大迷宮ラガス
*
side ラガス
冒険者達が俺の努力を踏み躙る。そんな光景が俺の目の前に広がっていた。
ダンジョンマスターのこの部屋には、今全ての戦場が映し出されている。
マンティコアもアダマンタイトゴーレムも、全てあの子供に倒されてしまった。主戦力を欠いた状況で、多勢の冒険者が救援に来るなんて⋯⋯
「止めろ⋯⋯止めてくれ⋯⋯もう止めてくれよ!」
「マスター⋯⋯」
サキュバスのリリーが、こんな俺に寄り添ってくれていた。心配そうに俺を見ながら、そっと手を握ってくれる。
彼女は俺が一番最初に生み出したパートナーだ。今までどんな時も俺を支えてくれた⋯⋯唯一の理解者だと思っている。
「マスター。私がマスターを守ります! 守ってみせます! 私に戦わせて下さい!」
「だ、駄目だ! リリーが居なくなったら⋯⋯俺は立ち直れない⋯⋯リリーはいなくならないでくれ」
「マスター⋯⋯私は死んだりしません! 必ず守ってみせますから」
もう助けてくれたおじさんもいない。半年溜め込んだ膨大な魔力も、強制的なスタンピードで底を尽きかけている。
「いつまでも一緒にいますから。私が、私が守ってみせます! だから⋯⋯」
「リリー⋯⋯」
リリーだけは失いたくない⋯⋯リリーを守るにはどうしたらいい? このままじゃ、大切な物が全部奪われてしまう⋯⋯そんなのは嫌だ!
「俺はリリーを失いたく⋯⋯ない⋯⋯」
頬を熱い雫が伝う。死にたくは無い⋯⋯でもそれ以上にリリーを失いたくないんだ。
「⋯⋯私は、マスターに生み出されて幸せでした。こんなに大事にされて、嬉しくないわけがありません」
リリーの唇が俺の口を塞いだ。涙を流しながら、一心に俺のことを考えてくれている。
リリーだって怖いはずだろ! あんな場所に飛び込むなんて、怖くない筈がないんだ!
そっと抱き寄せて彼女を包んだ。やっぱり体が震えているじゃないか⋯⋯リリーが落ち着くまで抱きしめてやった。もう一度キスをすると、混乱していた俺の頭の中が冷静になっていく。
「リリー。俺はリリーを愛しているよ」
「私もです。マスター」
「もう⋯⋯何も奪わせない⋯⋯」
リリーを失うわけにはいかないんだ。そのために今出来ることを考えろ!
「⋯⋯撤退だ」
「マスター?」
俺の言葉に、リリーは目をパチクリさせた。今ならまだ何とかなるかもしれない。
「今すぐ魔物の死体を集め、迷宮の中に引き返せ。迷宮を通常の状態に戻す!」
リリーを左腕で抱きしめながら、全ての魔物に指示を出した。この温もりを失うくらいならば、俺の復讐なんてどうでもいいらしい⋯⋯
「宜しいのですか? マスターの悲願だったのでは?」
「⋯⋯俺は気がついたんだ。もう間違えたりはしない」
「それはどういう?」
リリーの背中を撫でる。きっと俺は復讐なんてどうでも良かったんだ。ただ理解してくれる人が傍にいてさえすれば⋯⋯
おじさんならば、もっと良い方法を教えてくれたかもしれない。冒険者達を倒す方法を、乗り切る術を与えてくれただろう。
今まで俺はおじさんだけが唯一の理解者だと思っていた。でもすぐ近くにこんなに心配してくれる人がいたんだな。
赤く潤んだ瞳を覗き込む。華奢な体を震わせながら、俺の肩にすがりついていた。
リリーが居れば俺は生きていける。復讐よりも大切な人なんだ⋯⋯何故俺は気が付かなかったんだろうか? この暖かさに勝るものは無いと言うのに。
あの甘い言葉が無くなったせいなのか、余計にリリーが愛おしく感じる。
心に絡みつく呪縛のような物が、プツリプツリと千切れていく。この想いを確かめるように、リリーと長い時間唇を交わした。
「ま、マスター。はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯そんなにされますと、私⋯⋯愛しさが溢れてしまいそうです⋯⋯」
「⋯⋯」
そうだった⋯⋯リリーはサキュバスだ。色々と⋯⋯そういうことなのだろう。
「ごほん⋯⋯ふ、二人で頑張って行こう」
今まで何度もそういうことはしてきた⋯⋯でも、改めて見たリリーが可愛すぎて、少し声が裏返ってしまう。
「二人だけじゃありません。マスター。迷宮の皆がマスターの味方ですよ」
「⋯⋯そう⋯⋯だったな」
ここからは防衛戦だ。誰も敵わない大迷宮を構築してやる。一階層から全て見直して、攻略困難な大迷宮にすれば良い。
俺のユニークスキルは【設計士】だ。こんなしょぼいスキル、今まで役に立たないと思っていた。だけど、迷宮とこんなに相性の良いスキルは他には無い。
やってやる! やってやるさ!
リリーをソファーに優しく寝かせる。真っ赤な顔のリリーに覆いかぶさり、胸部の布地に手をかける。
「リリー、大切にするよ」
「やるのですね! マスター!」
「⋯⋯あ、その⋯⋯少しオブラートに包んで言ってくれないか?」
*
side アーク
今、僕の伏線が意味を成さずに折れた気がした。なんて言えば良いのかな? 勝手に何かが解決したようなしないような⋯⋯
「どうしたのだ? アーク」
ベスちゃんは何時になったら僕を解放してくれるのか⋯⋯僕だって身長毎日伸びてるんだからね! あと三十センチも伸びればベスちゃんに並んじゃうよ? 逆転したら僕がベスちゃんを持ち運ぼうかな。
魔物が少なくなってきた気がするな⋯⋯ん?
「あれ? 魔物が魔物の死体運んでるよ?」
「何だって? おー。本当だ」
魔物が迷宮に引き上げ始めた。これってもしかして?
「終わったのかな?」
「そのようだ。それにしても、アークは強くなったなぁ」
ベスちゃんはニコニコしている。そう言われると嬉しい気分になるね。
「ありがとう。まだまだだけど」
「いいや、アークは強くなった。きっと今回の働きでBランクに上がると思う」
「え?」
Bランク? 僕がベスちゃんと同じBランク冒険者になれるの!? でもまだCランクであまり活躍してないのにな。
日帰りで出来る丁度良いCランク依頼も無かったから、ポイントも貯まらなくてBランクは当分先だと思っていたよ。
でも何でランクが上がるのかな?
「アークはそれだけのことをしたからな。消えた冒険者の発見。その犯人の確保。次が迷宮の発見だろ? しかもスタンピードを単独で何時間も堰き止めたんだ。これでBランクにならなかったら嘘だろうな」
「そっかぁ。そうなるのかぁ」
「ん? 嬉しくないのか?」
「嬉しいよ。でも僕には実力がね。まだCランクの魔物を倒すので精一杯だもん」
「いや、Cランクの魔物を単独で倒せたら十分だよ。Bランクの魔物を倒せるようになれば、実力はAランク冒険者だぞ?」
「そうなの? CランクだからCランクの魔物で精一杯なのかと思ってたよ?」
「⋯⋯Cランクの“パーティー”がしっかりと前準備をして、作戦を立ててやっと倒すのがCランクの魔物だ。それを単独で襲われて倒せたならば、Bランクになってもおかしくないんだよ」
「んー。でもベスちゃんはドラゴンも倒したんでしょ? ドラゴンってAランク以上の魔物だよね?」
ベスちゃんは望んでBランク冒険者をやっているって聞いたことがある。でもドラゴンを倒せたならば、実力的にはどのランクが当てはまるのだろう?
「ドラゴンは強いぞ〜。最低でもAランクの魔物なんだから。亜竜と戦ってブレスに慣れてからでないと、本物のドラゴンにはまず勝てない。予備動作もわからずに、ブレスで灰も残らないことになる」
「うぅ、先は長いな〜」
「目指す場所が遠いからそう感じるんだろう。実際ドラゴンを倒すことを最終目標にしている冒険者は多い。ドラゴンスレイヤーってのは箔が付くからな」
ドラゴンスレイヤーかぁ⋯⋯響きがかっこいい。でも僕は、
「龍の背中に乗ってみたいんだ」
「竜騎士でも目指すのか? それが出来ればSランクは確実だな」
「友達になって背中に乗せてもらうだけだよ?」
「ドラゴンは警戒心が強いんだよ。頭も良い」
「話せばきっとわかってくれるよ」
ベスちゃんが小さな声で「そうだな⋯⋯」と、呟いた。
「ドラゴンの住む霊峰はいくつかあるんだ。そこから稀にドラゴンが降りてくることがある。その時を狙ってパーティーで倒せれば英雄に成れるのさ。だが──」
──グゴゴゴゴゴ⋯⋯ズズーン。
ベスちゃんが続きの言葉を喋ろうとした時、迷宮の扉が閉じていった。
完全に扉が閉まるのを見たら、僕は少し安心したよ。これで皆を守ることが出来たんだね。
「アークアークアークうぅ」
「??? どうしたの? ベスちゃん」
「アークが生きてたことの再確認をね」
ベスちゃんの顔がだらしなく緩んだ。ちょっとかっこいいと思ったらこれだもの⋯⋯世話のやけるお姉ちゃんですよ。
「⋯⋯生きてるから大丈夫だよ。ベスちゃんがポーションかけてくれたでしょ? とっても助かったんだ。ありがとうベスちゃん」
いつもベスちゃんがしてくるように、僕はベスちゃんの頬っぺにちゅーをしてあげた。たまには良いかなって思う。
「あ、アークが⋯⋯アークがデレた!!!」
「ん、感謝の気持ち」
「アーク!! もう一回! もう一回お願い!!」
「んー⋯⋯ヤダかな」
「っ!!!!」
感謝は何度もしたら安くなりそうだ。初めて僕からちゅーしたんだから、今ので許してちょうだい。
「ありがとうベスちゃん。いつも感謝しています」
言葉は思った時に言うべきだと思う。固まったベスちゃんを置いて、僕はとりあえず“ウォーターウォッシュ”で綺麗になった。
ボロボロになった服は収納して、新しいのに着替えておく。
バススさんにもらった胴甲冑も限界になってるね。歪んでヒビ割れして穴が空いてるよ。本当に僕って物持ち悪いなぁ。大事にしてるのになぁ。
「師匠! ご無事で何よりです!」
「ターキも頑張ったね。お疲れ様」
町から戻ってきたターキは、主に皆のサポートをこなしていた。鞭や火魔法に加え、召喚の魔法陣も扱える優秀な人材である。
「本当に師匠が無事で良かったです⋯⋯」
「苦労したんだよ? いっぱい出てくるから」
「普通はそんな感想じゃ⋯⋯ふふ、はっはっはっはっ! 師匠らしいですね。参りました。本当に」
無事再会出来て良かった。ギュッと抱き合ってから離れると、ターキは爽やかに笑ってくれた。
「頑張ったわね」
「あ、リフレさん」
エルフのリフレさんが近付いてきた。この人の戦い方は、主に弓と魔法を遠距離から放つ援護向きなタイプに見えた。こんな人がパーティーにいれば、きっと安定感があるパーティーを作れると思うんだよね。
リフレさんは僕の前でしゃがむと、軽く頬を撫でてくれた。触られた頬が気持ち良いな⋯⋯それにとてもリフレさんは良い匂いがするんだね。気持ち良くてサラサラしているから、もっともっと撫でて欲しくなっちゃうよ。
「君は宿命のライバルーーーーさっ!!!」
「かっこいいポーズの人!」
ごめんなさい。名前覚えてないんです。
「アークぅ。もう一回! 口にお願いだよ〜」
「ヤダかな」
「ッ!!!」
それから帰ることになったんだけど、半分の冒険者はこの場に残していくことになりました。
楽しい。続きが読みたいと思っていただけたら嬉しいです。
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レビューとかしてもらえたら、きっと不眠不休で続きが書けちゃうくらいに嬉しいでしょう(´,,•﹃ •,,`)w
この後もお楽しみ下さい。




