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魔物の侵略(完)






 背の高いススキのような植物が生える丘を、そいつは全力で走っている。最後の強い気配の魔物は、巨大な白い豹の姿をしていた。

 これもゴリラさんを倒した作戦で行こうと思い、高速で奇襲をかける。完全に死角から気配を消して襲ってみたけど、寸前で避けられそうになった。やっぱりCランクの魔物と一括りにするのは駄目だよね。

 でも僕も二段跳びスキルで無理矢理方向を変え、見事に豹の背中を斜めに貫通した。


「倒せたね⋯⋯君の命は無駄にしません」


 ゆっくりしている暇は無い。そんな場合じゃ無いんだけど、数秒間だけ黙祷する。


「僕もちょっと強くなった気がするよ」


 さあ。ビビの所へ帰ろうか。





 ビビの姿を確認すると、苦しそうに自分の体を抱きながら(うずくま)っていた。それを見た瞬間、焦ってテンペストウィングのコントロールが崩れそうになった。


 ビビは何があったの?


 急いで舞い降りると、ビビが僕の肩にもたれかかって来た。


「ビビ? 大丈夫?」


「ん、アーク⋯⋯暫く駄目だ。進化が始まったんだよ」


「ああ、なるほど」


 この戦いで、ヴァンパイア男爵としてのレベル上限に達したのだろうね。ビビの進化を経験するのは二度目だけど、かなり体が辛そうに見えた。


「アーク⋯⋯済まない」


「良いよ。背中に乗って」


「ありがとう」


 ビビを背中に乗せてから、腕と足を柔らかい紐で固定した。僕はまだ魔物を狩らなきゃいけないから、ビビにはぶら下がっていてもらう。


 あんまり上手く縛れないな。今度ターキに教えてもらった方が良いかも? ターキは縛るの上手いもんね。


 魔狼はもう来ないと思うけど、こんな状態のビビを一人にするのは危ない。僕なら荷運びのスキルがあるから、ビビを一日中背負ってても大丈夫だ。


「ビビひんやりしてて気持ち良い」


「私はアークが羨ましい」


「僕が?」


「私も⋯⋯人に生まれたかった⋯⋯」


 ビビの腕に力が入った。ちょっと苦しいですよ?


「人と吸血鬼、何が違うの?」


「私は冷たいだろう?」


「冷たくて気持ち良いと思う」


「⋯⋯寿命も人とは何十倍も違う」


「そうなの?」


「そうしたら私は一人になってしまう⋯⋯」


 何故かビビが凹んでるよ? 進化を直前にして不安定な精神状態になってるとか? 吸血鬼ブルーってやつなのかな?

 さて、どうしようか。ビビが元気無いのは困るんだ。ビビとはこれからもずっと一緒に冒険するんだから。ビビが元気になる方法は⋯⋯


「耐性スキルがもう少し増えるとね、健康体ってスキルが増えるんだ」


「そうなのか? それがどうしたんだ?」


「健康体のスキルレベルを上限まで上げて、魂魄レベルが150を超えれば⋯⋯」


「超えれば?」


「僕は上位人族(ハイヒューマン)になれる」


「何だと⋯⋯上位人族になる方法にそんな条件があったとは⋯⋯私は初めて聞いたぞ」


「ふふふ。上位人族になれば、ステータスもかなり上がるんだよ。おまけに長命種にもなるんだ」


「え?」


「そしたらビビも寂しくないね」


「⋯⋯」


 後ろから回されているビビの手をそっと撫でてあげた。本当はもっと色々な条件があるんだけど、頑張ってれば自然と達成される筈だ。


 ビビはまだ元気出ないかな? 長命種になればエルフ並に生きていけるんだけどね。更にその上のスキルもあるんだよなぁ。


「ずっと一人にしないから大丈夫だよ? もう一度約束する」


「わかった⋯⋯」


 うぅぅ⋯⋯首絞まってますよビビさん。ちょっと苦しいです。



side 勇者 康介



 これだ。この時を待っていたんだ。


「あはは。あはははは」


 恐ろしい程に力が漲ってくる。何だこの全能感に多幸感は? 本当に神に近づきつつあるとでも言うのか?


「あははははは⋯⋯ステータスオープン」


 まずは能力の確認が必要である。これでも僕は異世界人なんだ。今頃かなりの村や街が滅ぼされている頃だろう。



*名前 山口 康介

 種族 異世界人

 年齢 13

 出身地 日本


 魂魄レベル 242


 体力 5825

 魔力 4250


 力  6098

 防御 5922

 敏捷 6210


 スキルポイント 2410


 ユニークスキル


 絶対調教


 称号


 異世界人、勇者、家畜番、殺人鬼、大量虐殺者



「クックックック。本当に笑いが止まらない! これで僕はこの世界に復讐することが出来るんだ」


 景色が滲み、耐え難いものが溢れてくる。


 笑え⋯⋯笑え! 笑うんだよ!


「あはは⋯⋯うぐ⋯⋯」


 ここまで準備するのにどれだけの時間が必要だったことか⋯⋯

 僕をこの異世界に召喚した奴等に、全てを奪った奴等に復讐すること。それだけを願って生きて来たんだ。


「うぅ⋯⋯なんだよクソ⋯⋯」


 涙が流れて止まらない⋯⋯きっと僕は地獄に落ちるんだろうな。


 スキルポイントも大量に手に入れることが出来た。これを使ってスキルを手に入れるんだ。そうすればきっとあの勇者共も殺せる筈だ。


 筈だよな? 殺したい程憎いのか? ああ、憎いさ⋯⋯僕が帰れないのはこの世界に生きる全ての人間の責任だ。必ず償わせてやる。


「グレン⋯⋯早く帰って来てくれよ⋯⋯僕にはお前しかいないんだよ」


 蹲っていても仕方無いか⋯⋯僕は今日のために数年分の食糧を集めたんだ。

 グレンもきっと上手くやってる筈さ。だから僕もやるべきことをするだけだ。


 目の前に聳える大きな山を睨んだ。ここには数千体ものワイバーンが住んでいるとされている。

 下手にちょっかい出してワイバーンを怒らせないように、普段から国、冒険者ギルド、傭兵ギルドが警備をしている。普段なら絶対に入ることは出来ないだろう。普段なら! だ!


 僕は国中の町を襲わせることで、其方に全ての目を向けさせた。今ならきっと誰にも気づかれずに、警戒網を抜けて山へ登れる筈だ。


「まずは隠密をレベルMAXにして、透過もレベルMAX、忍び足もレベルMAX、逃げ足もレベルMAX、げぇ⋯⋯結構ポイント無くなるな」


 スキルポイントはものによって消費ポイントが変わるようだ。隠密は5ポイントでレベル1上げられるらしい。レベル10まで変わらないけど、0〜MAXの10まで上げれば50ポイントも消費することになる。


「難しいな⋯⋯あ、またレベル上がった⋯⋯それだけ殺してるんだよな」


 今は考えるな。早くスキルを取得して山を登ってしまおう。


「待てよ。山に特化したスキルよりも、凡庸性の高いスキルを取得しよう」


 悪路走行とか要らないよな? それよりも俊敏とか筋力増強とかの方が良さそうだ。


「俊敏はポイント10も必要なのかよ⋯⋯仕方ないね。はぁ」


 まずは死なないためのスキルを確保する。次に剣術とか取得すれば無難かな? 魔法も覚えた方が良いだろうな。でもポイントが〜⋯⋯ああ、どんどん消えていく。


 頭を動かしていたら、ちょっと気持ちが楽になった。そんな自分も嫌いだけど。


 皆⋯⋯僕はまだ生きているよ。異世界(ここ)にいるよ。



side アーク



 夕方頃まで僕はイグラムを守りきることに成功した。ギルドマスターのマリクさんも、領主のタシックナル様も起きて軽食を口に運んでいる。


 ビビは今背中で熟睡しているので、首を絞められることも甘噛みされることも無く平和になった。


「“ホーミングレーザー”」


 ──ズドドドドドドドドドーン⋯⋯


 うん。平和だね。


 魔物の攻撃も今ではかなり散発的になっている。兵士達や冒険者さん達も全員休めたので、危機を脱することは出来ただろう。


「アーク君」


「はい! 領主様!」


 いきなり身分の高い人に話しかけられるのは心臓に悪い。僕は城壁の上で直立しながら領主様に向き合った。因みに背伸びは忘れない。


「アッハッハッハッハッ。何だか新鮮なものを見せてもらった気分だ」


「えーと⋯⋯」


「ほら。私は領主にしては若いだろう? だから下に見られることが多いのさ。父が早くに遥か高みに行かれ、私も初めはかなり苦労したんだよ」


「領主様は大人だと思いますよ!」


「ははは、ありがとう」


 背だって高いし、両手両足が無いと数えれない年齢だろうね。


「ドラグスから遥々救援に来てくれて感謝する。アーク君だったからこそ、このイグラムは危機を脱することが出来たんだ」


「僕の力が役に立って良かったです。でも僕じゃなくても、多分ベスちゃんやベルフさんでも対処出来たと思いますよ」


「その二人は英雄じゃないか⋯⋯って、君もドラグスの英雄だったよな! 銀閃のアーク。いや、私にとってアーク君は銀閃って言うよりも⋯⋯そうだな。白い光の枝垂れ桜のような魔法を空に咲かせたイメージが強い⋯⋯あれは凄まじかった」


「使い勝手の良い魔法なんですよ。膨大な魔力を消費するので、魔力消費軽減などのスキルが必須になりますが」


「ははは。あんな魔法が誰にでも使えては困る」


 それは確かにそうだ。戦える力の無い人が当たれば大変なことになる。


「新しく相応しい異名を考えておくよ」


「んー。確かに銀閃って呼ばれるのはピンとこないんですよね」


「あ、そうだ。魔導飛行艇は修理に最低五日はかかるそうだ。肝心なことを伝え忘れるところだったよ」


「そんな、態々僕のために領主様自ら足を運ばなくても⋯⋯」


「いや、私が君と話をしてみたかったんだよ。イグラムにいる間に、一度食事に招待させて欲しい」


「はい! 喜んで伺わせていただきます!」


「うん。ではまた今度ね。ギルドから連絡すれば良いかな?」


「畏まりました。滞在中はギルドに毎日顔を出すことにします」


「ありがとう。まだ戦闘は続いているけれど、イグラムを気に入ってくれると嬉しい」


 爽やかな笑顔で領主様が笑った。僕が従者の礼をすると、少し驚いていたように思えた。

 領主様が去ると、ビビがモゾモゾ動き出す。


「ビビ起きた?」


「寝てない⋯⋯寝てないから〜⋯⋯」


 完全に寝てたじゃん。なんかの意地みたいな?


「そっか。寝てないか〜」


「まだ寝てーにゃい⋯⋯ねちぇな⋯⋯すーすー⋯⋯」


 はい寝た。バッチり寝た。寝てて良いんだけどね。進化はどれくらい終わったのかな? 次はヴァンパイア子爵様かな? 一気に伯爵とかなったりしてね。


 沈む夕陽を眺めていたら、父様や母様の顔が浮かんできた。ドラグスは心配していないけど、離れてみると寂しい気持ちになるよ。

 まだ一日目だけど、僕は元気でやっています。ベスちゃんとベルフさんの所は大丈夫かな?


 色々考えていたら、一人の女性が近づいて来た。


「アーク君ですよね?」


「貴女は、おっぱい丸出しの⋯⋯」


「その覚え方はやめてね!? あれはたまたまで」


「わかってます。内緒にします」


 ビビから教えてもらったから、丸出しで喜ぶ人だってのは知ってるよ。


「私の名前はサナトリア。冒険者ギルドのマスターが呼んでいます。一度来てもらえますか?」


「変な所に連れ込んだりしない?」


「しませんから!」


「わかりました。着いて行きます」


「え? ちょっと距離遠くない? ねえ?」


「大丈夫です。ドラグスとイグラムの距離と比べたら」


「確かにそうだけど!!」


 用心しなきゃ。ここには頼れる友達もいないんだから。


 サナトリアさんに案内されて、イグラムの冒険者ギルドへやって来た。もう建物がすっごくデカいんだ! 高さ的に六階建てくらいあるのかな? 何もかもが田舎と違うんだなー。


 ああ、習慣でミルクさんを探しちゃう⋯⋯それとこのギルドはあまり煙臭くなくて良い感じだ。


 イグラムの受け付け嬢さん達は、ドラグスと同じで凄く綺麗な人ばっかりだったよ。冒険者ギルドの受け付け嬢さんは、容姿も良くないと合格出来ないらしいからね。その分給料も結構高いんだってミラさんから聞いた。


 サナトリアさんに案内された部屋は、ギルドマスターの執務室のようだ。中へ入ると、体調の回復したマリクさんが珈琲を飲んでいる。

 キジャさんの執務室に比べると四倍は広い。それに綺麗に物が片付けられているね。


「来ましたね。座って座って、アーク君」


「失礼します」


 マリクさんは魔法を主に使いながら戦うタイプの人だと思ったけど、ローブを脱ぐと意外な程に体が鍛えられていた。


「意外かい?」


「顔に出てましたか?」


「いーや、たまに言われるんですよ。今回は救援に来ていただきありがとうございます」


「間に合って良かったです。これも魔導飛行艇の船長さん達のお陰だと思ってます」


「緊急事態じゃないと使えないけどさ。今回の燃料費だけで20万ゴールドだよ?」


「20万!!?」


 その驚愕した声を出したのは隣に座ったサナトリアさんだった。


 20万は確かに高いよ。一軒家買えちゃう値段だもの⋯⋯


「そうです。20万です。それだけの危機でしたので仕方無いですが」


「帰りの船が楽しみです」


「そういうとこは年相応なのかな」


「あれはロマンなのですよ? 僕もあれ欲しいなぁ」


「維持費が馬鹿になりませんがね。こういう時に役に立ちますが、普段はただの金食い虫ですよ」


 なるほど〜。でもさ、魔導飛行艇を家と同じ感覚で使うならありだと思うんだよね。

 僕とドラシーとビビ、他にも仲間が増えたら乗せちゃってさ、世界を飛んで旅を出来たら楽しそうだな。


「憧れますね」


「その気持ちはわかりますよ」


 マリクさんも嫌いじゃないんだね。お金に目を瞑ればやっぱり欲しいよね。


「今回の救援で倒していただいた魔物の討伐報酬なんですが、Cランク魔物が五体、それ未満の敵が約四千五百体という曖昧な数字になってしまいました。申し訳ございません」


「構いませんよ。僕もわからないので」


「四千五百うぅー!!!!! Cランク五体!!」


 サナトリアさんが驚きに目を見開いていた。ビビと合わせたら多分8000体以上だと思うけどね。ビビが魅了で二人にどんな認識を植え付けているのかわからないから、何も言わない方が良いかな。


「インプの討伐は5ゴールドですが、レッドキャップは500ゴールドなんです。どれが何体かも正直わからないので、魔物の割合とその平均額を計算して一体80ゴールドとしました。なのでこちらは36万ゴールドですね」


「はい」


「36万ゴールドおおお!!!」


「静かにして下さいサナトリアさん。次Cランク魔物なんですが、素材をギルドに卸していただくことは出来ますか? そうすれば討伐に色をつけれるのですが」


「僕の必要とする素材があるかどうかで変わります。ただすぐ準備出来ないので、素材無しの討伐報酬の方が良いですね」


「そこは無理にとは言いませんよ。素材の件は了解致しました。討伐報酬は一体100万ゴールドに決まりましたので、全部合わせて536万ゴールドになりますね」


「はい」


「536⋯⋯万⋯⋯」


 きっとサナトリアさんの反応が普通なんだよ。僕は随分と金銭感覚が狂ってしまったみたい。普段あまり使わないから実感が無いけど、もう毎日遊んで暮らせるんじゃないの?

 高価な素材や魔剣を買ってドラシーに吸収してもらうのも良いかも。そうしたら直ぐに無くなりそうだけどさ。


「今日はもうアーク君も休んで良いよ。緊急時は呼ぶかもしれないけど、ギルド向かいの宿でゆっくり休んで下さい。予約済みですから」


「助かります」


 ビビもお眠だから良かった。


 放心するサナトリアさんを放置して、僕は宿屋へ向かった。こんな時でも営業しているなんて、商人魂ってやつなんだろうか?


 ギルドの向かいにあった宿屋は、かなり豪華だと言わざるを得ない。フロントのテーブルは大理石で造られているし、綺麗なシャンデリアも天井からぶら下がっていた。


 うぅ⋯⋯綺麗すぎるぅ〜⋯⋯都会力が凄いんだよ。


 フロントで名前を言うと、クリスタルの鍵を渡される。案内された部屋はまあまあの広さがあった。


「食事はどうなさいますか?」


「ケーキ食べたいです」


「畏まりました。デザートに用意させていただきますね。料理は部屋で召し上がられますか?」


「はい!」


「ではそのように手配させていただきます。何か御不便がございましたら、気軽に御相談下さいませ。では失礼致します」


「よろしくお願い致します」


 とりあえず落ち着いた。フロントのお姉さんは身のこなしが完璧だったな。もしかしたら礼儀作法のスキルがあるのかもしれない。


 初めての外泊だからワクワクするよ。魔導飛行艇を除けば初めての宿屋だからさ。







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