魔物の侵略(1)
Bランク以上の冒険者が集められるのは珍しい。それも自宅の領主様の屋敷まで呼びに来るのは初めてだった。
「髭に連れて来いって言われたんだ。⋯⋯非常事態だからな」
ベスちゃんはそう言って屋敷の裏口のドアを開ける。まだ二度目の来訪なのに、勝手知ったるって感じがするね。
キッチンで夕食の準備がされているようで、良い匂いが漂っていた。食堂ではアーフィアを抱いた母様と、アーフィアを可愛がる父様が座っている。
「父様。昔話した僕のお友達です」
「お? こんな時間にか? えーっとこんばん⋯⋯は!!!」
父様がベスちゃんを見て固まった。何故かアーフィアまで固まっている。母様もビクッとしてから僕の顔を見た。
ベスちゃんは僕の両親に何て言って説明するんだろう。
「こんばんは。私はベスという者です。何処かでお会いしたことがありましたか?」
「べ、べべべべべべス様!!!!」
そんなに長い名前じゃないよ? 初めて母様とベスちゃんが会った時みたいだ。
「急に済まないな。何処かで見た顔だとは思ったんだが⋯⋯冒険者だったのだろう?」
「はい! ギルドで見たことがあります!」
「そうだったか。あまり覚えていなくて済まないな」
「滅相もございません!」
「ちょっとアークを数日借りても良いか?」
「どうぞ! 気をつけてな! アーク」
え? それだけ?
事情も何も話していないけど、快く外出許可が下りたみたいだ。
父様のキラキラした目が僕を射抜いてくる。
「ベス様の言うことを良く聞くんだぞ!」
「わ、わかりました!」
「ほら、パン持ってけ」
「ありがとうございます父様」
香ばしく焼けたパンを直で渡されて、僕は父様に頭を下げる。
「ではまたな」
「行ってらっしゃいませ!」
父様が頭を下げ、母様がアーフィアの手を摘んで振ってくれた。アーフィア可愛い。父様、母様、アークは行ってきます!!
緊急招集だけあって、ベスちゃんも行動が早い。直ぐに屋敷を出て走り出したので、僕とビビは急いで追いかけた。
小さな焼けたパンを半分に千切ってビビと分ける。でもこれだけじゃ足りないから、後で収納から何か出すしかない。
「何があったのか聞きました?」
「少しだけな⋯⋯だがアーク、今回はあまり無茶するな」
「危ないの?」
「かもしれない。異常が起きてるとしか言えないよ」
「そうなんだ⋯⋯」
ベスちゃんが真面目だ。ベスちゃんが真面目だ。(大事なので二回)
こんな身近でも異常が起きている。僕が思っているよりも、大変な事態なのかもしれない。
「ベスちゃん大丈夫?」
「ん⋯⋯ああ。考え事をしていた。私余裕無かったか?」
「ちょっとね」
「私もまだまだか。ありがとうアーク」
やっぱり何かあったみたい。ありがとうとは言われたけど、ベスちゃんにまだ余裕が無いよ⋯⋯心配なのはこっちだよ。
*
ギルドの作戦会議室に飛び込むと、キジャさんの他に知らない人がいた。
隻眼なのか右目に黒い眼帯がされていて、優男に見えるけど全く隙の無い佇まいをしている。
僕はその人を見て、纏う雰囲気に寒気を感じた⋯⋯油断をすればこちらが斬られるような危ない気配だ。
「へえ⋯⋯」
片方しか無い目が僕の後ろにいたビビを捉えていた。ビビもビクッとしながら更に僕の後ろに隠れる。
「まあいい。君がアーク君かな?」
「はい!」
「うん。良い返事だ⋯⋯俺はテイター。冒険者ギルドのサブマスターだ」
僕はテイターさんと握手をした。この人がサブマスターなんだね⋯⋯もしかしたらビビの正体に気がついてるのかな? もし襲われたりしたら、僕はビビを守れるだろうか?
今日の作戦会議室にはテーブルが用意されていて、その上には大きな地図があった。椅子は無く広くスペースが取ってある。
よく見ると、かなり精密な地図らしい。大雑把な物ではなく、山の形や標高などもわかるように線が書いてある。
こんな地図見たことないね。ドラグス以外の町も沢山書いてある。あとなんだろう? 赤いバツ印がいくつか書いてあった。
僕より遅れて数分後、ベルフさんが部屋のドアを開いた。
「来たな。じゃあ始めるとすっか」
張り詰めた緊張感のせいか、ベスちゃんがずっと大人しい。キジャさんがテーブルの前に立つと、全員に地図が見える位置まで近づくように指示を出す。
「今回はちとまずい。順を追って説明する。ドラグスから遥か南にある町なんだが、この町は海に面している。漁業が盛んな町だったんだが、シーサーペントに襲撃を受けた。これは別に珍しいことじゃねえ。町にも討伐に慣れた冒険者がいるからよ、それで対処しようとしたら、シーサーペントの数が異常でな⋯⋯直ぐに北側にある町へ救援を要請した」
キジャさんがボードゲームに使うような駒を取り出し、それを地図に置いて説明する。黒い駒が敵で白い駒が冒険者かな?
「それで救援を南の町へ送ったら、そこにも魔物が群れで襲いかかって来やがった。南は手一杯だからよ、近くの東の町と西の町へ救援を頼んだ。そしたらそっちも魔物の群れに襲われている最中で、寧ろ救援が欲しいって言われたそうだ」
地図上に敵の駒ばかり増えていく。これはどう考えてもまずい状況だ。
「どの町も辛い状況だった。それで更に北にある国の砦に救援を要請したんだが、そこも魔物に襲われていた。もうわけがわからない状況だな⋯⋯もしスタンピードが起きたってんなら、魔物は一方向から流れて来るもんだ。だがどの町も別々の方向から攻められている」
確かにそうだ⋯⋯南の町は海からだけど、その北の町は更に北から⋯⋯東の町は更に東からだ。
「まるで誰かが指揮を執っているかのようにも見える。見えるっちゅーか、きっとそうなんだろうな。戦力と塀の護りを計算して、それを上回るように操っているかのようだ。砦はまだ持ち堪えちゃいるが、六つの町がやられちまった」
「え?」
キジャさんが地図に指を指す。赤いバツ印は魔物に攻められて蹂躙された町らしい。
「ベルフにはこの砦へ行ってもらいたいんだ。かなり厳しい状況らしい」
「わかり⋯⋯ました⋯⋯」
「ベスは砦の東、山間部にあるこの鉱山都市へ行ってもらいたい」
「⋯⋯わかった」
「アークは西のイグラム、城塞都市へ行ってくれるか?」
「わかりました!」
「どの場所もやばい状況だ。だが焦るとろくなことにならねえ。移動の手配はしてあるから、四時間くらい寝ておけ」
少し寝れるみたい。西のイグラムって、確かこの国の一番西の町だったな。そんな遠くまで行くことになるんだ⋯⋯どれだけの移動時間がかかるんだろう?
仮眠するために会議室を出る。現実味の無い話に、僕の気持ちが着いてこない。
六つの町がやられた? 何人死んでしまったのだろうか? この町にはキジャさんと、ちょっと怖いテイターさんがいる。だから僕達Bランク冒険者を全員出しても大丈夫なんだね。父様と母様もいるからなぁ。
用意された仮眠室の前に立つと、チラっとビビへ振り返る。
「ビビ、さっきは怖かったね⋯⋯もしかしてビビの正体がバレてる?」
「多分⋯⋯もし戦いになれば私を⋯⋯」
「僕がビビを守らないわけがないでしょ」
「でも」
「もしそうなったら、ビビは悪いことしないって言うよ。僕に任せて」
ビビの手を引いて、ギルドの仮眠室のベッドへ入った。この部屋を利用するのも入るのも初めてだよ。
僕は早く寝ることが出来る。でも、こんな時にまで熟睡は出来ないだろうな⋯⋯
ジャンガリアンがいっぴ⋯⋯き⋯⋯
*
おはようございます! 良い夜ですね。
時刻は夜中の一時。ビビの甘噛みで目を覚ましました。ビクッとしたので一瞬で覚醒です。
「起きたか? 受け付け嬢が呼びに来た。そろそろらしい」
「それで起こされたのね。わかった。ビビは寝れた?」
「寝れた」
軽い動作でベッドから下りて、軽く体の調子をチェックする。少ししか寝れなかったからどうかと思ったけど⋯⋯
「悪く無い」
「でしょう?」
「え? ビビ何かしたの?」
「さあ?」
「え?」
「さあね」
ビビの悪戯っぽい笑顔が見れたけど、僕何かされたのかな?
腑に落ちない気分を引きずりながら、ギルドの一階へと下りる。そこにはミラさんとシェリーさんが僕達を待っていたみたいだ。
「どうしたの?」
「⋯⋯アークちゃんがこれから大変な場所に向かうって聞いたから⋯⋯私、夜食作ったの。こんなことしか出来ないけど」
「えと、こんな時間まで起きてて、ミラさん明日寝坊しないで起きれる?」
「⋯⋯」
とりあえずミラさんに抱き着いておく。僕の身長も大きくなってきたから、ミラさんのオヘソを超えることが出来た。
「任せてアークちゃん。私がシェリーダイナマイトローリングトルネードプレスで起こすから」
「目が回りそう⋯⋯強そうな技だね。それなら安心かな」
シェリーさんにも抱き着いた。別れの挨拶じゃないけれど、折角お見送りしてくれるんだから。
コツコツと足音を響かせて、誰かが階段を下りて来る。
「キジャさん」
「寝れたか? アーク」
キジャさんもまだ起きてたんだ。焦げ茶色の小さな収納袋を手渡してくる。
「中には完全回復ポーションが三本入ってる。持ってるかもしんねーが一応な。ベルフとベスにも渡すからよ」
「ありがとうございます!」
「何があるかわからねえからな。それと、西のイグラムは普段強い魔物が出ねぇ、だから強い冒険者もいねえんだよ。魔物の規模も質もわかっちゃいねえから気をつけろ? 絶対死ぬなよな?」
「はい!」
「良い返事だ。ハッハッハッハ」
キジャさんに抱き上げられた。初めて会った時と同じだな。とても懐かしく感じるよ。
「アークはまだまだ成長する。こんなとこで死ぬわけねーよな」
「頑張ってきますね!」
二階からベルフさんとベスちゃんも下りて来た。キジャさんは二人にもポーションの入った収納袋を手渡している。
「さて、ベスは東門の外にそろそろ足が到着する筈だ。アークとベルフは南西門の外だな」
「わかりました」
「わか⋯⋯た⋯⋯」
「わかった」
「気をつけて行って来い」
やっと移動の準備が整ったみたいだね。少し緊張するよ。
ミラさん達に見送られ、僕達はギルドから出て行く。たまには良いかなと思い、ベスちゃんの頭を撫でてあげた。
「アーク⋯⋯」
「僕も頑張って来るよ」
「うん」
「ベスちゃんは強いから戦闘は心配してないんだけど、なんだか何時もと違うからさ。大丈夫?」
「ああ⋯⋯実はな、魔物に押し切られた町に古い知人がいたんだ。それが気がかりで調子が狂っていると思う」
「そう⋯⋯どうなっているのかわからないから、心配で調子が出ないんだね」
「ああ、弱いとこ見せてごめん。だけど今ある危険を放っておくわけにもいかない。生きてるかもしれないという薄い可能性で、ましてや一人の命で鉱山都市を見捨てるわけにもいかんだろう?」
⋯⋯そういう心境だったのか。それは余裕が無くなる筈だよね⋯⋯僕ならきっと耐えられないかもしれないよ。泣き喚いてどちらも選べないかもしれない。それなのにベスちゃんは選んだんだね。今危険な鉱山都市を⋯⋯沢山の命が守れる方を⋯⋯
「泣きたくなったら一緒に泣いてあげるね」
「ありがとうアーク。行って来る」
「またね」
ベスちゃんを見送って、僕達は南西門に向かった。ベスちゃんはかっこいいな。僕にそんな選択が出来るだろうか? 帰ったらベスちゃんのお願い聞いてあげよ。
南西門を出ると、ベルフさんが空を見上げながら立ち尽くしていた。
まだギルドの用意した移動の足って来てないのかな? それらしい乗り物が何も無い。
少しそのまま立っていたら、それは突然現れた。轟音が頭上から響いてきて、僕達は全員で頭上へ顔を向ける。最初は大きな影が迫って来ているのかと思ったけど⋯⋯
「ほえ〜」
直径三十メートルくらいある空飛ぶ船が、月明かりに照らされながら下りて来た。
「魔導車でも来るのかと思ってましたけど⋯⋯これは凄いですね!」
「ああ⋯⋯凄い⋯⋯な⋯⋯」
その船には大きなプロペラがいくつも回っていた。形は海に浮かべる船より少しスマートだろうか? 魚のヒレのような羽が左右に四本ずつついていて、あれで舵を取るのだと思われる。
「こっちの船はイグラムだ! アークはどっちだ!?」
甲板から強面の男が顔を出す。月明かりに照らされて、その顔がうっすら見えたんだ。
「僕です!」
「早く乗れ! 時間がねぇ!」
船の横腹辺りから縄梯子が投げられる。ベルフさんに軽く頭を下げて、僕とビビは風圧に暴れる縄梯子に飛びついた。
「上昇だー!」
「「「「おー!」」」」
僕とビビが上り終わる前に、空飛ぶ船は上昇を始める。
これから行く場所には沢山の人が助けを待っているんだ。どうか僕が行くまで耐えて欲しい。必ず助けてみせるから!




