強くなりたい相棒
おはようございます。肌寒い朝の訓練は身が入りますね。
雑木林の中で、増えてきた枯葉に冬を感じ始める今日この頃で御座います。
僕の未熟のせいで相棒のドラシーちゃん(ドラゴンシーカー)がボロボロです。
このままじゃ駄目だ⋯⋯駄目駄目駄目! もっともっと強くならなきゃいけないよ。
“魔気融合身体強化”を発動して、体内の力を練り上げていく。右手にその力を注ぎ込んで、迸る紫電を纏わせた手刀を放った。
──ズザザザザ⋯⋯
川を斬り裂いてなお直進する手刀を見て、僕は溜め息を吐かざるを得ない。もし相棒で同じことをしていれば、余計なものまで斬れたりしないはずだ。
ぷかぷかと水面に浮かんできた魚を回収した。食べ物は無駄にしちゃいけないのです。
近いうちに焼き芋パーティーでもやりたいな⋯⋯甘いサツマイモが食べたいんだ。
ギブ達三人はまだバススさんの所で汗ダクになっていると思う。魔力感知が出来るようになるのは時間がかかるからね。早くスキルを授かりますように。
美味しそうな柿が成っていたので、ササッと落として収納する。それを見上げていた奥様にも分けてあげたら、代わりにキノコを少しいただいたよ。
今日はバススさんに相棒のドラシーを見せに行かなきゃね。ギルドに一度行ってからにしようかな。無限収納の中を少しスッキリさせたいと思う。
*
さあ! 冒険者ギルドに到着です! 依頼は少しお休みかな。武器も防具も無いから、今は見る気がおきないよね。
シェリーさんを見つけたのでとりあえず挨拶をしよう。
「おはようございます」
「おはようアークちゃん」
「少しは落ち着いた?」
「あ、うん。ありがとう」
「元気分けてあげる」
シェリーさんはまだ目が赤いな。昨日沢山泣いたと思うんだ。
僕は収納から柿を取り出して、シェリーさんにプレゼントした。
「ありがとう」
「いーえ」
今は心の中がぐちゃぐちゃしていると思う。だからズカズカ行くのは駄目だよね。無神経だと思う⋯⋯でも少し抱きしめておいた。辛い時はこうしてもらうのが嬉しいに決まってる。
「シェリーさんにもピクニックが必要かもね」
「ミラ先輩に聞いたよ。今度連れて行ってね」
「うん。本格的に寒くなる前に行こう。雪降っちゃうと大変だもの。ミラさんと予定合わせといて」
「私は二人きりでも良いのよ?」
「皆の方が楽しいかもよ?」
「アークちゃんは朴念仁にならないようにね」
朴念仁? 朴念仁って鈍い人? もしかして⋯⋯
「柿嫌いだった?」
「手遅れかな?」
むむむ⋯⋯シェリーさんってミラさんより大人な気がする。
「難しいです。シェリーさんは何が好きなの?」
「んー⋯⋯アークちゃんは?」
「えーと。屋敷の皆でしょ、ギブとモカちゃんとマーズちゃん。キジャさんにミラさんにベスちゃんも好き。シェリーさんも好きだよ?」
「私も入れてくれるんだね。嬉しい」
あ、シェリーさん少し笑った。良かったね。毎日少しずつ笑わせて元気にしてあげよう。
っ!!! ターキ忘れてた! ごめん!
「僕解体場に用事があるんだ」
「ああ、フォレストガバリティウスの角と魔石も用意出来てるよ。持ってく?」
「忘れてた! 持ってく」
「なら私も行くね。手続きしちゃうからさ。高価な品だから厳重に保管されているの」
「お手数お掛けします」
「良いのよ。行きましょ」
シェリーさんと解体場に入ると、中には大きな牙と魔石があった。牙は長さが五メートルを超えているだろう。太さも大人が抱えきれない程だ。それが二本と涙型の巨大な魔石が一つ置いてあった。
近寄ろうと思ったら薄い壁に阻まれてしまった。
「魔術?」
「そうだよ。すぐに解除するね」
「わかった」
「本当に売らなくて良いの?」
「うん。これでバススさんに何か作ってもらうんだ」
「売れば100万ゴールドにはなるのにな」
「高いね!! でも武器が無いと困りますから」
「お金持ちの価値観がわからないよ! 私なら即売っちゃうのに! 100万ゴールドもあればまずお風呂付きの家を買って、可愛い服買って、美味しい物食べる! アークちゃんは?」
「魔剣を修理するかな。100万じゃ武器だけで無くなりそう」
「魔剣ってそんなに高いの!?」
「僕の使ってる魔剣もね、売れば50万ゴールドくらいなんだって」
「50万!!?」
「スタンピードの戦闘で今は折れかけてるんだけどね」
「⋯⋯」
そうだ⋯⋯今回の戦いって赤字になるんじゃないの!? 僕破産の危機!?
ドラシーの修理にどれ程お金かかるんだろう。剣の値段が50万ゴールドくらいらしいから、それ以下で直れば良いんだけど⋯⋯昨日もらった10万ゴールドで修理出来れば嬉しいけどなー。
ターキに収納鞄買ってあげて残金が約150万。ギルドでの冒険者探しのお金が少し入ったけどね。昨日の10万ゴールドは嬉しい。今だいたい161万ゴールドかな。こんなに持ってて良いのだろうか?
そんな時、シェリーさんが溜め息を吐き出した。
「アークちゃんは凄いよ。他の冒険者達も酒場で話をしているのを聞くよ? 妬んでる様子も無いのが特に凄いね。皆アークちゃんのこと毎日近くで見ているからかな? でもこれからは外から知らない冒険者が沢山入って来ると思うんだよね。アークちゃんは目立つから虐められないようにしないと」
「え? 僕虐められるの!?」
「この町の冒険者は比較的に大人しいんだって。外からの人はわからないわ」
そんなこと言われてもなー。何で目立っちゃうの? 僕はギルドでかっこいいポーズも床に穴開けたりも鼻血を噴き出したりもしてないんだけどな。
とりあえず気をつけよう。
牙と魔石を収納して、オークを出せるだけ取り出した。きっかり五百体。オークはこれで残り半分だ。少し吐き出せて良かったよ。
「はぁ⋯⋯こういうところだぞ。アークちゃんが目立つのは」
「え?」
気をつけると決めたばかりなのに⋯⋯な、何が駄目だった!?
その後、出社した解体員さんがオークの山を見て真っ白になっていたそうだ。その人の名前はジョーさんである。
カードにオークのお金を入れてもらい、シェリーさんと別れて武器屋バススに向かう。
とりあえず11万を収納に入れて、200万をカードに残した。
金貨11枚も持ってるとソワソワする。注意して進もう。
ああ⋯⋯パン屋さんから甘い香りが⋯⋯あ! あっちにも⋯⋯全部僕から巻き上げるつもりだな! 負けないからね!
──カラン。
武器屋バススに到着です! お客さんとして来るのは久しぶりだな。
「おはようアーク」
「おふぁおうござうまう」
「食ってからで良いよ」
リンゴパイとカスタードパイを飲み込んだ。彼等は本当に罪なやつだよ。買い食いはしないって決めてたのに⋯⋯ミト姉さんから行儀が悪いって言われちゃう。
「これどうでしょう?」
「こいつは⋯⋯」
ドラシーを取り出してバススさんに刀身を見せる。バススさんは難しい顔をすると、息を吐いて小さく首を振った。
「元に戻せるとは思う」
「良かったです! またドラシーと戦えるんですね!」
「ドラシー? 略したのか? だが元に戻せるだけだ。アークの力に耐えられなかったんだろう⋯⋯そんな風に見える」
「え?」
僕はドラシーを見た。あれだけ一緒に戦ってきたんだ。沢山の討伐依頼を一緒に頑張った。それにフォレストガバリティウスとの戦いも⋯⋯昨日はスタンピードも最後まで一緒だったんだ。
「ドラシー⋯⋯」
なんとなくドラシーの気持ちもわかる。まだ戦いたいと思っているはずだ。上のランクの魔剣を買うお金はあるけれど、僕もまだドラシーと戦いたい。
「ドラシーが良いんです。是非元に戻して下さい」
「それで良いのか?」
「はい!」
──ピリ⋯⋯
あれ? なんだろう今の⋯⋯ドラシーが震えた気がしたよ?
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません」
「それにしても、何を斬ればこんな状態になる」
「あ、忘れてました。メタリックなゴーレムがいたんですよ。ここで買い取り出来ますかね?」
「ほう。アイアンゴーレムくらいなら魔剣がこんなに痛むはずがねえ。どれ、そのゴーレム見せてみな」
「大きいんで裏庭に出します。牙と魔石もありますので」
「牙と魔石?」
「フォレストガバリティウスの牙と魔石です」
「ありゃアークが倒したのか!?」
「はい」
「すげぇな。それならその魔剣より強い剣も作れるかもしれんぞ?」
「剣はドラシーが良いんですよ」
「はっはっはっはっ。そいつも幸せだな」
家の中を通り抜けて裏庭に移動する。ギブとアマルさんに挨拶をして、僕は直ぐに通り過ぎた。ゆっくりしてたら寸胴が降ってくるんだよ。
メタリックなゴーレムは全部で四体しかいなかったんだ。
裏庭には芝生が生えていて、隅に大きなベンチもある。邪魔にならない場所を考えて、ゴーレムと牙と魔石を取り出した。
「これは!! アダマンタイトゴーレムじゃねーかよ!」
「知ってるの?」
「鍛冶師やってりゃ誰だって知ってるさ! ミスリルよりも丈夫な魔法金属だぞ。それが四体も⋯⋯牙も魔石もすげーな」
「父様のナイフも溶けちゃって」
「任せとけ。魔剣も預かる」
ナイフと魔剣をバススさんに渡し、一時のお別れを惜しむ。心の中でまたねと手を振っていたら、ドラシーが妖し気に輝き始めた。
「なんだ!?」
「ドラシー?」
ドラシーはバススさんの手を払うように飛び出して、フォレストガバリティウスの牙へ突き刺さる。
「どうしたの!?」
「わからん!」
──ズグン⋯⋯ズグン⋯⋯
ドラシーの刺さった牙がみるみる縮小していく。まるでドラシーが牙を食べているみたいだ。バススさんもびっくりしたのか呆然と口を開いている。
「どうしちゃったの? ドラシー?」
ドラシーは牙を丸々一本取り込んだ。次はアダマンタイトゴーレムに突き刺さり、これも一体全て吸収してしまった。最後に巨大なフォレストガバリティウスの魔石に突き刺さる。
──キイイィィィィィン⋯⋯
魔剣から耐え難い音が鳴り始めた。白、紫と明滅を繰り返しながら、どんどん魔石が吸い込まれていった。
「これは⋯⋯魔剣自らが進化しようとしているのか?」
「え? ドラシーが?」
「わからん⋯⋯だが、あの剣はキメラ研究所で生まれた魔剣だろ? 魔導兵と同じように、沢山の魔物が取り込まれておるからな」
「じゃあドラシーは、フォレストガバリティウスとゴーレムを取り込んで進化しようとしているの?」
「⋯⋯」
──ギギギ⋯⋯ガガガ⋯⋯
「!?」
魔石を吸収していたドラシーから、嫌な軋む音が聞こえてきた。
「いかん! やはり無茶だ! 物には限界ってもんがある。このままじゃ砕けちまうぞ!」
「そ、そんな!」
──ギギ⋯⋯ギギガガガ⋯⋯ガガ⋯⋯ギギギ⋯⋯
嫌な音はどんどん大きくなっていった。どうしてそんなに無茶をするの? このままじゃ壊れちゃうかもしれないのに!
「もっと離れろアーク! 危険だ!」
「ドラシー⋯⋯ドラシー!」
ドラシーは僕の相棒だ。壊れちゃったら凄く悲しいよ。何でこんな無茶をするの? 何で?
相棒は僕と同じなのかな? もしかしたら、ドラシーも強くなる事を望んでいた? ⋯⋯僕みたいに?
「アーク!」
僕はドラシーに駆け寄った。そしてその柄を強く掴む。
「ドラシー⋯⋯頑張って。負けないで! ドラシーはまだまだ強くなれる! 僕と一緒に強くなりたいんだよね!?」
──ドクン⋯⋯ギギギ⋯⋯ガガガ⋯⋯ドクン⋯⋯
魔石が完全に飲み込まれて、剣が虹色に輝き始めた。そうだ、頑張れドラシー!
僕の想いも吸収していくかのように、ドラシーの柄が手に張り付いて馴染んでいく。
それでも砕けそうにヒビ割れ始め、何とか力を押し込めようと修復されたりを繰り返す。
「ドラシー! 頑張れ!」
「ッ!!?」
剣の刀身が変形を繰り返し始める。とても大きくなったり小さくなったりした。ドラシーの戦いはまだ続いているのだ。でもそれも次第に落ち着いていく。
虹色の輝きが消えて、美しい紫色の刀身が顔を出す。刃の部分だけ真っ黒に染まり、異様な存在感になっていた。
「!!! 重くなった!」
「信じられん⋯⋯本当に成長しおった⋯⋯たまげたわ」
良かった。無事に乗り越えることが出来たんだね。
大きさは少し伸びただろうか? 色合いと重さが大きく変わっている。
トリガーを引いてみると、巨大な両手剣のようになった。試しにそれをゴーレムに振り下ろしてみると、バターを切るように真っ二つになる。
「凄い! 凄いよドラシー!」
『アー⋯⋯ク♪︎』
「っ!!!」
「すげぇな⋯⋯なんだこの斬れ味は」
え? ちょっと待って! 今のって!
「バススさん! 今ドラシー喋りませんでした?」
「剣が喋ったのか? 聞こえんかったが?」
「ドラシー、ドラシー?」
『⋯⋯』
なんだろう。やっぱり気の所為だったのかな? それから何度か話しかけたけど、ドラシーは何も話してくれなくなった。
「魔剣の魔力量が大きく上がったわ。これならDからC⋯⋯いや、こりゃB級の魔剣だろう。特殊効果もあるだろうな! ちょっと武器鑑定してみるか?」
「お願いします」
一度鍛冶場の中へ入り、工房のテーブルにドラシーを置いた。ドラシーはまるでまな板の上の魚みたいに、不安で怖がっているように見える。
バススさんの目が光を帯びた。その顔は真剣で、じっとドラシーを見詰めている。鍛冶師の武具にだけ使える鑑定スキルかな⋯⋯緊張感がこちらにも伝わってくるね。ドラシーがブルリと震えた気がしたよ。
「ふむ。スキルが四つ備わっているわ」
「本当ですか!?」
「“遺伝子吸収”、“魔気融合増幅”、“魔法強化”、“ホーミングレーザー”だな。この魔気融合増幅ってのが意味わからんが、魔法強化は高価な杖としての価値もある。ホーミングレーザーは取り込んだ魔物のスキルだろう」
「心当たりがありますね⋯⋯凄く」
それってフォレストガバリティウスのオリジナル魔法だよね? 滅茶苦茶強かったのを覚えているよ。身をもって体験済みだもの⋯⋯
「“遺伝子吸収”はさっき見たやつだ。あまりにも格上からの吸収だったから、耐え切れずに砕けそうになったわけだな。順に食わせていけばきっと強い魔剣になるだろう」
「わー。強くなれるんだってドラシー。良かったね!」
『♪︎』
声は聞こえなかったけど、どこか嬉しそうに見えた。僕はそんなドラシーを見て、ついニヤニヤしてしまう。
あ、そうだ。忘れないうちに、
「体術スキルを使うのに、ナックルガードとかキックガードを作って欲しいのですが」
「⋯⋯普通なら気前よくわかったと言うんだがな⋯⋯アークが使うんだろ? と言うことは、アークの力に耐え切れにゃならん。色々と考えてみる。予算はどれくらいだ?」
予算⋯⋯予算かぁ。使い道もなかったし、ここでケチっても仕方ないかな。
「200万までなら大丈夫です!」
「アーク⋯⋯お前ちと稼ぎ過ぎじゃねえか?」
「これでもBランクになったんですよ」
「Bランクだと!? 本当に驚かせられるわ。アークには神様の加護でもついてるんかねぇ」
神様の加護は有名だ。スキルや称号とは違うもので、伝説に語られる英雄などが賜っているとされている。僕だって勉強してるんだよ? 絵本がついた本なら大歓迎さ。
上位種族のドラゴン、ハイエルフ、エルダードワーフ、大魔獣、竜人、精霊、上級魔族、魔王、勇者様などが加護を与えられているそうだ。
勿論全員ではない。その中でも極一部の者だけで、軽々しくはもらえないらしいよ。
「僕に神様の加護なんてありませんよ。僕は僕の力で強くなります。ドラシーと一緒にね」
『〜♪︎』
あ、ドラシーがまた嬉しそうだ。
「そうか。頑張れな! あ、聞きたいことがあったんだ。ここ最近ずっとギブとモカちゃんとマーズちゃんが鍛冶を見てるんだよ。何か聞いてないか?」
「し、知らないかな〜。あはは」
「暑いだろうによ」
──カラン。
噂をすればというやつだ。モカちゃんとマーズちゃんが店の中に入ってきた。




