魔術と代償
パーティーにも終わりは訪れる。楽しい時間はあっという間だよね。別れ際に小さな子達が泣いてしまった⋯⋯折角仲良くなれたのに、離れてしまうのは寂しいよ。その気持ちはわかるから、鼻水つけるのはやめて下さい。
「レイナ。暫くお別れだね。また学園で会いましょう」
「次に会った時は、私に惚れさせてみせますわ」
「よくわからないけど、レイナのこと嫌いじゃないよ」
「ッ!!!」
レイナがドヤ顔から驚いた顔になり、口がニヨニヨしたと思ったら次の瞬間赤くなってそっぽを向いた。頭の中で何を考えていたのかわからないけど、目まぐるしく表情が変わって少し面白かったな。
「アーク様」
「アーク様⋯⋯」
「ミーナ、アイシャもまたね」
「わ、私、とっても楽しかったのです⋯⋯もうお別れの時間かと思うと⋯⋯うぅ」
「私もです⋯⋯アーク様と一緒にいられた時間は、上辺の付き合いとは違うものでした。それが凄く特別に感じたのです」
「うん。僕も楽しかったです。また学園でね」
残念だけど、今日で最後になる子もいるだろう。だから僕は一人一人に別れの挨拶をした。
不思議な気分だね。数時間しか一緒にいなかったのに、どうしてこんなに切ないのか。
そしてビビが残念だわと言うような顔で僕の隣にいる。なんで最後の雰囲気だけでも混ざろうとしてるの?
一人、また一人と親に連れられて帰って行く。全員を見送った後、領主様が近寄って来た。
「楽しんでもらえたかな?」
「ええ。とっても楽しかったです」
「はっはっはっは! それは良かった。誰か気に入った子はいたかい?」
「気に入った子ですか? 皆とても良い子達でしたよ。名前も覚えさせていただきました」
「そ、そうか。全員と仲良くなるとは⋯⋯イグラムは良い所だろ?」
「そうですね⋯⋯僕はドラグスから他の街や村にも行ったことが無かったのですが、今ではイグラムも第二の故郷のように感じています。⋯⋯でも最初は心細かったのです。知らない人ばかりの場所で、父様や母様もいないと思うと不安にもなりました。でもそこに住む人達と触れ合っているうちに、その不安な気持ちもどこかへ行ったみたいですね。それに僕は一人じゃなかったので」
領主様は静かに僕の話を聞いていた。そして僕は隣りにいるビビの手を握る。
「そうか、そうだよな⋯⋯アーク君も人の子だ。冒険者として既にBランクだからと言っても、そういう経験はこれからなんだな。私も親元を離れて王都の学園へ行った時は、勝手もわからず心細く感じたものだ。何か困ったことがあれば私を頼りなさい」
優しく微笑む領主様と握手を交わした。今日は良い経験になったね。きっと従者としても今日の経験が生かせる筈だ。
これから貴族街を見て回ろうと思っていたけど、僕もビビも貴族様を見るのはお腹いっぱい。もう宿に帰りたいしこの衣装も早く脱ぎたい⋯⋯セットされた髪も崩して楽になりたいよ。
パーティー会場からは直接外に出られるようになっていて、扉を開けると帰りの馬車が用意されていた。
「今日は有難う御座いました」
「御座いました」
「私も楽しませてもらったよ。セレント、あれを」
「はい。ではアーク様、こちらを」
セレントさんからドラシーと白金貨三十枚を渡される。やっぱりドラシーがいないと落ち着かないよね。
『♪♪♬︎♡』
すっごく喜んでる⋯⋯おかえりドラシー。
馬車に乗り込んで出発すると、帰りの道にも使用人さん達が並んでいた。
見送りまで本当に凄いんだね。辺境伯様の本気を見た気がするよ。
「アーク。私はもう疲れた⋯⋯」
「え〜、ビビ何もしてないじゃん」
「ヒールが悪いのだ。私のせいじゃない」
ビビが髪留めを外し、アップで纏めていた髪がするりと落ちる。馬車の座席で横になると、頭が僕の膝の上に乗った。
仕方ないな〜もう。ビビはいつも自由だよね。
馬車の窓枠で頬杖をつきながら、僕はビビのサラサラの髪を撫でる。
*
次の日、一度ギルドへ顔を出した後、僕達は猫耳メイド喫茶まで歩いて行く。
変身魔術は覚えたいけど、その条件が猫耳メイド喫茶でのアルバイトとは⋯⋯
「僕⋯⋯男なのに」
「私は吸血鬼だぞ?」
「「⋯⋯⋯⋯はぁ〜」」
まあ仕方ないか。変身魔術を覚えたいんだから。
とても良い匂いに誘われて、露店でコーンポタージュとホットドッグを購入する。朝食食べてなかったから丁度いいかな。
セットで一食4ゴールド。それを二つもらってから、少し歩くと綺麗な噴水が目立つ公園を見つけた。
やっぱり座って食べたいんだ。仕込まれた礼儀作法のせいかもしれない⋯⋯
「ビビ、この公園で食べる?」
「そうしよう。花の香りも良い感じだ」
「花より団子のビビが珍しい」
「な! 私だって花は好きなんだぞ?」
あはは。ビビに花はとても似合いそうだよ。噴水の見えるベンチに腰掛けると、犬を散歩する人が通り過ぎた。
もふもふしていて可愛いな⋯⋯僕も犬飼ってみたい。今は領主様の屋敷に住んでるから無理なんだけど、旅のお供に良いかもしれない。
あ、冷める前に食べなくちゃ。
「はいビビ」
僕はホットドッグを持ったままだった⋯⋯一度収納しておけば良かったね。
カップのコーンポタージュとホットドッグのセットをビビに渡し、神様に祈りを捧げた。
ホットドッグを口に近ずけると、ケチャップとマスタードのツンとした香りで食欲が強く刺激された。
「美味しそう!」
「あむ⋯⋯」
かぶりつくとパリッと割れて、旨味たっぷりの肉汁が溢れ出す。ああ、美味しいな。
もぐもぐ咀嚼を頑張りながら、ビビと見詰め合って微笑んだ。ホットドッグが大きいから、ビビの鼻の頭にケチャップがついちゃってる。
コーンポタージュも優しい味だね。色々忘れてしまいたいけど⋯⋯
「開店時間は何時からかな?」
「ん、それは聞いてなかったな。十時過ぎじゃないか?」
「九時前に着けば良いよね。初出勤だから早めに行くけどさ」
「私は変身魔術が無くても良いんだけど」
「折角だから覚えようよ〜」
「勿論だ。アークがもっと美味しくなるかもしれん」
「決まりだね」
背に腹はかえられない⋯⋯強くなるためには代償が必要なんだよ。変身魔術が使えれば、獣人や竜人限定のスキルを覚えれるかもしれないんだからね。
朝食で出たゴミを片付けて、約束の猫耳メイド喫茶に向かった。
*
店の前に到着すると、仁王立ちで待ち構えていた真子ちゃんに捕まる!?
「わ、わあ! 真子ちゃん落ち着いて」
「落ち着いてなんていられないわ! ジュディー。貴女はビビちゃんをお願い」
「畏まりました」
猫耳メイド喫茶の更衣室で、僕はあっという間に脱がされてメイド服に着替えさせられる⋯⋯下着まで用意されてるなんて思わなかったよ。
やだなー⋯⋯なんかスースーする。
僕のメイド服は赤色でした。白いフリルにミニスカート⋯⋯変身魔術で赤毛にされて、勿論猫耳が生えているよ。軽く化粧をされると、もう僕は誰だったのかわからなくなったよ。にゃんにゃんだよ! もう!
ビビの髪色はそのままで、青いメイド服を着せられていた。ビビは何を着ても似合うなぁ。僕なんかとはちがうよね。
「可愛いぞアーク」
「嬉しくないなぁ⋯⋯」
「吸いたくなるほどに⋯⋯」
「ビビも似合ってるよ」
僕達の姿を見て、真子ちゃんは小さな声で「尊い、尊い」と言っている。先輩メイドさん達に紹介されて、僕とビビは揉みくちゃにされた。
「開店までに叩き込むわよ! 大丈夫。優しくするわ」
「「ひえぇ⋯⋯」」
そう言った真子ちゃんの目が、かなり本気でとっても怖かったよ。
*
side ブッチー
俺の名はブッチー。あの猫耳メイド喫茶をこよなく愛する者だ。開店当初から通っているから、メンバー全員の名前と生年月日に好きな食べ物まで全部が暗唱出来る。それだけじゃないぞ? だけどこれ以上は語れないな⋯⋯ふふふ。
あそこは崇高な場所なのだ。いくら可愛いからって邪な目で見るのは絶対に駄目だ。節度を守り距離を置く⋯⋯これが出来なけりゃあの店に通う資格は無いってものだ。
さて、今日も癒しされに行きますかね。違った⋯⋯帰ろうか我が家へ。
──カラン。
「「おかえりなさいませ。ご主人様」」
店の扉を開くと、二人の小さな猫耳メイドが出迎えてくれた。
な、なんて可愛いんだ。新人か? 猫耳メイドにロリ要素まで追加して来るとは⋯⋯あ、侮れん。
「た、ただいま」
「今日もお疲れ様ですにゃん。こちらへどうぞ」
「来るが良い⋯⋯いえ、どうぞこちらへ⋯⋯にゃん」
「あ、うん」
片方の赤毛の子は基本的に接客が上手そうだな。もう片方の銀髪の子は、慣れない感じだがそれが良い。この二人をセットにすることで、完成されたものになるのだろう。
席に案内されると、直ぐにメニュー表を持って来た。近くに立って待っている姿に、何とも言えない尊さを感じる。
「君達は新しく来た子なのかな?」
「はい。僕達は今日からです。にゃん」
「ですにゃん」
猫耳僕っ子ロリメイドだと!? 銀髪の子は便乗してきた!
「僕、変ですか? ご主人様」
「いや、ちょっとな。あはは、大丈夫さ」
少し動揺していたらしい。気を取り直してメニューを見る。
この二人、凄く近い位置にいるな。頭を撫でたくなるが我慢するしかない! くぅ⋯⋯可愛いなちくしょう!
名札を見ると、赤い方がアーにゃん。銀髪の子はビビにゃんと言うらしい。
「ま、まずはそうだな⋯⋯チョコレートケーキと、紅茶を貰おうか」
「畏まりましたご主人様にゃん」
「ましたにゃん」
ただ鑑賞しているわけにもいかない。ケーキはこの店で一番高い食べ物だ。この子達の評価にも繋がるだろう。アーにゃんの目が輝いて見えたのは間違いじゃあるまい。
二人が注文の品を運んで来て、テーブルの上に優しく置く。運ぶ姿は安定していて、転びそうになったりするハプニングは無さそうだな。ドジっ娘要素まであったらどうしようかと思ったぜ。微笑ましい⋯⋯小さいのに良く頑張っているよ。
「お待たせ致しましたにゃん」
「注文の品にゃん」
「ありがとう二人共」
俺の中で二人の印象はかなり良い。少し恥ずかしそうなところとかが初々しく感じるんだ。
「ビビにゃん。あれやるよ?」
「本番か。頑張ろう⋯⋯」
二人が今からやることはわかっている。小さな手でハートマークを作ると、動きをシンメトリーにさせて踊り出した。
「「美味しくな〜れ、美味しくな〜れ、にゃんにゃん萌え萌えキュ〜ン」」
*
side アーク
僕は今大切なものを失った気がしたにゃん⋯⋯お客さん真顔だにゃん⋯⋯
これは本当に恥ずかしい。真子ちゃんもこっそり魔導具持ちながら覗いてるよ? 何をしてるんだろうか?
美味しくな〜れが終わったところで、一度壁際まで移動する。真子ちゃんが言うには、日本のメイド喫茶はもっと凄いらしいね。日本ってどうやったら行けるんだろう? 真子ちゃんが住んでいた国らしいんだけど、一度行ってみたいな。
ここは不思議なお店だよ。何でオムライスに絵を描くんだろう? 僕とビビはわからないながらも頑張りました。
トランプでゲームをしたり、ジャンケンして負けたらお客さんの肩を叩いてあげたり、隣に座っておやつをご馳走になったり、本当に美味しい紅茶に驚かれたりと⋯⋯最初は嫌々だったんだけど、途中から面白くなってきちゃって⋯⋯こんな日々も悪くないのかな。
「アーク。それは気の迷いだ。正気に戻れ!」
「ハッ!」
あれ? 僕今何を考えてたんだろう? 危うくもっと大切なものを失うところだった気がする⋯⋯
目新しさからだと思うけど、僕とビビのコンビはお客さんから沢山の指名をもらいました。美味しくな〜れの呪文の後に、本当に美味しくなったのか確認したくてケーキを一口食べさせてもらったよ。僕としてはケーキが食べたくて苦しい理由をつけただけなんだけど、それがお客さんにかなり好評で、僕に食べさせたくてケーキを頼んでくれる人が増えたんだ。
お客さんの近くで口を開けると、皆ニコニコしながらケーキを一口くれるんだよ! なんて夢のある仕事なんだ! 僕はこの町でSランクメイドになる!
「アーク⋯⋯それ以上そっちに行くな。戻って来い⋯⋯手遅れになる前に⋯⋯」
「もきゅもきゅ⋯⋯むぐむぐ⋯⋯」
「アーク!」
最初、ブッチーを自分が紳士だと思っている変態にしようと思ったのですが、書いててちょっと気持ち悪かったので意外と普通の人に変更いたしましたw
次の話で四章が完結します。執筆中の五章も書き上がりそうです。
五章からは、毎朝七時に投稿させていただく予定です。
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