六歳!僕とビビのお部屋
六歳になりました! ありがとうございますありがとうございます。ということはですよ? 僕の年齢を教えるのには両手が必要になったわけですよ!
右手の指を全て解放し、封印されし左手の人差し指をスっと持ち上げることが出来るんですね! 歳を数えるのに指が六本必要なわけですから、テンション上がっちゃいますよ!
右手の指を一本減らせば、左手の指を二本立てれます。ああ、なんというオシャレ⋯⋯
これは六歳だから出来る贅沢です。もし五歳でそんな気取った真似をしたら、白い目で見られて陰でコソコソ言われていたかもしれません。最終的には生卵も顔に飛んできたかもしれないよ?
本当に時間が過ぎるのは早いなぁ。
スイカ割りをしたのがついさっきのような気分だな〜。あれから一ヶ月以上かぁ。早いなぁ⋯⋯おかしいなぁ⋯⋯
六歳になったことで、両親と部屋を分けることになりました。アーフィアはベビーベッドで快適だけど、僕達は一つのベッドで三人だからね。
「この部屋を使うと良い。狭いが寝るには十分だろう」
「ありがとうございます父様」
「アーちゃんが寂しいと思ったら何時でも戻って良いのよ?」
「ありがとうございます母様」
この場所は掃除用具などをしまっていた場所なので、中は本当に狭いんだ。
部屋の中はまだ埃まみれ⋯⋯ビビと協力して雑巾がけをする。
縦長なスペースなのでベッドは何とか入ったけど、小さなテーブル一つ置く隙間もない。天井も低い⋯⋯でも僕には無限収納があるから大丈夫さ。小物は全部収納しておけるからね。
「よし。まだまだ頑張るぞ」
「そうだな」
二人で気合いを入れ直し、僕達は白いナプキンを口に巻く。部屋を掃除したりベッドを入れたりするのに半日以上かかってしまったから、ラストスパートかけないと暗くなっちゃうよ。
慣れないことってここまで大変なんだね。今ならフォレストガバリティウスを狩る方が楽に思える。
壁に折り畳み式の板を設置して、手前に倒せばテーブルに出来るようにした。
寝る時は邪魔なので、持ち上げてしまえば広く感じるだろう。ここで勉強したり絵を描いたりしようと思うんだ。
ベッドをそのまま椅子にすれば、この狭いスペースでも何とかなるね。
この屋敷は領主様の所有物だけど、使用人の生活スペースはある程度自由にする許可が出てるらしい。だから多少の改造は大丈夫だってサダールじいちゃんが教えてくれたよ。
一応テーブルを設置する前に、サダールじいちゃんから許可を取ってあるから大丈夫。
空間魔法が使えるようになれば、この部屋も広く出来るんだけど⋯⋯んー、なかなか闇魔法を習得出来なくてね⋯⋯無属性魔法までいけないんだよ。
無属性魔法の更に上が空間魔法だから、今考えても仕方ないんだけど。
ここはビビの部屋でもあるから、飾り付けはビビにお願いしたんだ。ドアにかける二人の表札を作ったり、蝙蝠の形に切った画用紙を小窓や壁に貼ったりしていたよ。
まだ夜は寝苦しく暑い。でも今日からはビビがいる! きっとひんやりしていて気持ち良く寝れるだろうな。冬はくっついたら寒そうだと思うけど。
マグニリムリザードの討伐と、連日のストーンゴーレム狩りで魂魄レベルが54まで上がった。ビビもヴァンパイア男爵としてレベルが30まで上がっている。
レベルだけ見れば強くなっている筈だ。それでも僕が焦っちゃうのは、父様と母様の背中が遠過ぎるからなんだ。
いつか絶対追いつくから⋯⋯アークは凄いなって言ってもらえるように頑張るぞ!
Aランク冒険者になるのは時間がかかる。そもそもBランク依頼が滅多にないからね。もし依頼があっても日帰り出来なきゃ駄目だからなぁ。
「⋯⋯ふぅ」
軽く息を吐いて気持ちを切り替えた。僕はまだまだ弱いけど、きっといつか立派な冒険者になるからね!
部屋の中をチェックする。良い感じに見えるけど、ビビはどうかな?
「ふむ。オイルランプの位置は奥が良くないか?」
「んー⋯⋯でも手前のドアの近くに置けば、部屋に入る時に明るい入口で操作出来るよ?」
「それはそうだけど、アークが夜本を読んだりするのにテーブルが暗いのはな」
「あ、そうかもしれないね。ありがとうビビ」
「感謝するといい」
ビビが胸を張って微笑んだ。部屋が完成したから嬉しいんだね。僕も嬉しい。
「これで心置き無く?」
「加減は必要だぞ?」
ベッドの上で静かに向かい合い、僕はナイフを抜いた。人目がないから何時でも訓練出来るようになったんだ。
ビビも赤いナイフを魔法で作り、口角を上げて微笑んだ。
「ふっ」
「はっ」
テクニックを競うように刃を交える。音が煩いといけないから、激しく刃をぶつけ合ったりはしない。気分を味わう程度かな。
「アーク。新しく服が欲しい」
ナイフを高速で交わしながら、会話にも意識を傾ける。ビビが服を強請るなんて珍しいからね。
「わかった。明日買いに行く?」
「そうしようか。アークの成長に合わせて私も体を成長させてるから、すぐ服が小さくなってしまう」
「なるほど。ギブ程じゃないけど僕も成長してるからね」
初めてギルドに行った時の服はもうきつくて入らない。あれから1年半以上も経つんだ。長いようで短く感じる濃い日々だったね。
「ギブは身長二メートルを超えてきたな。巨人の血は四分の一だけど、成長したら三メートルは超えるんじゃないか?」
「僕も早く大きくなりたいなぁ」
「大きなアークも楽しみだ」
「あはは。僕がこう言うとね、ミラさんやベスちゃんが駄目って言うんだよ?」
「そうなのか? 成長したアークの血はどんな味がするのかな」
「そっちっ!?」
動揺した隙をついて、僕のナイフを持つ手首が掴まれた。ビビの瞳がほんのり赤くなると、僕はゆっくり押し倒される。
「どうしたの? 飲みたい?」
「うん⋯⋯飲みたい⋯⋯」
「良いよ。飲んで」
「風呂上がりにする」
「僕は牛乳かな?」
やっぱりビビの手は気持ち良いな。細くて柔らかくてひんやりしてるのが良い感じだと思う。まだ残暑だから余計にそう思うのかな?
明日のストーンゴーレムが終わったら、早めに戻って買いに行こう。
「服屋に行くのは冒険者ギルドの帰りで良いだろう。今日はもう風呂に入って寝よう。⋯⋯あむ」
「ん⋯⋯ビビ? 甘噛みなんてしてたら飲むの我慢出来なくなるかもよ? 明日の予定は僕も同じように考えてたんだ。もうそろそろストーンゴーレムの買い取りが無くなるらしいから、頑張っていっぱい集めないとね」
「買い取り依頼が無くなりそうな原因が私達なんだけど⋯⋯あむ」
「やり過ぎたかな? でも城壁が作れる程狩った?」
「あれをそのまま使うのは胴体部分だけだそうだ。他は砕いて強力な混ぜ物建材にするらしい。それで量がかなり増えるから、あと千体あれば足りるんじゃないかって聞いたぞ。だからあと数日で目標達成になるだろうな⋯⋯あむあむ」
なるほどねー。ビビはいつの間に情報収集したんだろうか? 建築専門の魔術師さん達が、今ドラグスに集まって来てるんだ。
素材の準備さえ出来たら、あっという間に建設されるらしいよ? その素材の調達が一番大変だったんだけど、迷宮にストーンゴーレムが出てからは予定が大幅に短縮されたんだってさ。
僕も魔術を覚えたいけど、魔法陣は【恩恵の手引書】でもわからないんだよね。本を買って勉強することも出来るけど、今は体を鍛えるのに忙しいんだ。礼儀作法に勉強に、訓練に訓練に訓練に! 僕充実してる!
学園行ったら従者の仕事だけじゃなくて、しっかり魔術の勉強もするぞ。
って⋯⋯
「あぅ⋯⋯ビビ〜くすぐったいよ〜。もう」
「うぅ⋯⋯我慢がぁ⋯⋯」
「だから言ったんだよ。ほら、早くお風呂入っちゃうよ」
ビビの手を掴んでお風呂の脱衣場へ移動すると、アーフィアが母様とミト姉さんに体を洗われていた。
アーフィアも見違える程に大きくなっている。おすわりが出来るようになったと思ったら、今ではハイハイが出来るようになったんだ。興味がある物へどんどん向かって行くから目が離せないんだって。
離乳食ってのが始まって、最初はポタージュ状のスープだった物から、ちょびっと固形な柔らかくて飲み込み易い物へ変わっていってる。
普通の食事が出来るようになるのも遠くないらしい。
うちはちょっと特別だから、少し喋れるようになると同時に文字を覚えさせられるんだ。ミト姉さんのスパルタ教育に挫けないでね、アーフィア。
まだアーフィアは単語も話せないみたいだけど、母様とミト姉さんはアーフィアに沢山話しかけている。玩具で遊ばせたりするのも、言葉の発達に効果があるらしい。
「きゃっきゃふ。きゃへへ」
「あ、笑ってる」
アーフィアがとてもご機嫌だよ。指で頬を触ろうとしたら、指を掴まれちゃった。
「アーちゃんの指を離したくないみたいね」
母様が微笑みながらそう言った。そしたらアーフィアが僕の指を引っ張って行き、何をするのかと思ったら口に入れられてしまった。
「あ〜指が舐められてる〜」
「ふふ。フィーちゃんは何でも口に入れちゃうのよ」
「僕もそうだったの?」
「そうね。そんな時期もあったわね」
そうなんだ⋯⋯じゃあうっかりアーフィアが変な物を食べないように気をつけようか。まだアーフィアに毒鍋は早い。そう思う。
夜寝る前に再生スキルがレベル2に上がりました。ビビ⋯⋯
*
迷宮五階層の荒野を、高速で駆け抜ける二つの影があった。それは勿論僕とビビのことだ。
その二つの影が通り過ぎると、ストーンゴーレム達の姿が消えていく。コアをピンポイントで刺し貫き、収納するまでの時間が恐ろしく早くなったのだ。
もう僕達はゴーレム職人と名乗っても良いだろう。七月の上旬からゴーレム狩りを始めて、今日でもう九月になった。迷宮の中は外の季節に影響されないので、もう九月かって感じだね。
──ドスッ!
ビビが目標の百体目を倒したところで、今日のゴーレム狩りは終了です。
「早く納品して服屋へ行くぞアーク」
「うん。でも何でそんなに急いでるの?」
「⋯⋯アークと一緒に眠るから⋯⋯可愛いパジャマが欲しいんだ⋯⋯」
急に声が小さくなって、何を言っているのかわからなかった。
「え? 聞こえなかったよ? ビビ」
「なんでもない!」
なんでもないは聞こえたよ?
「迷宮の一階層でお弁当を食べてから帰ろうね」
「ギルドの中は煙が酷いからな。そうしよう」
ギルドの設置した階層を移動出来る転移魔法陣は、全て迷宮の一階層に設置されている。
今はまだ五階層、十階層、十五階層の転移魔法陣しかないけれど、これから更に増えていくんだって。
この五の倍数には迷宮ボスがいるらしいんだけど、迷宮に潜ってる冒険者さんが言うには滅茶苦茶強いらしいんだ。
ボスがいる場所は部屋になっていて、それを倒さないと次の階層に進めないらしいよ。だからボスの手前に転移魔法陣を設置するんだって。準備してから挑むことが出来るからね。
この五階層へ転移してくると、百メートル程先に真っ黒の扉が見えるんだ。きっとあれがボス部屋への扉なのだろう。
「どうしたアーク。早く行くぞ」
「⋯⋯うん」
ちょっと興味があるんだよね。ボス狩りを沢山したら魂魄レベル上がりそうな気がするしさ。
そしたらもっともっともっと強くなれる筈なんだ。もっともっと⋯⋯早く強くなりたい。今のままじゃ⋯⋯
「アーク」
ビビが腕を絡ませてくる。ちょっといきなりだったのでびっくりした。
「焦るなアーク。私がいる。きっと強くなれる」
「⋯⋯うん。ありがとう」
何でわかっちゃうのかな? 口に出てたかな? 僕にはビビがいる。そう思ったらちょっと嬉しかった。
「ビビ」
「な、なんだ?」
なんだろう? 良くわからないけど、ビビを抱きしめたくなったんだ。
十秒くらい抱きしめたら落ち着いたよ。ありがとうビビ。
*
ゴーレムを冒険者ギルドへ納品した帰りに、僕達は服屋で買い物をした。そのあと錬金術ギルドへ行って、ビビの収納袋を買いました。今まで僕がビビの服を全部収納してたんだけど、不便なことが多かったからね。
容量はそんなに多くないけど、服を入れるだけなら十分なサイズの袋を選んだんだよ。見た目も桃色で女の子らしい巾着タイプになっている。
ビビはその巾着型収納袋を指で摘んでクルクル回す。何時もなんでもいいって言うんだけど、やっぱり女の子っぽい物が好きなんだよ。少し顔が嬉しそうだもの。
「あ!」
「ん?」
「勇者様が考えた甘くて冷たいアイスキャンデーだって! 看板が出てるよ!」
「本当だ。食べるのか?」
「勿論!」
勇者様の食べ物はみんな美味しいんだ。アイスキャンデーってどんな味がするのかな?
そこのお店は露店だった。露店は入れ替わりが激しいので、何時も買えるとは限らない。だから買えるだけ買っておきたいと思う。
その露店には大きな銀色の箱が置いてあり、そこから取り出してお客さんに渡しているようだ。
「すいません」
「はーい。一本二ゴールドです」
「何本ありますか?」
「え? 三百本くらいかな?」
三百本なら600ゴールドだね。銀貨六枚を取り出して店員さんに渡すと、やっぱりとても驚いていた。
「え? 良いの? 溶けちゃうよ?」
「大丈夫です。そこは自分達で何とかしますので。それより買い占めちゃっても大丈夫ですか?」
「平気平気! また作れば良いだけだからね! ありがとう。今すぐ用意するね」
「はい。お願い致します」
僕ならアイスキャンデーを溶かす心配はない。収納に入れれば大丈夫だしね。
全て購入すると、露店を離れて家路に着く。店員さんは僕達が見えなくなるまで手を振っていたよ。
アイスキャンデーが本当に美味しいかわからずに買ったから、ビビが微妙な顔をしている。
ふふふ、冒険者に冒険はつきものさ! 早速食べるとしましょうかね。食べ歩きは行儀が悪いから普段はしないんだけど、アイスキャンデーを持って歩いている人が多いから今日は見逃して下さい。
「ビビ、何色が良い?」
「青、水色、オレンジ色、緑、白、むむ⋯⋯色々あるな」
「僕はオレンジ色にしよ」
「じゃあ私も同じのがいいな」
選ばれなかったアイスキャンデーを収納して、とりあえず一口食べてみる。
「っ!! 甘い! 冷たい! わんだふぉー!」
「これは美味しい。さっぱりしててスッキリする甘さだ。これは良い物だ」
世の中にはこんな美味しい食べ物があったんだな。アイスキャンデーは好きな食べ物三位にランクインしました。また見つけたら買っちゃうよ。
屋敷へ帰り、僕達は自分達の部屋に入って一息ついた。
「疲れたねー」
「長い時間町中を歩くと気疲れする」
「買いたい物は買えたから良かったよね?」
「そ、そうだ⋯⋯な」
ビビは早速買った服を取り出しだ。自分の体に服を当てながら、僕の視界に入って来る。
「こっちの白が良いか? こっちの黄緑か?」
「僕が選ぶの? ビビが着るパジャマを?」
「アークしか見ないんだ。アークが選んだ方が良い」
「そういうもの?」
「そういうものだ」
そうか。そうだったのか。
「でもお風呂入った後で良いよね。これから夕飯だしさ」
「⋯⋯ん? ちょっと待て、これは⋯⋯」
「ん?」
知っている気配が高速で屋敷に近づいて来る。こんな時間になんの用だろう?
「どうしたんだろ?」
「会えばわかるさ」
「見に行こっか」
僕とビビは頷き合ってから屋敷の裏口へと急いだ。この気配はベスちゃんに違いない。気配の形が小さいのに凄く強力だからすぐにわかるんだ。
小さい気配は僕達が裏口へ向かったことに気がついて、更にスピードを上げてくる。
「ベスちゃーん」
「アークううう!!」
やっぱりベスちゃんだ。その姿は戦闘準備がされていて、これから戦いにでも行くかのようだった。
「アーク! 上級冒険者に緊急招集がかかった! 非常事態らしいから急げ」
「え? そうなの? 今から出るなら皆に説明しなきゃいけないや。どうしようか?」
急に僕がいなくなったら皆心配するよね? こんなこと今まで一度も無かったな。
「冒険者ギルドに招集されたと説明するのは不味いのか?」
「一応父様と母様にはまだ秘密なんだよ。バレても良いんだけどさ」
「ふむ。それなら私に任せておけ」
ドンッと胸を叩き、自信満々のベスちゃんが屋敷に入って行く。ベスちゃんに任せて大丈夫なのだろうか? 心配だなぁ。
まあいっか、なるようになる。
やっぱり心配だなぁ。




