マグニリムリザードと復讐者
間違えて2話投稿しちゃいました。
一万度のブレスと聞いていたけど、これが聞きしに勝るってやつなのか。
灼熱のマグマ溜りになった地面が、ボコりと盛り上がってはガスを吹き出している。それにベルフさんが飲み込まれてしまった!
「ベルフさん! ベルフさーーん!!」
「落ち着け、大丈夫だアーク。ベルフは熱に強い」
「本当に? あの中で大丈夫なの? 生きているの?」
「ああ。気配を感じるだろう?」
「あ」
言われてみれば確かに気配が感じられた。よかった〜。弱っている感じも無さそうだ。
「きっとすぐに出て来るさ。それよりもあっちに集中しよう」
「うん。わかった。そうだね」
僕はベスちゃんの背中から離れ、自分の魔法で浮かび上がる。ベスちゃんは重量魔法で浮いているので、僕みたいに翼があるわけじゃないんだ。
マグニリムリザード達は、ブレスを放った直後で硬直しているように見える。
あれ? 兵士さんが二十メートルくらいって言ってたよね? 二十メートルって体高であって体長では無いのか⋯⋯もの凄く馬鹿デカいんですけど!
「好きなの一匹倒して来い」
「了解です!」
やることは変わらない。兎に角倒さなきゃ町が危ないかもしれないんだから。
僕は一匹のマグニリムリザードの頭上に移動した。まずは水魔法で様子を見ようかと思っていたら、爆音が響いてきて驚いた。
⋯⋯ベスちゃんのハンマーが、マグニリムリザードの頭をワンパンで爆散させていた。
それを見た僕は、色々と吹っ切れてしまったのかもしれない。
「く、くふは。凄い。やっぱりベスちゃんは凄いねえ」
「あれが竜を屠る力なんだな⋯⋯」
竜戦鎚のベス。それが彼女の異名である。破壊力が凄すぎて、僕はもう笑うしかなかった。
「僕、細かいこと考えるの面倒になっちゃった」
「あの豪快な一振を見ては仕方ないさ」
ビビの顔が呆れ半分笑い半分になっていた。その気持ちは良くわかるよ。
「じゃあ僕達も対抗しちゃう?」
「そうだな。狙うは首か?」
「良いね。そうしよう」
僕とビビは膨大な魔力を練り始めた。ブレスを放った後に仲間の死を見せられて、マグニリムリザードは明らかに動揺している。このチャンスを逃す手は無いのさ。技の硬直から自由に動けるようになる前に倒してあげる。
全力戦闘前の決まりごと⋯⋯僕はチョコレートを一欠片口に放り込んだ。
「“ブラッドクロスインビテーション”」
先にビビの魔法が発動した。地面が割り砕かれる音を響かせて、超巨大な黒い十字架がせり上がってくる。
あんな魔法初めて見た⋯⋯流石は貴族になったヴァンパイアってところなのかな? ただ昼間にその魔法は違和感を感じちゃうのは僕だけかな?
マグニリムリザードの背後に出現したそれは、罪人を捕まえる手のように真っ赤な有刺鉄線の束を操り始めた。僕は魔力を高めながら、その光景を見て喉を鳴らす。
その有刺鉄線は腕や胴体を絞め殺すような力で絡みつき、悲鳴を上げるマグニリムリザードを嘲笑うかのように引きずりあげた。
マグニリムリザードの体を持ち上げるなんて凄い力だ⋯⋯ビビは絶対に怒らせちゃいけないね。
さあ僕の番だよ。
「“ブルードラゴンブレス”」
これは氷竜剣からドラシーが吸収したスキルだ。モウメスの仲間の命を奪ったスキルでもあるから、イメージは良くないね。
ドラシーの剣先が竜の頭の形になった。その口がグパッと開き、レーザーのような細い竜巻がマグニリムリザードの喉に突き刺さる。
──ギャワアアアッ!!
マグニリムリザードは体を冷やす魔法に弱い。効果は抜群みたいだけど、まだ命には届かないみたいだ。あまり苦しませたくはないんだ⋯⋯でも、首、胸、顎周辺はガチガチに氷漬けである。
ビビが赤いレイピアを逆手に握って魔力を高めていた。きっとあの魔法を使うんだろう。
僕は僕で次の攻撃に移るとしよう。
「はああ! “サウザンドブラッドショックボール”!!」
ビビが赤いレイピアを投擲する。その投げられたレイピアは分解されて、小さなボールのような形状になった。
ボールは込められた魔力に比例して大きくなりながら、マグニリムリザードに接近して触れた瞬間大爆発する。
ビビと初めて会った日の事を思い出すね。あの時もこの魔法を受けたんだ。防げなかったら死んでたなぁ⋯⋯
僕は“魔気融合身体強化”を発動する。集中しよう⋯⋯深く深く集中するんだ。
体の中で練り上げられた気力と魔力が混ざり合い、スパークするように紫電が迸った。やがて巨大な力が体から放出されて、銀色の奔流が解き放たれる。
「これが銀閃のアークか! 初めて見たぞ! いやっふ〜い!」
遠くでベスちゃんの声が聞こえる。駄目だ⋯⋯集中しよう。
ドラシーの“魔気融合増幅”スキルで、体の限界まで力を蓄えていく。髪の毛が銀色に変わり、瞳が青紫色に輝き始める。僕から見たら世界がセピア色に変化しているんだけど。
トリガーを引いてドラシーを元の姿に戻してあげると、腕を引いて切っ先をマグニリムリザードの喉へ向けた。
大丈夫だ。きっと上手くいく。テンペストウィングを羽ばたかせて、僕は全力で加速した。
「はああああ! “オーラスティンガー”!!」
剣技を放つ瞬間に、体術技の“二段跳び”スキルを発動した。
空中を足場にして放たれたオーラスティンガーが、それが当然だと言わんばかりにマグニリムリザードの喉へ大穴を穿つ。
──キュパッ!
勢い余ってビビの黒い十字架にまで穴を開けてしまう。それは別にいいんだけど、延長線上に見えていた大地にも抉りとるような傷をつけてしまった。
ちょっとやり過ぎちゃったな。十字架は倒壊しながら消えて無くなってしまう。体が倒れていくマグニリムリザードを、地面にぶつかる前に無限収納に回収した。
時間がゆっくりと流れる加速した僕だけの世界で、マグニリムリザードの最後の一匹が、ベスちゃんにブレスを放とうとしているのが見える。
このままもう一匹も倒しちゃうか考えたけど、皆一匹ずつ倒した方が気持ちが良い。ベルフさんも必死で走ってきたんだから、獲物横取りしたら可哀想だよね。
それにベスちゃんも気がついているみたいだ。
「おんどりゃあ!」
──ドゴーン!!
「⋯⋯」
ああ⋯⋯ベスちゃんがラスト一匹倒しちゃったよ。僕は遠慮したんだけどな。
また頭が爆散するマグニリムリザードを見て、冥福をお祈りするように十字を切る。
町にさえ近づかなければ、戦うこともなかったんだろうな。そして町にはベスちゃんがいた。不運マグニリムリザード⋯⋯
*
side 勇者 ???
僕は魔導具“万里の鏡”を使って、ある戦場を観察していた。万里の鏡とは、遠く離れた場所を映し出すことが出来る単純な魔導具である。
「⋯⋯」
ここはある城の図書室の最奥で、明かりの届かない薄暗い場所だ。僕の唯一の安息のスペースにして、自分をさらけ出せる場所でもある。
それにしても何だあれは?
オレンジの皮を剥きながら、今の戦闘とも言えない戦いを振り返っていると、ガシャガシャと鎧の擦れる音が聞こえてきた。
「おーい。何処だ〜家畜番! おーい!」
誰かが僕を探しているようだ。少し移動して窓の隙間から外を覗いてみる。
そこにはただの一般兵と思われる人間が、汚い雑巾とモップを持って歩いていた。
「ちっ⋯⋯あ〜イライラする!」
持っていたオレンジを握り潰しそうになったが、何とか踏みとどまると笑顔の仮面を被って窓から顔を出す。
「はいはーい。どうしました?」
「あ、そこにいたのかよ。どうしましたじゃないだろ? 仕事が溜まってんだから早く来てくれ」
「あれ? もうそんな時間でしたか?」
「もうとっくに休憩は終わってるだろーが。早く来てくれよ」
「わっかりました〜!」
窓から身を引いて、再度暗がりへ戻る。誰も見ていない場所まで逃げてから、僕は笑顔をかなぐり捨てた。
「クソが⋯⋯ちきしょうが⋯⋯」
誰にも聞こえない声で呟いた。本棚を殴ろうとしたが、音が響きそうだったので止めた。
一般兵にも舐められるのは全て他の勇者のせいだ。アイツらが僕を小馬鹿にするから、こんな惨めな目に合うんだよ!
「ちきしょう⋯⋯ちきしょう⋯⋯」
意味もわからず異世界に召喚されて、何で僕は惨めな気持ちにならなきゃいけないんだ!
それは僕の持つ能力が、勇者達の中では期待外れだったからだ。魔物を強制的にテイム出来る能力なのに、それを勇者達はゴミだと笑いやがった! 魔物なんて何匹いても意味が無い? 雑魚に相応しい能力だと!? 巫山戯んなよ!
帰りたい⋯⋯帰りたいんだ。もう元の世界に帰してくれよ⋯⋯家族に会いたいんだよ! 何で帰れないんだ!
「うぅ⋯⋯僕は家畜番じゃない⋯⋯康介って名前があるんだよ」
悔しいが、泣いてたって仕方が無い。滲む涙を袖で拭った。僕はこの世界に復讐してやるって決めたんだから!
父さん、母さん、一葉姉さん、明人兄さん⋯⋯僕は、復讐を考える以外に自分を保つ術がわからないんだ⋯⋯僕は間違ってるかな? わかってるよ。間違ってるって⋯⋯叱る顔でもいいから、皆の顔が見たいんだ。もし僕が死んだら、また皆に会えるかな?
「⋯⋯弱気になるな⋯⋯」
僕はもう一度先程の戦闘を振り返る。マグニリムリザードで町を襲わせれば、憎いこの世界の人間を殺して大量の経験値を稼げる予定だった。
ついでにテイムした魔物の戦闘実験にもなるし、これからのことを考えれば必要なことだったのだ。
必要なこととは初めての殺人だ⋯⋯今回は数人で終わってしまったが、これからは大量に殺すことになる。だから慣れなくてはいけないんだ⋯⋯被害が少なくてホッとしてる自分がいる。でもこんなことじゃ、この先僕は壊れてしまうかもしれない。
「クウーン」
「グレン?」
僕が初めてテイムした魔狼のグレン。普通の狼より大きくてびっくりするけど、とても優しくて温かいんだ。
グレンが僕に寄り添って来る。僕の顔を舐めて涙を拭ってくれたみたいだ。
僕はグレンに抱き着くと、その太い首に顔を埋める。
「グレンだけはずっと僕といてくれるか?」
「ワフ」
「僕がどうなっても味方でいてくれる?」
「ワフワフッ!」
「⋯⋯ありがとうグレン」
僕は抵抗する。グレンと一緒にこの世界に抗ってやる。今は準備が必要だ。僕は最後までこの世界と戦うだろう。
「冒険者⋯⋯か」
さっきの戦いは一瞬だった。強力なハンマーを振り回す少女と、髪の毛が銀色に変わったあの子供。それに、
「魔物」
万里の鏡に映し出されるヴァンパイア⋯⋯あれはきっと良い戦力になるだろう。いつか僕のために働いてもらおう。
「早く来いって言っただろ!? 家畜番!」
「⋯⋯僕の名前⋯⋯は⋯⋯康介だ⋯⋯康介なんだ⋯⋯」
今はまだ我慢しなくちゃ。僕から全てを奪ったこの世界から、僕は全てを奪ってやる!
心が悲鳴を上げているかのようだ⋯⋯僕自身が本当は何をしたいのかもわからない。拳を自分の頭に叩きつける。
僕はもう一度笑顔を作り、再び窓から顔を出した。
「すいませーん。今すぐ行きまーす」
「早くしろよな!」
グレンの背中と胸の毛をわしゃわしゃかき混ぜて、一旦の心の平穏を取り戻した。
「行ってくるね。グレン」
「クウーン」
グレンにだけには、僕は偽りなく笑えるようだ。図書室の扉を開けて、僕は汚い家畜小屋へと向かった。
*
side ベルフ
俺はやっとの思いでマグマの中から這い出した。俺にとってマグマはヘドロとなんら変わらない。それはS級魔剣“蒼炎鬼神”があるからだ。
この魔剣を装備した使用者は、熱に対して絶対的な耐性を持つことが出来る。でもマグマの中じゃ息が吸えなくて辛い⋯⋯そこら辺は覚えていてくれると有難い。
深呼吸で体に酸素を取り入れた。
さて、こんな仕打ちをした魔物には早々と退場してもらうことにしよう。
蒼炎鬼神には三つのスキルがある。一つ目が“蒼炎操影”、二つ目が“絶対熱耐性”、最後に“無双鬼神化”だ。
今回はこの三つ目のスキル、無双鬼神化を使わせてもらうとしよう。
これは人の身には過ぎた力だ。使い所を間違えると大変なことになる。
体から黒い異質なオーラが溢れ出し、俺の瞳孔が竜のようになった。頭に二本の黒い角が生え、太い牙が二本伸びてくる。体の筋肉が盛り上がり、身体能力が爆発的に上昇した。
蒼炎鬼神を鞘から抜くと、炎を切り出したかのような形の刀身が現われる。
こいつは昔、東の国の迷宮で偶然見つけた魔剣だ。最初は上手く扱えなかったが、今では手足のように馴染んでいる。
「やる⋯⋯か⋯⋯」
因みに俺は口下手だ。まあ今はそんなことはどうでもいい。
俺は走り出した。丘を一気に駆け上がり、蒼炎鬼神を振り上げる。
「⋯⋯ん?」
戦闘の跡が残っているが、肝心の亜竜が見当たらない。どういうことだろうか? 死体も無ければベス達もいないではないか。
「⋯⋯⋯⋯」
どういうことだろうか?
剣の振り下ろし先を失って、俺はとりあえず空を睨む。
「⋯⋯」
俺は⋯⋯どうしたら⋯⋯いい?




