銀閃
こんにちは。あれから数日が経ち、アレがとうとう完成しましたよ? そうです。領主様との約束の本を作ることが出来ました。印刷会社さんは領主様から話を聞いていたらしく、すんなり原稿を受け取ってくれた。
その時に原作を読んだ担当さんに、一冊だけ作るなんて勿体ないと強く言われ、一般の人にも売られることになってしまいました。
泣きそうです。ノーと言えないアークです。
ライノス達の名前も勝手に使っちゃってるんだよね。初めて訓練してあげた時に、転ばせた回数まで書くんじゃなかったよ。
忘れよう。そうしよう。惚けよう。
先日は、ピクニックと焼き芋パーティーを一緒にやっちゃえば良いんじゃない? って思ってやってみたら、何故かモカちゃんとシェリーさんが修羅場みたいになっちゃったんだ。ミラさんは苦笑いしてたな。ギブは僕と仲良くサツマイモ食べたよ。楽しかったねギブ。喧嘩はいけないと思います。
やっと色んな約束事が終わったので、僕の心は穏やかです。そして目の前にマンティコアの死体があります。
「ドラシーはマンティコア吸収する?」
『〜⋯⋯?』
スタンピードで狩ってきたマンティコアにドラシーを突き刺してみる。
段階を踏んで吸収させた方が良いってバススさん言ってたもんね。
何も起こらないかな? って思ったけど、マンティコアはゆっくりとドラシーに吸い込まれていった。
「美味しい?」
『♪︎』
良かった。ドラシーも気に入ったみたいだね。
B級魔剣にまで成長したからか、以前とは比べ物にならないくらいの存在感を放っていた。
一度魔物を吸い込むと同じ魔物は吸収しないらしく、ただ食べたいだけではないようだ。
「マンティコアはスキルあった?」
『、、』
僕がそう問いかけると、ドラシーが新しい力を発動する。剣の柄が伸びてサソリの毒針のようになった。
それがうねうねと動き出し、近くにあった岩に突き刺さる。
「うわわ、凄い!」
『/////』
勝手に動いたのも凄いけど、岩にも緑色の液体が付着していた。僕が褒めてあげると、ドラシーから照れているような感情が伝わってくる。
魔物は一定以上強くないと吸収されないみたいだ。残念ながらデーモン達は駄目だったよ。スタンピードの魔物で吸収出来たのは、アダマンタイトゴーレムとマンティコアだけか。学園卒業したら沢山魔物探しに行こうね!
『♪︎』
*
冒険者ギルドだよ! 皆大好き冒険者ギルドにやって来たよーー!!
扉を開けると、今日も皆が注文してきます。不躾な視線は昔よりはかなり減ったけど、他所から来た冒険者には絡まれたりするんだ。
今日はどっちかな? って思っていると、
「神頬っぺ!!」
カイザーさんのパーティーメンバーのアンさんに絡まれました。
「スリスリ気持ちいい」
「おはようアンさん」
「神よ。またよろしくね」
アンさんは何時もマイペース過ぎる。あのパーティーのメンバーは楽しい人達だから好きだなぁ。
シェリーさんを見つけたので今日も一度笑わせなきゃね。
「シェリーさんおはよう」
「おはようアークちゃん」
「元気全開?」
「ふふ。全開ではないかなー」
「どうすれば元気になる?」
「今度食事に連れてって」
「行きたい! 外食したことないんだよ」
「じゃあ約束ね」
シェリーさんと指切りすると、今日も笑ってくれたので任務完了です。
ミルクさんに頭を下げてから、依頼掲示板を見に行った。
ん〜⋯⋯無い⋯⋯無い無い無い。Bランク依頼なんてそうそうないよ。他のも見てみよう。
迷宮に階層転移魔法陣の設置作業⋯⋯これはEランクのパーティー向け依頼か。迷宮のマッピング作業。階層の薬草分布図作製。
迷宮関係の依頼がいっぱいだね。まだ様子見だからか、迷宮はEランク以下の仕事ばかりだ。
あ⋯⋯ドラグス学園三年B組の迷宮探索作業。その護衛依頼か⋯⋯うん、事故の匂いしかしない。止めとこ。
次は〜。
「あ、あの〜」
「え?」
声をかけられて振り向くと、そこには真珠のように美しく輝くハゲ頭の中年男性がいた。サラサラの少ない銀色の髪の毛が、煙草の煙の漂うギルド内で悠然とたなびいている。
左目の下には泣きボクロがあり、その濡れた唇は⋯⋯って! そんな解説要りませんね。
美ハゲ中年男性が声をかけてきました。これで大丈夫でしょう。
「私はビハクと言います」
「ビハゲ?」
「ビハクです! 貴方が銀閃のアークさんですか?」
「銀閃? 僕はアークですが?」
「ふむ⋯⋯自分の異名はまだ知らなかったようですね。私は王都の冒険者ギルドの職員をしておりまして、貴方の実力を確かめに来たんです」
「ビハゲさんが?」
「私ではありません。それとビハクです!」
ビハゲさ⋯⋯ビハクさんと話をしていると、ギルドの扉が大きく開かれた。少し大きな音が響いたので、自然と冒険者さん達の視線が集まる。
「う。田舎のギルドはひでえな。何だこの煙は」
ギルドに入って来たのはガタイの立派な男性だった。もっと言ってやって下さいと思いながら、僕もその人に注目する。
身長は二メートルくらいと高い。顔には二本の傷があり、頭は白髪混じりの茶髪だった。
体は革鎧を装備していて、上から黒いローブを纏っている。
「来ましたね」
「あの人が僕の実力を確かめるんですか?」
「そうです。数日滞在する予定でしたが、銀閃さんの予定はいかがでしょう?」
「僕は今からでも良いよ?」
「ふ。⋯⋯そうですか」
ビハクさんの顔が笑顔に歪む? 実力を確かめるって、普通に戦えってことだよね。
それにしても、僕の異名が銀閃? 魔気融合身体強化の見た目から連想しそうだけど、その姿はターキしか見たこと無いのにな。キジャさんに説明する時にでも話してたのかも?
「おーいハゲ」
「ハゲじゃない! 毛が少ない人と呼べ!」
「わかりました!」
「アークさんには言ってませんよ!」
男の人が近づいて来ると、僕を見下ろしてニヤリと笑う。
「お前が銀閃か?」
「そうらしいです。でも慣れませんね」
「慣れなくても良いさ。俺がお前の実力を認めなければ、その異名を返上してもらうことになるしな」
「ほぇ?」
「Bランクのままでいられるかどうかは戦い次第だってことだ」
「試験のような感じなんでしょうか?」
「ああそうだ。早速訓練場に行こう」
結構いきなりだね。こんなことはキジャさんからも聞いてないよ?
でも決まりならやるけどね。
「訓練場で戦うんですか?」
「そうだぜ? 何か問題あるのか?」
「実力の半分も出せないと思います⋯⋯」
「あ? 何でだ?」
何でだって? 逆に何でなんだろう? Bランクの冒険者の戦いでしょう? ここら辺一帯が更地になっちゃうよね?
「その。試験方法ってどんな感じなんでしょうか?」
「俺と戦うことだ。単純じゃねーか。ビビっちまったのか?」
ビビる? よくわからない。この人の何処に怖がる要素があるの? 僕は本気で首を傾げた。
*
side キジャ
応接室で領主と今後あるだろう問題を話し合っていた。まあ普通に考えて良い話ばかりじゃねえよな⋯⋯迷宮が見つかったことは嬉しい。あと帝国の諜報員だと思われる男も捕まえてある。
今後あるだろう問題、それは自国の貴族からの圧力である。
そりゃ面白くねーだろうな。騎士爵家の領地に今更迷宮が出来ちまったらよ。これで町が発展すれば、その功績でガルフリー家は準男爵⋯⋯いや、男爵家になるかもしれねえ。流石に子爵は狙えねえと思うがな。
「それで? まず迷宮を管理している冒険者ギルドから潰しに来ると?」
「んー。最初は嫌がらせ程度だと思うよ? 幸いにもこのギルドの実力は高い。キジャ君、テイター君の元Aランク二枚看板だからね! Bランクでも最強のドワーフっ子もいるでしょ? 蒼炎君もいるし、最近では銀閃のアーク君もいるじゃないか」
「貴族様に煩わされたくなくて田舎に来たんですがね⋯⋯まあ今更離れる気もありませんが」
「ははは。それは嬉しい限りだよ。とりあえず、色々きな臭い情報も入っている。すぐに何かあるわけじゃないと思うけど、これからは気をつけて欲しいんだ」
「きな臭い? 何かあったのですか?」
「まだ確かな情報じゃないんだが、敵派閥の伯爵家が動いてるかもしれない。昔から黒い噂がある人でね、違法奴隷を他国に売り捌いているって情報もある」
「⋯⋯この国は、奴隷は⋯⋯」
「ああ。勿論禁止されている。だけど証拠が出てこない⋯⋯狡賢い狸さ。狐の方かな? まあそれはどっちでも⋯⋯兎に角だ。相手は頭が良い。下手なまねをすると潰されるのはこちらだよ」
「おりゃあ面倒なのが嫌いなんで、昔は絡んできた貴族家全て潰しましたがね。今は責任ある立場ってやつで、無闇に殴り込むわけにゃいかないわけですよ」
「止めてね! 本当に止めてね! フリじゃないからね!」
「わかってます。はっはっはっは」
「ほ、本当かなー?」
まあ最終的には拳骨を使うがな。それは最後の手段で──
「最後の手段でとか考えてないよね? 頼むね?」
「⋯⋯」
──コンコン。
ドアがノックされる音が聞こえてきた。一応内密な話をしているので、領主も俺も一度会話を止める。
「マスター。話し合い中申し訳ございません。シェリーです」
「入れ」
受け付け嬢は、俺が領主と話し中なのを知っている。余程のことでない限り、ここに入ろうとはしないだろう。
シェリーは中に入ると緊張しながら一礼した。
「王都のギルドから職員が二人訪ねて来たみたいなんですが⋯⋯」
「ん? 何の用があって態々来たんだ? 通信の魔術具でも故障してたか?」
「それが、アークちゃ⋯⋯銀閃のアークの実力を確かめに来たらしいです」
「はぁ?」
意味がわからねえ。アークの実力を確かめるってのは、俺の目を疑ってのことか?
「これは、多分貴族の嫌がらせだと思うな」
「アークの実力を低く見積もって降格させるのが狙いか?」
「そうすればキジャ君の評価も下がる。キジャ君の評価が下がれば、ドラグスの冒険者ギルドは実力が低いんじゃないかって噂を流される。最終的な狙いは乗っ取りだろうが、その布石じゃないか?」
拳骨の出番か?
「その顔止めてね! 考えてることわかるから止めてね! 最初から最後のカード切らないでよね!」
「まさか、はははは⋯⋯」
「本当に頼むよ?」
領主が溜息を吐いている。面倒なのは嫌だぜまったく。
「シェリー、下がって良い」
「は、はい!」
シェリーが出て行くのを確認して、俺は拳を握る。
「だから早いからね! 受け付けさんがいたから止めたわけじゃないから!」
「わかってますよ。はははは」
「と、すぐにアーク君を助けに行かないと!」
「それは問題無いです」
「え?」
「アークはソロでBランクになったんですよ。パーティーランクではありません。まだまだベスやベルフには勝てませんが、スタンピードを止めたのは伊達じゃねーってことですよ」
「⋯⋯⋯⋯それほどなのかい?」
「それくらいはやれるってことです」
「ははは。貴族の小賢しい手口なんか意味ないってわけね」
「アークをどうにかしようと思ったら、実力派のBランクかAランク連れて来ないと意味無いですよ」
「それを聞いて安心したよ」
そこは俺も心配じゃねーな。手加減も出来るだろう⋯⋯出来るよな?
「ふんっ。根性の無いやつめ」
俺は先に旅立った戦友に、涙ながらに声をかけた。もういくら望んでも帰ってこない⋯⋯そんなことはわかりきっていた。
もう少し頑張れただろう! 一緒に支え合おうって誓ったじゃねえか!
だが、そういう俺も疲れ果てていたんだ。太陽が激しく照りつけてきやがる⋯⋯
俺は孤独だったんだ。こんな世界、もう諦めても良いんじゃないか? 今更踏ん張ったところで⋯⋯くそぅ!
もう⋯⋯無理だ⋯⋯皆⋯⋯達者でな⋯⋯
これは、ある男の頭の上でおきたドラマ。タイトルは、“さらば同胞よ”




