魔物の侵略(3)
間に合ったかな? 間に合ったよね?
焼け焦げて噎せ返るような匂いがする。これが戦場なのかな? 気配を確認しながら、都市内部にまだ魔物がいないか警戒した。
ここは城壁都市イグラム。ドラグスの町並みと比べると、大都会と言っても良いくらいに発展している。
「それより⋯⋯」
「どうする? アーク」
救援に来たまでは良かったんだけど、誰も話を出来る状況じゃなかったんだ。ストームイーグルに襲われてた僕達もだけどね。
船長さん達は大きな広場へ着陸したようだ。帰りも乗せてくれるかなぁ?
僕は一旦魔気融合身体強化を解くと、城壁の上から全体を見渡した。
本当にギリギリっぽかった。被害者もかなりいるだろうな⋯⋯もう少し早く来れていればって思ったけど、船長さん達は寝ずに頑張って空を飛んでくれたんだった。
出来る最善を尽くしてくれたんだから、これ以上なんて我儘言っちゃいけないや。僕達も出来ることをして、船長さん達の頑張りに応えよう。
ホーミングレーザーは汎用性に長けている。バラして良し集中させて良しだもの。
ただここまで大規模に狙った場所にだけ攻撃出来るのは、僕の分割思考、並列思考、気配拡大感知、そしてドラシーの補助とスキルのホーミングレーザーが使い易いところにあるだろう。
「助かったよ! ありがとう銀閃のアーク君」
黒いボロマントを被った人が近づいて来る。見た目は悪いけど、安物には見えない装備だった。
「おはようございます。手伝えたなら良かったです。それで、貴方は誰ですか?」
「これは失敬。このイグラムの冒険者ギルドでマスターをしているマリクです」
「マスターさんなんですね。到着の報告をする手間が省けました。本日はよろしくお願い致します。マリクさん」
軽く握手を交わし、僕はマリクさんの顔を見る。
目のクマ、疲労、緊張もしていたのだろう。顔色がかなり悪いようだ。
「“リジェネーション”、“ヒール”」
「な! 神聖魔法まで使えるのかい!?」
「本職の方みたいに上手くは出来ません。今は手広く色々鍛えている段階でして、尖ったものが無いのですよ」
「ご謙遜を」
軽く言葉を交わしているだけだけど、立っているのも辛そうだ。
「き、君! 君がさっきの魔法を使った子か?」
今度は十八歳くらいのお兄さんが現れた。結構良い服を着ているけど、何者なんだろう?
「おはようございます。ドラグスの冒険者ギルドから派遣されて来ましたアークと言う者です」
「私はイグラム領主のタシックナルだ。危機を救ってくれて感謝する」
「ぞんぶ⋯⋯少しでもお役に立てたのなら良かったです」
危ない。ビビみたいに存分に感謝すると良いとか言いそうになった。
やっぱりこの人も顔色が悪いな。
「皆さん寝てないみたいですし、暫く僕とビビで繋ぎますから一度寝ちゃって下さい」
「そんな⋯⋯民は不安がっている。私が寝るわけにはいかないだろう!」
「なら兵士さん達半分ずつ休んだらいかがでしょうか?」
「しかしだな⋯⋯」
「領主様。お言葉に甘えては? 兵士達も貴方が休まないと休めませんし」
マリクさんがタシックナルさんを説得してくれるみたい。僕はちょっと他に注意を向けたいからね。
さっきの魔法でまだ倒しきれていない魔物がいる。数は少ないけど、Cランクの魔物じゃないかな? 今周りで死んでいる魔物の肉を貪っているみたい。あれが終わったら攻撃してくるだろうな。
「私が休まねば休めんか⋯⋯それもそうだな。済まない」
「いいえ。皆限界が近いですから。交代で休ませていただきます」
「そうだな。今のうちに休ませていただく」
領主権が数名の兵士に指示を出した。各所へ伝令を回し、素早く対応をして行く。
城壁から下りた場所に芝生が生えていて、そこで直ぐ爆睡する者や食べ物を取り出している者がいた。
皆行動が早いな。領主様も兵士に混ざって雑魚寝するらしい。
「ではマリクさんも一度寝て下さい」
「一応ギルドマスターなんだが⋯⋯」
「ですが敵の規模がわかりません。何時間戦うかもわからないんです。僕だけじゃ厳しくなるかもしれませんから、今休んでもらえた方が安心出来ます」
「そうか。不甲斐なくてすみません。休ませていただきます」
マリクさんが頭を下げる。もしもの時は本当に起こすからね? 休めるうちに休んだ方が良い筈だよ。僕とビビは朝方まで寝てたから大丈夫なんだ。
「何かあれば呼びますよ。その時はお願い致します」
「わかりました。行こうサナトリア」
「ふぇ。は、はい! ギルマスさん!」
じっとこちらを見ていたお姉さんが、マリクさんに連れられて城壁を下りて行く。あまりに見て来るからちょっと気になってたんだ。
「どうするアーク」
「んー」
タシックナルさんもマリクさんもいないけど、皆与えられた仕事があるみたいだ。だから僕が兵士さん達に何かを言う必要も無いよね。それに僕達は救援に来たんだ。僕は僕で自由に動いて大丈夫だろう。向こうも僕の能力がよくわからないから、自由にしてくれたんだと思うけどね。
「“クレイゴーレム”来て来て〜」
「んま!」
「んぱあ」
「んまうぅ」
「まっ!」
「むまぅぅ?」
「んっぱ!」
「んぱあ」
クレイゴーレム達を呼び出して、とりあえず一列に整列させよう。城壁の上でもクレイゴーレムって生えて来るんだね。ちょっと面白い。
「今日来てもらったのは他でもありません。このイグラムを守るためです!」
「ま〜?」
「まむう!」
「ん〜まむぅ?」
「僕達ならきっと守れると信じています! それは、君達がいるからだ!」
「マッ! まむー!」
「んまむ! ふんすっ!」
「皆ありがとう。それじゃあ簡単に役割分担するね! 君から君までは城壁の補修作業」
「まっ!」
「んーま!」
「んまうまうま! んまう?」
「君から君までは怪我人を探して処置してあげてね。危ない人がいたら僕に教えること!」
〈マッ!〉
「君はビビが噛みたくなった時に噛まれてあげて」
「んーまむうっ!!!!?」
「冗談だよ」
とりあえずこれで大丈夫かな? 後で思いついたらまた指示を出せば良いと思うし。
「僕は強い魔物を間引いて来ようかな?」
「狡い⋯⋯私は?」
「ビビは全体を守って欲しい」
「やっぱり狡い⋯⋯」
「ごめんねビビ。さっき魔力使ったから、少し血を吸っておく?」
「こ、こんな場所でか?」
「魅了使えばバレないんじゃない?」
「そういう問題じゃないんだ。血は二人の時にゆっくり吸う」
「そういうものなの?」
「そういうものだ」
ビビが少し顔を赤くしていた。誰かに見られてるのは嫌だったんだね。しっかり覚えた。
「気をつけるんだぞ? Cランク以上の魔物は一撃があるからな」
「ありがとう。初見の魔物ばっかりだからちゃんと注意するよ」
「雑魚にも気をつけろ。ドラグスとは種類が違う」
確かにここの魔物はドラグスと種類が違うね。ゴブリンに似てるけど、灰色で羽の生えたやつがいる。あれは多分インプってやつかな? 名前だけは知ってたけど、見るのは初めてだよ。あと赤い帽子を被ったレッドキャップに、虫型の魔物も多いな。
「行ってくるね」
「うん。こっちは任せて」
魔気融合身体強化を発動した。まだスキルをかけてない未強化の体の状態だと、Cランク以上の魔物には苦戦しちゃうだろうからね。
魔気融合身体強化の発動時間がかなり延びてるから、直ぐ燃料切れになる心配は無いと思う。
「“テンペストウィング”」
空高くまで舞い上がり、都市全体を見渡した。交易が盛んらしいので、田舎のドラグスとは比べ物にならないくらい都会だった。
三階建てや四階建ての建物は当たり前に建っているし、個人所有っぽい魔導車もチラホラある。
王都はもっと凄いのかも⋯⋯でもドラグスだってこれから頑張るからね!
さて、強そうな魔物を倒しますか。
『!』
ドラシーもやる気みたいだね。気合い入れてるみたいだ。一度止まっていた戦闘も、そろそろ再開されるだろう。広範囲でかなりの数を倒したけど、後続の魔物が押し寄せて来ているからね。
キジャさんは誰かが魔物を操っているように感じるって言っていた⋯⋯もしそんな人がいるのなら、とても酷い人だと思う。
魔物だって戦いたく無かったのかもしれないんだから。
戦闘に入る前にチョコ食べておこう。気持ちを切り替えなくちゃ駄目だ。僕はまだ半人前。頑張りますね! 父様、母様。
「動き出しそうだ!」
「何としても城壁を守れ!」
「中には家族がいるんだよお!」
「班長の娘さんを僕に下さい!」
「お前、こんな時にぬけぬけと⋯⋯」
兵士さん達も気合いに溢れている。あの様子なら大丈夫かな。
「強そうな気配は〜⋯⋯北側に一つ、南側にも一つ、西側に三つ。西側が一番大変そうだ。西側に集中するためには、まずは南北の魔物から倒そうかな」
テンペストウィングを羽ばたかせ、強い気配に急降下しながら体に回転をかける。ドラシーの“魔気融合増幅”スキルを使って更に力を引き上げた。
髪の毛が銀色に変わり、視界がセピア色に染まる。
北側の小さな丘の上に、黒い甲殻に身を包む十五メートル級のゴリラがいた。僕はゴリラの真上から目にも留まらぬ速度で奇襲をかける。
「はああ! 回転! “オーラスティンガー”!!」
──ズドーンッ!
僕の渾身の一撃は、何の抵抗も無くその体を貫いた。巨大なゴリラは意味がわからずに、ぽっかりと穴の空いた胸に手を這わせて、
「ウボァ?」
それがゴリラの最後の言葉だった。深く考える時間も無く、ゴリラはうつ伏せに崩れ落ちる。
「収納⋯⋯」
ゴリラが消えた場所から、螺旋状の深い穴が顔を出した。推定Cランクの魔物を倒すのに、これくらいの自然破壊は無いに等しい筈⋯⋯そう思うことにしよう。
「おい! 見ろ! あの化け物が一瞬で⋯⋯」
「何だあの穴は!?」
「すげぇ」
「助かった」
やっぱり穴は後で塞ごうかな。今は次に行きましょうか。
再び空へ舞い上がり、イグラムを横断して南側へ向かう。上空からで小さいけど、ビビの放つ魔法が良く見える。
もう後続の魔物が迫って来たんだね。僕も急がないといけないな。
魔力回復ポーションを飲んでおくことにしようか。瓶を取り出して蓋を親指で弾き、鼻をつまんで飲み干した。んー⋯⋯やっぱり不味い。ちゃんと空き瓶は収納にしまったよ。
ポイ捨ては駄目なんです。掃除する人が大変なんですから。
キジャさんから貰ったポーションはまだ節約しておきたい。完全復活ポーションは一本10万ゴールドもする超高級品だ。気軽に使うには勿体ないけど、戦闘中に使う隙があるかは微妙なところ。
「あ!」
南側のCランク魔物の魔力が増大していく。これは何か大きな攻撃をする前兆だ。
それは城壁の上に立つ兵士さんや冒険者さんに向けられていた。でもそんなことをされれば、城壁を突き破って都市内部に被害が出るに違いない。
「そんなことはさせないよ!」
急降下しながらどうするか考えた。魔物を一瞬で倒せれば問題無いけど、間違ってもあれを撃たせるわけにはいかない!
「何かデカいのが来るぞー!」
「誰か魔法であれを止めろ!」
「む、無理だ!」
「止められっこねえ⋯⋯」
「だがこのままじゃ城壁が!」
「ひぃ⋯⋯駄目だぁ!!」
皆の叫び声が聞こえて来る。助けなくちゃ! 何のためにここまで来たのかわからない! くぅ⋯⋯間に合えー!
「はああ! “オーロラカーテン”! “アルティメットスケイル”!!」
間に割り込むように飛び込んで、僕の最大防御魔法とドラシーのスキルを発動した。
オーロラカーテンは極光魔法。結界でかなり強力な攻撃にも耐えることが出来る。
アルティメットスケイルは氷竜剣から奪った防御スキルだ。ドラシーに吸収されてからは、そのスキルの形を変えていた。強化ガラスで造られたような大きなカイトシールドを、周囲に最大百枚まで展開出来るようになったのだ。
──グガガガガガガガガガガッ!!
魔物から巨大な魔力が撃ち出された。純粋な魔力弾みたいだけど、威力が馬鹿みたいに強かった。
オーロラカーテンにはヒビが入り、アルティメットスケイルもギシギシと嫌な音を立てていた。
このままじゃまずいな⋯⋯
「それならこっちだって!」
魔力を一気に練り上げて、それをドラシーに叩き込む。
「いくよドラシー」
『♪︎』




