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勇者 藤崎真子 前編






 僕達は大満足でした。猫耳メイド喫茶は面白かったな。暖か味があるし、皆にゃんにゃん言ってたよ。


 会計を済ませ、店を出ようとした時だった。遥か北の方角から、感じたことがないくらい強い気配が接近して来る。


「ビビ、これは⋯⋯」


「わからん⋯⋯警戒しろアーク」


 敵意は無さそうだけど、戦ったらやばいと言うことだけはわかる。その気配はすんなりと城壁を飛び越えて、一直線にここへ向かっていた。


 僕とビビは頷いて直ぐに店から外に出る。


「行ってらっしゃいませご主人様。お嬢様」


「ありがとうございました」


 メイドさんに返事を返すと、僕達は直ぐに外へ出た。その強い気配はもうそこにまで迫って来ている。


 あれは⋯⋯?


「メイドさん?」


「だな⋯⋯」


 ミニスカートのメイドさんが、音を置き去りにするようなスピードで走って来ていた。それは夢でも見ているかのようだった⋯⋯僕の最大スピードを軽く凌駕していると思える。


「速い」


 その人の向かう先は猫耳メイド喫茶だ。まさか出勤時間に遅れて走ってるってことはないよね? すれ違った瞬間に、僕とビビは風圧に煽られる。

 そのあまりの勢いに、店の扉が悲鳴を──!


 ──ズガーンッ!!


 ⋯⋯悲鳴じゃ済まなかったよ。


 扉が飛び散って木片となり、それが店内にばら撒かれる。


 だって引き扉だもの⋯⋯押し込んだら壊れるよね。普通に。


「皆! 大丈夫だったあ!?」


「え? 勇者様!!」

「勇者様!?」

「勇者様だわ!」


 その声は外にいるこっちにまで聞こえてきた。

 今の走って来たメイドさんが噂の勇者様!? 色んな勇者様の絵本を読んだことがあるけど、本物の勇者様は初めて見るよ!


 僕は駄目だと思いながらも好奇心に負けた⋯⋯だって見たいんだもん。そろりと近づいて猫耳メイド喫茶の中を覗き込む。


「ちょっと、止めよアーク」


「ちょっとだけ、ちょっとだけ。ね? ビビ」


「もう」


 やっぱり気になるんだよ。伝説の勇者様ってどんな人なんだろう。


 呆れるビビの視線を背中に感じながら、まだ埃の舞う店内を盗み見る。


「あわわ。扉⋯⋯ごめんね?」


「ふぅ。誰か建築ギルドへ走らせるから大丈夫です。これくらいなら夕方には直せるでしょう」


 勇者様が申し訳なさそうにしてる。対応している人は店長さんなのかな? 一人だけブラウンの落ち着いた色のメイド服だった。


「イグラムが襲われたって聞いたけど、大丈夫だったの? 魔物いないみたいじゃない」


「昨日までは大変だったんです。ですが、救援が間に合って今は落ち着いています」


「そっかぁ。冒険者ギルドから話が流れて来た時はびっくりしたわ〜。びっくりし過ぎて、メイド服で国三つ横断しちゃったわよ⋯⋯流石に疲れた〜。あああ〜、コーラ飲みたい〜」


 勇者様ってかなり無茶苦茶なことしてる? 国三つ横断ってどれくらいの距離を走って来たんだろう。

 勇者様の服は、水色と黒が混ざった不思議なメイド服だった。

 身長は165センチくらいかな? すらっとした体型で長い黒髪だ。瞳も黒で、頭にうさ耳が生えている。赤いフレームのメガネをかけて、ペンダントなどの装飾品が多かった。

 パッと見は着飾り過ぎかとも思ったけど、あれは全部強力な魔導具に違いない。それも桁外れな能力を有しているだろう。


 ビビも好奇心に耐えきれなくなったのか、僕の顎の下から顔をぴょこりと出す。


「初めて見たよビビ」


「私も初めてだ。勇者なんてなかなか見れるものじゃない」


「勇者様って王宮とかに住んでたりするんだよね?」


「強制では無いと思うけどな⋯⋯勇者を拘束する程の力のある国は存在しない。王宮に部屋を借りて住んでる勇者は、頼まれて断れない性格か楽して贅沢したいってパターンの二つじゃないか? 魔族に対抗するには強い戦力が必要だと聞くから、国は勇者を確保したいだろう」


「なるほどー」


 魔族に滅ぼされた国は多いらしい。僕が持ってる教科書にも、魔族と勇者様の戦いはいくつも書いてあった。

 山が宇宙から降ったとか、海が蒸発したとか、理解出来ない規模の戦闘をするのが勇者様だ。


「勇者様ってどれくらい強いんだろう」


「Sランク冒険者と同等かそれ以上だと言われているな。いくら勇者様でも個人差はあろう? Sランク冒険者にもな」


「父様と比べたら?」


「結果がわかりきったことを聞くな」


 そっか。父様と比べたら勇者様も可哀想かな。デコピン一発でお花畑見えちゃうだろうね。


「生き返る〜」


 勇者様はお客さん用の椅子で寛ぎ始めた。出された飲み物を一気に飲み干すと、コップをテーブルの上に置いた。


「ねえ君達」


「え? あれ?」

「あ⋯⋯」


 体がビクッと震える。後ろを振り返ると、勇者様が仁王立ちで腕を組んでいた。


 あれ? 今飲み物を飲んでたよね!? コップを置くところまで見ていたのに!? 背後から声をかけられるまで気がつかなかったよ⋯⋯


「なーにを見てたのかな?」


「す、すいません。勇者様って言葉が聞こえたのでつい」

「ごめんなさい」


「正直で宜しい」


 怒ってはいないみたい。ビビまで謝るのはきっとレアだよ? それにしても移動の気配が掴めなかった。凄く速く動いたのなら、爆風で店も被害が出ていただろう。でもそんなことにはなっていないようだ。


「吸血鬼と人間の(つがい)なのかな? ロマンスの匂いがするよ! キャー!」


「ッ!」


 ビビのことが一瞬でバレている。僕はビビを背中に隠し、勇者様から見えないようにした。


「ん? いじらしいね僕ちゃん。大丈夫! 何もしな〜いよ。君達は可愛いなぁ」


「ビビは悪いことしません」

「アーク」


「うん。何となくわかるよ。やっぱりロマンスだぁ〜。お! これ魔剣じゃん」


 勇者様がそう言うと同時に、気がついた時にはドラシーが抜かれていた。僕もビビも驚いたけど、勇者様も負けないくらい驚いている。


「え? これ振れるの? 三百キロくらいあるんじゃないかな?」


 その剣は重いからね。鞘に入っていないと軽さ軽減が殆ど無いんだよ。


「そのトリガーを引くと、更に三倍くらい重くなります」


 勇者様は言われた通りトリガーを引くと、ドラシーの元の姿にまた驚いた。


「うんうん。悪くないね! 強度も魔力もそれなりに高い。A級一歩手前ってところかな」


「ドラシーは強くなるんですよ」


 勇者様に話しかけてもらえてることが夢みたいだ。ドラシーまで褒められて、つい強くなるってことを言っちゃったよ⋯⋯大丈夫かな?


「ドラシーって名前なのかい? 強くなるって?」


 そうだよね、当然聞かれる。


「えーと、魔物の死骸を吸収するんです。それで強くなります」


「ふむ。興味深い⋯⋯魔物を吸収? どんな仕組みになってるのか⋯⋯」


 ドラシーのことをここまで話すことなかったよね⋯⋯ちょっと反省。


 勇者様がいきなりオークを取り出した。突然現れたオークにびっくりしたよ。ギルドの解体員さんの気持ちがわかりました。


「これは刺せば良いのかな?」


「あ、方法はその通りです。ですが、強力なスキルを使う魔物や、レアな魔物じゃないと吸収しません」


「ほう。グルメな剣なんだね! 吸収するところが見てみたいな⋯⋯よし! あれにするか」


 オークが忽然(こつぜん)と姿を消した。きっと勇者様が収納したんだろうね。僕の無限収納も凄く貴重なアーティファクトなのに、勇者様は当たり前のように同じことが出来るんだ。


「街中じゃ狭いな」


 ──パチンッ!


 勇者様が指を鳴らすと、視界が一瞬で荒野になった。これはまさか空間転移の魔法? 無詠唱スキルも持っているのかな? でも魔力の気配が無かったんだよね。

 ビビも驚いて周りを見渡していた。


「ここは何処ですか?」


「んー。私のプライベートルームの一つって感じかな。迷宮コアを魔術と組んで改良して、亜空間創造が出来る魔導具を作ったんだよ」


 勇者様が耳についたイヤリングを揺らした。そんな凄いことが平然と出来るなんて、勇者様って僕の想像の遥か上を行く人なんだね。


「凄いです!」


「私は一応勇者だから。これくらいは簡単なのよ」


 誇らしげに胸を張る。きっと自慢の一品なんだろうな。でもこんな凄いの持ってたら、僕だって自慢したくなると思う。

 僕も自分だけの訓練場とか欲しいなー。雑木林じゃ窮屈なんだもん。


「ここなら何を出しても大丈夫。私の使わない素材で要らないのは〜⋯⋯ん〜。これかな?」


 ──ズズーン⋯⋯


 その姿を確認すると、背筋に寒気が襲ってくる。

 死んでいるのはわかっているけど、それを見た本能が危険だと告げているようだ。

 体長は八メートルくらいで、体の表面が一箇所を覗いて真っ黒だった。


「これは吸収鯨さ。存在するかどうかすらわからないとされていた魔物なんだよ。光、衝撃、魔法、重力、もう何でもかんでも吸収しちゃう鯨なのさ。こいつを見つける難易度はSSS。本当に苦労したんだよ? 戦闘能力はSランクちょいってところかな?」


 SSS!?


「凄く⋯⋯恐ろしい鯨ですね⋯⋯」

「今の私達には勝てない」


「実際、半端な竜より強いぞ? これを捕まえて無敵メイド服を作ろうと思ったんだけど、討伐しても加工が出来なかったんだ⋯⋯私のあの時の苦労と無駄にした時間を返してもらいたい!」


 勇者様が子供のような怒ったフリをしている。


「そんなのをどうやって倒したんですか?」


「それは君」


 勇者様が近寄って来て、僕とビビの頭を撫でる。ニヤニヤしながらその手を離すと、ビビの頭から猫耳が生えてきた。自分の頭も触ってみると、同じく猫耳が生えている。


「もっと仲良くなったら教えてあげる」


「アークに猫耳が生えた」

「ビビも生えてるよ?」

「嘘⋯⋯にゃんで!?」

「にゃんでだろう」


「ふっふっふ。それはケットシーに教わった変身魔術だよ。ああ、やっぱり可愛いなぁ」


 僕とビビは玩具にされているんだ。これは一言言ってやらねばなるまい。ふんすっ!


「僕こう見えても六歳なんですよ?」


「うんうん。それで?」


「それで、えーと。ですから六歳なんです」


「そうかそうか〜」


 くぬぬ⋯⋯勇者様は二十歳くらいに見える。勇者様から見れば僕は子供なんだろう。そう思ったら肩から力が抜けたよ。いつか追い抜⋯⋯無理だね。年齢は抜かせないから身長で対抗しよう。


 勇者様はメガネを外して収納へしまった。メガネは伊達だったみたいだね。メガネを外した勇者様は、その印象をがらりと変える。


「君達に声をかけたのは、濃厚な死の予感を感じたからだ」


「え? 死の予感ですか?」


「そうだ。遠くない未来できっと大変な事件に巻き込まれるだろう」


 大変な事件? 勇者様には何が見えているのかな? 未来を予知するのとは違うみたいだけど、勇者様に言われると本当に来る現実のような気がした。


 勇者様は僕とビビを抱き寄せる。真面目な雰囲気に包まれて、されるがままになってしまう。


「諦めるなよ。そうすればきっと君達は大丈夫だ」


「勇者様?」


「私の名前は藤崎(ふじさき)真子(まこ)。君達の名前は?」


 腕を解いて解放してくれた。勇者様の名前は藤崎真子様と言うらしい。


「僕はアークです。藤崎真子様」

「私はビビ」


「うん。覚えたよ。アークにビビ。私のことは真子ちゃんって呼んでね? 二人は携帯通信魔導具を持っているかな?」


「真子ちゃんと呼ぶのは恐れ多いのですが⋯⋯携帯通信魔導具ってなんですか?」


 聞き慣れない言葉だった。ビビの顔を見ると、やっぱり知らないようで首を横に振る。


「ふふ。勇者の一人が作った魔導具でね、この国でも王都へ行けば買える物なんだけど知らないかい? 今までは固定型の通信魔導具しか世の中に無かったんだけど、携帯サイズに改良されたんだ。私はスマホが欲しいんだけどね〜」


 真子ちゃんが寂しそうに自分の手を動かした。真子ちゃんって呼ぶのは抵抗があるよ⋯⋯スマホってなんだろうね? きっとドラグスには縁の無いものかな。


「知りませんでした。固定型の通信魔導具も見たことないです。僕達は田舎に住んでいるので、イグラムも大都会に見えます」


「イグラムの子じゃないのね? んー。通信魔導具は村規模でも一つはある筈なんだけど、高価だから子供が触れる場所には置いてないかな」


 魔導具はどれも高いんだって聞くからね。魔導具だけを専門に扱う店はドラグスには無いし、きっと見に行ったら面白いかもしれない。


「まず通信魔導具ってのは、すっごく遠くの人と会話が出来る魔導具なんだ」


「え? それは凄いですね!」


「凄いよね。それが持ち運び出来るポケットサイズになったのがこれ」


 真子ちゃんが懐から懐中時計のような物を取り出した。金色で丸くて宝石がキラキラ輝いている。

 きっととても高価な品物なんだろう。


 話題が変わってしまったことで、ひっそりと佇む黒い吸収鯨の背中が寂しそうに見えた。






猫耳は付け耳では無かったのです。

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