運命の静かなる出会い
僕はまだ少し頭が混乱していた。どうしよう⋯⋯こんな場所じゃ戦えないよ。
「すいません。貴方の名前を教えて下さい」
「そんなの聞いてどうするよ。まあいい⋯⋯俺の名前はアボックだ。王都のBランクパーティーでサポートをやっている。三十年目のベテランではあるな」
「三十年もAランクに上がれなかったんですか?」
「あ? おめーは喧嘩売ってんのか? 大人しそうに見えるんだが⋯⋯」
「いえ、そういうつもりじゃ⋯⋯Bランクの依頼って少ないじゃないですか。功績ポイントが貯まらなかったのかなーって」
「ああ。そういう意味かよ」
アボックさんが頭をガリガリと掻いた。面倒そうというか、興味無さそうに会話に応じている。そんな姿が理解出来なくて、僕は少し首を傾げた。
「早くランク上げたいんですけど、先は長そうです」
「今回実力を見てやるが、駄目だったらランク下がるからな。そこんとこ良く覚えときな」
「なら尚更です。町の外に出ませんか?」
「訓練場で良いだろ? 別に⋯⋯何で態々外に行くんだよ」
「⋯⋯こんな場所でBランクが戦ったら、最悪町が無くなりますよね?」
「ぶは。それどんな戦いを想定してるんだよ!」
「うぅ⋯⋯」
実力を見るんじゃないのかな⋯⋯僕も手を抜きたくないよ? 降格なんて嫌だし、せっかくカードが金色になったんだもん。
結局説得出来ずに訓練場に入った。手加減して戦うしかないかな。
隅の方に場所が空いてたので、そこを適当に確保する。
「武器は刃引きを使いますか?」
「お前魔剣使うんだろ? それでBランクになったのなら、魔剣使わなきゃ意味ねーだろ」
ああ。確かにそうだ。フォレストガバリティウスもスタンピードも魔剣が無きゃ乗り越えられなかったもんね。
『!!!』
あれ? なんかドラシーが怒ってる? ドラシーどうしたの? 僕達が弱くないって証明してあげよ。
『⋯⋯♪︎』
機嫌が直ったみたい。何で急に怒ったのかわからないけど、これで大丈夫だね。僕達は以心伝心なんだから。
『♪!』
ふふふ。頑張ろうね。
「確かに僕は魔剣に助けられています。よろしくお願い致します」
「ああ。何時でもかかって来て良いぜ」
「はい」
軽く息を吐き、まずは身体強化だけで飛び込んだ。相手は剣もまだ構えていない。きっと余裕があるのだろう。
ビハクさんはペンとノートを持っていて、それに色々記載するようだ。
手始めに右ストレートで良いかな。
スピードを損なわないように、流れるような体重移動で力を乗せる。そのうえでちゃんと力が込められるように、地面を踏みしめて拳を捻りこんだ。
アボックさんはまだ動かない。攻撃力のチェックでもするつもりだろうか?
突き出した右手に衝撃と感触が伝わって来る。明らかに腹筋すら締めて無いけど大丈夫かな? みちみちと内蔵を破壊していってる気がするんだけど⋯⋯だ、大丈夫だよね? 振り切るよ? 振り切るからね?
色々不安になったけど、これは試験のようなものだ。こちらも大分手加減しているし、きっと大丈夫って思うことにした。
「はっ!」
「ぐべぁっ!!!!」
──ガガゴキャガガガドン!
アボックさんは何度も地面を転がりながら壁に激突する。
かなりの⋯⋯迫真の演技ってやつだろうか? 僕にはわからないや。
「え? あ、アボック!!」
「アボックさん?」
壁に頭をめり込ませたアボックさんがピクリともしない。まさかまだ演技しているの?
「ああ。アボック!! そんな⋯⋯ポ、ポーションを!」
「??? どういうことなんでしょうか?」
「⋯⋯アボック!」
よく意味がわからないけど、アボックさんを壁から引き抜いた。口から血を流してるよ? あ! 再生スキルでドッキリさせたいのかも!? でも残念。僕再生スキル知ってるよ! まだ持ってないんだけどね。
「アボック! 死なないで下さい! ポーションですよ!」
「???」
ビハクさんが大量のポーションを取り出した。それを口に無理矢理突っ込んでいる。
もしかして、真面目に?
「大丈夫なんですか?」
「私に聞かないで下さいよ! そもそも貴方がやったんでしょ?」
「え? 実力を見るって言ってませんでしたか?」
そもそも僕は全力からは程遠い攻撃をした。ターキを鍛えるくらい優しくなんだけど。
「よく意味がわかりませんが⋯⋯“リジェネーション”、“ヒール”」
「神聖魔法ですとっ!!」
アボックさんの治療をしながら、この人はDランクだったんじゃないかと考える。DとBって発音が似ているししょうがない。それにサポートをしてたって言ってたから、戦闘したりはしない人なのかも。
僕が勘違いしてたんだね。Dランクのサポートしてた人なら、身体強化を見切れないのは仕方ないよね。本当にごめんなさい。
「すいません。こんなに弱かった人殴っちゃいました⋯⋯僕は実力の一割も出していませんし、他の人を連れて来てもらえますか? これじゃ何もわからないですよね?」
「え? 一割も?」
「普通のBランク以上の方をお願い致します。Cランクの魔物を楽に一人で倒せる方が良いですね。僕も勉強になると思いますので」
ビハクさんは唖然とした顔をしていた。戦わない人から見れば、僕の強さもアボックさんの強さも理解出来ないのかもね。
そこには大きな開きがあり、天と地程の差が存在する。僕と父様や母様のように。
「うぅ⋯⋯」
「アボック!!」
「ハゲ⋯⋯」
「ハゲじゃない! 毛が少ない人なんです!」
アボックさんが目を覚ました。ビハクさんは怒りながらも安堵しているように見える。
アボックさんが僕を顔を見て、首を傾げながらさっきのことを思い出しているらしい。
「すいません。アボックさんの実力も知らずに」
「こっちも仕事なんだ。すまねえ」
んと、何に謝ったのかな?
アボックさんは懐に手を入れると、黒い何かを取り出した。それを僕の眉間に向けると、流れる動作で引き金を引く。
──パーン!
そうだ。これは拳銃ってやつだ。兵士さんが普段使う武器で、対人戦に特化した物である。
仕事? すまねえ? なるほど⋯⋯僕の試験をまだやってくれているんだね。それで自分の実力が足りなくてすまねえって言いたかったんだ。
「構わないですよ。でもそれじゃあ僕の実力かわかりませんよね? どうしましょうか?」
摘んだ鉛玉をアボックさんに返却する。フォレストガバリティウスの光魔法よりも遅いし、ベスちゃんの不意打ちに比べれば更に何倍も遅い。拳銃くらいだと危機感知も響かないな。
やっぱりこれじゃ実力がわからないよね。
「次はいつ頃になりますか?」
「「⋯⋯」」
「???」
僕は何時でも良いんだけど、急に予定が入ると遊ぶ約束とか困っちゃうんだ。
せめて時期だけでも教えて欲しいと思ったんだけど。
「今日はもう帰りますか?」
「か、帰って良いのか?」
え? 帰って下さいよ! ギルドに泊まるのかな?
「ギルドに泊まるならキジャさんに聞いて来ましょうか? 仮眠室か寮に空いてる部屋あるのかなー」
「いや、いい! 帰るよ! な、ハゲ」
「ええ。か、か、帰ります! ハゲじゃない! ただ毛が少ない人なんですよ!」
「仲良いんですね。また町で会ったら声かけて下さい」
「ああ! じゃあな!」
「では!」
二人は一目散に走って帰って行く。そんなに帰りたかったとは驚きだ。次はきっと強い人を連れて来てくれるだろうね。
次来た時に、油断して試験に落ちないように頑張らなくちゃ。ふんすっ!
二人は訓練場を出た所で、待っていた様子の笑顔なキジャさんに捕まっていた。
王都の冒険者ギルドから遥々来た人達だから、きっと積もる話でもあるんだろうね。
さて、Bランクの実力確認とやらは三十分もしないで終わってしまった。まだ時間的には朝なんだよね。
ちょっと体鍛えに行く? ドラシーを使って少し体を動かしたいな。
『♪︎』
ドラシーも暴れたいみたい。
少しシェリーさんとスキンシップをして、僕は東門に向かうのでした。
*
東門から出て真っ直ぐに進むと、そこには標高の高い山がある。いつもは手前の森までしか行かないけど、山に登ればドラシーも喜ぶ魔物がいるかもしれない。
やっぱり自然の中を走るのは好きだな。外の森は、雑木林には無い魅力に溢れているよ。
冷たい綺麗な清流に、とても珍しい果物⋯⋯紫の斑点あるけど食べてもいーい? ちょっとだけなら大丈夫?
心ゆくまでもぎってから、大きな魚を釣り上げた。雑木林とは違って、生き物が豊富な魔力で巨大化しているんだ。だから珍しい物が外の世界にはいっぱいあるんだよ。早く大人になって、この世界を自由に動き回りたいな。
森を走りながら、気配察知スキルを使用する。たまにゴブリンがいるだけで、強そうな魔物は全くいなかった。
こんな人気の無い場所に来てまで、ゴブリン達を狩ろうとは思えない。人に害さないのならば、ゆっくり生活すれば良いと思います。
「そんなに強い魔物は見つからないね⋯⋯ドラシーの強化もしたいんだけどな」
『⋯⋯』
ふと、面白そうな反応を見つけた。人間に近い形をしているけれど、明らかに魔物だと思う。魔力感知スキルで判断したんだけど、魔力の反応が魔物っぽいんだよね。
もしかしたらまたダークデーモンみたいな奴だろうか?
僕はそこに向かって一直線に走り出した。相手もこちらに気がついたのか、警戒をするような気配が伝わってくる。僕と同じくらいの範囲を察知出来るのなら、きっとこの魔物は強いだろう。
百メートルはある崖を飛び降りて、木の枝を蹴って一直線に向かう。どんな魔物がいるのか楽しみだなぁ。怖くないと良いんだけどなぁ。
集中力を高めながら、僕はその場所へ到着した。
そこは小さな円形の広場になっている。季節はもう冬になるのに、青い小さな花が咲き乱れていた。その直ぐ近くの大木に、その人型の魔物が隠れている。
「誰だ! 人間か!」
「やっぱり喋った。君は魔物?」
そこには僕と同じくらいの背丈の子供がいた。銀髪に赤い眼で、口には牙が生えている。
デーモンより遥かに人間みたいに見えるね。ゴブリンとまではいかないけど、汚れた布一枚の姿で汚れていた。
「ふぅ。なんだ⋯⋯子供か」
「むむ。こう見えても僕は五歳なんですからね!」
「⋯⋯見たまんまだな」
その魔物は体の調子が悪そうだ。僕の姿を見てから、気が抜けたように座り込む。
「警戒して損したぞ。食われたくなければさっさと立ち去るがいい」
⋯⋯やっぱりこの人は僕をどうにかする気は無いみたい。日影に入って休んでいるようだ。別に暑くないのにな。
「もしかして、吸血鬼ってやつ?」
「⋯⋯早う去ね」
「日光で弱ってるの?」
「⋯⋯」
「君は人間に悪さをするかな?」
「⋯⋯」
やっぱり吸血鬼なのかな? ⋯⋯この魔物は斬っちゃ駄目な気がした。かなり弱ってるし、話を聞いてみたいんだけど大丈夫かな?
僕は魔物のいる小さな日影に入ると、目の前に座って胡座をかく。相手は驚愕したように目を見開いていた。
「吸血鬼の目の前に座るだと!? お前は私の正体に気がついているだろう! 何故だ!」
「だって君⋯⋯弱ってるじゃん。大丈夫? 体辛い?」
「馬鹿やろう! くぅ⋯⋯自制が⋯⋯」
吸血鬼なのは間違いない⋯⋯でもきっと悪い人じゃないと思ったんだ。苦しそうな顔をしながら、必死に自分を抑えつけている。
吸血鬼は血を飲んで命を繋ぐと物語りで読んだことがあるんだ。僕は首筋を出して、吸血鬼に見えるように晒す。僕はこの吸血鬼を助けたくなってしまった。
「我慢しないで吸って良いよ? あ、全部は駄目だよ? ちょっとだけね」
「⋯⋯馬鹿⋯⋯馬鹿が」
僕の両肩を力強く掴み、首筋に牙を突き立てた。噛む前に見た吸血鬼の顔が、辛そうに歪んでいたのが見えたんだ。
なんだかわからないけど、吸血鬼の背中を撫でてあげる。そうしてあげたいと思った。なんでかなー。
「君臭いね」
「!」
「ごめん⋯⋯痛たた⋯⋯」
噛む力が強くなった気がする⋯⋯痛いですよ? かなり長くお風呂に入ってなかったんじゃないかな。
三分くらいゆっくり血を飲んでいた吸血鬼の体が、何故か少しずつ成長していく。え? なんで? どうして?
「助かった⋯⋯だがもう去ね」
「ちんちんが無い!」
「私は女だ」
「そっか」
「軽いな⋯⋯反応が⋯⋯」
体が成長しちゃったので、小さなボロ布じゃ体を隠せなくなったみたいだ。男の子だと思ってたのに、それに子供でもなかったんだね。
「んー。僕もお腹空いてきちゃったな。そろそろお昼にしよ」
「はあ?」
「お腹空いたら元気出ないんだよ?」
収納からお弁当を取り出すと、吸血鬼が驚きながら目をぱちぱち瞬いた。
「空間魔法だと!?」
「違うよ。これ」
左手の親指の付け根には、二頭のウロボロスの刻印がある。捻れてメビウスの輪のように絡まっていて、無限を表しているらしいんだ。
これは王都の商会長さんからプレゼントされた貴重な物である。ただ外せないので呪われた気がするんだけどね。
「アーティファクト⋯⋯お前はいったい何者なんだ!?」
何者かと聞かれる程の人間じゃない。と、思う⋯⋯ただのBランク冒険者だよ?




