魔装“ベヒモス”
朝の訓練から帰ると、ギブがうちで朝食を食べていた。食事をするテーブルについて、さも当たり前のように食パンを齧っている。
美味しそうに食べてるなぁ。⋯⋯え?
「ギブ? どうしてうちにいるの?」
まさかギブも吸血鬼の魅了が使えたのか!? って⋯⋯そんな事は無いよね。屋敷の裏口を覗いていたら、クライブおじさんに見つかったらしい。
「“アレ”完成したから伝えて来いって。父ちゃんが」
「そうなんだ! ありがとうギブ」
「それだけ伝えようと思ったんだけど、今アークいないから中で朝食でも食べて待ってればいいって言われてさ」
「なるほど!」
「それでアーク? その子は誰なんだい? 見ない顔だね」
ギブ達にはまだビビを紹介していなかったね。今年は雪が凄くて遊びに行けなかったのと、血が足りなくてヘロヘロな日々だったから⋯⋯
まだこれから二月だから、寒い日には雪降りそうな気がするな。皆で雪遊びしたいけど、雑木林で怪我しちゃったら大変だ。
少し人見知りを発揮しながらも、ギブは積極的にビビのことに触れてきた。
ギブの緊張した顔を見ると、モカちゃんとマーズちゃんを紹介した日のことを思い出すよ。
「私はビビだ。巨人の子か?」
「俺はギブ。お母さんが巨人のハーフなんだ」
「なるほど。仲良くしてくれ」
「わかった。よろしくねビビ」
自己紹介も終わって、僕とビビも並んで朝食を食べる。今日はオートミールとチキンサラダだった。
ああ、安心する味だなぁ。冷えた体が温まるよ。
僕とビビはお弁当を作るので、ギブには先に帰ってもらう。ギルドでお金を受け取らなきゃ支払い出来ないから、昼前には行くよって伝えておいた。
きっと家に帰ったらギブはもう一度朝食を食べるんだろうな。うちには寸胴級の食器が無いんですよ。たまにはアマルさんにも会いたいな。
母様の母乳を飲んでいたアーフィアがゲップをする。頬を突っついてみると、機嫌が良いのかキャッキャしていた。
多分この後眠くなってグズると思う。ビビも血が飲みたくなるとグズる⋯⋯あ、いや、冗談だから睨まないで!
今日のお弁当はスパゲッティードッグにしよう。血のように真っ赤なスパゲッティーを見れば、ビビもきっと「食う」の二文字をくれる筈だ。
さあ、今日も元気に行ってきます。
*
ギルド、ミルクさん、お辞儀。
はい。やって来ました冒険者ギルド。お金を引き出しに来ただけだけど、来るといつもテンションが上がります。
ミラさんの受け付けカウンターに行くと、今日も笑顔で迎えてくれる。
「おはようございます。ミラさん」
「おはようアークちゃん。今日は依頼受けてくれるの?」
「まだわかりません。お金引き出してから、武器屋バスス店に行って来ます。その後は未定ですね」
「そうなの。商人のライノス達がアークちゃんに指名依頼出してるわよ?」
「いつもの剣術指導ですか?」
「うん。それとね、本がなんたらって言ってたわ。わかる?」
あ、本って領主様のために作ったやつのことじゃない? ライノス達の名前だしちゃったからなぁ。一般売りするつもりも無かったから、全員実名で書いちゃったんだ⋯⋯無許可で書いたらやっぱりまずいよね? あの時なんでノーと言えなかったのか⋯⋯んー、あの時の担当してくれた人が怖かったからかも。
しょうがないね。ライノス達にはごめんなさいしよ。
「えーっとですね⋯⋯領主様に頼まれて本書いたんです。魔導兵と戦った話とか、様々な討伐依頼の話とか全部ですね。それは元々領主様だけに渡す予定だったのですが、一般にも売られることになっちゃいまして」
「凄い! アークちゃんの本買わなくちゃ!」
「そういう経緯があり、登場人物が実名なんです。もちろんミラさんも⋯⋯ごめんなさい」
「私が本に!? 嬉しいわ。アークちゃんから見た私はどんな感じなんだろう」
ミラさんもそれなりに出てくるね。ミラさんから見た僕は逆にどうなんだろう。
「あ、お金いくら下ろすの?」
「200万ゴールドお願いします」
「っ!!!」
「?」
ミラさんの顔が固まっている。いきなりの大金だから、事前に言わなきゃ駄目だったかな?
いくら冒険者ギルドでも、金庫にお金がいくらでも入っている訳じゃないよね。そこまで考えなきゃいけなかったんだ。
「アークちゃん豪邸でも買うの? 私の部屋広い? 寝室は一緒?」
「買いませんよ? 楽しそうですけど」
「買わないのかー⋯⋯残念。お金下ろしてくるね」
「ありがとうございます」
ギルドカードをミラさんに渡し、金貨200枚という大金が手渡された。普通に生活すれば、四人家族が一生生きて行ける額である。落としたら大変なので、直ぐに無限収納に入れた。
「ライノスの依頼どうする?」
ライノス、ロド、バイオは強くなってきたね。そろそろ魂魄レベルを上げても良いと思うんだ。そうすれば、Eランク冒険者くらいの力が出せるだろうと思う。
いったいどれくらい強くなれば満足するのかな? あの三人が協力すれば、Dランク冒険者だって倒せる気がするよ。
「ライノス達とも戦いたいですが、直ぐには無理ですね。今ちょっとやりたいことが多いので」
「わかったわ。だいたいEランクの依頼で、Bランク冒険者に指名を出すのが間違ってるのよね。そこはちょっと相談してみるわ」
指名してくれるのは嬉しいから、報酬額は気にしてないんだけどね。ミラさんはギルドの受け付け嬢として、取れるとこからは取るつもりみたい。ライノス達はお金持ってるからね。ケーキも買ってくれる!
用事が終わったので、ミラさんに小さく手を振った。そろそろ行こうかと思ったんだけど、出口を塞ぐようにベスちゃんが待っている。
「アークうぅ。かまってくれぇ」
「かまちょなの? おはようベスちゃん」
「ああおはよう」
「今日は行く所があるんだ。ごめんね」
「っ!!!」
仰け反るくらいにショックだったらしい⋯⋯ガックリと肩を落としながら、夢遊病患者のようにギルドの階段を上って行った。キジャさんの所へ行くのかな? 何を言っても仲が良いんだよね。
「なあアーク」
「何ビビ?」
「あの人強いな」
「わかるの?」
「魅了がなかなか通らなくてヒヤヒヤした」
「そういうのもあるんだね」
「魅了にも種類があるんだよ。害を及ぼすような魅了は、上位者には効果がない。でもほとんど無害な魅了は上位者に関わらずに引っかかるもんなんだけど」
「害と無害?」
「善悪に近いものだと考えてくれればいいよ。詳しくは時間ある時に話す」
「わかった」
武器屋バススに到着するまで、ベスちゃんの話をしてあげる。ドラゴンを狩った話をしたら、流石のビビも驚いていたね。
「僕もいつかドラゴンに挑むんだよ。その時は力を貸してね」
「わかった⋯⋯きっと勝てるさ。アークがドジしなければな」
「ビビがドジするんじゃない?」
「一つミスすれば終わる。その時になって、どっちがなんて言ってられないさ」
「確かにそうだよね」
今大通りは活気に溢れ、沢山の人が行き交っている。その中をビビと他愛のない話で盛り上がった。
ドラグスは毎日お祭り騒ぎで、何処へ行っても人が多い。積もった雪もなんのその! 迷宮効果で大フィーバーしている。
商人さん達は本当に逞しい人種だよね。冒険者の数も増えているし、町の外側には大規模な城壁の建設が始まったらしいよ。
魔術を使って建設が行われるから、材料さえ揃えば完成するらしいんだ。だから物資不足が今の課題で、商人さんは右へ左へ大忙しなんだよ。
「新しい学校の建設、第二教会、あと冒険者ギルドも今よりでっかい建物になるんだって」
「そうか。でもアークはいつかこの町を出るんだろ?」
「ん、まぁ十二になったらね。学園卒業したら一度戻って来るつもりだけど」
「寂しくはないのか?」
寂しくない⋯⋯そんなわけないよ? 皆大好きだもん。でも、
「⋯⋯大丈夫。ビビがいるし」
「⋯⋯」
「僕には見たい景色があるんだ」
「どんな?」
「わからない。わからないから見たいんだ」
「場所は?」
「わからないけど、行ける所まで行く」
「行ける所までか。漠然とし過ぎててわからない。けど、この世界は広いぞ? 帰って来れないかもしれない」
「良いよ。僕は冒険者なんだから」
「そうだったな。今にも飛んで行きそうだ」
「僕はね、百メートルを超える龍を飼うんだ」
「頭の中身はもう飛んでるな⋯⋯やれやれだ」
呆れた顔をしているビビ。でも嫌がらずに聞いてくれる。父様と母様が旅した世界は、僕が考えている以上に広いんだろうな。
*
──カラン。
武器屋バススに到着です! お客さんがいるので、バススさんはその対応に忙しいみたい。
お客さんは盾を選んでいるみたいだった。僕は魔法を使うから、片手は空けておきたいんだよね。僕はそれで良いとして、ビビはどうだろうか?
「ビビ、何か欲しいのある?」
「そうだな⋯⋯でも、私の武器は万能だぞ? 防具にもなるしまだ若い。血もくれるし食事もくれる」
「それ僕のことだよね!」
してやったりと微笑むビビ。むむむ⋯⋯
とりあえず僕は暇潰しに店内を見て回ることにした。
レイピアタイプの魔剣は置いてないみたいだね。純ミスリルのレイピアが45万ゴールドか。このクラスになってくると、柄なども装飾に凝っていて美しい。アダマンタイトのレイピアは無いみたい。きっとアダマンタイトは素材として重かったから、軽さを生かすレイピアには不向きなのかも。
ビビはあまり武器に興味は無さそうだ。商品を見る僕を見ながら、後ろを着いてくるだけなんだ。
「待たせたな」
お客さんの対応が終わったのか、バススさんが僕に話しかけてきた。
「こんにちは。儲かってますか?」
「ぼちぼちだな。はっはっはっは」
「商品がいつも入れ替わっていますよ」
「魔武器などを扱う店はドラグスに一つしか無い。一般武器も扱っちゃいるが、客の狙いは魔剣とかなんだよ」
バススさんが顎をしゃくる。その先には刀身の波うった形の剣が飾られていた。
「業火断罪魔剣“フランベルジェ”。155万ゴールド!! 高い!」
「自信作ではある。B級魔剣の中じゃかなり上位に位置するだろうな。さて、そろそろアークにアレを見せる時が来たな」
そうだった! 僕の体術用の装備が完成したんだよね!
バススさんが懐に手を入れると、長細い宝石箱のような物が出てきた。
「開けてみろ」
「え? これに入ってるの?」
箱を開けてみると、中に入っていたのは白銀に輝く太いペンダントだった。拳くらい大きなペンダントトップが、迫力のある形になっている。
これはライオン? でも角が生えてる⋯⋯なんだろう? 目には紫色の魔石が埋め込まれていて、伝わってくる威圧感も半端じゃないよ?
「それは魔装“ベヒモス”だ。そのペンダントが特殊な収納魔導具になっていて、魔力を流すと使用者の体型に合わせて装着される仕組みよ」
「変身みたいな!?」
「そうだ」
なんて夢のある装備なんだろうか! 僕はワクワクしながらペンダントを首にぶら下げる。
「合言葉は!?」
「無い」
「なんでえええ!!」
「魔力を流すだけだ。不要だろ?」
不要かどうかの話じゃないのに⋯⋯このペンダント、結構ずっしりしてるんだなー。
さあ! 装着してみますか! なんとなく両手を広げて天井にかざした。
「ベヒモスモード(キリ)」
「⋯⋯」
僕はペンダントに魔力を流す。ワクワクしながら様子を伺っていたら、ベヒモスの目が輝き始めた。
「何これ⋯⋯」
まるでぬるま湯にゆっくり入っていくかのように、手と足の先から何かがまとわりついていく。
色はペンダントと同じ白銀の色をしていて、それが肘までを全て包み込んだ。足は膝までをカバーしていて、体部分も急所を守るように白銀のプレートが張り付いてくる。
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
手甲はドラゴンの手を人間の形にしたように見え、その迫力は溜め息が出そうなくらいに強そうだった。指先は尖っていて、手の平には黒いグリップがついている。
足先の部分も同様だ。見事としか言えない程に洗練されたデザインになっていた。
表は白銀のドラゴンの足のようで、ふくらはぎ部分は黒い毛皮で覆われている。
「凄いな」
静観していたビビまでが、この魔装の姿に興味を示したみたいだ。
「服や靴の上から装着可能だ。アダマンタイトにハイミスリル、それにAランク魔獣のベヒモス素材を使った一級品だぞ。ここまでの魔装はなかなかお目にかかれないだろう。気に入ったか?」
「はい! 凄いですね! 軽くて動くのも楽です」
その場で少しジャンプをしてみる。関節の動きにも支障は全くない。これなら剣も握れるし、素手より力強く振れそうだ。
これは僕、大幅に強化されたんじゃないかな? きっと間違いない。力がどんどん湧いて⋯⋯え?
「気がついたか?」
バススさんがニヤリと笑った。これはもしかして?
「それには二つの効果がある。筋力強化と魔法耐性強化だ。それがあればアークはきっと強くなると思ってな、ベヒモス素材にほぼ全ての金を注ぎ込んだのよ」
「え?」
「ベヒモスの素材だけで200万ゴールド使ったからな! はっはっはっはっ!」
「ええええ!! ではお値段はおいくらに?」
「200万で良い。アークが沢山置いていったアダマンタイトがあるからな。フォレストガバリティウスの牙も手付かずに残っている。差っ引けば200万でも十分だよ」
「ほっ。良かった〜。ありがとうございます」
「俺も楽しい仕事が出来た。それならすぐ壊れたりせんだろう」
「あ、あはは」
いつも壊してばっかりだもんね。大事にしてるんだけど。
この後、父様の蘇ったナイフを受け取り、ギブに散々自慢しておいた。
着けてることに違和感も無いし、これならスタンピードをもう一回止めに行っても大丈夫だろう。
「ありがとうございました」
バススさんにお金をドンと渡す。金貨五十枚入りの袋が四つあるんだ。会計をするテーブルの上に置くと、バススさんが袋の紐をサッと開く。
「一括払いか! 良い客を持ったなあ」
「またお願いしますね」
「勿論だ。だが無茶はするなよな」
一度握手をしてから店を出る。本当に良い物を作ってもらえたなぁ。
大通りから少し逸れて、ゆっくりと南西門に歩き出した。それは何故か? 魔装“ベヒモス”の試運転がしたくて、迷宮に行けば何かと戦えると思ったからである。
「あの店主、腕は本物のようだな」
「バススさんは凄いんだよ。やっぱりビビも何か作ってもらう?」
「⋯⋯んー、私は⋯⋯あれでいい」
ビビが何かを指さした。その先には露店があり、綺麗なペンダントが並んでいる。
値段はだいたい10ゴールドから500ゴールド。装備と比べると安物だけど、こんな物で良いのかな?
「ビビも女の子ってこと?」
「やはりいらん」
「あ、待ってビビ!」
露店の品を急いでチェックした。じゃないとビビが先に歩いて行っちゃうよ。
「欲しい物があったかい?」
露店にはお婆さんに話しかけられる。
怪しい魔女みたいな格好をしているけど、露店の人って怪しい服が普通なんだろうか?
「これをお願いします」
「はいよ」
僕は気に入ったペンダントを一つ購入した。それは初めてビビが町に来た時の瞳の色に、とても良く似た宝石がついていたのだ。
夕陽に照らされた青い瞳。その時のことは今も覚えている。




