お花見日和
季節は春になり、桜が花を咲かせました。今日はのんびりお花見をしたいと思い、ビビと町へ買い物に行きます。
ビビは薄い黄色のワンピース姿で、白く大きな帽子を被っています。胸元には僕がプレゼントしたペンダントがあり、紫色の宝石が光を反射させていた。
僕は白いシャツに若草色のベストで、カーキ色のズボンを履いている。いつもはもっと地味な服を着ているけど、今日は戦闘もする予定は無い。ドラシーもお洒落な鞘にご満悦の様子だ。
以前氷竜剣を吸収してドラシーの形が大きく変わっちゃったから、バススさんに新しく作ってもらったんだ。
今のドラシーは小型化していても、刃渡りが70センチもあるんだよ? 柄と合わせると90センチを超えてしまうんだ⋯⋯今の僕がやっと身長120センチだから、ドラシーは肩に佩剣していてもたまに地面と擦ったりしちゃうんだよ⋯⋯そうするとドラシーから悲しげな気持ちが流れてくるから、僕は油断しないように背筋を伸ばしているんだ。
無限収納にしまうのも論外だね。仕方が無い時は別だけど、この魔剣には意思がある。僕が逆の立場だったら、収納されるのは悲しい気分になると思うからしまわない。
迷宮が発見されてから、この町は大きく変わろうとしている。あれから五ヶ月経っているが、ドラグスに移住してくる人が後を絶たない。迷宮から持ち帰ることの出来る薬草、鉱石、魔物素材、そんな物が様々な場所で売り出されているんだ。
勿論商売だけではないく、迷宮からは魔法武器なども発見されたりする。それを求めた人達も多くこの町へ流れて来ているから、宿が何処も満員御礼なんだってさ。
冒険者ギルドも新しく建設がされることになっている。これからの町の規模を考えて、巨大な五階建ての建物になるそうだよ。残念ながらまだ着手はされていないんだ。町の外に巨大な城壁を計画中で、それが終わってからになるんだよね。
迷宮の探査は現在八階層まで進んでいて、魔物の種類がかなり増えてきたんだって。普通は有り得ないらしいんだけど、二階層、三階層と魔物が入れ替わったらしい。
ああ〜⋯⋯僕も迷宮にこもって探検したいいぃ〜⋯⋯でも帰らないと、最新層までミト姉さんが探しに来ちゃったら大変だよね。
僕はまだBランク冒険者だ。だから父様にも母様にもまだ言えないでいる。Aランク冒険者になれば、三歳の時の父様の実力に追いついたことになるのかな? そうすれば僕頑張りましたって報告しても良いだろうか? 褒めてくれるかな〜? 褒めて欲しいなー。
今年で僕も六歳になる。六歳って言えば、父様は国王にならないか? って王様から言われたらしく、母様は妖精王に焼きそばパン買って来てもらったんだったな。母様焼きそばパン好きだな〜⋯⋯勇者様の考える食べ物はみんな美味しいからね。
妖精の国に行ってみたい。
「アーク。どうかした?」
ビビに話しかけられて、僕の意識は現実に戻って来た。実はここ最近でビビは進化を遂げたのだ。見た目は変わらないけど、今のビビはヴァンパイア男爵らしいよ? なんで男爵! って思った! じゃあ次の進化は子爵様なのかな? 僕平伏した方が良いかな?
と、そんなこと考えてたらまた意識が何処かへ行っちゃうよね。
「何でもないよ。お花見楽しみだね」
『♪︎』
「たまには悪くないな。でもこの服には慣れない」
「可愛いよ」
「そうか?」
「うん」
「アークが気に入ったなら良い」
ビビがそう言って薄く笑う。宝探しの冒険も、強くなるための訓練も、こういう時間が無いと駄目になる。そんな気がするんだよ。
ソースの焦げた香ばしい匂いが漂ってきた。今僕達の周りには、様々な屋台が並んでいる。どれも美味しそうだけど、お弁当もあるからあまり食べれないんだ。
僕には無限収納があるから、食べきれなくて腐る心配をせずに買っていける。いつか迷宮に行くことになった時、食料があれば楽だからね。
果物や野菜も季節気にせず蓄えられて、これをくれた王都の商会長さんには足を向けて眠れないよ。
「臭い⋯⋯」
ビビが眉を寄せながら呟いた。
「え? 屋台の匂い?」
「それもあるけど、こう匂いが混ざると気持ち悪い⋯⋯人間も多過ぎだ」
「そうだね。早く買って離れよう。ビビは何が欲しい?」
「んー⋯⋯あれかな?」
ビビが示した方向には、白、桃色、緑色の三色団子が積まれていた。薄い使い捨て木箱に入っていて、串二本で1ゴールドなんだね。それじゃあいっぱい買いましょう。
「すいません」
「は〜いいらっしゃい。お団子買ってくれるのかな?」
そこの屋台にはエルフの夫婦が立っていた。屋台に人は並んでいないようで、並ばずすぐに買うことが出来そうだ。
きっとお客さんは強い匂いに惹かれちゃって、このお団子はスルーされているのだろう。美味しそうなんだけどね。
「売れてます?」
「あはは。実はあんまり売れてないのよ。人族にはお団子よりも串焼きとかの方が良いのかな〜?」
「お肉も美味しいですから。あの匂いを嗅いじゃうと、口の中に涎が出ます」
「そうよね。やっぱり屋台は匂いなんだわ。困ったわね⋯⋯」
やっぱり困っているみたい。在庫も沢山あるみたいだよ。いっぱい買ったら他のお客さんの迷惑になるか考えたけど、これなら気兼ねせずに買っていけそうだ。
「僕がお団子買いますよ」
「あら嬉しい。助かるわ。君は彼女とデートしてるのかな?」
デートって誰かと遊ぶことだったかな? それならビビと毎日がデートになるや。
「そうです」
「そう」
エルフの夫婦が微笑んでいる。
「これで買えるだけお願いします」
「は〜い。確か⋯⋯にぃいい!」
「どうした?」
僕は大銀貨を三枚エルフの奥さんに渡した。店の前と後ろには、全部で二千食くらいありそうなんだよね。だから足りないことはない筈だ。夫婦もお団子が全部売れて、僕達も何時でもお団子が食べれて皆幸せだよ。
「君何者なの!?」
「僕はアークです。冒険者をしています」
「君があのアーク!? 銀閃のアークなのね!?」
「驚いた⋯⋯まさか町に来たばかりで会えるなんてな」
「僕を知っているんですか?」
エルフの夫婦が目を見開いている。町に来たばかりで僕のことを知っているのは珍しいんじゃないかな? この町の人にも僕の名前が売れてきたみたいだけど、顔まで知っている人はあまりいない。
父様や母様が、アークと同じ名前の子が冒険者をやってるんだって聞いた時は、心臓が飛び出るかと思ったよ。まだ秘密なんだからバレませんように。
「知っているわ! 本屋さんに行けば絵本も売ってるんだからね!」
「えええ!?」
ほ、本屋さん?
「私達に子供が出来たらいつか読んであげるんだ」
「ああ、あの話は臨場感がある。握手してくれないか?」
「ええ。わ、わかりました。つまらない手ですがどうぞ」
自分で言ってて思った。つまらない手って何? びっくりして変な返事になっちゃったよ!
ビビが横でクスりと笑った。僕は何とも言えない気持ちで手を握られる。
「ありがとう。お団子数えるわね」
「すぐ用意するからな! ちょっと待っててくれ」
「はい。よろしくお願い致します」
「うちの子もアーク君みたいな立派な子になると良いわね」
「子供が出来てからの話だぞ?」
「あら私ったら。あははは」
「ははははは」
本当に仲の良い夫婦だね。ドラグスには屋台をやりに来たのかな? 今度見つけたらまたお話しよう。
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとう」
「毎度あり」
お団子は全部で二千八食あったみたい。大銀貨一枚返されて、八食分はオマケしてくれたよ。
一応僕なりに屋台の案を出してみた。お団子より蒸し饅頭の方が甘い匂いでお客さんが釣そうだと言うと、夫妻は大きく頷いていたよ。お団子を焼いても美味しいよね。油をつかうゴマ団子も良いかもしれない。
今日の目的はお花見だったんだ。町の中にもお花見の出来る公園や河原があるけれど、そっちは一般の人でいっぱいだ。だから僕達はいつもの雑木林へと向かい、人のほとんど来ない奥へと進む。
「やっぱり此処だね」
「そうだな。気を使わなくて済む。⋯⋯んん〜」
ビビが気持ち良さそうに伸びをした。そのせいで帽子が落ちて、その長い髪が風に揺れる。
青空の下で、こんなにゆっくりと過ごす事は無かった。
誰もいない桜の木の下に、二人寝そべれるだけの広さのシートを敷く。
「雑木林は落ち着く。ここは良い場所だ」
「こちらへどうぞお嬢様。桜が綺麗に見えますよ」
「私にも従者をしてくれるのか?」
「なんとなく?」
「ふふふ。私は花より団子だな」
ビビはそういうと、僕の首筋を指でなぞった。ビクリと体が震え、蛇に睨まれたカエルの気持ちを思い知ったよ。
「僕の首は団子じゃないよ!?」
「似たようなものだろう?」
「今お団子出すからね」
桜は八分咲きってところかな。まだ数日は楽しめそうだ。
陽射しがポカポカして気持ちが良い。隣で寝そべるビビも、自分がヴァンパイアであることを忘れているかのように、自ら太陽の光を浴びていた。
「アークが酒を飲めるようになれば、一緒に花見酒が出来るんだが」
「お酒美味しくない。苦いし不味い」
「十年経ったら美味しくなるよ」
「あ⋯⋯」
お団子を食べていたら、口の中に違和感を感じた。ゴリって、あれ?
「歯が抜けちゃったぁ⋯⋯」
「おお! めでたいな」
「めでたくないよ! 奥歯がああ! なんでえ?」
「子供から大人へ変わっていってる証拠だ。歯が生え変わるんだよ」
「そうなの? 病気じゃないの?」
「病院じゃない。安心しろ」
はぁ〜⋯⋯びっくりした。でも流石だね! ビビが物知りで助かったよ。僕はまた一つ大きくなったんだ! 歯の生え変わりかぁ。髪の毛も生え変わったりするのかな? あ、町で大人の男の人が髪の毛を丸ごと落としてるのを見たことがある。それをまた頭に乗せてたけど、あんな感じになるのかも。
「大人になったら皆髪の毛を被ってるの?」
「いきなり何の話なんだ?」
「髪の毛は生え変わらない?」
「一概には言えない⋯⋯でもきっとアークが想像しているようには生え変わらない。だから大事にするんだぞ?」
「そうなんだ⋯⋯」
「それ用のポーションもあるみたいだな。だけど気休めだろう」
じゃあ抜けた髪の毛をあの人はまた頭に乗せただけなんだね。ビハクさんも髪の毛少なかったことを思い出したよ。「ハゲじゃない! 毛が少ない人って言え!」って言ってたな。Bランクの冒険者に相応しいか試験するって話はどうなってるんだろう⋯⋯いつになったら来るのかな?
収納に歯をしまい、ビビとこれからのことを話し合う。強くなるためにはどうしたらいいか、レベルを上げるためにはどうするかなどだ。
今のステータスとスキルも確認しておこうかな。
*名前 アーク
種族 人族
年齢 5
出身地 ドラグス
魂魄レベル 49
体力 1080
魔力 1947
力 776
防御 451
敏捷 1791
残金 9863226ゴールド
武術系スキル
中級剣術レベル2
剣技“パワースラッシュ”、“ウェポンスナッチ”、“アーマーブレイク”、“オーラスティンガー”
中級短剣術レベル2
短剣技“クイックシャドウ”、“シャドウウォーリアー”、“スピードバインド”、“バックスタブ”
中級体術レベル3
体技“二段跳び”、“岩砕脚”、“震激雷波掌”、“加歩”、“超重踵落とし”
中級弓術レベル1
弓技“ディスタントビュー”、“エンチャントアロー”、“インビジブルセカンドアロー”
魔法系スキル
生活魔法レベル4
“クリーンウォッシュ”、“イグナイト”、“フリーズ”、“ドライ”
火魔法レベル5
“ファイアバレット”、“ファイアスネイク”、“ファイアアロー”、“ファイアボール”、“ボイルドファイア”
火炎魔法レベル2
“フレイムランス”、“アンチフレイム”
水魔法レベル5
“バブルボム”、“ウォーターフォール”、“ドライミスト”、“ウォーターウィップ”、“エリアレイン”
氷魔法レベル2
“ブリザード”、“アイスウォール”
風魔法レベル5
“エアークエイク”、“エアーショット”、“エアーコントロール”、“エアーカッター”、“ダストデビル”
暴風魔法レベル2
“サイクロンブレード”、“テンペストウィング”
土魔法レベル5
“ヘキサゴンストーン”、“クレイゴーレム”、“ストーンハンド”、“フォーリングロックス”、“ストーンエッジ”
大地魔法レベル2
“アースドリル”、“サンドクラッシュ”
光魔法レベル5
“ライト”、“ポイントレーザー”、“オプティカルカムフラージュ”、“ミラージュ”、“ライトフェザー”
極光魔法レベル1
“オーロラカーテン”
神聖魔法レベル5
“ヒール”、“リジェネーション”、“キュアポイズン”、“リフレクション”、“セイクリッドスペース”
補助スキル
魔力感知レベルMAX、魔力操作レベルMAX、魔力高速循環レベル4、魔力消費軽減レベル9、魔力増強レベル5、魔法威力増強レベル2、探索レベル7、気配察知レベルMAX、気配拡大感知レベル1、罠察知レベル1、尾行レベル6、隠密レベルMAX、透過レベル1、悪路走行レベルMAX、忍び足レベル1、水上走行レベル1、荷運びレベル7、忍耐レベルMAX、物理耐性レベル1、苦痛耐性レベル7、精神耐性レベル2、毒耐性レベル5、火耐性レベル7、水耐性レベル2、氷耐性レベル3、風耐性レベル2、土耐性レベル2、光耐性レベル1、血晶耐性レベル3、礼儀作法レベル6、暗視レベル6、自然回復力向上レベルMAX、超回復レベル2、敏捷強化レベルMAX、高速移動レベル4、筋力増強レベル9、分割思考レベルMAX、並列思考レベル3、思考加速レベル2、投擲レベル8、料理レベル5、解体レベル5、釣りレベル3、回避レベルMAX、超回避レベル2、危険感知レベルMAX、危険予知レベル1、威圧レベル5、気力操作レベル7、身体強化レベル7、再生レベル1。
???スキル
魔気融合身体強化レベル3
ユニークスキル
恩恵の手引書、無限収納
称号
猫の天敵、お姉さん殺し、町のアイドル、魔法使い、小金持ち、我が道をゆく者、ゴブリンキラー、オークキラー、夢を追いかける者、異名を持つ者、金持ち、町の英雄、見習い賢者、大魔法使い、絵本の主人公
テイム
ヴァンパイア男爵 レベル6/50
B級魔剣“ドラゴンシーカー”
“遺伝子吸収”、“魔気融合増幅”、“魔法強化”、“ホーミングレーザー”、“毒尾”、“ブルードラゴンブレス”、“アルティメットスケイル”
結構強くなったと思う。レベルは上がってないけれど、スキルと称号、それと体の成長でもステータスが上がっているね。
使える魔法が四十を超えたことで、大魔法使いと見習い賢者の称号を得た。これのお陰で魔力が飛躍的に伸びることになったよ。物理耐性と筋力増加のお陰で、防御力も増えてきたね。
“テンペストウィング”を覚えた時は興奮した。だって空を飛ぶって憧れるじゃない? テンペストウィングを使うと、背中に暴風の白い翼がブァッサァア〜って生えるんだ。ブァッサァアって。周りに人がいると、転ばせちゃうくらい強い風が渦巻くから注意が必要です。
これの扱いがとても難しいんだ⋯⋯コントロールがまだまだなんだよね。ビビは楽々飛んでるんだけどなぁ。訓練でビビが僕の飛ぶ下で背面飛行してくれるんだけど、手を引っ張ってくれたり落ちそうになれば助けてもらったりしている。本当にお世話になっております。
ゴールドがまた増えちゃったよ。奴隷を使うあの人から白金貨六枚と他にも大金貨やら金貨があって、合わせて計算したら690万ゴールドくらいあったんだ。領主様からもまた100万ゴールドもらっちゃって、錬金術ギルドでポーションなどを買い足ししてもこれだけ残っている。
ミラさんにお金を預けたら、白金貨見た時にかなりびっくりしていたよ。
手元にもお金は残している。お団子を買った時みたいに買い込むことがあるのが理由だ。
バススさんに装備強化の相談でもしてみようかな?
「明日はギルドで依頼を見よう」
「最近のギルドは人が多くてな⋯⋯ミルクとやらはどうしてあの中で座っていられるんだ?」
「緊急依頼の時も渋い顔で座ってるからね」
「謎だな」
「きっと色々考えてるんだよ」
「そうかなぁ」
首を傾げるビビを見てから、僕はそっと目を閉じた。




