街道の黒い影(3)
*誤字修正
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side 行商人アキム
昨晩、俺達は広い草原にホバーリングトラックを並べて、最後の野営をしていたんだ。次の日にはドラグスへ到着するだろうと思い、弱い酒とソーセージを全員に振舞っていた。
馬鹿騒ぎってわけじゃないが、楽しい夕食だったと思う。
今回の荷物は錬金術ギルドに依頼された物で、高価な薬の材料なんかも沢山積んでいる。だから護衛にも気合いを入れて、二十人のEランクとDランクの冒険者を雇っていたんだ。
その中には、驚くことにCランクの冒険者パーティーもいた。
Dランクの護衛依頼なのに本当に良いのかなと思っていたら、偶然にもドラグスへ行きたい理由があったらしく、多少安くても依頼を受けたいんだという。
そりゃあ俺達は喜んださ。Cランク冒険者ってのは超一流の人達だからな。
大型の魔物を追い詰めて、上手く倒している姿を見たことがある。随分と餓鬼の頃の話だが、あの時は痺れたもんだ。
勝手に町を抜け出して見に行ったもんだから、帰ってから母ちゃんにこっ酷く叱られたぜ。そこは忘れたい思い出なんだがな。
皆でテントを張り終えて、冒険者達が交代で見張りに立つ。今回は人数も多いから、一人一人が十分な睡眠を取れる筈だ。
俺達商人は寝かせてもらうので、関係無い話しなんだが⋯⋯全く気にしないわけにもいかないだろう。
トラックが六台、俺達商人が十二人、Eランク冒険者が四人、Dランク冒険者が十二人、Cランク冒険者が四人だ。
全員で三十二人もいるんだ。盗賊が来ても問題にならないな。
俺も仲間達も行商人歴は長い。だからこそ油断はしていないが、どこか楽観視していたのだろう。夜空から降る色とりどりの魔法を見るまでは⋯⋯
「っ!!」
──ズドドドドドーン!
「ぐあ!」
「敵襲! 敵襲だーー! ぐわあ!」
「どこからだ!? がは⋯⋯」
「トラックの裏へまわれーー!」
「おい! しっかりしろ! おい!」
「嘘だろ⋯⋯おい」
「ボサっとするなー!!」
そいつらはいきなり現れたんだ。黒いフードを被った何者かわからない敵が。
「被害は!? 皆大丈夫かー!?」
俺は偶然にも無傷だ。しっかり冷静に考えなければならない。
「Eランクパーティーは全滅! Dランクも五人が死傷。緊急時だ! 俺達の指示に従ってくれ!」
「わ、わかった!」
頭ではわかっているが、それでも俺は動揺していた。Cランクパーティーのリーダーが、生きている人間に指示を出してくれる。正直助かった。
「取り乱してすまねえ! 何でも言ってくれ!」
戦いの事はわからない⋯⋯商人は一塊になり、護衛リーダーのCランク冒険者に声をかけた。
「ああ、とりあえずこの場所はまずい。魔物ならば見通しの良いこの場所が戦いやすかった。だが敵は複数の盗賊だろう。こんな草原のど真ん中にいれば、魔法で狙い撃ちにされる」
──ズドドドドドーン!
「くぅ⋯⋯」
「ぐああ!」
「があああああ! 腕がああ!」
くそ! また撃ってきやがった!
「トラックに火が!!」
「あいつらの狙いは何なんだ!?」
「盗賊じゃねえのか!?」
「まさか奴隷商か?」
「そうならこんなに無差別な攻撃してこないさ!」
「何が目的なんだよ!」
まずい⋯⋯兎に角ここにいたら危険だ!
「トラックは捨てても良い!」
「だがそれじゃ薬を待つ人が!」
──ズドドドドドド!!
「くぅ⋯⋯考える時間もねえか! トラックは無事か!?」
「駄目だぁ! 火が、火が!」
「動かない! 完全にやられちまってるよ!」
──ゴガアン······ポッポッポッポッポッポ······
トラックが一台起動出来たようだ。これなら!
「ガストン! そのまま町へ走らせろ!」
「なら皆早く乗ってくれ!」
「全員は無理だ! 動けないやつだけ積み込め!」
「はあああ! “アイスウォール”!」
Cランク冒険者の魔法が、一時的な壁を作り出した。それに少し安堵したが、長続きするものではない。
「痛え⋯⋯」
「ちくしょう」
「さあ、負傷者優先だ。早く乗せろ」
荷物を降ろしている時間もない。狭いスペースだが、荷物の上に負傷者を転がした。
「ガストン! 頼んだぞ!」
「でも、それじゃアキム達が⋯⋯」
「諦めちゃいねえよ。助けを呼んでくれな」
「そ、そんな⋯⋯アキム⋯⋯」
ガストンは頭の回るやつだ。こいつならきっとドラグスへ辿り着ける。
「皆を残して行けるかよ!」
顔を複雑に歪めながら、ガストンが俺の胸ぐらを掴んできた。
そりゃそうだろう。俺だって一人で逃げろと言われたら、頭が混乱するに決まっている。
俺達行商人は、血を分けた兄弟のようなものだ。いつでも寝食を共にし、命懸けで街を渡り歩いているのだから⋯⋯
ガストンはまだ若い。仕方ないな⋯⋯俺は他の仲間に目配せをした。
「俺は酒場貸し切りで良いぜ?」
「へ?」
「俺は娼館に連れてってくれよ」
「俺は美味い物が食いたいぜ!」
「ふふ、俺も娼館貸し切りかなぁ?」
「な、皆何言ってんだよ! 皆!」
「死ぬつもりはねーってことだ。だから早く行けよ」
俺も皆も同じ気持ちだった。ガストンならやってくれる。必ず助けを連れて来てくれると信じている。
「壁がそろそろ限界だ。俺は肉食い放題で⋯⋯」
Cランク冒険者まで話に乗ってくるとはな。ノリが良いのか能天気なのか⋯⋯ガストンは歯を食いしばった。そして皆の顔を見渡してからトラックに乗り込む。
すまないなガストン。色々背負わせちまってよ。
俺は一歩皆の前に出ると、大きく息を吸い込んだ。
「全員聞けー! これからトラック一台を脱出させる! その援護をしながら、俺達はそのまま森の方へ逃げ込むぞ!」
「「「「「「おー!」」」」」」
地面から車体が浮かび上がり、ホバーリングトラックがゆっくりと動き出した。
最初はなかなか速度が出ないのが難点だな。こんな状況じゃなければ気にならないんだが。
「皆ー! 必ず助けを呼んで来る! だから絶対死なないでくれー!」
「ああ! お前を破産させるまでは死なねーよ!」
「俺もだー!」
「肉!」
「約束だぞー!」
氷の壁が砕け散り、また様々な魔法が襲いかかってきた。冒険者の皆がその魔法攻撃からトラックを必死に守ってくれる。
俺達商人は銃剣を構えて、四方へ適当に弾をばらまきまくった。
その時は必死だったんだ。今も必死だが、何とかガストンを離脱させることに成功した。
「頑張れよ。ガストン」
それから、夜通し見えない敵と戦いながら、綱渡りのような集中力で森の中を逃げ回っている。
もうガストンは町へ着いただろうか?
気がついたら空が明るくなっていた。あれから何時間逃げ続けているんだろう?
冒険者達はまだ大丈夫そうだが、俺達商人は明らかに体力の限界に達していた。
「皆。あと数時間もすればきっと助けが来る! 諦めるな! もう少しだぞ!」
Cランク冒険者パーティーのリーダーが、何度も皆を励ましてくれるんだ。名は確かモウメスだったか⋯⋯これが無かったら皆の足が止まっていたかもしれない。
──ドン! ズドドンッ! ドバン!
「くあ」
「くそぉ」
「何故ここまでするんだよ」
「なんでだよお」
森に入ってからは攻撃もかなり少なくなっている。射線が通らずに向こうも攻めずらいのだろう。
だけどそれは俺達が動き続けているからだ。もし足を止めてしまえば、あっという間に回り込まれて囲まれるだろう。それだけは許しちゃいけないんだ。だけど⋯⋯
くそ! 体力が⋯⋯ああ、もっと運動しておけばよかった。足がもつれちまうよ。
「岸壁だ!」
前方にいた奴が声を上げる。
「何だと!」
足を動かすことに必死で、俺達は知らないうちに追い込まれてしまったようだ。それを見た瞬間に絶望した。こんな場所を迂回しようとしていたら、絶対に追いつかれて囲まれてしまう!
額から汗が吹き出して、俺は言葉を失った。
「ここ⋯⋯までか?」
「何でだよ」
遠くに黒い影が迫って来ているのが見えた。
いったい敵は何人いるんだ? 数はわからない程に多いな。
岸壁を背にした俺達の前に、冒険者達が一列に並んだ。もう迎え撃つしかないのか? でもこのままじゃ全員死んじまうんじゃないだろうか。
敵は準備を整えて、一斉に魔法を放ってきた。きっとこれが俺の見る最後の光景になるんだろうな。色とりどりの魔法の雨か⋯⋯綺麗だな、最後にゃ悪くないかもしれない。そんな風に考えてしまったんだ。
しかし、迫り来る大量の魔法の雨を、横から貫いていく光の線が見えた。
俺は頭がおかしくなったのか? 何なんだこれは⋯⋯
その光の線は、百や二百じゃきかない⋯⋯千以上の光の線が、大量に放たれた魔法の雨を薙ぎ払っていくのだ。
「何だ!? 何がおこった?」
「わからねえ」
「くそ! 敵なのか!? 味方か!?」
「ッ!!!」
今のはいったいなんだったんだ? Cランクの冒険者が何かをした様子はない。他のDランク冒険者達にも今のようなことは不可能だろう。
「ま、また来たぞ!」
更に光の線が空を駆け抜けてきた。何千にもなるだろう光の線は、今度は森のいたるところに落ちていく。
「今のは光魔法なのか? でもこんな規模のものは見たことがない」
Cランク冒険者でも見たことがない魔法らしい。
「助かったのか? ⋯⋯だが」
「味方なのか?」
俺達は全員どうしたらいいのかわからない。こんな急展開についていけるわけねーよな。呆然と空を見上げていたら、今度は黄金色に光る何かが目の前に降ってきた。
「とう! 間に合ったぁ?」
「はあ? 子供だとお!?」
「僕はアークです。助けに来ました」
意味がわからなかった。俺は頭がおかしくなったのか? いきなり空から降ってきた子供が、助けがなんだと⋯⋯え?
「た、助け?」
「はい! ドラグスで商人さんに泣きつかれまして、急遽急いで走って来たんですよ? ホバーリングトラックに乗っていた人に心当たり有りませんか?」
「そ、それはきっとガストンだ! ガストンが助けを呼んでくれたぞ!」
よ、良かった⋯⋯本当に助けを呼んでくれたんだな。ガストンも無事に辿り着けたのか。良かった。
「さっきの魔法は君が?」
Cランクパーティーのリーダーが話しかける。そんなことをしている暇は無いはずだけど、不思議と攻撃が止まっている? なぜだ?
「そうですよ」
アークと名乗った小さな子供は、懐からポーションを取り出して不味そうに飲み始めた。
はぁ? ⋯⋯まさか、あれは最高級の完全回復ポーションじゃないか? 見間違いか?
「アーク? アークってまさか! 銀閃のアークか!? スタンピードを一人で止めたっていう⋯⋯」
何!? 異名持ちの冒険者だと!? 銀閃のアークなら俺でも知っている! 最近出回っている本を読んだんだ!
「⋯⋯ただのBランク冒険者です」
*
side アーク
ふぅ。何とか間に合ったかな? 良かったぁ⋯⋯際どい状況で焦ったよ。
魔力の大きな流れを感じて、気配察知で彼等を見つけた時は驚いた。いきなり絶体絶命のピンチだったからね。
僕は無数の攻撃魔法をとりあえずホーミングレーザーで撃ち落として、次に奴隷だと思われる人達の手足をまたホーミングレーザーで貫いた。
これしか方法が無いと思ったんだ。かなり痛いと思うけど、死なないように気をつけたから⋯⋯ごめんね。
そしていきなり魔力が空っぽで辛いです。手加減無しで精密な魔力操作をしながらホーミングレーザーを二回だもの⋯⋯意識飛びかけましたよ普通に。
体力も気力もかなり使っちゃったから、魔力回復のポーションでは物足りないかもしれない。買ったばかりの完全回復ポーションを飲んでおこうかな! ファイト〜! いっぱーつ! まっずーい!
僕は一応冒険者ギルドのカードを皆に見えるように提示して、自分がちゃんとした冒険者であることを証明する。
これをしないと、僕が冒険者だって信じてくれる人がいなくてさ⋯⋯もう五歳になるのに、貫禄が無いのだろうか? 無いだろうなぁ。
「今は敵の手足を魔法で貫いています。だからすぐに襲われることは無いですよ。ポーションは足りていますか?」
「な、なんだと? あの一瞬で倒したってのか?」
「すげぇ」
「ポーションは足りている⋯⋯だがもう体がポーションを受け付けねーんだ。助けてくれてありがとう」
「「ありがとう」」
「ありがとうございます」
もう既にポーションを飲みすぎているんだね。きっとかなり大変だった筈だ。
「いえ。助けられたのなら良かったです」
「本当に感謝する」
一人の行商人さんが頭を下げると、それに合わせて全員が頭を下げた。感謝するのは僕も同じなんだよ。生きていてくれてありがとうって言いたい。シェリーさんの時は間に合わなかったからさ⋯⋯
「危ない状況でしたからね⋯⋯僕も見つけた時はヒヤヒヤしました」
「本当に助かったよ」
一人の冒険者が僕に近づいてきた。少し戦えそうな雰囲気のある人だなー。
「俺はCランクパーティー、トビウオのリーダーをしているモウメスだ。噂の銀閃が来てくれたなら心強い。だけど噂は噂。本物はもっと規格外なようだね」
どんな噂なんだろう⋯⋯とっても気になるなぁ。
「僕はまだまだですよ。銀閃の呼ばれ方は慣れていませんが、褒めてもらえるのは嬉しいです」
「ははは。どんな子なのかと思ったけど、話せば普通なんだね」
いったいどんな想像されてたのかな? 変な人じゃなければ良いんだけど。
「ではアークさん。手伝ってもらえるかい?」
「アークと呼び捨てでお願い致します。モウメスさんが指揮してくれると助かります」
「わかった。なら俺のこともモウメスと呼び捨てで頼む」
「了解です。“リジェネーション”」
「神聖魔法!?」
僕は全員にリジェネーションをかけていく。明らかに疲労困憊な顔をしているからだ。
やっぱり神聖魔法は珍しいんだね。初めて見せた時は母様もミト姉さんも驚いてたからなー。
「怪我で危ない人はいますか? 治しますよ」
「す、すまねえ。怪我じゃねーんだが、足だけ頼めるか?」
「俺、俺もー!」
「俺も足を」
「ほら、皆並べ!」
「はい! わかりました」
怪我よりも足がやばいらしいね。慣れない森を追いかけ回されて、足の皮がズル剥けになってるよ。ふくらはぎもピクピクと筋肉が痙攣しているようだった。
リジェネーションで少しすれば治ると思うけど、待ってる時間が惜しい。今のうちにヒールで治した方が早いね。
*
side ビビ
上空からアークの状況を見ると、嬉しそうにヒールを使っているところだった。
急いで飛んで来たが、私がいなくても大丈夫そうだな。私は私に出来ることを始めるとするか。




