魔物の侵略(4)
目の前では巨大な魔力の塊と僕が展開した障壁が、拮抗しながら大きな軋む音を響かせていた。
アルティメットスケイルを解除すると、途端にオーロラカーテンが更なる悲鳴を上げ始める。ヒビ割れが瞬く間に広がって行き、もうすぐそれは突破されるだろう。
流石にCランクの魔物の攻撃らしく、上級魔法である極光魔法でも単体で防ぐことは難しそうだ。だけどあのままでは僕の魔力も尽きてしまうし、耐えきれなければ後ろにいる人達が死んでしまうかもしれない。
それにアルティメットスケイルを使用したまま、ドラシーの別のスキルを使うことは不可能だ。強力なスキルを二つも無理に行使しようとすれば、ドラシーが壊れてしまうかもしれない。だから僕は勝負に出ることにした。
スキルを解除したドラシーを魔力の塊に向け、更に送り込む魔力を増大させた。次に使うスキルには大量のエネルギーが必要になる。そして準備にも時間がかかるので、通常戦闘の中では使えないのだ。
ドラシーに目標の魔力が溜まった。剣先から柄まで全てが光の粒子に包まれて、その形を変形させていく。
ブルードラゴンブレスのスキルを撃つ時には、この剣先が竜の頭の形になる。だけど今回は巨大なライフルのような姿に変わった。
銃口の先端には白くて長い骸骨の指のようなものが三本ついていて、変形が終わると同時にガバッと開いた。
「負けないよ! “黒溶岩砲”!」
これはマグニリムリザードを吸収した時に得た新しいスキルだ。三本の指から黒い稲妻が迸り、銃口の前に巨大な赤黒い玉を形成していく。
まるで絵本の勇者様の使う魔法のように、その威力は想像を絶する程の火力を有していた。だから実戦ではこれが初めての使用になる。
テンペストウィングを広げ、しっかりと肩と両腕でドラシーを支えた。狙いを魔力弾の中央へ定めながら、射線を魔物と魔力弾が一直線に並ぶように調整する。
そしてオーロラカーテンが崩壊したと同時にトリガーを引いた。
──ゴァァァアアア!!!
「うわ!」
黒溶岩砲が放たれると、体が数メートル後方へ押し飛ばされた。かなり気合いを入れて踏ん張ったのに、ノックバックが強烈過ぎて肩から軋むような痛みが走る。
今の僕にはまだ使いこなせないスキル。でもやる価値はあったかな。
魔物の放った魔力弾が、赤黒い溶岩弾に飲み込まれるように削られていく。競り合いで激しい熱風を撒き散らしながら、魔力弾を押さえつけるように押し返し始めた。
「ガギャアッ!」
「いけー!!」
──ズゴゴゴゴァァアア!!
溶岩弾はそのまま敵の魔物へ突っ込み、着弾と同時に天まで焼き滅ぼすかのような火柱が上がった。
相手の姿もあまり確認してなかったな。クロコダイルのような顔に、蛇の体をしていたね。羽も生えていたと思うけど、あれを食らったら骨も残らないだろうな⋯⋯
Cランク以上の魔物の死骸は欲しいけど、今回は諦めるしかないみたいだね。
ドラシーが剣の姿に戻る。やっぱりこの形じゃないと違和感があるよ。体にどっと疲労感が押し寄せる。城壁の上で見ていた人達が、目と口を大きく開いていた。
キジャさんの話だと、ここら辺の魔物はそんなに強くはない。だからこんな戦闘を見るのはきっと初めてなんだろうね。
再び空へ飛び上がると、四方から迫る魔物の群れが目に入った。
東側は敵が薄いかな? やっぱり西側が一番数が多いかも。
「“ホーミングレーザー”」
一度ビビの援護に魔法を放つと、遠くにいたビビがこちらを見た。
手で虫を払うような動作をしたので、多分構わずにCランク魔物を仕留めて来いというジェスチャーなんだろう。
「余計なことしちゃったかな?」
ビビは直ぐに別方向へ視線を向けてると、血晶魔法で魔物を倒し始める。
そうだよね。僕がビビに言ったことなんだから、僕は僕の仕事をしなくちゃいけないな。
多くの魔物を倒したことで、魂魄レベルが上がった気がする。次は強力な魔物が三体いる西側だから油断しないで戦うんだ。
三体の強敵の位置は少し離れていた。Cランクを複数同時に相手にしたくないから丁度いい。
ふと視界の隅で振られている黄色い旗が目に入る。そこではクレイゴーレムが怪我人を運んでいて、直ぐに重傷者だということに気がついた。
急降下して怪我人の傍に下りると、リジェネーションとヒールをかけてあげる。
「んぱあ」
「んまうぅ」
「よしよし良い子だね。また頑張って探してね」
「「マッ!」」
怪我人は気を失っているが、安静にしていれば大丈夫だろう。クレイゴーレムは次の仕事にやる気を漲らせながら走って行く。僕は二本目の魔力回復ポーションを飲み干した。
「ありがとうございます!」
僕に深々と頭を下げてくる女性がいる。運ばれて行く怪我人を気にしている様子なので、さっきの人と縁のある人なのだろう。
「どういたしまして。もう大丈夫だと思いますよ」
「本当に⋯⋯本当にありがとう⋯⋯」
「⋯⋯」
痛い程に感情が込められたありがとうだった。少し胸の奥がキュッとなったような気持ちがする。
頭を下げて去って行った女性の背中を、僕はじっと見送った。
「ん⋯⋯いけないいけない。早く西側城壁に行かなきゃ」
今までも沢山感謝されてきた。ありがとう以上の言葉が見つからなかったからか、超ありがとうございますって真面目な顔で言われたこともある。
感謝されるたびに思うけど、ここまで感謝されるようなことをしているんだなと実感した。
「それだけ責任あることなんだよね。僕の目指す場所は⋯⋯」
その頂点にあるのだから。
「強くならなきゃね。ビビ、ドラシー」
『!』
「気づいていたか」
ビビが僕の後ろに立っている。気配はいつも気にしてるからね。ビビに何かあったら大変だもの。
「ビビ、魔物は?」
「見えていたやつは殆どやっつけたぞ」
「そう」
「だからすることがあるだろう? 私に」
「え? すること?」
「⋯⋯」
モジモジとしながらじっと何かを待っている? そんな気がする。血が欲しいのかな? ちょっと違うみたい。なんだろう?
「もういい⋯⋯クレイゴーレムは撫でていたじゃないか⋯⋯」
「え? 今何て言ったの?」
「早くアレ倒して来いって言ったんだよ」
「そっか、うん。頑張る!」
そうだよね。Cランク魔物は早めに狩らないと何するかわからない。
テンペストウィングを唱え、暴風の翼を大きく広げた。
「行ってくる」
「気をつけろよ」
「うん。じゃあ後でね」
「ああ」
頑張ったビビも撫でておいた。キョトンとした顔になった後、口を引き結んで顔を赤らめている。
やっぱり大人のビビには恥ずかしいことだったかもしれないね。でも頑張った時は撫でてもらうと嬉しいんじゃないだろうか? 難しい問題だね。次ビビを褒めてあげる時は別の方法を考えてみよう。
空高く舞い上がり、一体の強い魔物の上空で制止する。ゴリラを倒した時のように、上空から一気に奇襲攻撃して倒そうと思うんだ。
ターゲットの魔物はタツノオトシゴみたいなフォルムで空中に浮いていた。特殊な能力を持っていそうだし、そもそも真正面から戦うつもりは無い。
スキルの隠密で気配を薄め、一気に急降下しながらドラシーのトリガーを引いた。
ドラシーの今の元の姿は、もう片手剣からは完全に逸脱している。刀身部分だけでも150センチを超えていて、柄まで入れれば180センチを超える両手剣だ。
タツノオトシゴは十メートルを超える巨体だけど、縦長だから斬撃で首を落とす方が良いかな?
ドラシーの魔気融合増幅を使い、身体能力を限界以上に引き上げた。
「ッ!!」
気づかれた! そう思った時には、目の前に無数の長い針が迫っていた。
それはタツノオトシゴの体から生えていて、僕を串刺しにしようと準備していたのかもしれない。
「ああああ!!」
引くわけにはいかない。ここで苦戦したら他の魔物にまで警戒されてしまう。連携されることは無いだろうけど、リスクを負ってでも仕留めるべきだ。
集中して見てみれば、僅かに体が通れる幅はある!
視界がセピア色に変わり、加速した思考が僕の能力を最大限に高めて発揮させた。
「“パワースラッシュ”!!」
──キンッ!
銀色の力に紫電を乗せて、閃光のような速度でドラシーを振るう。
首に吸い込まれるような一撃だった。何時でもこんな動きが出来たら良いと思う。
地上に立った僕のすぐ横に、タツノオトシゴの首がズレ落ちてきた。まだ目に力が宿っている気がしたので、更に頭を縦に斬り裂く。
すると体の方も地面に落下してきたので、無限収納へ放り込む。ここまでやらないと安心は出来ない。
「ふぅ。良かったぁ。倒せた⋯⋯」
小さな声で呟いた後、何故か自分の死ぬ未来が頭の中を過ぎった。
これから首を噛み切られる⋯⋯? これは危険予知スキル!?
一瞬の逡巡が良くなかった。慌てて体を捻り、飛んできた何かにドラシーを振るう。
──ザシュッ!
真っ赤な鮮血が吹き出した。痛みに耐えながら、得体の知れない敵から距離を置く。
「“リジェネーション”、“ヒール”」
ドラシーを右手で構えながら、首の傷を魔法で癒す。本当は痛くて仕方が無い⋯⋯でも、余裕の無い姿を見せるのは危ないことなのだ。
ベスちゃんから教わったことは数しれない。あの人は本当に凄い人なんだよ。僕のお師匠様なんだ。
敵は狼の姿をしていた。きっと魔狼の一種だと思う。それにしても、この魔狼はかなり強いね⋯⋯魔気融合身体強化と危険予知スキルが無ければ、僕は死んでいたかもしれないんだから。
僕はゴクリと生唾を飲み込む⋯⋯圧倒的な存在感に、身の毛もよだつ程の魔力量が感じ取れた。
「⋯⋯これは、もしかしてBランクの魔物⋯⋯?」
「ガルルルル⋯⋯」
魔狼は奇襲に失敗して、再び攻撃するか悩んでいるみたい。それだけ知能が高いなら、僕の言うことも理解出来るかも?
さっきのすれ違いざまに、魔狼の片目は潰してある。きっと全力で戦えば、僕が勝つ可能性だってある。体が特別に硬いタイプじゃなさそうだし⋯⋯
「ねえ。君は何で僕を殺そうとしたの?」
「⋯⋯」
「無理矢理動かされているの?」
「グルルル⋯⋯」
魔狼から明らかに怒気が溢れ出した。その怒気が、自分は自分の意思で行動していると言いたいように感じる。
「そうか。わかったよ。でもそれなら何でイグラムを襲う? 恨みでもあるのかな?」
「⋯⋯」
「ここには沢山の人が暮らしているんだよ? 誰だって好きで戦いたいわけじゃないんだ。食料なら山に帰ればあるでしょ? 僕はそこまで追いかけてまで君達を倒そうとは思わない。引いてくれないかな?」
「⋯⋯グルル⋯⋯」
僕の言葉は確かに伝わった筈だ。やっぱりこの魔狼は知能が高い。ただ理解したからと言っても、はいそうですかと帰るわけにはいかないらしい。
「⋯⋯僕はもう行くよ。イグラムを壊されるわけにはいかないからね」
一度強く睨み合ってから、その場から僕は走り去った。
十分な警戒をしていたけど⋯⋯やっぱり追いかけては来ないみたい。勘だけど、あまり戦いたくないようにも思えたんだよね。不思議な魔物だな⋯⋯何のためにここにいるのかな?
次に向かった先には、触手が絡まったような気持ち悪い魔物がいた。しかもそれで這いずるように動いてるんだから、すっごい謎生物である。
全体的にはスライムに見えなくもないんだけど、近づいてみたら何かの集合体でしたって感じだね。鳥肌が立ったよ⋯⋯
高さは約五メートル、横に八メートルの饅頭型。まずは飛び散らないように固めて見よう。
「はあああ! “ブルードラゴンブレス”!」
──ゴゴゴゴゴゴォォ⋯⋯
かなりの魔力を注ぎ込んで、集合体魔物を氷漬けにする。これで倒せたかどうか疑問なんだけど、収納出来たから大丈夫だろう。大丈夫かな? ドラグスで収納から出したら、町中触手塗れ事件にならないよね?
考えてる場合じゃない。早く最後のCランク魔物を倒さないといけないんだ。
気配拡大感知で場所は掴んでいる。テンペストウィングで駆け上がり、最大速度で飛翔した。
昨日(五月四日)短いエッセイを書かせていただきました。
作家さんへ向けたメッセージのようなものです。1200文字くらいと短いので、是非御一読下さい。
もっと楽しい作品を作れるように努力してまいります。これからもデタラメな冒険譚をどうぞよろしくお願いしますm(*_ _)m




