ビビの実力
✳説明を追加。バトル描写などを少し修正
ビビと契約することが出来ました。これから先の事を考えると、本当に頼もしいよね。冒険の仲間が一人増えたんだよドラシー。
『♪︎』
うん⋯⋯ドラシーからも嬉しい気持ちが流れ込んでくるよ。ビビは僕の魔剣にも信用されたみたいだ。
中指の指輪がちょっと仰々しいな。少し引っ張ってみたけど、抜ける気配は無さそう。ビビも不思議そうに自分の指輪を眺めている。
これは僕達が繋がった証のような物。絆のような物なんだ。
「ねービビ」
「なんだ?」
「最初に会った時みたいに小さくなれる? 僕くらいにさ」
体を小さく出来るのならば、こっちとしても都合が良いんだ。僕と同じくらいの大きさになれれば、僕の服が貸せるからね。
「出来るぞ。ちょっと立ってみろよ」
「わかった。こう?」
「ん、そんな感じだ」
僕の身長を目算するように、上から下まで眺めてくる。ビビは僕の前に立つと、体が霧のように霞んで朧気になった。
どんな魔法を使ってるのかと様子を見ていたら、全体的に輪郭がボヤけてシュルシュルと小さくなっていったんだ。
手品を見ているみたい。成長した時とは方法が違うみたいだけど⋯⋯うん! これなら大丈夫。
「こうか?」
「バッチリ! それなら僕の服着れる」
「ああ、このままじゃまずいもんな。でも良いのか?」
「とりあえずね。町に戻るまでは僕の服着て。“ウォーターウォッシュ”」
「おお」
ビビが魔法でピカピカになっていく。見違えるような姿になったビビに、息を呑んで見詰めてしまった。
汚れが落ちてきめ細かい白い肌が現れる。銀髪がプラチナのように輝いていて、光の当たり方では七色に見えるみたい⋯⋯不思議だなぁ。
眼はいつの間にかブルーになっていた。さっきまでは真っ赤だったのに、感情の変化で色が変わるのかな?
ビビに僕の服を着せると、とてもクールでかっこいい美少年がいるみたいだ。きっと髪の毛を後ろに束ねているからかもね。解けば可愛らしい女の子に見えるんだろうな。
「ビビはかっこいいね。どんな服も似合いそう」
「そうか? 着れればなんだって良いよ。適当で」
凄く様になってるよ。僕の服なのに、ビビの方が見事に着こなしている。
「凄いなービビは。大人っぽい服装も似合いそうだね」
「当たり前だろ? 私は大人なんだから。それよりも、アークは戦闘要員が欲しいんだったな。それなら、これからは体を鍛えなくっちゃいけないわけだ。アークは戦えるんだろ?」
「うん!」
ビビは少し考えるように目を閉じてから小さく頷いた。
「なら模擬戦をしようか」
「え? でも太陽出てるよ? 吸血鬼は太陽が苦手だって聞いたんだ」
ビビは気負う様子もなく日影から歩いて外に出た。そしてこちらを振り返りニヤリと笑う。
「この通りさ。さっきは末期まで衰弱してたから厳しかったけど、今ではこの通りぴんぴんしている。アークの血は美味かった」
「僕美味しいの?」
「滅多に飲めない味だったな⋯⋯血ってのは人間が強ければ強い程美味いんだよ。美味い血を飲むと私も強化される。だからアークも戦えることはわかっていた」
ビビの雰囲気が変わり、赤い靄が右手に集まりだした。それが長細く引き伸ばされると、レイピアのような形の真っ赤な剣が完成する。
ビビが使ったスキルがわからない。あれは吸血鬼特有のスキルなのかな? 僕の“恩恵の手引書”には載ってないスキルだ。
「さあ、アークの力を見せてくれ」
「良いよ」
ビビは自分の胸の前に柄を引き寄せて、剣先を僕に向けて静止した。腰を少し落とし、体は半身になっている。
強そうだね⋯⋯きっと突き技主体の構えなんだと思う。ビビは初手を僕に譲ってくれるみたいで、その場でじっと待機していた。
「雰囲気あるね。ビビ」
「雰囲気だけじゃないんだぞ」
「ふふ」
ならお言葉に甘えさせてもらいましょう!
僕はドラシーを抜き放つ。パワーアップしたドラシーはきっと強いだろうな。身体強化と気力操作スキルを使い、身体能力を劇的に跳ね上がる。
多分あまり手加減する必要は無いと思うんだ。きっとどんな攻撃をしても、ビビは受け止めてくれるだろう。
体から黄金色の闘気が立ち昇る。それが激しく渦巻いたかと思えば、全身から力が漲ってきた。
「なんだそりゃ。有りか?」
「ふふ。有りも有り有り」
ビビが目を見開いている。魔力操作で体を強化した時も、キジャさんでさえ驚いていたからね。
身体強化と気力操作を掛け合わせる戦法は、ビビでも見たことが無かったみたいだ。
さてと。驚かすことも出来たし、今まで使うタイミングの無かった“加歩”を使ってみようかな。
──トン。トン。トトン。トン。
これは中級体術技で、歩いたり走ったりした一歩が、歩幅二歩分移動したり三歩分移動したりする難しいスキルだ。
この“加歩”は言わば“縮地”と言うスキルの下位互換に値する。“縮地”は好きな距離を一瞬で詰める上級体術だけど、それを習得するのはまだまだ先になりそう。
“加歩”で右へ左手へ揺さぶりをかけながら、そこに初級短剣技スキルの“シャドウウォーリアー”を混ぜこませた。
「速い⋯⋯な」
──ギャリン──ザザザ!
開いたビビの体の正面に回り込む。様子見として突きを放ったんだけど、難なく往なされてしまったよ。しかも反撃に突きを三発も放ってきた。
それが同時に襲ってきたのかと思える程に速い。とても鋭い攻撃で、朝アボックさん達を見た後だから余計に速く感じるのかも。
──カカッ! ギャリン!
油断していたわけじゃないけど、僕は経験不足から後手に回ってしまう。レイピアを使っているからといっても、絶対に突きしかしてこないわけじゃ無いんだね。
体の柔らかさを生かした変則的な細剣術が、前後の緩急を使うことで圧倒的に攻めにくく仕上がっていた。
「ビビ⋯⋯強いね⋯⋯びっくりしたよ」
僕は左右に移動しながら斬撃を放つ。緩急をつけて動き回れば、僕は分身しているようにすら見えている筈なのにな。
ビビは軽い動きでヒラヒラと舞い、僕の残像にも難なくついて来る。
──ガガンッ! キンッ! ギャギャガンッ! ザザッ!
少し楽しくなってきたよ。剣の衝突が火花を咲かせ、集中力が思考を加速させていく。
──キキンッ! ガギャンッ! ギャリンッ! キンッ!
戦いの衝撃波が近くの木々をへし折ってしまう。ドラシーの威力は前よりも強い⋯⋯それを受け止めちゃうビビは流石だなぁ。
少し距離を置いて体勢を整えていたら、ビビのもつレイピアが剣先が霞むように揺らめいた。
「っ!!」
──ズガアアンッ!
レイピアが腰だめに引き寄せられたと思ったら、捻れた剣先が予想外な程の勢いと共に伸びてきた。咄嗟にドラシーを盾にしてその強烈な突きを受け止めたけど、ドリルみたいに一点集中された力に驚愕した。
何て強い力なんだろう? 僕もまだそんなに力が強い訳じゃないけれど、吸血鬼はきっと人間とは身体能力が違うんだろうね。
貫通されるんじゃないかと思う程、その突きには回転と力が込められていた。
僕は踏ん張りが利かずに後方へ弾き飛ばされる。焦ってしまっていたのかビビから視線を外してしまった。ビビは突きを放った後に、僕が飛ばされた方へ先回りしていたみたい。
「チェックメイトかな?」
「まだ!」
僕が諦めていないのを見て、ビビがそのまま背中に突きを放ってきた。だけど僕は二段跳びでその迫る剣先から緊急脱出をする。
「器用なやつだ」
「“ファイアボール”!」
「“ブラッドハウンド”!」
二段跳びから天地逆転した状態で、手の平からファイアボールを放った。ビビは直ぐに真っ赤な狼を召喚する。
あんな魔法は知らないよ。狼は僕のファイアボールにぶち当たり、至近距離で大きく爆発する。僕もビビもその爆風を避けれるわけもなく、蹴られたボールが弾き飛ばされるように体が吹き飛んだ。
「仕切り直しか⋯⋯」
何事も無かったかのように、ビビがそう言って立ち上がる。折角着た新しい服も、この模擬戦でボロボロになりそうだね。
でも、
「楽しいね」
「そうだな」
ビビがニヤリと笑う。僕もつられて笑いながら“加歩”で再び距離を詰めた。
「ビビの剣凄いね。僕の魔剣に耐えるなんて」
そう言いながら、僕は剣を叩き込む。
──キキンッ! ガガガッ! ガギャンッ!
「これは血晶魔法って言ってな、凹んだり削れてもすぐに直るんだ」
──ザザッ! ギャリンッ!
「吸血鬼限定の魔法かな?」
──ズザンッ! ガギンッ!
「そうだが、皆が使えるわけじゃないと思うぞ。私はユニーク個体だからな⋯⋯」
「そうなんだ?」
「次は本気で行く」
巨大な魔力が溢れ出した。小手調べを終えて必殺の魔法を放つようだね。
ちょっとやばい気がするよ⋯⋯危険感知スキルが反応しているもの⋯⋯
直ぐに僕は後ろへ飛んで、必要よりも大袈裟に距離を取った。ビビは剣を逆手に持つと、巨大な魔力を全てその剣に集め始める。
はっきり言って無茶だと思うんだ⋯⋯大量の魔力がビビの細いレイピアに注ぎ込まれていく。過剰な魔力が暴走を始め、空間が歪ませられているようにさえ見えた。
重力にまで影響を及ぼし、辺りの小石や木屑が震えるように浮かび上がった。
あの⋯⋯ちょっと待って欲しいんだけど⋯⋯
「死ぬなよ。“サウザンドブラッドショックボール”!!」
ビビはその剣を僕へ投擲して来る。
避ければ大丈夫かな? と思いはしたけど、それは流石に考えが甘かったらしい。
ビビに投げられた瞬間から、剣は細いボール状のような物に変化した。増殖するように拡散しながら、一粒一粒が巨大化していく⋯⋯逃げる隙間なんてあるわけもなく、全力で迎撃するしかないみたい。
僕は切り札の“魔気融合身体強化”を発動した。
漲るような力が体の中に湧き上がり、銀色の奔流が爆風となって撒き散らされた。迸る紫電を纏いながら、僕は大きく上空へ飛び上がる。
やはりと言うべきか当たり前と言うべきか⋯⋯多量の魔力を孕んだ赤黒い球体が、僕を追尾しながら迫り来る。
そっちがその気ならやるしかない。
「いくよドラシー!! はぁあああ!! “ホーミングレーザー”!!!」
迫る危機にドラシーを向け、フォレストガバリティウスのオリジナル魔法、“ホーミングレーザー”を放った。
これが初使用になるけど、きっと上手く使えるという確信がある。
だって僕は、この身をもってその魔法を経験しているのだから。
──カッ!!!
景色が真っ白に染まり、有り得ない程の衝撃波を生みだした。それは見たことの無い巨大なキノコ雲になり、とてつもない熱量が魔導兵の上級魔法を思い出させる。
僕には火耐性と魔気融合身体強化があるけど、ビビは大丈夫だろうか? 頭がアフロになってやしないだろうか?
かなり遠くまで吹き飛ばされちゃったね。急いで現場に戻って来ると、そこには巨大なクレーターになっていた。
森が半焼しちゃっている⋯⋯自然破壊も甚だしいよ。“ビビ”が迷惑をかけてごめんなさい。
気配察知をしながらクレーターの中を走り回る。ビビは何処にいるのだろう。
爆心地から少し離れた場所に、丸く赤い球体が転がっていた。
これは絶対にビビだろうと思うんだけど⋯⋯
僕はその球体をノックする。
「ビビ? 入ってますか?」
「⋯⋯がは⋯⋯ぐっ」
球体にぐにゃりと穴が開き、中から蒸されたビビが這い出てきた。頭はボンバーになってないみたいだけど、毛先が少し縮れている。
「大丈夫?」
「アーク⋯⋯お前やりすぎ」
「それビビが言う?」
「⋯⋯」
クレーターを見て苦笑いしながら地面に座る。ドラシーの“ホーミングレーザー”も、威力が異常になり過ぎたと思うな。
『/////』
ドラシーが照れてる気がするけど、照れるとこじゃないと思うんだ。
「久しぶりに暴れたぞ。楽しかった」
「僕も楽しかったよ。でも魔法使うなら場所を選ばないとね」
「最初に使ったのはアークだぞ」
「ハッ! そうだった」
「この森は誰も住んではいない。訪れる人間もいなかったんだ。だから大丈夫」
「だからビビは見つからないようにこの場所にいたんだね」
「そうだ」
「一人で寂しかった?」
「どうだったかな」
ビビはそっぽ向いて顔を逃がした。隠す必要がある顔なのかい?
「ねーねービビ。寂しかった?」
「さーな」
「ビビー」
「うるさい」
「教えて」
「⋯⋯」
*
その後、ビビを連れて町の東門に到着する。いつも通り入ろうとすると、兵士が銃剣を両手で構えてこちらに向けてきた。
「あ」
そうだった。ビビの魔力が魔物の反応だから、わかる人には直ぐにバレるか⋯⋯確かにビビは本物の魔物だから、兵士さんにとっては当然の反応かもしれないね。
でもこの兵士さんは初めて見る人かも⋯⋯ビビを見て明らかに緊張しているみたい。
「止まれ! 人のなりしているが魔物だろ!?」
「兵士さん待って。テイムした状態だから安心だよ?」
「テイムだと!? 人型は知能が高い! テイムされるわけがないだろう!」
「本当です。僕とビビの契約の指輪を見て下さい」
何て言えば良いのかな? とりあえず指輪を見せたんだけど、兵士さんは警戒を緩めてはくれなかった。
「それは騙されていない証拠にはならない! それに、騙して街を襲うのが人型の魔物の常套手段だ!」
そういう話は聞いたことがあった。町に入った人型の魔物が、飼い主を殺して好き放題やったりした事例があるらしい。冒険者ギルドで話をしてる人がいたなぁ。どうしよう。
「困ったな〜。どうにかならないでしょうか?」
「駄目に決まっているだろう! 何かあってからじゃ遅いんだ。引き返さなければ撃つ!」
目が本気だった⋯⋯僕が折角連れて来たのにな⋯⋯
「アーク。私は町の外でもいい」
「ビビ⋯⋯」
それはあまりにも可哀想だよ。どうにかしようとあわあわしていたら、ビビが僕の前に出た。
「え? ビビ?」
チラッとこちらを振り返り、ビビが薄く笑った気がした⋯⋯当然兵士さんは警戒する。握る銃剣にも力が入り、目も鋭くビビを捉えていた。
緊張感が更に高まり、兵士さんは引き金に指を添える。
「ねえ兵士さん。今日は冷えるね」
「⋯⋯ああ。そうだな」
「仕事頑張って。それじゃ行くから」
「ドラグスへようこそ」
え? 何? 何がどうなったの?
「ビビ?」
「行くぞアーク」
ビビに手を引かれて、僕達は町の中へと入ることが出来た。兵士さんは昔馴染みでも見送るように、じっとビビを眺めている。
「魅了だよ」
「え?」
「魅了したんだ。これが吸血鬼の入場のやり方ってやつだな」
「そんなことして良いの?」
「バレやしないさ」
「そうじゃなくて⋯⋯」
「いいかアーク。私はお前にどう見える? やっぱり人間の敵か?」
そんなわけない。ビビはビビだから⋯⋯これはビビが生きていくために当たり前にしてきたことなんだ。それに悪事には使わないだろうしね。
「ビビは敵じゃないよ。ただの寂しがり屋さんだ」
「⋯⋯私は⋯⋯そんなつまらないことは聞いてない」
「あはは」
「何? 何を笑ってるんだ」
「あはははは」
「この!」
「いひゃい!」
ビビが照れているみたいだよ? ほんのり顔が赤くなっている。抗議するように僕の頬を引っ張ってくるんだ。すぐ目の前にあるビビのブルーの瞳が、夕陽と溶け合うように薄紫色に見えた。
「ビビ綺麗だね」
「十年早い。バカ」
「?」
それから僕達は家に帰ったんだ。ちょっとドキドキしたけど、全員ビビがいることを疑問にすら感じないらしい。
寝る時は当たり前のようにミト姉さんの部屋に入って行った。
これからはビビと長い時間を過ごしていくだろうね。もっとビビのことを知りたいな。もっと心を許してくれたら嬉しいよ。




