街道の黒い影(1)
今日は朝の訓練を早めに終えて、ビビと冒険者ギルドにやって来ました。
何時も冒険者ギルドで破棄されるポーションをもらっていたんだけど、ポーションの大切さに気がついた今日この頃です。
それで、お金を引き出して錬金術ギルドに行こうと思ったんだ。良いポーションを買えばきっと戦闘も楽になる筈だよね。
受け付けカウンターを見てみると、まだシェリーさんもミラさんもいません。ちょっと時間が早かったかな?
ギルドの掛け時計を見てみると、時刻は七時半過ぎでした。確かミラさんは五時半からの勤務と、八時からの勤務が十日毎に切り替わるって言ってたよ。僕が来る時間にはカウンターにいる事が多かったから、もう少ししたら出てくるかもね。
「錬金術ギルド、何時から開いてるのかわからないからそんなに急いでは無いんだけど」
「まーな。アークには大事なポーションだが、別に逃げるわけじゃないしな」
「今日はミラさんを起こしてあげよう。ミラさん朝に弱いからギリギリまで寝ている筈だよ」
「ビビラに少し似てるんだ⋯⋯」
「ビビラ?」
「いや、こっちの話だ。さあ行くぞ」
ビビの変な空気が気になったんだ⋯⋯でも触れて欲しくなさそうだった。だから話してくれるまでは待つことにするよ。
二人でミラさんの部屋に入る。やっぱり寝てたんだね。もう仕事まで二十分しかないのにな。
よし! 僕がミラさんを起こしてあげよう。
「起きて〜ミラさん。ミラさーん」
「⋯⋯」
肩を揺すっても起きないな。ビビが指で寝てるミラさんの瞼を持ち上げた⋯⋯それ表じゃ誰にも見せられない顔だよ? 白目が怖い⋯⋯ミラさんのイメージが崩壊するぅ。
僕はカーテンを開けて窓も開くと、爽やかな風が入ってきた。
「ミラさーん。遅刻しますよー」
「ふにぇ?」
「起きました? あと十分ですよー」
「ひぃゆぁあ。あーくちゃん⋯⋯おしっこ」
「行ってらっしゃい」
「ちゅれてってー⋯⋯あとごふんねかせゆに⋯⋯すー。すー」
「⋯⋯」
また寝ちゃったよ⋯⋯どうしようかなーと思っていると、ドタバタと足音が近ずいてきた。
その足音の正体はシェリーさんだったみたいだね。扉が乱暴に開かれて、フラフラと中に入ってくる。シェリーさんもまだネグリジェに下着姿だった。あ、頭にピンクのナイトキャップを被っている。
「アークちゃ⋯⋯おはよ」
「おはようございます。シェリーさん」
「私もねみゅいけど⋯⋯今日も行くわ!」
「え?」
シェリーさんが軽く走り出してミラさんのベッドにダイブした。軽そうな体とは言え、勢いのあるボディープレスがミラさんに襲いかかる。
「ぎゃふ!」
「朝でーーす!!ミラ先輩朝でーーす!」
「にゃー嫌やゆやー」
「起きて下さーーーい!!」
「うぅぅぅ⋯⋯」
これがミラさんの起こし方だったんだ。シェリーさんに引っ張られてミラさんはトイレに連れて行かれた。
「どっちが先輩なんだろうね」
「さあな」
僕とビビは酒場の椅子に座って待つことにした。ミラさんは結局勤務時間に間に合わなかったな。ミラさんを起こすことからシェリーさんのお仕事が始まるんだって。大変だよね⋯⋯時間に余裕があれば、ミラさん起こすのも楽しそうなんだけどさ。
そう、最近気がついたことなんだけど、僕の無限収納は時間経過で物が劣化しないらしい。それが今回ポーションの購入に踏みきった理由でもあるんだけど、値段がどれくらいするのかわからないんだ。
そんな事より、何で気が付かなかったかと言えば、お弁当は何時も常温だしスープは現地で作っていたからだ。
もう少し考えればもっと早く気がついたかもしれないけどさ⋯⋯ギルドから在庫処分で貰える期限ギリギリの破棄ポーションが、何時までも使えるってのがおかしかったんだよ。
現金は手元に10万ゴールドあるけど、追加で50万ゴールド出しておいた。
ミラさんに家買うのかまた聞かれたけど、ミラさんが僕の家に来たら誰が起こすのさ⋯⋯きっとオークの討伐依頼より大変だと思うなー。
*
錬金術ギルドにやって来ました! 前回来たのはターキの収納鞄を買うためだったんだ。今回は自分の買い物である。
ポーションの陳列棚はすぐに見つかった。倉庫兼売り場の大雑把な店内だけど、この場所は割と小綺麗にされている。
きっと一般の人も沢山来るからだろうね。
ポーションはかなりの種類があるようだ。こうやって見ると、面白そうなのもいっぱいあるな。
「若くミエール、ハゲナオール、まだイケール、これは? 巨乳エクストラプラス? 何に使うのかな?」
「アークは気にしなくていい⋯⋯」
「驚きの五回戦ポーションだって! 五回も戦えるの?」
「アークには必要ない」
「何で? ビビはわかる?」
「十年早い。ほら、アークが必要なのはこっちだろ?」
ビビが僕の手を強引に引っ張ってくるんだ。顔が少し赤い気がしたよ。体調が良くないのだろうか? 十年後に教えてくれるのを待とう。
僕が欲しいポーションは、即効性の回復ポーションと持続回復する高性能なポーションだ。
えーと、値段は?
「完全回復ポーション。日に三度まで服用可能⋯⋯一瓶10万ゴールドかぁ。高いなぁ。超高速継続回復ポーションが一瓶1万ゴールド。多目的高性能解毒ポーションが一瓶5万ゴールドね。これは高ランク冒険者しか使わないかも」
「冒険者ギルドでたまにもらってるやつはどれだ?」
「この継続回復ポーションとかだね。傷や軽い骨折も時間さえあれば治るし、値段も一本100ゴールドから500ゴールド」
「上の見た後だと安いな。一応この完全回復ポーションは三つ買っとくか? 継続回復ポーションは最高ランクのものじゃなくてこっちの四千ゴールドのやつで良いだろう。解毒ポーションは種類がありすぎて無理だな⋯⋯多目的ってのも信用ならん。代わりに魔力回復特化ポーションも買えばいいんじゃないか?」
ビビの言葉に何度か頷く。解毒ポーションは種類が膨大だったのだ。
そこは高いのを買えばいいって問題じゃないよね。毒には種類があるから神聖魔法のようにはいかないか⋯⋯ならこっちの魔力回復系のポーションを買う方が良さそうだね。
商品には盗難防止対策に魔術の結界が張られていた。錬金術ギルドの職員さんを探すと、前回収納鞄の棚に案内してくれたお姉さんがいる。
またあの人にお世話になりましょう。
「おはようございます」
「おはよ⋯⋯ハッ! 君はあの時の!!」
お姉さんが大袈裟に仰け反っている。ちょっと面白い人だね。
「すいません。ポーションを買いたいのですが」
「ポーションって⋯⋯安い物でも100ゴールドはするのに。本当にお金持ちなのね」
──ガツン!
「痛い!」
お姉さんが頬に皺のあるおばさんに殴られる。しかもゲンコツだったよ!? 僕達の話を近くで聞いていたみたいだけど、ちょっと衝撃的な光景でした。
僕とビビが驚いて固まっていると、涙目になったお姉さんがその職員さんを見上げた。
「こら! お客様になんて失礼なことを言うの!? シャキッと接客しなさい!」
「あああ、すいません! すいません!」
「まったく⋯⋯だから営業成績が最下位なんです!」
「ごめんなさい。頑張りますから」
「結果を出しなさい。じゃなきゃクビですからね」
「はい⋯⋯」
とっても高圧的で恐ろしい人だった。あそこまで怒らなくても良いと思うんだけど⋯⋯
お姉さんが下唇を噛んで我慢しているのが見える。そのおばさんが去って行くまでじっと姿勢を正して見送っていた。
こっちまで緊張しちゃったよ。僕達お客さんの前で叱らなくても良いのにね。
「大丈夫ですか?」
「うん。⋯⋯あ、いえ! 大丈夫です! すいませんでした!」
「⋯⋯クッキーあげる」
ポケットを叩けばクッキーが出てくるのさ。そんなわけないんだけどね。ポケットから取り出すフリをしながら、無限収納からクッキーを一袋取り出した。
「え?」
「頑張ってね」
「え? え?」
「ポーション欲しいのですが?」
「えええ!? あ、ありがとうございます」
暇な時間にお菓子食べれば元気出るよ。僕も辛い時は食べてるからね。間違いない。
お姉さんを伴ってポーション売り場へと戻って来ると、ビビが買い物用のカートを押して来てくれた。
高価な品物だから、このお姉さんに言えば取ってくれるかな?
「ポーションならそちらにあります」
お姉さんが案内してきた場所には、100ゴールドの安いポーションが並んでいた。
安いと言っても宿屋を二泊利用出来るお値段だ。十二分の一カットのケーキも二個買えちゃうね。
でもそっちじゃない。僕が欲しいのは結界の中にある商品なんだよ。外に並ぶ商品で良いのなら、態々お姉さんを呼びに行ったりしないんだよ?
「この中のポーションが欲しいのです」
「い、今解除させていただきます!」
お姉さんが胸元から何かを取り出した。それは錬金術ギルドの職員カードみたいで、首からさげて持ち歩いているようだ。そのカードを結界のある場所へ翳すと、魔力の壁が波打つような状態になった。
「どれに致しますか?」
「まずはその魔力回復特化ポーションが二十本と〜」
「え!? この3000ゴールドの!?」
「はい。次はそこの自然回復力超向上のEXポーションも二十本と〜」
「はぅえ? この4000ゴールドのポーションが二十本!?」
「この即効性のSP回復ポーションも二十本と〜」
「3000ゴールドの⋯⋯あれ? 夢かな?」
「あと完全回復ポーションを三本お願いします」
「っ10万ゴールドの!!!」
ふふふ。ピッタリ50万ゴールド使い切っちゃった。これで暫く安心かな?
お姉さんはカタカタ震えながら品物をカートに入れてくれた。割ったら大変だもんね。一個一個両手で包むように運んでいるよ。
「空の瓶も買ってくれアーク」
「どうするの?」
「私の回復ポーションも必要だろ?」
ビビがそう言って僕の首筋を撫でた。なるほど⋯⋯僕の血をポーションとして使うわけね。
僕とは違い、ビビはポーションを飲んでも意味が無い。それに神聖魔法で回復も出来ないのだ。ヒールすると痛いんだってさ。
そうなると、ビビ専用のポーションバッグが必要になるよね。
「お姉さん。収納のポーションバッグってありますか?」
「はい! こちらでしゅ! ですぅ!」
案内されたのはすぐ近くだった。きっとポーションを買ったお客さんが、僕達と同じようにポーションバッグを欲しがるのだろう。
容量がそこまで大きくないからか、ポーションバッグの値段はとてもお手頃価格だった。安いのだと2000ゴールドで買えちゃうみたいだね。
「どれがいい? ビビ」
「んー。そうだなー⋯⋯ん? アレは何で高いんだ?」
「そ、其方の品は、強力な劣化防止の魔術も組み込まれています! 竜の胃袋を使用した一品で、最高級のポーションバッグです! 容量がポーション瓶五本分で少ないですが、高価なポーションを収納するのに重宝されています!」
おお! お姉さんが長文を喋ったよ。説明もわかりやすくて良かったね。
値段は8万ゴールドか。真っ白なポーションバッグで、見た目からお洒落に見えるな。大きさはシガーケースくらいで、赤い魔石が縫い付けてある。
劣化防止の魔術もあるなら買っておこうかな。
「ではそれと空き瓶もお願いします」
「いいのか?」
「うん。必要だし」
「畏まりましたああ!!」
お姉さんが土下座に近い程頭を下げる。会計は58万とんで50ゴールド。空き瓶は二個1ゴールドで買えるみたいだ。
僕は金貨58枚と大銅貨5枚で一括払いをさせてもらう。
「ありがとう⋯⋯ございます⋯⋯」
「え?」
何故かお姉さんの目に涙が溜まっている。
「どうしたの?」
「こんなに売れたの初めてなんです⋯⋯ありがとうございます」
話を聞けば売り上げに順位があるらしく、それの成績次第で給料が決まるらしい。
実力が無ければ稼げないのは冒険者も同じだな。僕が頑張ってランクを上げたいように、お姉さんも売り上げで順位を上げたいんだね。
「お姉さんの名前は?」
「私ですか? 私はククルです!」
「ククルさんですね。覚えておきます」
「は、はい! よろしくお願い致しますぅ!」
今度錬金術ギルドに来た時も、またこのお姉さんに案内してもらおう。僕一人じゃ成績に変化があるかわからないけどね。
ククルさんに名乗ってもらったのに、僕の名前を言ってないな。
その時だ。誰かが駆け込むように走って来て、錬金術ギルドの扉が大きく乱暴に開かれる。
その人はとても荒い息をしながら、右腕から血を流していた。
「だ、誰かぁ⋯⋯誰か助けくれ。変な奴らが⋯⋯変な奴らがぁ⋯⋯」
男の人が何かを伝えたいみたいだけど、相当混乱しているのか要領を得ない。
僕はとりあえずその男性に近づいて、神聖魔法をかけてあげることにする。
「“ヒール”。大丈夫ですか?」
「神聖魔法!? 子供が?」
「とりあえず落ち着いて下さい。何があったのですか?」
「そ、そうだ! 昨日の晩なんだが、東の街道で休憩中に沢山の黒い影に襲われたんだ! 俺は行商人団の一人で、この錬金術ギルドに荷を運んでいる途中だったんだよ! 大事な薬の素材が沢山積んであるホバーリングトラックだ⋯⋯奪われるわけにはいかねえから、全力で仲間達と守ろうとしたんだ。でも、黒い奴らは荷物が目的じゃなかった! くそぉ!」
錬金術ギルドに来る途中で、休憩中? 夜って事は野営中の出来事かな? 沢山の黒い奴らに襲われた?
ホバーリングトラックは、移動するための大型魔導車のことだろう。このドラグスは田舎だったので、今までほとんど縁が無かった。でも最近は迷宮のお陰で良く見るようになっていたんだよね。
維持にお金がかかるらしく、うちの領主様でも個人所有はしていない。大きな商会や富豪が仕事で使うくらいの特別な乗り物だ。
「荷物が目的じゃない? 黒い奴らって、魔導車が狙いだった?」
「違う! 奴らが狙って来たのは俺達の命だった! トラックにも薬にも目もくれずにひたすら魔法を撃ってきやがったんだよ⋯⋯」
男性が泣き崩れる。命を目的に襲って来る黒い奴ら? 僕はそれを聞いただけで、あの奴隷さん達を思い出していた。
「くそぉ⋯⋯俺達が何をしたって言うんだ! お前神聖魔法が使えるんだろう? 助けてくれ⋯⋯助けてくれよお⋯⋯まだ仲間も生きてるかもしれねぇ⋯⋯俺だけ先に逃がしてくれたんだよぉ⋯⋯ちきしょう!」
なるほど⋯⋯事態は一刻を争う感じなんだね。
「わかりました。冒険者ギルドや教会にはまだですか?」
「兵士が伝えに走ってくれた⋯⋯だから俺はこっちに来たんだ」
「状況は理解しました。今きっと冒険者に緊急依頼が出されている筈です。僕もすぐに向かいますね」
「頼む⋯⋯大事な仲間達なんだ⋯⋯頼む、この通りだ」
男の人は僕の両手を捕まえて、膝を折り祈るように手を額を当てる。とても真剣な気持ちが伝わって来た。
断る理由は⋯⋯無い。
僕は男の人の手を力強く握り返した。
「全力を尽くします!」
「ありがとう⋯⋯ありがとう⋯⋯」
この人の気持ちが伝わってきて、胸の奥が熱くなるのを感じた。僕は今度は助けられるだろうか? 襲われてからどれくらいの時間が経った? 戦う力の無い人に、細かく色々聞くのは難しいだろう。
早く現場に走らなくちゃいけない!
「ビビ!」
「だな」
僕とビビは直接現場に向かうことにする。町の東、魔導車が走るなら街道からは逸れない筈だ。
錬金術ギルドを出て、屋根の上を飛ぶように走る。普段は行儀悪いからしないけど、今日だけは許して下さい。
冒険者になってから、酷い事件ばっかりだと感じるよ。冒険者にならなかったら、知らずに家で笑ってたんだろうね。
あの人が言った黒い奴ら⋯⋯それはもしかすると、拐われて奴隷にされた人達かもしれない⋯⋯どちらも助けてあげたいな。
「間に合うかな? ビビ」
「⋯⋯マスターが言ってたろ? 手の届く範囲しか救えないもんだ」
「でも助けたいんだよ!」
「わかっているよ。だから出来るだけのことをしよう」
「⋯⋯うん」
チョコレートを一欠片口に入れる。頑張るしかないんだから。




