勇者様の猫耳メイド喫茶
ビビは駄目だな⋯⋯つんつん⋯⋯これは何をしても起きないっぽい。お風呂に入らなくちゃいけないのに、全然起きる気配が無いや。仕方無いからパジャマに着替えさせておくかな。
血を吸わなくても良いのかなと思ったけど、きっと進化に忙しくてそれどころじゃないんだろうね。体全部が生まれ変わっていってるんだから、相当なエネルギーを消費しているのだと思う。
暇なので勉強をしていたら、部屋に美味しそうな食事が運ばれて来た。夕食にはハンバーグが出されたんだけど、一人で食べても味気ないね。
全ての料理を別の皿に移し替えて、冷めないうちに無限収納へ放り込んだ。
僕の泊まるこの部屋は、この建物の最上階にあるらしい。窓から景色でも眺めたら、凄く綺麗なんじゃないかな?
そう思って部屋の中全てを見て回ったら、お風呂から外へ出れるベランダがあった。
都会ってオシャレだね。ベランダにもテーブルと椅子があるよ。街灯が沢山光っていて、まだ人の往来が多いみたい。
ドラグスと全然違うな。本当に遠くへ来ちゃったんだ⋯⋯
そんな風に思っていたら、少し感傷的な気分になる⋯⋯なんだか少し寂しい⋯⋯ビビを抱き枕にして寝ようかと思ったけど、初めて誰もいないベッドで寝れるんだよね。ベッドが二つもあるなんて凄い。それはそれで魅力的に見えた。
屋敷では父様と母様、あと少し大きくなったアーフィアが毎日一緒に寝てくれていた。自分の部屋が出来た夜も、ビビが一緒だったから一人で眠ったことが無かったんだ。
一人で寝るイコール大人なのでは? そんな考えが僕に一人を選ばせる。
「とおっ!」
空いてるベッドにダイブして、そのふかふかを楽しんでみた。
いやっふーい。うん。広くて自由で悪くない? でもなんだろう⋯⋯広いベッドは贅沢な筈なのに⋯⋯何かが物足りないな。
チクタクと時計の針が静寂の中で響いていた。何かが違うんだよ。
んー。やっぱり駄目だ⋯⋯誰か隣で寝てないと落ち着かない⋯⋯大人しくビビと一緒に寝ておこう。
明かりを消してビビのベッドに潜り込んだ。近くで見るとよくわかる⋯⋯ビビは人形のように整った顔をしているんだ。吸血鬼だからなのかな? きっとどの国のお姫様も、ビビを見たら逃げ出しちゃうよね。この顔で、お風呂入ってないんだよ?
あまり眠くない。こんな時はジャンガリアンをかぞ⋯⋯zzZ。
*
起きた時、再生がレベル3になってました。ビビね、夜どうしても我慢出来なかったんだって。反省しているのか膝を抱えてベッドに座っているよ。僕は気にしないんだけどな。
進化でビビはヴァンパイア子爵になったらしいです。子爵様かぁ⋯⋯偉くなっちゃってるなぁ。
「すまんな⋯⋯アーク」
「良いんだよ。もっと飲む?」
「うん⋯⋯どうも自制が⋯⋯」
「進化したばっかりだからじゃない? 我慢しなくていいからおいで」
ビビの瞳が真っ赤になっていた。我慢してるのはみえみえだからね!
「アークが美味しくなったのが悪い」
「美味しくなった?」
「ああ」
瞳だけじゃなく、頬まで赤くしながら這い寄って来る。
首筋を露出させるのに、髪の毛を少しずらしたり襟を引っ張るビビの手が擽ったい。
眠気を頭の外へ追い出しながら、ゆっくりとビビの背中を撫でるのだった。
*
やって来ました! イグラムの冒険者ギルドです! やっぱりドラグスとは空気が違うね。深呼吸したいとは思わないけどさ。
イグラムの建物はガラスが多く使われている。ガラスを使ってお洒落な喫茶店とかも多いみたいだよ。ドラグスもガラス窓とかあるんだけど、一般的な民家には少ないかな? お金持ちのバススさんなんかは、お店に沢山ガラスを使っているけどね。
落ち着いて見てみると、城壁とかもかっこいいな⋯⋯どこがとは言えないんだけど、やっぱり迫力があるからかな? さてと、とりあえずマリクさんに顔を出しておきましょうか。
「おはようございます」
「お、おはようございます!」
受け付け嬢さんに話しかけると、かなり緊張しながら返事をしてくれた。顔色も何故か青いみたいだね。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
「そうですか。あまり無理しないで下さいね」
「え?」
え? って何? 意外そうな顔で言われたんだけど? ちょっと心配になっただけなんだけどな。
「失礼しました! アーク様ですよね?」
「はい。マリクさんはいらっしゃいますか?」
「ご案内申し上げます」
「ありがとうございます」
マリクさんはこのギルドの作戦会議室にいたみたい。ドラグスの会議室より広くて凄いなぁ。
部屋の奥に小さな舞台があり、そこから扇状にテーブルと椅子が並んでいた。
ビビも珍しそうにキョロキョロしてるよ。
受け付け嬢さんは僕を案内した後に、一度マリクさんに声をかけて出て行った。
そこには昨日のサナトリアさんと数人の冒険者さん達がいたようで、僕の姿を見て様々な反応をする。
「おはよう銀閃のアーク君。良く寝れたかい?」
「はい。ぐっすり眠れました」
「それは良かったです。滞在中はあそこを好きに使って下さいね」
「ありがとうございます」
和やかな挨拶を交わした後、僕はサナトリアさんの隣の席へ案内された。
「アーク君が来たから最初から説明をさせていただきます。とりあえずの危機は去りましたが、喜んでばかりもいられません。魔物が何故このような行動をしたのか、原因がわかりませんからね⋯⋯今回イグラムと同じように襲われた街や村などは⋯⋯数えてみると、全部合わせて三十を超えるそうです」
そんな⋯⋯三十以上も襲われたの? 何故そんなようなことが⋯⋯
「救援が間に合わなかった場所は十五箇所。約半分やられてしまいました。今回のことで貴族も多くの命を散らしてしまい、国も被害の大きさを重く受け止めているそうです。原因の調査には国から派遣される専門家が当たるそうなので、冒険者は魔物の間引きなどに力を入れて欲しいそうですね。こんな馬鹿げた騒動の原因なんて、きっと普通じゃないことに違いはありません⋯⋯」
被害の大きさに、僕は軽く目眩を覚えた。イグラムだって危なかったんだ。襲って来た魔物の規模が同等なら、防壁の薄い町なんて軽く踏み潰されてしまっただろう。
どんな人達がそこに住んでいたんだろう⋯⋯怖かっただろうな。人が一人で守れる範囲なんてたかが知れている。僕の両手は何故こんなに短いのだろう⋯⋯悔しいよ。
「魔族が関わっているのか、他国が関わっているのか定かではありませんが、被害はこの国だけらしいですからね。様々な方面から捜査されることになるでしょう」
気分がとても重い⋯⋯いったい何人死んじゃったんだろう。聞きたい事もあるんだ。
「ベルフさんとベスちゃんが向かった場所はどうなりましたか?」
あの二人が死ぬわけないと信じている。でも町まで無事だったかはわからないんだ。
「蒼炎さんの向かった砦は持ち堪えました。竜戦鎚さんの場所も助かりましたね」
「そうですか⋯⋯ありがとうございます。良かったです」
「今回は沢山の異名を持つ冒険者が参加してくれました。闇沼のクレミア、風牙のジール、首狩りのバラブラ、結界師ドミニコス、槍聖トゥーラ、一発屋アブ、固定砲台タンジーモ」
色んな人がいるんだね⋯⋯すみません。誰も知らないよ? 一発屋って何だろうな。
「うちにはアーク君が来てくれて良かった。皆もそう思うだろう?」
「ああ、助かったよ」
「諦めかけていました〜」
「あの時はなぁ」
「ありがとう」
「ありがとうございました」
冒険者さん達から御礼を言われる。もっと沢山守れるように強くなろうと改めて思った。
父様と母様だったら、きっと一人残らず助けられてたんだけどな⋯⋯まだまだ修行が足りないんだよ。ドラシーとビビがいても僕は半人前なんだから。
僕は冒険者さん達の感謝に応え、ぎこちなく笑うのだった。
まだ少し魔物が襲いかかって来てるけど、兵士さんの砲撃やDランク冒険者さん達の活躍で何とかなっているらしい。
Cランク冒険者さんも控えているので、僕はイグラムでゆっくりしてて良いそうだ。
「領主様が君に渡してくれってさ」
そう言ってマリクさんが手紙を渡してくる。
領主様からの手紙はもう二、三日くらい後になるかと思ってたんだけど⋯⋯意外と早く書いてくれたんだね。
「ありがとうございます」
「ええ。何かあれば連絡しますね」
マリクさんにお辞儀をしてから冒険者ギルドを出た。やることが無くなっちゃったな。
何処かでこの手紙を読もう。
「ねえビビ」
「ん?」
「領主様の招待状を読みたいんだけど、どこか喫茶店にでも入る?」
「んー。喫茶店か、朝食は食べたし⋯⋯ならあそこは?」
「えーと、猫耳メイド喫茶? 獣人の給仕さんがやってるお店かな?」
「さあ? 入ればわかる」
「そうだね。そうしようか」
朝食は食べたけど、紅茶とか飲むのも悪くないかな。ちょっと楽しみだよ。こんな時にでも営業しているとは逞しい限りだね。
お店の外観はちょっと派手かな。大きな看板が注目を集めている。中はどうなんだろう。
──カララン。
ドアを開けて中へ入ると、入店を知らせるベルの音が聞こえてきた。それと同時に少し甘い香りと、賑やかな声が聞こえてきた。
「おかえりなさいませにゃん。ご主人様、お嬢様」
いきなり変な人が出て来たよ⋯⋯? メイド服がピンク色で、何故かミニスカートなんだけど⋯⋯と、その前に、
「僕初めて来ます。誰かとお間違えではありませんか?」
僕はご主人様じゃないもの。メイドさんがご主人様を間違えるなんて無いと思うんだけどね。
「ふふふ。来店されたお客様には、全員におかえりなさいませって言う店のルールがあるのですにゃん」
「そうだったのですか。びっくりしました」
「こちらでございますにゃん」
「あ、ありがとうございます⋯⋯にゃん」
案内されながら店の中を見渡していく。外食の経験が殆ど無いから、。
メイドさんはいるんだけど、皆とてもカラフルだった。ピンク、白、水色、緑⋯⋯あれでちゃんと掃除とか出来るのかな? 汚れたりしないのだろうか。
皆猫耳獣人さんみたいなんだけど、尻尾が生えてないなぁ。
「違和感いっぱいだよビビにゃん」
「そうだな⋯⋯にゃん」
ビビにも違和感が⋯⋯にゃん。
案内された席に着き、僕はアイスティーとチェリーパイを注文した。ビビも同じ物を注文する。
メイドさんはオムライスという食べ物をかなりプッシュしてきたけど、あまりお腹が空いてないので遠慮した。
手紙の封を開けて中身を確認すると、明日の昼に来て欲しいと書いてあるね。なら今日はイグラム観光でもしようかな。
「お待たせしましたにゃん。アイスティーとチェリーパイですにゃん」
「ありがとうございますにゃん」
「ありがとにゃん」
僕は手で猫耳を真似てみた。不思議な雰囲気ににゃんにゃんだよぉ。
「ではミルクとシロップを混ぜさせていただきますにゃん」
「結構ですにゃん」
「自分でやるにゃん」
流石にそれくらいは自分でやるよね。何故かメイドさんがショックを受けた顔になっている。
何か悪い事でもしちゃったかな?
「じゃ、じゃあ美味しくなるおまじないだけでも⋯⋯」
「え? そんなこと出来るの?」
「はい! お任せ下さいにゃん!」
「よろしくお願い致します」
「いきますね! 美味しくな〜れ、美味しくな〜れ、にゃんにゃん萌え萌えキュ〜ン♡」
「「⋯⋯」」
どういうことなんだろう? 手をハートマークにして、小さく踊りながら紅茶に向けた。
「ビビ、魔力の反応あった?」
「無い。本当に美味しくなったのか?」
「うぐっ⋯⋯さ、さあ! 飲んでみて下さいにゃん!」
一口紅茶を飲んでみたけど、ミト姉さんの紅茶に比べたら修行不足も甚だしい。不味いわけじゃないんだけど⋯⋯どうしようかな。
メイドさんがこっちを見てきたので、つい視線を逸らしてしまう。
「大変⋯⋯美味しい⋯⋯デス⋯⋯」
「嘘を言うなアーク。これは色のついた水だ。香りも薄い」
「くぅっ、やっぱり子供は手強い⋯⋯手強過ぎるぅ〜」
お姉さんが片膝をついた。このお姉さんは何と戦っているのかな。
「でも面白かったですよ? にゃん」
「ああ、あれは中々出来ないぞ。誰しも羞恥心があるだろう?」
「はうぅ⋯⋯次は満足させますにゃん!」
メイドさんが去ってからチェリーパイを頬張った。甘さとバターの香りが絶妙だ。あの人が作ったとは思えないけど、
「これ美味しいね」
「美味いな」
ビビもナイフとフォークで美味しそうに食べている。甘酸っぱくてサクサクだね。
「イグラムって何があるのかな?」
「イグラムには西の国の珍しい品々が入って来ると聞いた事がある。来たのは初めてだが」
ビビはやっぱり物知りだなぁ。色んな情報も集めるの早いし。
「じゃあ露店巡りする?」
「今は魔物のせいで物が少ないだろうけど⋯⋯」
「じゃあ魔物巡りする?」
「昨日散々見たろ?」
折角だから色々見たいよね。この猫耳メイド喫茶はドラグスには無いお店だよ。
ここは静かに会話を楽しむって感じの場所じゃないみたい。音楽が流れてきたと思ったら、メイドさんが楽器を持って歌っていた。それを見ながらお客さんも踊るんだって! すっごく楽しそうじゃないの。
「楽しそう! 踊ろうビビ」
「わ、私は遠慮する」
「適当に踊って良いみたいだから行こうよ」
「むむ⋯⋯」
「踊ろう踊ろう踊ろう踊ろう踊ろう踊ろう⋯⋯」
「わかった。踊るよ」
ビビの手を引っ張って踊る人達の輪に連れて行く。最初は面倒そうにしていたけど、一緒に踊れてとっても楽しかったよ。おたげーっていう踊りなんだって。汗だくで踊っていた人に聞いてみたら、皆それぞれ推しメイドがいるんだって。推しってなんだろうね?
この猫耳メイド喫茶の会長さんは勇者様らしい。勇者様の故郷では、猫耳メイドが街に溢れているんだってさ。たまにJKの日とかナースの日があるらしいよ。
『いつか世界中に猫耳メイドを増やして、正常な世界を築く』
そんな事をよく言うんだってさ。勇者様ならきっと叶えるんだろうな。
イグラムには楽器屋さんがあって、勇者様が考えた楽器が売っているそうだ。音魔法を覚えるのにその楽器をいくつか買って行こうと思う。
喫茶店も楽しかったけど、良い情報も得られた。次は美味しい昼食を探しに行こうかな。




