テイム
青い小さな花が咲き乱れるこの場所は、静かで陽だまりが暖かい。少女姿の吸血鬼さんに見られながら、僕はお弁当の蓋を開く。今日のメインはタマゴサンドなんだよ。これがとっても美味しいんだ。
あまりに吸血鬼さんが見てくるので、一つ取り出して押し付けてみる。
「くれるのか?」
「うん。食べれる?」
返事をするかわりに、吸血鬼さんはタマゴサンドを口へ運んだ。
柔らかいタマゴサンドは美味しいよね。僕はこれを食べると笑顔になっちゃうんだ。素朴だけどコクがあって、あと引く美味しさなんだよね。
僕につられるように、吸血鬼さんも表情が柔らかい。何かを懐かしむかのように、それを大事そうに食べていた。
この人、何時までも裸同然じゃ可哀想だな。僕の服着れるかな? シェリーさんより体が小さいけど、ベスちゃんより大きいんだよね。中間くらいかな? 身長は150センチより低いと思う。僕よりは大人だけど、見た目の年齢は十三歳くらい? 十四歳かな?
*
side ???
暖かいな⋯⋯なんだこれは。
私の目の前には今人間の子供がいる。私達吸血鬼は人間から恐れられても仕方がない生き物だ。
人間の生き血を啜り、長き時を生きて行く存在なのだから。
私は若い頃に、人間の町で暮らしていたことがあった。
同性の友も出来た。楽しい日々だったが、私にはどうしても人間とわかり合えない部分がある。
それは吸血衝動だ。仕方がないと言ってもいい⋯⋯だけど私は人間が好きだったのだ。一人で寂しい思いをしながら生きるのは嫌だった。だから私は我慢に我慢を重ねて、家畜の鶏に噛み付いて気を紛らわせていたんだ。
人間の代わりに鶏の血を啜ってまで、私はあの場所に居たかった⋯⋯
それは吸血鬼にとってあるまじきことだろう。だが私にとってはそんなの恥でもなんでもない⋯⋯その中で一緒に笑っていられるなら、それ以上に望むことは無かったのだから。
「メーちゃんは本当に鶏が好きだよね?」
「そう⋯⋯かな⋯⋯?」
ある日、友のビビラからそんな言葉をもらう。一瞬ドキリとしたよ⋯⋯まさか吸血鬼と疑われてやしないかと焦ってしまった。
血を啜った鶏を捨てるのは勿体ない。だから仕方なく夕食などで消費しているだけで、特別に好きな食べ物でも無かったんだがな。
ビビラと過ごす毎日は、とても優しい時間だったんだ。とても大事だからこそ、誰もが寝静まる深夜を選び、こっそりと鶏の生き血を啜っていた。
今日もそのつもりだったんだが、ビビラはうちに泊まって行くと言って帰らなかった。
「メーちゃんの肌ってひんやりしてるよね? 私、気持ち良くて好きよ」
「こらビビラ。そんな変なとこ⋯⋯んん⋯⋯触らないで⋯⋯いや⋯⋯」
「ここかー。ここがええのんか?」
「このエロオヤジが! あぅ⋯⋯んん⋯⋯あん、くぅ! 調子に乗るな!」
「あはははは。ビビラも彼氏作りなよ。あっという間におばさんになっちゃうんだからね」
「ビビラ⋯⋯」
「もらい手がないなら私がいただく!」
「いやあビビラ⋯⋯んん⋯⋯しつこい! てい!」
「痛い!」
ビビラを家に泊めるのは色々と危険だ。貞操が危うい気がするし、私も色々と大変なんだぞ?
おやすみを言って、同じベッドで眠りにつく。ベッドが一つしかないのも問題だな。
私の視線はビビラの首筋からなかなか離すことが出来なかった。
喉が渇く⋯⋯血が吸いたい⋯⋯今すぐこの首に牙を⋯⋯
「メーちゃん⋯⋯」
「っ!!」
危なかった⋯⋯ビビラの香りに本能が反応していたみたいだ。温かく柔らかな肌を感じて、私は心臓がバクバクいっている。
吸血鬼の本能と、発情男は大差ないなと思ってクスリと笑った。
寝言で呼ばれた私の愛称がなければ、もしかしたら止まらなかったかもしれないな。
そっと寝室を出て水を一杯飲み干す。我慢した方が良いのはわかっているが、やっぱり鶏を噛まねば落ち着かないようだ。
「仕方ない」
家の裏口を開けて家畜小屋に入り、一匹の鶏を掴んだ。それを見た他の鶏が騒ぎ出してしまう。
深夜なんだから勘弁して欲しい⋯⋯しかし、これはいつものことだ。私は殺気で鶏達を黙らせると、捕まえた鶏に牙を突き立てた。
実際、この行為にあまり意味は無い。豚なら多少違うかもしれないけど、どちらも気休めに違いないのだから。
「メーちゃん⋯⋯?」
ビビラの声が聞こえてきた。なんでこんな場所にいる? そんなことよりも、私はそこまで余裕が無かったのか。
「ビビラ、これは」
「何その牙」
私は動揺して体が強ばってしまった。牙まで見られてしまうなんて⋯⋯どうしたら誤魔化せる? でも、ビビラならもしかしたら⋯⋯
「ビビラ、黙っていてごめん。私は吸血鬼だ。でも」
「いや、嫌よ! いつから騙してたの!? 化け物じゃないの!」
「聞いてくれビビラ。私は人を襲わない!」
ビビラは私の姿を見る。今は鶏の血を吸ったばかりで、口から下が血でべっとりと濡れていた。そんな姿を見せられたら、とても説得力のある言葉ではなかっただろう。私はハッとしたが、
「出て行って⋯⋯」
「ビビラ」
「この町から出て行って!!」
「⋯⋯」
ビビラに言われた言葉が、胸の奥深くに突き刺さる。
私も何かを言わなければいけない⋯⋯でも何と言えばいい? ビビラの恐怖に凍りついた顔を見たら、かける言葉が何も浮かんで来なかった。
なんと脆いものなんだ。ビビラにだけは信じて欲しかった⋯⋯私の大切な友達だったんだ。それなのにあんな顔をさせてしまうなんて思ってもみなかった。
もう私はビビラに触れることは叶わない⋯⋯柔らかい温もりも、楽しかった日々も戻っては来ないのか。
魅了を使えば誤魔化せた⋯⋯でも、私は逃げるように町から飛び出したんだ。そんな事をすれば、もう友達ではいられなくなる⋯⋯それだけは嫌だったんだ。
自然と涙が溢れてきた。現実から逃げるように、あてもなく私は走り続ける。
夢のような時間だったな⋯⋯化け物って言われちゃったな⋯⋯
あの日のビビラが脳裏に焼きついて離れない。もう私は何処で朽ち果てても構わないんだ。だってもう私を心配する人なんて居ないのだから。
そう思っていたのに⋯⋯この子供は⋯⋯
「元気でた?」
「⋯⋯」
もうこんなことは二度と無いと思っていたんだ。会話をする喜びも、肌に触れる感触も忘れていたと言うのに⋯⋯正体を知りつつ血まで分け与えるなんて信じられない。
「久しぶりに人間らしい物を食えた。礼を言う」
「お姉さんは何をしていたの?」
「それは⋯⋯それよりもだ! 迂闊だぞ? 私が危険な存在だったらどうするつもりだったんだ!」
「ん? やっつけるかな?」
やっつける? 子供が私を? こう見えても私はかなり強い方だと思っている。それをどうやってやるつもりだったんだ?
「もう平気? 苦しくない?」
「⋯⋯」
「もう少し吸う?」
「だからお前は⋯⋯はぁ⋯⋯バカなのか?」
この子供は無防備過ぎる。こんなんじゃすぐに死んでしまうのではないか?
だが、さっきの吸血でわかったこともある。
「大丈夫。お姉さんは悪い人じゃない」
「⋯⋯吸血鬼なんだぞ? 怖いだろ?」
「怖くないよ? 恐れるに足らず。ふふふ」
変な子供だ。私を心配するな⋯⋯怖がれ⋯⋯信じるな⋯⋯優しくするな。
頭が混乱する⋯⋯この子供はどうかしてるんだ。だから私に都合が良く聞こえるのかもしれない。私の欲しい言葉ばかり言うんじゃない⋯⋯もう望まないと決めたんだ。
「また元気無くなったの?」
「⋯⋯」
「チキンサンド食べる?」
「食べる」
差し出されたサンドイッチを食べながら、ビビラのことを思い出した。今ビビラはどうしているだろう⋯⋯元気にやっているだろうか。ビビラは不器用だからな⋯⋯
きっとこんなことを考える余裕が生まれたのは、この子供のお陰なのかもしれない。
*
side アーク
胸の奥が暖かく感じた。これは新しいスキルを授かった時に似ている。
でも何でなの? このタイミングで? 不思議に思いながら、自分の内側に意識を傾けてみる。
これは⋯⋯
魔物と心を交わすことが出来ると、テイムというスキルが授けられる。このお姉さんと少し仲良くなったから、テイムが使えるようになったみたいだ。
これは特殊なスキルだから、なかなかそんな機会が無いと思ってたんだけどね。お姉さんに聞いてみよ。
「お姉さん僕と一緒に来ない?」
「人間の町にか? 何故そこまで私に関わろうとする?」
「何故って聞かれたらわかんない。僕はただ強くなりたいだけかな。さっきテイムのスキルを授かったから、それが一番の理由かな?」
「テイム? 私を飼い慣らして使役すると言うのか?」
「そういうスキルみたい。アーク社は優秀な戦闘員を欲しています。お姉さんが来てくれたら嬉しいよ。強そうだし、どうかな?」
「⋯⋯嘘や誤魔化しもしないか⋯⋯では聞こう。私に何のメリットがある?」
「うーん。僕の血と美味しい食事。そして目玉商品は! 僕と行く冒険の旅! ずっと一緒に色んな景色を見に行こうよ!」
吸血鬼さんが固まっている。もしかして嫌だった? 吸血鬼さん冒険嫌いだったのかな? んー⋯⋯でも皆冒険好きだよね? ドラゴン見たいよね! うん、間違いない。
反応が無くなっちゃったよ。少し目が潤んでる気がする。悲しい気分になっちゃったのかな? お菓子ならもってるんだけど。
「お前は⋯⋯ずっと一緒にいてくれるのか?」
「嫌だった? 三日に一度お休み挟む?」
「嫌じゃない。そうじゃないんだ⋯⋯」
「じゃあなーに?」
「⋯⋯怖くないのか? 私は化け物だぞ?」
「⋯⋯どういう意味? 吸血鬼でも、お姉さんはお姉さんでしょ? 怖がる必要があるの?」
「それは⋯⋯」
⋯⋯吸血鬼のお姉さんはとても寂しいんじゃないかな? でも何かがつっかえてる? どうしたら楽になれる?
「大丈夫? チョコレート食べる? 何が辛いの? 寂しかったの?」
わからないことはわからない。だから色々聞くしかない。お姉さんに近づいて、その膝に座ってみることにした。
「これ今人気のチョコレート。これね、勇者様が考えたんだって。町にはケーキって食べ物もあるんだよ? 他には──」
「お前の名前はなんと言う?」
「??? 僕はアーク。お姉さんは?」
「私はメイリム⋯⋯いや、違う。⋯⋯ビビと呼んでくれないか?」
「ビビ? わかった! じゃあビビ、元気出して?」
「⋯⋯ずっと一緒にいてくれるのか?」
「うん」
「⋯⋯本当に本当なんだな?」
僕の頬に涙が零れ落ちてきた。それは冷たい涙だった。まるで氷が溶けだしているみたいに、ぽたぽたと頬を伝って流れてくる。
きっと辛いことがあったんだね⋯⋯そのまま変な物は流れ出したらいいと思う。
「ビビ、僕とテイムの契約をしてくれる?」
「わかった。よろしく頼むアーク」
ビビがそう言った瞬間だった。僕とビビの右手の中指に、契約の指輪が絡みつく。
スキルで作られているのかな? ちょっと不思議な感じだよ。
リングは銀色に輝いていて、中心に魔法陣の描かれた青い宝石がついていた。
あれ? これまた外れないパターンのやつじゃない? んー、別に良いんだけどさ。




