魔物の侵略(2)〜戦いの始まり
僕は甲板に先に上り、後から来るビビに手を貸した。甲板は磨き上げられたフローリングのようにピカピカしている。船縁には転落防止の柵が銀色に輝いていた。
とても豪華な造りだね。何よりとってもかっこいいんだよ!
屈強そうな男達が右へ左へ走り回って、慌ただしく作業をこなしていた。
この空飛ぶ船は総勢十人の船員で動かしているみたいだね。
「ボサっとするなー! 舵を切れ!」
「船長! もう魔燃動力炉が焼き付いちまいそうでさー!」
「そうなったら人力でプロペラ回せや! 今は時間がねえ! 急げカマ野郎共が!」
「「「「風の女神の名のもとに」」」」
凄い! 初めて見た⋯⋯男の職場って感じがするね。海じゃなく空の男達なんだ。普通の船にも乗ったことないのに、空飛ぶ船なんて感動するな。
ん〜⋯⋯僕も自分の船欲しいかも⋯⋯魔法で飛ぶのとは違うロマンがある! かっこいい! そう! かっこいいの!
船長がこっちを向いて歩いて来た。僕は何をすればいいんだろう? 風の女神の名のもとにって言葉は覚えだよ!
「お前が銀閃のアークか。本当に子供なんだな⋯⋯」
「お言葉ですが船長。僕はこう見えて六歳なんですよ?」
「いや、見たまんまなんだが⋯⋯」
船長はおかしなことを言う。両手を使わないと数えれない年齢を子供と断ずるか否か⋯⋯それは否である筈だ!
「とりあえず船室で寝ててくれ! 最速で届けてやるよ!」
「風の女神の名のもとに」
「ふっ。それは前進を始める時に言うセリフだ」
ふえ!? それは知らなかったです。帰りにはちゃんと言うんだからね! あ、もしかして帰り歩きとかじゃないよね? あはは⋯⋯はははは。
「到着には四時間はかかる。丁度明け方になるだろう。だからしっかり休んでくれよな? 俺等は運ぶ、お前は倒す、わかったか?」
「わかりました!」
「よし! じゃあ中で寝てろ!」
船長さんに背中を叩かれて、僕は船員さんに船の中へ案内された。狭い船内は、よくわからない配管が沢山ある。
案内された部屋は、すっごく生活感溢れる散らかしようだった。
「汚いな」
「シー! ビビ、言っちゃダメ」
「ゴミ溜めだろう?」
「すまんこって。掃除出来る奴がいなくてよ」
船員さんが申し訳無さそうに言う。
「大丈夫です。ベッドの上だけ片付けちゃいますから」
「わりーな。目的地までは任せてくれ」
「はい!」
船員さんが急いで仕事に戻る。ベッドの上の物を退かし、何とかビビと並んで寝れるスペースを確保した。
夕食が小さな焼いたパンを半分食べただけだったので、ビビとミラさん印のお弁当を急いで食べる。
ミラさんの料理も美味しいや。ありがとう。そして寝坊しないでね?
⋯⋯ミラさんが起きれるイメージがわかない。今は自分達の心配をしよう。時間もあまりないからね。
「ビビ。はい」
「⋯⋯かぷり⋯⋯」
ビビとベッドに横になり、そのまま血を吸わせてあげる。さっき寝たばかりだから、ちょっと寝れないかもしれないよ? ビビの背中を優しく撫でながら、僕はジャンガリアンを数え⋯⋯
*
「おい! 起きろ。そろそろ⋯⋯って、仲良しだなお前達」
船長の声に起こされて、僕は目を開けた。ビビは血を吸った時の体勢で眠っていたらしい。
うん。ヨダレでジャビジャビになっている。血じゃなくて良かったよ。
ビビを起こして看板に出ると、薄らと空が白んでいる。気持ちの良い冷たい風が、眠気と甘えを洗い流して行くようだ。
空の上から見る夜明けってこんなに綺麗なんだね。
グラデーションの鮮やかな空に、力強い太陽が顔を出した。
「もう直ぐだ。行けるか?」
「勿論です。こう見えて六歳ですから」
「おぅ⋯⋯拘るな⋯⋯まあ頑張ってくれよな!」
朝食がわりに、お団子を食べながらその時を待つ。ビビと一緒に船首に立って、流れて行く地上の景色を見下ろした。
──ズドーン⋯⋯
そんな時、いきなり船体が激しく揺れる。僕とビビはお互いを支えあった⋯⋯落ちるかと思ったよ。落ちても大丈夫だけど⋯⋯
「何だ!? 炉が逝ったか!?」
「ち、違います船長! 魔物が上から!!」
──ギャオオーン!
それは雲の上から現れた。巨大な鷲のような姿をしていて、体長が三メートルくらいだろうか⋯⋯? 遠くてよくわからないけど、横には倍以上に大きな翼を広げていた。
「クソッ! ありゃストームイーグルじゃねえか!」
「嘘だろ! あんな数どうしろって言うんだよ!」
「船が落とされちまう!」
「踏ん張れー! もう少しなんだ!」
船員達が慌てて銃剣を取り出して来た。あれで戦うつもりなのかな? 魔物は僕達よりもずっと高い位置にいるんだ。あれじゃ多分無理だよね。
「僕達に任せて下さい」
「いや、だが! もう少しで戦場なんだぞ!」
「ちょっと早めに始まったと思えば良いじゃないですか」
それに、きっとこれは偶然じゃないと思う。確実に僕達を仕留めるために放たれた刺客のように感じた。ベルフさんとベスちゃんは大丈夫だろうか?
「船長さん。船員さん。船にしっかりと掴まっていて下さい。揺れますからね」
僕は皆が甲板に張り付いたのを確認して、“魔気融合身体強化”を発動する。
荒れ狂う銀色の奔流が吹き上がり、紫電が鮮やかに迸る。同時に魔装“ベヒモス”も起動して、魔剣“ドラゴンシーカー”を抜き放った。
「お、おい!」
「しっかりと掴まっていて下さいね。船長さん」
敵の数は⋯⋯数えたくないなぁ。最低千くらい? うん。
それは朝に夜を齎すかのような、空を覆う大軍勢だった。イグラム防衛の前哨戦になりそうだね。
「行くよ。ビビ」
「ああ、わかった」
*
side Cランク冒険者 サナトリア
突如として始まった魔物との戦闘に、私達は疲れ果てていた。ここは他国からの侵略にも備えたイグラムだ。城壁も頑丈で砲門も数多く配備されている。
でも所詮は対人間の武器であって、押し寄せる魔物を押し返す程の力は無い。私達は城壁を上手く使い、何とか魔物の群れに耐えている。
私はCランク冒険者として、この城壁都市で活動をしていた。魔物はそんなに強くないし、安定収入のある兵士のナンパ待ちをしていたのよ。
まだ待ってるんだけど⋯⋯誰かねえ? ちょっと私に声かけなさいよね! この状況ならコロリといっちゃうかもよ?
イグラムで数少ないのCランク冒険者なのに、なんで私はモテないの? 高嶺の花ってやつなのかしら? 嫌になるわ。私の美貌に⋯⋯
そんな冗談も言ってられない。魔物が次々城壁にとりついて来るからだ。
「誰かー! 神聖魔法を使えるやつはいないかー!?」
兵士の一人が叫んでいる。残念ながら私も神聖魔法なんて使えない。子供の泣き声も聞こえて来た。
私は正直に言うと逃げたかった⋯⋯怖くて怖くて仕方が無い。でも! それでも私はイケメンに求婚されるまで諦めない! 月収は6000ゴールド以上でお願いします!!
「“フレイムランス”!!!」
火炎魔法に想いを込める。心做しか威力が上がった気がした。
「サナトリアさーん!!」
誰かが私の名前を呼んだ。城壁の上で戦う私の元に、一人の兵士が走って来た。ぽっちゃり系おじさん? どこに需要があるってのよ!
「無理です」
「ま、まだ何も言ってません!」
「チェンジでお願いしますぅ“フレイムランス”!!」
──チュドーン!
うん。良い火力出た。
「サナトリアさん! もう少しで救援が来ます!」
「もう少しもう少しって! 何時まで私を待たせるの! 婚期逃したらどうするの! “フレイームぅぅラ〜ンス”!!」
──ドガアァンッ!
くぅ、調子に乗り過ぎたかも。もう魔力が⋯⋯
「サナトリアさん!」
ふらつく足を踏ん張って支え、私を抱きとめようとしたポチャ男を手で制す。
「サナトリア! 大丈夫か!?」
「ギルマスさん⋯⋯」
このイグラム冒険者ギルドのマスターが、私に駆け寄って来た。私はまだ少しだけ平気。もうポーションを飲んでも意味が無いけど、モチベーションだけならあるんだから。
若い領主様が近くで兵士に激を飛ばしている。うん。まだ可能性はある。かな? あるよね?
この戦いを始めて二日目だ。手が足りなくて全員が不眠不休で頑張っている。私だけ休むわけにはいかない。
「まだ⋯⋯やれます」
「頼もしいな。はああ! “サンダーボルト”!!」
ギルマスさんが迅雷魔法を放った。その魔法は大地を駆け抜けて、一気に百体あまりの魔物を焼き焦がした。
それでも魔物は次々と押し寄せて来る。
なんて数なのよ⋯⋯きりがないわ。
流石のギルマスさんも疲労の色が浮かんでいる。滲む汗を拭いながら、私達は水分を補給をした。
こんなところで死にたくないよ。良い人見つけて母さんに自慢するんだから! 墓参りも随分行ってなかったなぁ。ごめんね母さん。これ乗り越えたら顔見せに行くよ。だから!
「“フレイム⋯⋯ランス”!」
死ぬわけにはいかないのよ!
城壁をよじ登ろうとしてきた大きなムカデの怪物に、私の最大威力の火炎魔法を放った。
力が抜けてガクリと膝が折れる。やっぱり魔力を使い過ぎたんだ⋯⋯でもまだ頑張れる筈よ。まだやれるよね? サナトリア!
「な、何だアレは!!」
「え?」
東の空を何かが飛んで来る。黒いものがわらわらと⋯⋯あれってもしかして?
「救援の?」
「嘘だろ? 魔物に襲われているのか?」
それは緊急事態の時に使われる冒険者ギルドの魔導飛行艇だった。空から降ってくる大量の魔物に襲われて、船底の数ヶ所から火が噴き出しているようだ。
あれでは魔物を引き連れ来たようなもの⋯⋯待ち望んでいた救援は、オマケの魔物のせいで全く嬉しくない。
「大変だ! 北と南から敵の増援が来たぞ!」
「そんな⋯⋯西側も手一杯だってのに!」
「城壁に上げるな! 乗り越えられるぞ!」
「あれを見ろ! 遠くにCランクの魔物までいるぞ!」
「誰か! 神聖魔法使えるやつはいないか!? このままじゃ死んじまう! 誰か助けてやってくれー! 頼むー!」
もう地獄のようだった。押し寄せる絶望に、体が固まってしまったみたい。
既に限界だったんだ。町の中からも悲鳴が聞こえて来る。
何処かで城壁が突破されたってこと!? 私は何をしたら良いの? 自由に体も動かせないのに、どうしたら良い?
「危ない! サナトリアー!!」
ギルマスさんが叫んだ。背後で重い音が聞こえ急いで振り返ると、城壁をよじ登った大きなオークがそこにいる。
まずい!
私は急いで腰の剣に手をかけて、抜きざまにオークの首へ斬りつけた。だけど魔力が尽きたこの体では、思うように力が入らなかったみたい⋯⋯剣は細身の刀身を埋めたところで止まり、逆に私の首が掴まれる。
「はっ⋯⋯ああ⋯⋯いぃ、ぐぎぃ⋯⋯」
「ギャバギャ! プギャギャ!」
苦しい⋯⋯体が持ち上げられて首が締め上げられる。苦しさに必死に耐える私を、オークは邪悪に笑いながら舌なめずりした。
まさか、このオークは私を?
胸元の革鎧を、留め具など気にせず服ごと強引に引き剥がされた。
外気に肌が晒されて、悔しい気持ちが込み上げて来る。大切に守ってきたものが、こんな形で踏み躙られるなんて耐えられない。
嫌だ⋯⋯やだよ。母さん⋯⋯
「ぐふ⋯⋯うぅ⋯⋯誰⋯⋯か、助けて⋯⋯」
「サナトリア!」
誰もが必死だった。ギルドマスターでさえ余裕が無かったのだ。私の助けを求める手を、誰も取ってくれなかった。
もう駄目なのかな? ここで尊厳を全て奪われるくらいなら、私は死を選びます。
ごめんなさい母さん。幸せになってって約束、守れなかったよ。
私の目から涙が零れ、オークが覆いかぶさってこようとした瞬間だった。魔導飛行艇が光ったと思ったら、そこから花が咲くかのように光の束が広がっていく。それが高く舞い上がると、地上へ降り注ぐ光の雨となった。
「綺麗⋯⋯」
その光は次々と魔物を刺し貫いていく。人も魔物もあまりの光景に、誰もが行動を止めてしまった。光は人を避けて魔物だけに襲いかかっている⋯⋯何が起きているの?
まるで神様が救いの手を差し伸べてくれたように感じる。
私は夢を見ているの? これは現実?
目の前のオークがグラりと揺れた。空から降った光が、軌道を変えてオークを貫いたのだ。
助かったの? 私⋯⋯もう少しで⋯⋯
魔導飛行艇の周りにいた魔物も全て一掃されたようだ。唖然とそちらを見ていると、銀色の光が飛び出して来る。
「はああ! “ホーミングレーザー”!」
「“サウザンドブラッドショックボール”」
赤い玉が町の外へ、光の線が街全体に降り注いだ。赤い玉は大きな爆発を起こし、魔物を木の葉のように吹き飛ばしている。光の線は正確に町の中へ入り込んだ魔物だけを蹂躙していた。
「あれはまさか! 噂の銀閃か!?」
「銀閃のアークなのか!?」
冒険者達がそんなことを叫んだ。勿論私もギルドで聞いたことがある⋯⋯若干四歳にしてCランク冒険者になった天才で、その偉業の数々も噂として流れてくる程だ。
それは遠い世界の話だと思っていた。スタンピードに一人で立ち塞がり、ドラグスの町を護った英雄だ。その功績が認められ、五歳にしてBランク冒険者になった化け物だとも言われている。
粗方魔物を片付けたのか、光を纏う小さな少年が舞い降りて来た。私の目にはその姿が、人では無く天使が神様から使わされて来たかのように見えた。
「あれ? あのお姉さん何で裸なんだろう?」
「あまり見ちゃ駄目だ。あれは多分見られることで喜びを得る特殊な人なんだぞ?」
「喜ぶなら見てあげた方が良いんじゃない?」
「ああ、いやまあ⋯⋯そうだな。誰も損はしないよな」
「⋯⋯」
少年が私の姿を見て、もう一人の小さな女の子と話をしていた。
わ、私⋯⋯子供に変態扱いされてる!?
忘れていたけど今の私は色々丸出しだった。私は直ぐに胸を隠しながら、近くにあった革鎧を引き寄せる。
顔が熱いよ。恥ずかしい。
さっきまでの地獄が嘘だったかのように感じる。この二人のお陰で、空気が一気に日常に塗り替えられたような気がした。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。間に合って良かったです。お怪我はありませんか?」
私が御礼を言うと、普通に返事を返してくれたのが嬉しかった。こうして見ると、そこら辺にいる子供にしか見えないよ。
ギルマスさんがこっちに走って来るのを見て、やっと助かったんだと実感した。
込み上げる熱い涙を拭い、私は小さな英雄を見詰める。
まだ戦闘は終わりじゃない。生き残って、私は幸せを掴むんだから。




