迫る闇、奴隷の気持ち
迷宮探索はとっても面白いです。どれくらい面白いかって言ったら、三日連続で来ちゃうくらいですよ!(三日目)
迷宮の中には巧妙に魔術の罠が仕掛けられていたりする。ある程度は魔力感知で見破れるんだけど、それにばかり頼っていたら物理的な罠にまんまと引っかかっちゃったりする。
初めてリアルに落とし穴を踏んだ時は焦ったよ⋯⋯二段跳びで何とか落ちずにすんだけど、中には大量の蛇が蠢いていたからね。あれは蛇虐待だと思います。閉じ込めたら可哀想だと思う。
この迷宮の一階層は罠の数が少ないし、そこまで凶悪でもない。だからそこまで気にしてはないんだけど、引っかかると悔しいです。
ビビが魂魄レベルを上げるために、ゴブリンをひたすら蹂躙している。迷宮の中の魔物は倒した後に放置すると、数十分後には地面に吸収されるようだ。
血なまぐさい作業だけど、ゴブリンが増え過ぎたらまたスタンピードが起こるかも知れません。それだけは絶対駄目⋯⋯でもやっぱり可哀想⋯⋯むー。
あんまり悩むと泥沼にハマりそうだ。
死体を吸収するのに、どんな仕組みになっているのかわからない。好奇心にかられて、吸収されかけてるゴブリンを引き上げてみたら、地面にゴブリン型の窪みが出来ていた。
ゴブリンはあまりお金にならないので、そのまま吸収されても問題無い。だから再びゴブリンをその窪みにはめ込んであげる。
大地の栄養になっていると思うんだ。折角だから、どうぞ食べちゃって下さい。
それにしても、ビビが圧倒的に優勢である。赤い剣の軌跡が閃く度に、ゴブリンが物言わぬ屍に変えられてしまう。
あのビビの剣を受けるのは僕でも難しいんだよね。剣が伸び縮みするのもそうだけど、曲がったりすり抜けたりする技もあるんだよ。
ビビ⋯⋯生き生きしてるなぁ。でも見てばかりいちゃ駄目⋯⋯僕は今算術の勉強をしているんだから。
普段勉強をサボっているつもりは無いんだけどね。スキル強化のためと言う理由で、戦闘の訓練に比重が傾いているのはわかっているんだ。
ペンダコの代わりに剣ダコが増えているからね⋯⋯でもやっぱり勉強も出来ないと従者としては不十分。一流の冒険者にだってなれはしないよ。だから頑張ろう。
──カリカリカリカリ⋯⋯カリカリカリカリ⋯⋯カリカリ⋯⋯
ああ、ビビ〜ビビ〜。そっちに行きたいなぁ。運動がしたいぃ⋯⋯ビビと遊びたいなぁ。
あぅ⋯⋯僕も早く勉強終わらせなきゃ。集中しよう。
鳥の囁きが聞こえてきた。条件反射で弓を構えそうになる。雑木林で何時も狙ってたから、こういう時に癖が出ちゃうよね。狩るとミト姉さんも喜ぶんだ。はぁ⋯⋯
三時間くらい勉強しただろうか? ビビが戻って来たので、そろそろお弁当の時間だろう。
「おかえりビビ」
「ただいまアーク。ゴブリンキングを発見したから持って来た。これ珍しい色じゃないか?」
ゴブリンキングはDランクでも下の方の魔物である。身長二メートル半を超える個体で、深い緑色の肌をしたオーガに近い見た目のゴブリンだ。
ビビの持ってきたゴブリンキングは真っ黒で、ちょっと調子に乗って肌焼いちゃいましたって感じには見えない。
「僕も初めて見る。ドラシー食べるかな?」
「どうだろ? その魔剣は不思議だよな」
「僕の大事な魔剣なんだ」
『♪︎』
背中に佩剣したドラシーから、嬉しそうな気持ちが伝わってきた。そうすると僕もちょっと嬉しくなる。
「キメラの剣だったな。私も食われる?」
「ドラシーは死体しか食べないよ?」
「じゃあその時は吸収してくれ」
「ビビは死なないよ。ずっと一緒にいてくれないと嫌だ」
「⋯⋯不毛な議論になりそうだ」
「そーだね。とりあえずサックリ」
ゴブリンキングの胸に剣を突き立てる。どうかなーと思って待っていると、ドラシーがズルズル吸い込み始めた。
「おお! 吸ってる吸ってる!」
「不思議だな。何処に入っていくんだ?」
「んー。考えてもみなかったよ」
「普通気になるだろ?」
「言われてみればそうかも。吸収すると少しずつ剣が重くなるから、何処かには混ざっていると思う。でも吸収する魔物一匹分重くなるわけじゃないんだ。素材の何を必要としているのかはわからないけど、その魔物のスキルが使えるようになるってことはわかってる。僕やビビが想像しているよりも、ドラシーの中身は凄いことになっているのかも」
「面白い剣だな」
『⋯⋯/////』
ドラシーが照れながらブルルと震えた。新しい能力を使ってみてってことかな? どんなスキルか楽しみだよ。
「いくよ」
『っ!』
刀身に魔力を流した瞬間だった。
「あばばばばばばばばばば」
『⋯⋯』
「どうした!?」
これは⋯⋯何? 振動? 凄い振動してる!? ビビが怒って肩を揺さぶってくる時の何千倍も細く凄い振動だ!
「おいアーク!」
駄目だビビ! 今僕に触ったら⋯⋯
「あばばばばばばばばばば」
『⋯⋯』
ほらね、こうなる⋯⋯
──十分後。
「それは⋯⋯封印だな⋯⋯」
「そう⋯⋯だね⋯⋯」
今はまだ使いこなせないみたい。コントロール出来るようになるまでは封印だな。
僕もビビも髪の毛がボサボサだ。見た目が崩れた感じになったビビは大変珍しい。
さあ、気を取り直してお昼だよ。テーブルと椅子を収納から取り出して、テーブルにはテーブルクロスを敷く。お弁当とトランプを取り出せば、ランチセットの完成だ。
湖畔の見える晴れやかな場所で食べるのは贅沢だね。
僕達みたいに迷宮でここまで準備する人は珍しいかも。魔物が出ることに目を瞑れば、綺麗な大自然を眺めながらのピクニックなんだけど。
ゴブリンが遠くから矢を放ってきた。ビビがそれを椅子に座ったままフォークで上に跳ね上げると、落ちてきた矢の尻を叩いて打ち返した。
それはゴブリンの額に吸い込まれ、何事も無かったかのように昼食が再開される。
ビビも強くなっているんだよ。今は僕の方が少し強いけど、魔物には進化があるんだって。もしビビが進化出来たなら、僕もすぐに追い抜かされそうだ。
ビビは生まれた時、レッサーヴァンパイアだったんだとか⋯⋯その頃は今みたいに理性的ではなくて、人を殺めてしまったこともあったらしい。
太陽の光に輝く水面から、爽やかな風が吹き抜けて来る。その風で木々が揺れて、テーブルに落ちた木漏れ日が揺れ動いた。
湖には魚も泳いでいる。魔力が充実しているからか、とっても大きな魚が跳ねたりするんだよ。
あれ? これは──
「⋯⋯」
「多いな⋯⋯」
複数の気配がこっちに近づいてくる。数は⋯⋯本当に多い。ゴブリンならあまり気にしないんだけど、この気配は人間だね。
「五十人くらいいる?」
「だな。“こちらに”敵意は無いようだが⋯⋯」
普通は無闇に冒険者に近づいたりしないものだ。何が原因で争いになるかわからないからね。もしかしたら噂の大手クランメンバーが迷宮を下見に来たのかなと思ったけど、明らかに迷宮に慣れていない雰囲気が気配察知を通して伝わってきた。
それに、もしかして戦闘をしている? 四十人を十人が追い立てているようだ。
彼等はもうすぐこの場所へ辿り着くだろう。でも何故人間が人間を襲っているの? 迷宮に入ってまでやることじゃないよね?
「来るぞ」
ビビが警戒を強めるようにそう言った。僕も目を細めてそちらを見ると、若いお兄さんやお姉さん達が青い顔をしながら走って来た。
まさに一心不乱といった感じで、立ち木の枝で傷を負うのも厭わない。
何かわからないけど、巻き込まれそうなのだけはわかったよ⋯⋯
僕とビビが紅茶を飲みながらその様子を眺めていると、先頭にいた数人が此方に気がついたようだ。
「子供!?」
「え? 何で!? 迷宮の中なのに!」
「君達も逃げて! 早く!」
「駄目だぁ! 殺されるー!」
「追いつかれるぞ!」
「せんせえー!」
只事じゃない様子だ。悪人が追いかけて来ているのか、悪人を追いかけているのかわからなかったから介入しなかったけど、これは前者だと思う。
状況から判断するに、学生が先生に引率されて迷宮に入って来たんだ。授業の一環なのかはわからないけど、そこは今気にするところではないかな。経緯は兎も角、その迷宮の中で何者かに襲われることになった。それで先生を殿を任せて逃走中⋯⋯で、先頭を走っていた生徒に僕達が見つかった? そんな感じかな?
「うん⋯⋯とりあえず助けるよ! ビビ! “ベヒモスモード”!!」
「こんな時でもアークはアークか⋯⋯いけ! “ブラッドハウンド”!!」
ビビの周辺に真っ赤な霧が出現した。その霧が寄り集まって複数の真っ赤な狼が現れる。
「ひあ! 魔物?」
「ちょっと! 急に止まらないで! わひゃあ!」
「な!」
「うわ!」
前方から迫る不気味な狼を見て、生徒達が慌てふためいた。殺られると思ったのか、目を閉じたり蹲って頭を抱えたりしている。怖がらなくても良いのに⋯⋯ちょっと横を素通りさせてもらうね。
僕とビビは生徒達の間をすり抜けて、闘いの中心地に飛び込んでいく。
「何です!? 何者ですか!?」
「お助けします」
「ま、そういうことだ」
先生らしき人の前に出て、僕とビビは頷いた。
敵は手練だね。姿が見えないけど、気配だけは感じることが出来る。きっと森を上手く使ってるんだね⋯⋯でも僕達にはそんなの関係無いさ。
「“ホーミングレーザー”」
「行け! 拘束しろ」
僕の放ったホーミングレーザーが、追っ手の手足を遮蔽物ごと貫いた。ビビのブラッドハウンドが直ぐにそこへ飛びついて、赤黒い鎖に姿を変える。いきなりの事に動揺したのだろう⋯⋯為す術無く敵はグルグル巻になった。
「君達はいったい⋯⋯」
拘束されていく敵の姿を見て、先生らしき人が口を開いたようだ。ただ⋯⋯何て言えば?
「紅茶を飲んでいたら巻き込まれました」
「それは申し訳な⋯⋯紅茶!?」
敵は今も抵抗をしている。そして半分を捕まえれた時、笛の音が聞こえてきた。
「これは?」
「撤退していくみたいだぞ?」
「追う?」
「そこまでする必要あるか? ここに人質もいるからな」
ビビの狼が、捕らえた敵を此方へ運んで来る。僕のクレイゴーレムちゃん達よりスペックが高いなー。ブラッドハウンドにはアホの子いないの?
敵は全員顔を隠すように黒いフードを被っていた。きっと後ろめたいことがあるんじゃないかな。
手足をホーミングレーザーで焼き貫かれて、拘束までされたらポーションすら飲めないだろう。さて、どうしましょうかと思っていたら、捕らえた一人が震えだした。次いで他の人まで震えている。
「何?」
「これは⋯⋯アーク! 毒だ!」
「毒!?」
「服毒したんだ」
「何でそんなことするの! “キュアポイズン”!」
全員に急いで解毒の神聖魔法を使う。体に有害となる毒素を分解する魔法で、広い用途で使われることがある⋯⋯今それは置いておくといて、捕らえた五人は何故毒を飲んでしまったのか。
「駄目だよ! そんな粗末に死んだりしたら、きっと哀しむ人がいるよ! だから死なないで頑張って!」
「「「⋯⋯」」」
助けられるかどうか五分五分かな⋯⋯魔力が大量に持っていかれる。
僕は急いでポーションを飲み干し、全員に“リジェネーション”をかけながら解毒を頑張った。
「アーク⋯⋯こいつら全員奴隷みたいだ」
「奴隷? 奴隷って禁止されてるんじゃ?」
「この国ではな。左手に赤い魔術の刻印があるだろ? これで命令されてるんだよ」
「命令⋯⋯だって?」
それを聞いた時に、僕は酷い怒りを覚えた。命令で死ななきゃいけないなんてどうかしている。命は自分のために使うものだ。それをこんな風に使われるなんて許せないよ。
僕はもう一本ポーションを取り出して飲み干した。
「君達は何者なんですか? その襲って来た人達は?」
「ん? 忘れてた。アークは集中してるから私が話す」
「ええ。それよりもこいつらは?」
「知らないな。あんたは誰なんだ?」
「私はドラグスの学校で戦闘実習の教員をしている者です。名前はロムドと申します」
「私はビビだ。こっちはアークでBランク冒険者をしている」
「Bランク!? 凄い魔剣だとは思っていましたが、まさか⋯⋯」
「こっちは任せてくれて良いよ。ロムドさんは生徒をまとめといてくれ。安全な場所まで送って行く」
「か、感謝致します!」
ビビ達の会話を聞き流しながら、意識を魔法に集中する。常時使っている分割、並列化した僕の思考能力が、全てこのキュアポイズンに集中された。
一人回復が上手くいかないな⋯⋯フードを取ってみると、その顔はお婆さんだった。
何時からこんなことをさせられていたの? まだ死ぬには早いんだからね。まだそっちに行っちゃ駄目だ。
「大丈夫かアーク?」
「大丈夫」
「お前が責任を感じる必要はないぞ」
「大丈夫」
「はぁ」
「大丈夫」
「⋯⋯」
もう少しで何とかなりそうなんだ。何で解毒の助けになりそうなポーションも用意しとかなかったんだろう⋯⋯どんな事態にも対応出来なくちゃ、父様や母様みたいになれないのに。
少し足元がふらふらした。急激に魔力を使い過ぎてしまうと、こういうこともあったりする。そんな僕を支えるように、ビビの細い腕が背中から回されてくる。
でももう大丈夫そうかな。毒も消えたみたいだし、呼吸も落ち着いていると思うんだ。きっと安静にしてれば何とかなるでしょう。
「ありがとうビビ」
「ああ。感謝しろ」
「それには及ばないじゃないの?」
「感謝された方が良い気分だ」
「確かにね」
この後、ビビの発案により奴隷達に麻袋が被せられた。生きていることが襲撃者にわかれば、口封じに襲って来る可能性もあるのだとか⋯⋯今は全員気絶しているので、拘束する時に巻かれた鎖は外してある。それに死んでいる筈なのに拘束されていたら、明らかに不自然だからね。
運ばれてる死体に見えるようにすれば、無理をして取り返しには来ないだろう。
その後、先生のロムドさんと生徒さんの協力もあり、縛られた奴隷達を迷宮から脱出させた。南西門の兵士さん達に事情を話し、領主様にも報告をしてもらうようにお願いする。
熱血おじいちゃん兵士のタイラーさんも、その顔に怒りを滲ませているね。
「任せておけいアークツーよ。しっかり全部報告しておくのじゃ!」
「不安だな〜⋯⋯朝食は覚えてる?」
「食ったことはな!」
「この人達は?」
「可哀想な奴等じゃ!」
まあ間違いじゃないよね? 他の兵士さんも話を聞いてたから大丈夫でしょう。
それから学生と先生を連れてギルドに向かった。ギルドに到着すると、目を輝かせるお兄さんやお姉さん達。
今回の件を報告するだけなので、全員で来る必要は無かったんだけど⋯⋯ロムドさんは生徒に冒険者ギルド見学をさせたかったみたいだね。
どう? 結構煙草臭いでしょ?
「本当にこのちっさいのが冒険者なのか?」
「信じられない」
「でも戦闘見たよ?」
「凄かったよな! ちっさいのに」
「何をしてるのかわからなかったけどね」
「自信無くしたわ⋯⋯こんなにちっさいのに」
「俺も⋯⋯」
「ちっさいのに⋯⋯」
あんまりちっさいちっさい言わないで欲しいんだけど!?
僕のことを話す人が酒場にいたらしく、銀閃のアークだとバレて生徒さん達が目を見開いた。
このドラグスでは、スタンピードを一人で止めた英雄になっているらしい⋯⋯誤解だからね? 僕がしたのはただの時間稼ぎだからね!?
銀閃って呼ばれるのもピンとこないんだよ⋯⋯ドラシーのアークってのはどうかな?
『/////♪︎』
ふふ、ドラシーが喜んでる。
受け付けにいたミラさんに軽く事情を話して、キジャさんに取次をお願いする。
「アーク様!」
「はい?」
生徒の一人が僕の呼び方に様をつけて近づいてきた。ミラさんは急いで階段を上がって行く。
名前も知らない人なんだけど、何かを手に持っているみたいだ。
「こ、これ読みました! ファンなんですぅ! サインして下さいぃ!」
「さ、サイン?」
コサイン? タンジェント? むむむ、難しいです。
名前を書けばいいみたいで、表紙にサラサラって書いてあげた。
僕、字は綺麗な方だと思うんだ。ふふふ。
一人書いたらまた一人と増えてしまって、先生のロムドさんが苦笑いをしていた。
出来れば止めて欲しいのですが⋯⋯
キジャさんの面会の準備が整うまで、僕のサインの列は途切れなかった。本の効果って凄いんだね!? 予想外の出来事にびっくりしたよ。
きっと本がこんなに広まっちゃったのは、実際にフォレストガバリティウスを見た人が多いからだ。
町の中にあんなのがいたら当たり前だよね⋯⋯気になるに決まってるよ。
あの奴隷さん達は大丈夫かなぁ。頑張ってキジャさんに説明しよう。




