした。
*
一度宿屋へ戻り、馬車を呼んでもらうようにお願いした。領主様にも一度挨拶へ行かないとね。
ビビを前回の衣装に着替えさせて、僕も同じように着替える。まだ一着しか持ってないから、パーティーの時と同じ服になっちゃうのは仕方がないよね。
宿屋にいたお姉さんにお願いすると、快く髪の毛をセットしてくれた。ありがとうございましたと御礼を言うと、逆に御礼し返されたんだ。イグラムを救って下さりありがとうございましたって言われたよ。
馬車が到着すると、直ぐに領主様の宮殿へ向けて出発する。前回と同じように、後列で二人並んで座席に座った。
「馬車も暫く乗らないかもね」
「走った方が速いからな」
「それは⋯⋯確かにね」
お尻も痛むし良い事ないな。でも辺境伯様の住む宮殿に、徒歩で行く勇気は無いよ。
立派な宮殿に到着すると、また前回と同じ出迎えを受けた。端から端までメイドさんと執事さん達が並んでいる。何度見ても凄いや⋯⋯前回同様に、僕が先に降りてからビビに手を貸してあげた。
「お出迎えありがとう御座います」
「そろそろお目見えになる頃だと思っておりました。タシックナル様の元へ御案内致します」」
「助かります。よろしくお願いします」
セレントさんに案内されて、領主様のいる場所へ案内してもらう。領主様は今アフタヌーンティーを楽しんでいるのだとか。
案内されたのは、薔薇のアーチを潜った先にある大きな庭園だった。
薔薇の香りって凄いよね。気品があるし見た目も華やかだと思うよ。本当に此処は現実なのかな?
信じられない程に凝った造りの豪華な女神像⋯⋯それに綺麗な水路が張り巡らされている。大きな噴水まであって、天界にでも迷い込んでしまったかのように感じた。
良い眺めだね。ここで飲む紅茶は美味しいでしょう。
領主のタシックナル様は、白い椅子に座って紅茶を飲んでいる。僕達に気がつくと、軽く手を上げて朗らかに笑った。
「そろそろ来る頃だと思ってたんだ」
「こんにちは領主様。少し顔色が優れませんね⋯⋯“リジェネーション”」
少しお疲れだったのかもしれない。領主様がびっくりした顔をしていたけど、オーバーなリアクションはされなかった。
「神聖魔法を使えるのは珍しいね。ありがとう。さあ、席に座ってくれ」
「はい。失礼します」
セレントさんが椅子を引いてくれた。自分で椅子を引くのはマナー違反である。領主様とは少し仲良くなってきたけど、そういうところは気をつけなきゃいけないよ。
「アーク君、学園では気をつけるんだよ。誰が何をしてくるのか油断出来ないからね」
「あぅ⋯⋯やっぱり何かされるのでしょうか?」
「君は目立つからな。入学すれば目をつけられるのは仕方がないさ」
「僕はドラグスのお嬢様の従者をしなければならないのです。出来れば目立ちたくないですね」
「それもなかなか難しい。何かあれば、パーティーで仲良くなったあの子達を頼ると良い。後ろには私がいるからね」
「心強いです。その時は有難く頼らせていただきます」
でも出来るだけ自分で解決しよう。領主様だって忙しいに決まってるんだから。
それから少し雑談をして、マカロンという王都で最近流行りのお菓子をいただいた。
見た目はカラフルで丸っこい。食感は少しパリパリしていたのに、口に入れたらシュワシュワと蕩け出した。
何これ美味しい。ビビも美味しそうに食べている。フォンダンショコラってのも美味しかったぁ。ここに住みたいくらいに幸せだね。
僕がお菓子を気に入った様子を見て、領主様がお土産に少し持たせてくれた。今焼けている分だけだけど、とっておきの時に少しずつ食べたら暫くもつね。
魔導飛行艇は宮殿の東側に停泊しているらしく、そろそろ出発の時間だそうだ。
「ありがとうございました。とっても楽しかったです」
「こちらこそありがとう。次はもっと成長した姿を見せてくれ」
「はい!」
領主様の宮殿は広いので、敷地内の移動は馬車を使う。魔導車を使おうと試したことがあるそうなんだけど、敷地内を走るにはちょっと音が五月蝿いんだって。
魔導飛行艇へ到着すると、船からは縄梯子が垂れ下がっている。甲板には船長達が勢揃いしていて、領主様の姿を見て居住まいを正していた。
「タシックナル様、セレントさん、メイドさん、執事さん、シェフさん、御者さん、イグラムでは本当に良くしていただき、ありがとうございました」
「旅の無事を祈っているよ」
「携帯通信魔導具を持っていますので、何か困ったことがあれば連絡して下さいね」
「え!? 携帯通信魔導具持ってるの!? あれはかなりの順番待ちだって聞いたけど?」
「あ、そうなんですか⋯⋯貰ったので知りませんでした」
もう! 真子ちゃんってば、そういうことは最初に言ってよね。
ポケットから携帯通信魔導具を見せた。領主様はそれを見て何度か頷いている。
「それはとんでもない人から貰ったんじゃないかい? ちょっと聞いても良いかな?」
「そうですね。勇者の藤崎真子様からいただきました。これは真子ちゃんの手作りらしいですよ」
「勇⋯⋯者⋯⋯様⋯⋯? あはは。最後の最後で驚かせてくれたね。本当に君は困った子だよ。⋯⋯これは絶対に手放せないではないか⋯⋯」
「え???」
領主様が聞こえない声でぶつぶつと何かを呟いていた。直ぐに正気に戻った領主様と握手をして、僕とビビは甲板へ上がる。
「おかえり。銀閃」
「ただいまです! 船長!」
帰りはゆっくり飛ぶそうなので、空の旅が楽しめるらしい。
甲板から身を乗り出して、領主様達に大きく手を振った。
「ではー! お元気でー!」
「アーク君も!」
船が徐々に高度を上げて、領主様がどんどん小さくなる。
来て良かった。楽しかった。またいつか遊びに来るよ。
出会いがあれば別れがあるんだ。当たり前の事だけど、胸の奥がジンとした。
「また来れば良いさ。な、アーク」
「うん。そうだね⋯⋯」
ビビはいつも僕の考えを読んじゃうんだから⋯⋯でも僕だってビビの事は考えているんだよ。
僕はこっそり買ったある物を取り出した。ビビの手を握ると、僕の方へ振り向いてくれる。
「どうしたアーク?」
「これをビビに」
「え?」
僕がビビに渡したのは、誓の指輪と呼ばれる魔導具だった。
「この指輪は? アークが私に?」
ビビの顔がだんだん赤くなっていく。そして何故かキョドキョドし始めたんだ。
「それを、僕に付けて欲しいんだ」
「⋯⋯」
今度は何故かビビの表情が固まってしまう。でもまだ全部話してないからね。
「その指輪はね、誓の指輪って言うんだって」
「何だそれは」
「僕が誓うから、ビビが僕に指輪を嵌めてくれれば大丈夫。僕がその誓を忘れたり諦めたりすると、その指輪は崩れて無くなるんだ」
「いったい何をするのかと思えば⋯⋯誓うのは強くなるってことか?」
「僕はその指輪に誓う。ビビとずっと一緒に生きていく事を誓います。決して一人にしないと誓います。だからこの指輪を見て、ビビが寂しさを感じないようにしたいんだ」
「え?」
ビビの顔がまた真っ赤になっていく。たまに見せるビビの寂しそうな顔が、少しでも減ったら嬉しいから。
「ビビ、左手の小指に嵌めてくれる?」
「ふぇ、良いのか⋯⋯?」
「勿論。僕は誓うよ。絶対ビビを一人にしないって」
「う、うん⋯⋯」
ビビが真っ赤な顔でゆっくりと僕の左手を取った。誓の指輪は装飾の無いリングだ。だからどんなふうに嵌めてくれても良いんだけど、ビビの手が震えて上手く着けられない。
「ビビ?」
「⋯⋯⋯⋯わ、私は、怖い⋯⋯何でかな⋯⋯」
ビビの目から涙が零れ落ちる。唇を引き結んで、顔を俯けた。
「⋯⋯もし、指輪が壊れれば⋯⋯私は⋯⋯アーク⋯⋯」
大丈夫だよビビ。怖がらなくて良いんだ⋯⋯僕は誓を破ったりしないよ。
右手でビビの頭を撫でた。涙を拭って、もう一歩ビビの近くに寄る。
「信じて。もう寂しくなんてならないよ?」
「そう⋯⋯うん。わかった⋯⋯」
ビビの顔をとても近くから見詰めた。そしてお互い視線を落とすと、ゆっくり指輪が近付いて来る。
──カッ⋯⋯
指輪が一瞬輝いた。これが契約魔術完了の証なんだね。
小指の付け根に鈍く光る安物の指輪だけど、ビビはそれをひたすらに見詰め続けている。またぽとりぽとりと涙が溢れてしまった。
声にならない小さな掠れた音が、ビビの喉から響いてくる。
僕は無言でビビの頭を撫でてたんだ。少ししたら落ち着いてきたみたい。
ビビは指輪を少し引っ張ってみたり、カリカリと爪を立てて引っかけてみたりしているよ。
「この手は私の物だ」
「え?」
「誰にも渡さない」
「僕の手なんだけど⋯⋯」
「そういう意味じゃないんだよ」
ビビがキュッと抱きついてきたんだ。優しいビビの香りが胸いっぱいに拡がっていく。
血を吸う時以外で、ビビが自分から抱きついて来るのは珍しいな。寝てる時はよくあるけど。
「これで寂しくないね」
「⋯⋯うん」
「そろそろ船長さんの所へ行こう」
「うん」
ビビが僕の体から腕を解くと、今度は左手を掴まれた。指輪の存在を確かめるように、両手で包むようにして摩っている。
プレゼントして良かったかな。あげたのは物じゃなくて誓だけど、目に見える誓があれば安心すると思ったんだ。
ビビの顔がまだ少し赤い。
そのまま船長の所まで行くと、船長は大きく息を吸い込んだ。
きっとあれが来る筈だ! 心の準備をしなくちゃね!
「さあ行くぜ野郎共! ドラグスへ向けて出発だ!」
『風の女神の名のもとに!』
「風の女神の名のもとに!」
「⋯⋯もとに」
イグラムではとても良い経験が出来たよ。沢山の人と知り合えた。まだ全てを守るのは難しいけど、隣に立つ大切な人だけでも絶対に守っていきたいと思う。
ここまで読んで下さりとても嬉しく思います。
だいたい40万文字くらいですね。書籍にしたら4冊くらいになるのかな?
心が暖まるようなのんびり回を書くのが好きなんですよね。ソフトなイチャイチャとかも⋯⋯げふん。
これで四章は完結です。楽しんでいただけたでしょうか?
五章からは、毎朝七時に投稿致します。沢山の応援、本当にありがとうございます。
頑張って最後まで書ききりますので、これからもよろしくお願いします(*^^*)




