イグラムの貴族街 前編
真子ちゃんと別れ、宿に帰った時にはすっかり夜になっていました。夕飯をどうするか宿屋の人に聞かれたので、また部屋に持ってきてもらった。
真子ちゃんと夕飯は食べたけど、収納に蓄えたいからどれだけあっても問題無い。
昨日は進化で寝ちゃったけど、今日はビビもお風呂に入れたよ。湯上がりだけはビビも温かいんだよね。
「ビビ見て、ベランダから良い眺めが見えるんだ」
「空から見るのとはまた違うな。街灯は魔導具だろうか?」
「この部屋の明かりも魔導具だよね。ドラグスみたいにランプは使わないのかな?」
「一般家庭まではわからないけど、ドラグスより魔導具の普及率は高いだろう」
「オイルランプも綺麗なんだけどね」
「無理に高価な魔導具を買う必要は無いだろう。私もランプは嫌いじゃない」
「うん。ああ、猫耳が乾く〜」
猫耳も慣れれば悪くないかも。多少動かせるから音も拾いやすいな。
「ちゃんとタオルで拭いた方が良い。湯冷めする」
「ビビ程冷めないよ?」
「私は風邪引かない」
ビビがわしゃわしゃと僕の髪を拭く。
「何だかビビ母様みたい?」
「アークの母親は大変だろう。無茶ばかりするからな」
「もっと強くなりたいんだよ。真子ちゃんにはまだまだ勝てないし」
「勇者を越える気か?」
「勿論。それが出来なきゃ駄目なんだ⋯⋯」
そうだ。それくらい出来るようにならなきゃいけないよ。勇者様でも厳しい戦いになる魔族がいる。その魔族の王様を顎で使う両親がいるのだから。
額にほんのり温かくて柔らかい感触が伝わってくる。見上げてみると、ビビの顔が凄く近かった。
「何かした?」
「何もしてない」
「本当に?」
「本当だ」
気の所為だったのかな? 交代で僕がビビの髪を拭いてあげる。
寝る時はビビも髪の毛を結んでいない。長いプラチナのような銀髪を傷めないように丁寧に拭いた。
ビビの瞳が赤くなっていたので、言われる前に首を出してあげる。血が飲みたくなる周期が短くなってる? 子爵になったからかな? 進化したばかりだからかも?
明日は領主様の屋敷に行かないといけないね。その前に一度冒険者ギルドに顔を出さないと。
ビビの背中を撫でながら、パジャマの飾りのリボンを弄る。月明かりに照らされたビビの髪が、何時もよりとても綺麗に見えた。
あ、吸収中は髪を触っちゃいけないんだった。長いからつい触りたくなるんだよね。
暇だとやっぱりリボンを弄るしかない。ビビはこのためにこのワンピースのパジャマを選んだんだろう。
今日は勇者様とお話をしたからね。きっと興奮して眠れない筈だ。でも僕にはジャンガリアンがある! ビビとベッドに入ると、僕はジャンガリアンをかぞ⋯⋯zzZ
*
おはようごじゃいましゅ。昨晩のことは良く覚えてないなぁ。
ジャンガリアンを思い浮かべていた気がするんだけど⋯⋯zzZ
ハッ! 僕は今何をしていたんだろう? まあいっか。ビビにまだ猫耳が残っているみたい。ちょっと弄ってようかな。
僕達は何時も朝五時には起きる。訓練のための早起きだけど、イグラムでは魔法のイメージ訓練のみになっている。
ここもドラグスみたいに雑木林があれば良いんだけどね。滞在日数も少ないだろうから、そこまで問題にはならないかな。城壁の外も探検しておこう。
「うぬぅ。あーくぅい」
「おはようビビ」
「耳、耳〜みみ」
「ビビ⋯⋯おはようみみ」
「みみよう」
寝惚けてるビビで遊ぶのは楽しいな。ビビのこの姿を記録して、お昼過ぎに見せてあげたいくらいだよ。そういう魔導具があれば買っておこう。
朝の爽やかな空気を呼び入れて、朝食をしっかり食べた。カーテンが陽光を揺らし、風が僕の猫耳を⋯⋯まだ猫耳生えてるんですけど。
真子ちゃんに通信魔導具を使って聞いてみる? 別に生えてても困るものじゃないからいっか。と、思ってたら無くなった。ビビのはまだ残ってるね。
今日は領主様の屋敷へ行くので、少しお洒落をした方が良いだろうか? ギルドでマリクさんに会ったら、正装までした方が良いのか聞いてみようかな。
*
冒険者ギルドの中へ入ると、怪我人が数名確認出来た。何かあったのかな? 一応声をかけてみよう。
「おはようございます」
「え? あ、おはようございます!」
十六歳くらいの年齢の男性だ。パーティーメンバーだと思われる女性が三人、男性があともう一人いる。
女性比率の方が高いパーティーは珍しいな。女性の冒険者は数が男性より少ないからね。逆に男性しかいないパーティーに女性一人が入るのも抵抗があるのかな?
全員が怪我しているみたいだ。程度は違うけど、怪我が治ってないのはポーションが買えないからかな?
「怪我治せないの?」
「気合いで治せます!」
え? それ僕にも教えて欲しい。それと、僕が救援に来た冒険者だと最初からバレてるみたいで、僕の小さな見た目にも気にせず対応してくれている。
あまり知らない人からこういう扱いをされないから、ちょっと反応に困っちゃうよね。
「何があったんですか?」
「えーと、インプ三体を囲んで倒そうとしたんですけど、少し離れた所にもう二体いたんですよ。弱い魔法を撃たれて陣形が崩れちゃいまして、倒すには倒せたんですけど、この有りさまって感じですね」
「そうでしたか。インプはゴブリンと違って空を飛びますからね。少し見つけ辛いのかもしれません。早期発見するのに気配察知のスキルレベルを上げることをお勧めします」
「アドバイスありがとうございます!」
気配察知は普段から気をつけていれば習得出来るから、僕が何かを言う必要は無いかな。敵の位置がわかるってだけで、心にも余裕が出来るから全員が欲しいスキルだね。
神聖魔法で怪我を治してあげるととても喜ばれた。数日休むことにでもなれば、実家暮らしじゃないと厳しい。まだ駆け出しならお金の蓄えも無い筈だ。
*
僕は受け付け嬢さんに、マリクさんの執務室まで案内される。
「おはようございますアーク君」
「おはようございます」
マリクさんが笑顔で挨拶してくれた。良いことでもあったのかな?
魔物の襲撃がかなり減ったらしく、この勢いで減少すれば数日で平常運転が出来るようになるらしい。
明日魔物が増えて僕達が出動することになれば、猫耳メイド喫茶に行かずに済むのにね。でもそれは不謹慎な考えです。安全が一番良いに決まっているんだから。
「今日領主様の御屋敷に招待されているのですが、服装とかどうしたらいいでしょうか? このままじゃまずいですよね?」
「アーク君なら大丈夫だと思うけどね。うちの領主様は辺境伯様だから、服装は気にした方が良いよ」
あの人は辺境伯様なの!? 辺境伯様ってすっごく偉い人だよね? 言われてみれば城壁都市は立派だし、ドラグスとは比べ物にならないくらい兵士も多い。
まだ若そうだったけど、若いから偉くないとは限らないか。
「ありがとうございます。早速服屋で仕立ててもらいに行きます」
「それが良い。昼食の招待でも気は抜かない方が良いよ。貴族は特に見た目に五月蝿いから気をつけて。酷い服だと舐められるからね」
「やっぱりそうですよね⋯⋯」
「そうさ」
むむむ⋯⋯どうしようか。お金ならあるから大丈夫だけど、あまり時間が無いんだよね。真子ちゃんに言えば? あの人に不可能は無さそうだし⋯⋯でもまた変な条件出されそうな未来しか見えない。
「このギルドから北へ行くと貴族街になっています。その中でも大通りの店に入ると良いよ。高いけど間違い無いですから」
「ありがとうございます。早速行ってみますね」
そうか、このイグラムには貴族街があるんだね。ドラグスには馴染みの無い響きだよ。
*
貴族街とはエリアを地図上で分けているだけではなく、街の中に更に壁があり、中へ入るのには身分証の提出が必要みたいだ。
豪華な服の商人さんが並んでいるので、僕も最後尾に並んだ。
積荷がある魔導車や馬車も並んでいるけど、歩行者は別に審査を受けている。何だかわからない緊張感があるな。並んでいる商人さん達が、僕とビビの服装を見てコソコソ呟いているよ。
「次」
やっと僕達の順番が来て、兵士さんの前に出る。やっぱり兵士さんも僕達の服装を見て、少し眉を寄せていた。
「ここは子供の来るような場所じゃない。遊ぶなら向こうへ行け」
「遊びではございませんよ? 中に用事がありますので」
「ならその用事とは何なんだ? こっちは忙しいんだよ」
「領主様に呼ばれているんです」
「は? 領主様がお前のような子供と会うわけがないだろう!」
「こう見えても僕は六歳なんですよ?」
「見たまんまじゃねーか!」
ここを通らなきゃいけないんだけど、背中に刺さる視線が痛い⋯⋯後ろから笑う声や急かす声が聞こえてきた。ちょっと泣きそう⋯⋯もう領主様に会わなくても良いんじゃない? 別に罰とか無いよね?
ああ⋯⋯でももし僕がそんなことしたら、ドラグスの領主様一家に迷惑がかかるかも。
僕の素性が調べられて、お前の所の従者が〜ってなったら大変だ。貴族は体面を気にするから、断るにもちゃんとした理由がいる。
あ! 手紙を見せれば良いんじゃない?
「これが招待状です」
「ごっこ遊びは他でやれって⋯⋯え?」
兵士さんが手紙を受け取ると、その顔がみるみる青くなっていった。脚がガクガク震えだし、急にその場へ土下座の体勢になる。
「すいませんでした!! 招待状拝見させていただきました。宜しければ身分証などお持ちでしょうか?」
「変わり身が早い!」
「流石領主の手紙だな」
兵士さんが頭を地面に埋め込まんとしているかのようだ。地下の世界でクレイゴーレムに会えたら宜しく言っといてね。
背後で商人さん達がザワついている。軽く距離を置かれたけど、僕は何もしないから怖がらないで欲しいよ。
冒険者ギルドのカードを取り出して兵士さんに見せると、直ぐに立ち上がって兵士らしい最敬礼をした。
「申し訳ございませんでした銀閃様! イグラムを救っていただきありがとうございました!」
「えと⋯⋯いーえ、気にしてませんよ。ここを守るのも大事なお仕事なのですから仕方が無いです。では急いでますので行きますね」
「ハッ! どうぞお通り下さい!」
兵士さんが大声を出すから視線が更に集まっちゃったよ⋯⋯僕は恥ずかしくなり早々にその場から離れた。ビビが隣で笑っていたので、猫耳をフニフニしてあげた。
中に入るだけでも大変だったな。服屋では普通に対応してもらいたいね。




