消えた冒険者(完)
何で? どうしてなの? 冒険者さん達の顔を見たら、体から力が抜けてしまった。信じたくない現実を見ることが、こんなに辛いなんて思わなかった。父様と母様の冒険に、こんなお話は無かったんだよ。
父様と母様は、いつも楽しそうに話をしてくれたんだ。傷つく人は誰もいない⋯⋯全員が助かる物語しか知らない⋯⋯それなのに。
目の前で横たわる新人の冒険者さん達の気配が感じられない。もう生きてないんだって、僕のスキルが訴えかけてくる。
違う⋯⋯違う違う!
でも、どんなに目を背けようとしても、その事実が変わることはなかった。
冒険者さん達の遺体を無限収納に回収して、自分の震える手を見詰める。
捜索を始める前に、リフレさん達が話していたんだ⋯⋯森林魔法の語る『六人あるよ』の意味を。でも僕は諦めたく無かった。認めたく無かったんだ。
やっと、やっと見つけたのに⋯⋯沢山探したんだよ? 頑張ったんだよ? 生きていて欲しかったんだ⋯⋯
人はいつか死ぬものなんだ。でもこんな最後は嫌だったよね。助けたかったけど、全然間に合わなかったみたい。ごめんね⋯⋯僕には父様や母様みたいに全員助けるのは無理みたいだよ。
悔しいなぁ。本当に⋯⋯悔しいなぁ。何で僕には守れないの? 僕が頑張っても意味が無いの? 嫌だ⋯⋯嫌だよ⋯⋯誰か教えてよ⋯⋯僕はどうしたら良かったの?
“魔気融合身体強化”がレベル2に上がったみたい。今そんな成長をしても嬉しくない⋯⋯馬鹿みたいだ。
「ごめんなさい⋯⋯父様、母様⋯⋯僕はこんなに駄目なんだよ⋯⋯少しは強くなれた気でいました。でも゛僕は⋯⋯守れま゛ぜんでした⋯⋯」
奥歯を血が滲む程に噛み締めた。震える手をギュッと握る。こんなに悔しいと思ったことは無い⋯⋯感情が昂って破裂してしまいそうだ。
体に違和感を感じる。さっき冒険者さん達の遺体を目にした時に、何かが僕の中へ滑り込んで来たんだ。でもこれはなんなんだろう? 今も僕を操ろうとしているみたいだ。
小指がピクリと勝手に動く。息を止めさせようとしてきたり、瞼を閉じさせようとしているみたい。
でも、僕の体を操るのは難しいよ。身体強化、気力操作、魔力操作の三重強化中は、慣れないと息をするのも一苦労なんだよ。
振り返ると、さっきの男の人が僕を睨みつけていた。
もう悔しがったし後悔もした。立ち上がらなくちゃいけないんだ⋯⋯僕に出来ることがまだある筈だよ。
目から流れる涙をぐしぐしと袖で拭い、チョコレートを一欠片食べる。
いつもはこれで落ち着くんだ。嫌なことがあっても頑張れるんだよ。だから今日も頑張らせて⋯⋯もう少しだけ⋯⋯もう少しだけ。
チョコレートの味が普段より苦い気がする。でもこれはこれで美味しいな。
元気が少し戻って来た。まだ何も終わって無いんだよ。
ゆっくりとおじさんと向かい合う。体から放たれた紫電がバチバチと地面を焦がしていた。
「おじさん。何で冒険者さん達死んじゃったの? 知らない?」
僕は質問しただけなんだけど、男の人は呆気にとられた顔をした。
僕も本当はわかっているよ。皆の首に同じナイフの切り傷があったから⋯⋯きっとこのおじさんと戦ったんだ。それも一方的に殺られたんだと思う。
どんな気持ちだったんだろう。きっと、とっても怖くて仕方なかったよね。
「何で殺されなきゃならなかったのかな?」
「くっ! “アースドリル”」
大地魔法が地面から飛び出してきた。今の強化状態ならば、避けるまでもない攻撃だ。
僕は地面から飛び出してきた中級魔法を、砂場の城でも崩すように手で握り潰す。それを見て目を見開く男の人まで、ゆっくりと歩きながら近付いて行く。
「おじさんの名前は?」
「さ、“サンドクラッシュ”!!!」
巨大な岩混じりの砂の拳が、両側から僕を殴り潰そうと迫って来た。
──ズパアンッ!
でも今の僕には意味が無い。軽く握った両手を左右の魔法へ叩きつけると、轟音と共に爆散した。
魔気融合身体強化のスキルレベルが上がったせいか、以前よりずっと楽に体が動く。
「くっ⋯⋯」
「おじさんは何のためにここにいたの?」
「はぁああ! “ギガントロックスタンプ”!!!」
空から巨大な岩が降ってきた。避けることも出来るけど、八つ当たりしたい気分なんだよ。
僕は少し無理な体勢から、頭上に向かって“岩砕脚”を放つ。
踏みしめた軸足の力で、地面は放射状にひび割れた。その力を余すことなく伝えられた蹴り足が、落ちてきた巨大な岩へ正確に向けられたのだ。
この“魔気融合身体強化”の真骨頂は、スキルの力を大幅に強化出来ること。激的に引き上げられた身体能力は、これに比べればオマケのようなものだろう。
──ドガアアアンッ!!!
まるで巨大な白銀の槍に貫かれたように、巨大な岩が軽々と爆散する。
おじさんはそれを見上げながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
もう⋯⋯終わりにしよう。もう悲しいのはたくさんだよ。
「こ、これで本当にCランクかよ⋯⋯」
おじさんは僕のことを知っていたみたいだ。僕はCランク冒険者だと名乗った覚えは無い。
僕のことを知らないフリしていたのもそうだけど、色々と秘密の多い人なんだね。
僕が走り出すと、おじさんの目に僕の姿は見えないだろう。
眼前でキュッと止まり腰を落とし、僕は細く息を吐く。
「ふぅー⋯⋯“震激雷波掌”」
「なっ!!!」
──ズズウゥン⋯⋯バリバリバリバリ!!
「っあ゛ア゛ア゛ア゛ゲガグギギガガッ!!!!」
攻撃は無防備になっていたおじさんのお腹に突き刺さる。僕の纏った紫電と一緒に、衝撃が体の中を駆け巡っているだろう。
勿論⋯⋯手加減したよ⋯⋯悔しいけど、ギルドに連れて行ってキジャさんに任せよう。僕がどんなに質問しても、この人は絶対何も喋らないと思うから。
世の中には拷問というものがある。それはスキルとしても存在していて、僕はそれを【恩恵の手引書】で知っている。
⋯⋯怖いものだよ拷問は。帰ったらキジャさんの髭にくすぐられるといいよ。一日中ね! ああ恐ろしい。
男の人が地面にどさりと崩れ落ちた。この人は暫く目覚めないだろう。それだけ念入りに力を流し込んだんだ。
強化状態を解除して、もう一欠片チョコレートを食べた。さっきよりも甘い気がする。冒険者さん達にも食べさせてあげたかったな⋯⋯
また涙が出てきてしまった。袖で涙を拭い、自分の頬を両手で叩く。ちょっと気を引き締めるつもりだったんだけど、パーンって結構良い音が響いたよ。手加減大丈夫だったかな?
周囲の木が広く折れてしまっている。ちょっと自然破壊しちゃったけど、あの時は遺体を見て手加減出来なくて⋯⋯いや、寧ろあの瞬間に普段と変わらない対処が出来ていたら、それは人としてどうなのかと思うよ。
「師匠!!」
「⋯⋯ターキ」
周りに刻まれてあった木の魔法陣が無くなったので、魔術が解けてしまったんだと思う。そのお陰でターキはこの場所に入って来れたみたいだ。
破壊の跡が凄まじく、ターキは明らかに動揺していた。
「こ、これはいったい⋯⋯何が?」
説明は必要だよね。この現場を見たら、何かがあったのは明白だし。
「えとね、このおじさんと戦ったんだよ」
「ッ!! 襲われたのですか?」
「うん。今は気絶してるよ。暫く起きれないと思う」
「師匠を襲うとは⋯⋯命が要らないらしいですね」
ターキがトドメを刺したそうに⋯⋯!? ちょっと待って! いつからそんな凶暴になっちゃったの!? ハウス! ハウスターキ!
ターキが偶然にも縄を持っていたので、任せたら亀の甲羅の模様のような縛り方になっていました。
うん⋯⋯逃げられないとは思うよ。変わった結び方だね。
このおじさんと出会ってからのことをターキに伝えていく。
「そうでしたか⋯⋯残念です」
最後に冒険者さん達が死んでしまっていたのをターキに伝えた。多分犯人はこの人だと思っていることも伝える。
「師匠は頑張りました。これ以上にない成果だと思います」
「でも僕は間に合わなかったんだよ?」
「いいえ。確かに間に合いはしませんでしたが、師匠は頑張りましたよ」
僕はまた目が潤んできた。ターキがとっても優しいんだよ。
「それでね、あそこに迷宮があるんだけど」
「はい? 今迷宮を発見したのだと聞こえた気がしました。あはははは」
「お約束の惚け方ってやつ?」
「あはは⋯⋯って! マジですか!!!!?」
「ターキってノリが良いよね。ほら、アレだよ」
大きな岩山の影、その更に奥の窪みでわかりにくい場所にあるのだ。僕はこの魔術に囲まれた中心地を目指していたら、偶然辿り着いちゃったんだけど⋯⋯そしたら変な男の人が襲って来たんだよね。
「経緯はわかりました。犯人も捕まえられて、消えた冒険者も見つかりましたね。しかも迷宮の発見ですか⋯⋯師匠が動くといつもとんでもないことになります。あのフォレストガバリティウスみたいに」
ん? カマかけかな? 知らんぷりしよ。
プイって顔をそむける僕の態度を見て、ターキは苦笑いをする。
「あはは。皆知ってますよ。ギルドに口止めしてないでしょ?」
「へ?」
「フォレストガバリティウスの討伐です。普通に職員さんが話してましたからね」
「あうぅ⋯⋯バレないと思ったのに」
「師匠らしくて良いと思います」
軽くショックを受けながら、空の青さを眺めて思う。ターキは実はドSじゃないかと⋯⋯鞭とかロウソクとか出てくる本をクライブおじさんが持ってたんだ。何故女の人が半裸で男の人が痛そうにしているのか、色々聞こうと思ったら取り上げられちゃったけどね。
微妙な空気を感じながら、僕達は昼食を食べることにする。元気になるにはやっぱり食べなきゃだよ!
もっしゃもっしゃと沢山口に入れた。
うん。美味しい。美味しいよ。冒険者さん達の分まで食べるんだ!
死んだら空の星になるんだって聞いたんだ。星って沢山あるからきっと寂しくはないと思う。きっと寄り添って輝くんだろうね。あのM字ハゲ座のように。
「迷宮を調べるのは今度にしようかな」
「そうですね。まずはこのことをギルドに報告しましょう」
「ターキはドSだってね」
「よくそんな言葉を知っていますね。俺は寧ろ逆⋯⋯いえ、何でもありません」
帰るために荷物を片付けて、ターキが縛り上げたおじさんを肩に担いだ。この場所はしっかりメモをしておく⋯⋯他に忘れ物は無いかな?
僕も立ち上がって歩き出そうとした時だ。
『待て! その人を置いていけ!』
何処からか知らない男の人の声が聞こえてくる。ターキと顔を見合わせて、僕達は周囲を警戒した。
ちょっと章の区切りには半端でしょうか⋯⋯半端ですよねヽ('ㅅ' ;ヽ三 ノ; 'ㅅ')ノ
「んまむぅ?」→馬鹿なの?
「んーま?」→阿呆なの?
「まーむ〜」→二章はこれで終わりです。三章は戦いから始まりますぅ。二章はここまでですが、
次話、伝説をなぞる者。お楽しみに(*^^*)




