消えた冒険者(5)
*少し残酷な表現があります。
何があるかわからない場所だ。慎重に歩を進めて行く⋯⋯周りの木にびっしりと刻まれた魔法陣のせいで、不吉な雰囲気を醸し出していた。クレイゴーレムを一度土に戻し、僕は警戒を強める。
ここには何があるのだろうか。わからないけど、もしかしたら見つけられるかもしれない。まずはこの魔術で囲われた中心地に向かってみよう。きっとそこには何かがある。
中心地は思ったよりも近かった。大きな尖った岩山があり、苔むした岩の窪みにひっそりと佇む物に目を奪われる。
「あ⋯⋯あれは⋯⋯」
何故こんな場所に? これってあれだよね? 迷宮の入口?
絵本などに描かれていたのは見たことがある。迷宮の門⋯⋯または迷宮の扉と呼ばれる物で、中には異世界が広がっているのだとか。
鈍く銀色に光る迷宮の扉。それが大きな岩山の影に隠れていて、見つけるにはとても難しいと思う。
何故こんな場所にこんな物があるんだろう?
消えた冒険者さん達はこの中に入って行ったのかな? でも無闇に迷宮に挑むだろうか?
扉の近くに寄ってみると、その手前の地面に黒い染みがこびりついている。
「これは⋯⋯血?」
その時だ。僕がそれを調べようとしゃがんだタイミングで、迷宮の扉がピカっと光った。その光に紛れるように空間が歪み黒い影が飛び出して来る。
反射的に動いた体に従って、身を捩りながら拳を振るった。
──ズガガン!
「ちっ!」
中から飛び出してきた何かが、いきなり攻撃をしてきた。良く見てみると、全身に黒いローブを纏った男だったみたい。
なんの躊躇もなく振るわれたナイフを、僕は手の甲で往なしてから二度拳で反撃する。
左のボディーブローを体に当てることが出来たけど、右の顎を狙ったストレートは曲げた肘で防がれた。
攻撃されたからつい反撃しちゃったけど、この人は何なんだろう?
ローブの下は狩人が着るような軽鎧姿で、右手にはナイフが握られている。
いきなりの攻撃だったけど、ベスちゃんの不意打ちよりかなり遅かった。
「貴方は誰? 何で攻撃したの?」
「防いだだと? しかも反撃まで⋯⋯てか子供かよ。やんなるぜ⋯⋯ついてねーな」
その声はギリギリ聞き取れないくらいに小さかった⋯⋯独り言を呟いたかと思うと、襲撃者がもう一度僕に飛びかかって来る。今度は先程とは比較にならない程のスピードだった。
この人は多分強い。でもまだ本気じゃないっぽいな。
男は右手に持ったナイフを突き出して、僕の喉を狙ってきた。それをギリギリまで引き付けてから紙一重で躱し、敵の袖を掴んで投げようと思った。
けど、男は左手にもいつの間にかナイフを持っていて、自分の右手を死角に使って僕の胸を刺そうとしてきたんだ。
「“ウェポンスナッチ”」
でも僕も敵の二本目のナイフを確認した瞬間に、背中に佩剣していた魔剣を抜いていた。
剣技スキルの“ウェポンスナッチ”を使い、剣の腹を盾のように構える。自分から攻撃をしながらこのスキルを発動するよりも、防御に使った方が敵もやりずらいだろう。
「くっ! 小賢しい!」
男は距離を取った。少し顔を歪めながら、何かを考えているように見える。
「クソッ! 何日も徹夜した後だってのによ。お前はなんなんだよ!」
ガリガリと頭を掻きむしりながら睨んで来た。
「僕はアークです」
「名前聞いてんじゃねーよ!」
そんな事言われても困る。急に襲ってきたのはそっちなんだから。
どうしよう。でもその前に聞かなくちゃ⋯⋯
「そこの血、なに?」
「ああ? 知らねーな」
「少し古い血だよね」
「⋯⋯」
何も喋るつもりはなさそう。自分の聞きたいことがあれば聞いてくるけど、僕の質問には答えてくれないんだろうな。そんな気がするよ。
戦闘には少し慣れてきたと思っていたけど、正直言うと怖いんだ。ベスちゃんとの特訓が無ければ、僕はさっきの攻撃でやられてたかもしれない。
「そうか、お前はドラグスの最年少冒険者だな。やっと寝れると思ったのによ」
「寝たら駄目なの? 何で僕のことを知ってるの?」
「さて、どうしたもんか」
「ここに冒険者さん来なかった? 六人パーティーの」
「⋯⋯」
むむぅ。僕は冒険者さん達を探したいんだ。いきなり現れた人の相手をしている場合じゃないのに⋯⋯⋯⋯でも、この人が何か知っているかもしれないよね? ここに魔術を刻んだのはこの人だったりして。可能性は高い筈。
「⋯⋯俺は直接的な戦闘は向かねーんだよ⋯⋯」
「え? 何か言った?」
「⋯⋯襲った時に動揺しろよ。本当に子供なのかよ」
「聞こえないよー!」
男はぶつぶつと何かを言っている。でも油断せずにずっと僕を視線から外さない。
「殺りたかねーな⋯⋯クク。今更か、ハハハ」
「???」
「腹いっぱい食わせるためだ。皆⋯⋯」
「よく聞こえないよ。おじさんは何がしたいの?」
「さーな!! “アースドリル”!!」
「ッ!!」
──ギャアアン!
地面から岩のドリルが突き上げてくる。咄嗟に剣で防いだけど、中級魔法は威力が強い。
僕の体は軽いから、魔法を防いだせいで地面から高く弾き上げられた。
「くぅ⋯⋯」
「“サンドクラッシュ”!」
空中で身動きの取れない僕を狙って、更なる中級魔法が襲って来る。
二本の砂の巨大な腕が伸びてきた⋯⋯これは岩混じりの砂で造られた拳で、両側から挟むように叩き潰してくる魔法だ。
こんなのをまともにくらったら、僕の防御力じゃ間違いなく死んじゃうよ!
「はああ!」
身体強化スキルを発動して、二段跳びスキルで宙を蹴る。
──ズギャンッ!
後方にサンドクラッシュの衝突音を聞きながら、僕は敵の男に斬りかかった。
「“ファイアバレット”!」
一直線に飛びかかる僕に、男が初級の火魔法を放つ。流石に中級魔法を連発した後では、また直ぐに中級魔法で迎撃するのは難しかったみたいだ。
僕は火耐性には自信があるので、無視して剣を振りかぶる。
「はぁああ!」
──バヂンッ!!
ファイアバレットは僕の顔面に直撃した。でも予め覚悟を決めていたから耐えられた。でも痛い⋯⋯
「はっ!」
──ズザシュッ!
「ぐぅっ!」
僕の剣は男の右腕を少し斬り裂く⋯⋯ダメージは向こうの方が重いだろう。
こっちは少し頬を火傷したみたい。火の威力よりも衝撃に備えるべきだったかもね。ファイアバレットをくらったのは計画通りだけど、衝撃で鼻血が出てしまった。
「無茶しやがるな⋯⋯」
「痛かったよ⋯⋯何で攻撃してくるの?」
きっと気力操作まで体に施していれば、鼻血が出るまで衝撃は来なかった筈だ。でも僕はこの人を殺したいわけじゃない。死ぬわけにはいかないから、仕方なく攻撃しただけだ。
でも今の手応えは嫌だった。人は斬りたくないよ⋯⋯降参して知っていることを話してくれないかな?
「僕、今手加減しているよ? だから降参してくれない?」
「身体強化してんのか⋯⋯剣術といい体術といい⋯⋯伊達に冒険者してないってことかよ。戦闘力はうちの軍団長の中でも中の下か? 下の上あたりかな。だが捕まるわけにゃいかねーぞ⋯⋯さてどう処理したものか⋯⋯」
やっぱり話は通じない。男はぶつぶつと言いながら自分の世界に入っている。
そっちがその気ならこっちにも考えがあるんだからね!
話を聞いてくれないのなら──
「“ファイアボール”」
「なっ!」
──ドゴーン!
僕が狙ったのは、今この場所を囲っている“アレ”だ。この人に何を聞いても無駄なのならば、まずは魔法陣が刻まれた樹木を攻撃しよう。
「“ファイアボール”、“ファイアボール”」
「お前! やめろ!」
──ドゴーン! ──ズズーン!
どちらにせよ壊すつもりだったんだ。もし今ターキが来ちゃうと、庇いながらの戦闘になる。だから魔術が解けたら僕にも都合が悪いんだけど、少し減らしても問題無いよね?
きっと? 多分!
「巫山戯んな! 俺が何日かけて作ったと思っているんだ!」
「冒険者さん達が来なかった?」
「知らん!」
「“ファイアボール”」
「やめろって言ってんだろ!」
──ドゴーン!
僕が魔法陣を燃やす度に、怒りの度合いを上げる謎の男。
「“アースドリル”」
「それはさっき見たよ!」
僕はアースドリルを少ない動作で回避する。使うとわかっていれば警戒出来るからね。
「“ファイアボール”」
──ドズーン⋯⋯
「頭にきたぜぇ。なあ? 一つ聞かせろ?」
「ん?」
「お前はギルドの依頼で来たのか? 昨日までは沢山の冒険者が森に来ていただろ? 今日は時間になっても来てねーから、てっきりもう来ねーと思ったんだが⋯⋯お前はギルドとは別のところからの依頼で来てたりするのか?」
「⋯⋯」
男の表情が急に和らいだ。僕にはわかるよ⋯⋯あれは嘘の顔だってことくらい。でも何を考えているんだろう? 僕はどうしたらいいんだろうか。
*
side ???
とんでもない奴が来たもんだ。色んな意味でな。
俺の本領は戦闘じゃねえ! 暗躍なんだよ! 裏でコソコソ動くのが俺の仕事だ。この国の情報を集めたりバレずに潜伏したりな。
最初は子供だと侮っていた。すぐに切り崩す事が出来ると思っていたが⋯⋯
「おじさんばかり質問なんて狡いです。僕の質問には答えないのに!」
「⋯⋯」
くそっ! 言えよ! まだ冒険者ギルドは諦めちゃいないのか? あんな初心者冒険者が消えたくらい、数日耐えれば諦めると思ったんだ。
だから俺は不眠不休で動いたんだぜ? 人払いの中でも強力な魔術を木に刻んで回ったんだよ! 本当にイライラする⋯⋯だが冷静になれ! どちらにせよこいつは生きて帰すわけにはいかねえんだ。
迷宮の中へ誘うか? ラガスに殺らせた方が良いだろうか? でもラガスも十六の餓鬼だしなぁ。子供を直接殺させたら後のフォローが難しいかもしれねえ。
こいつはアーク。噂には聞いていたが、どれも悪い冗談かと思っていた。
若干四歳で冒険者になり、元Aランクのキジャに手傷を負わせたとか意味わからんしな。今ではCランクの冒険者だ。勿論調査で知っているさ。
問題はそこじゃねえ⋯⋯いきなり斬りかかられたら普通は動揺するだろ! いや、しろよ! 誰にそんな図太い神経を育てられたんだ? 元々なのか? あ゛ー!! もうついてねー!!
俺のユニークスキルは動揺してくれなきゃ使えねえんだよ!
どうすっかな〜。
「“ファイアボール”」
「お前!」
──ズドーン⋯⋯
流石にこれ以上はまずい。魔術が解けたらどうしてくれる! 阿呆! もう一度魔術を組み直すにも素材が足りねえよ!
短剣技の“シャドウウォーリアー”を発動して、正面から二重に重なるように突撃した。
実はこれがかなりエグい。実体か現実かわからない上に、クイックシャドウのフェイントも混ぜれば流石に心を乱すだろう。
「はああ! “ストーンハンド”」
アークの注意を散漫にするためだけに、俺は土魔法を発動した。
あいつは何発もファイアボールを撃っていたが、いったいどんな魔力してやがるんだ? 若さかねぇ〜とか言いたかねーよ。
ストーンハンドがアークの足へ殴りかかった。俺はそれに合わせてナイフを突き出す。
──パーン!
俺のストーンハンドが弾かれた音だ。一歩踏み込んで掌底を放ったらしい。だがその姿勢では躱せまい? 俺の分身の二本のナイフとスキルのフェイント。そして俺の渾身の突きだ!
「はぁああ!」
──カッ!
何が起こったんだ? わけがわからねえ。
アークの体が黄金に輝いたと思った瞬間、有り得ない加速で全部避けやがった!
──ガシン!
「ごがっ⋯⋯」
裏拳の反撃付きかよ⋯⋯確かにフェイントも何も全部避けられたら意味はねえさ。そんなことが出来るならの話だがな。
俺は激しく横殴りにされて、生えていた木に激突した。
洒落にならんくらい痛え⋯⋯誰かに殴られるのなんて何年ぶりだよ。ああ! この木は魔術刻んだ木じゃねえか! クソったれ!
アークは追撃をして来ない。俺は敵じゃないってか?
「冒険者さん達来なかったか教えて欲しいんだよ?」
「⋯⋯」
アークは落ち込んだ顔をしている。とんでもなく強いが、中身はまだ子供だな。
そう言えばこいつはさっきからそんなことを言っていた。自分の狙いを相手に話すなんて馬鹿な奴だぜ。そこもまだ子供ってことなんだろうな。考えが足りねぇんだよ。
だがこれは使えるか? クックック⋯⋯利用するしかねぇな。
俺は立ち上がると口の中の血を吐き出した。殴られて口の中がズタズタになっている。
歯が二本も抜け落ちてるじゃねえか。頭がグラグラするわけだぜ。これでも手加減しているんだろうけどな。
ん? 岩の影に置いてあった俺の貴重な食料が無くなってるぞ? いったいいつの間に!? 誰がなんの目的で⋯⋯って! それは後回しだ!
「おい。アークだったな。冒険者ってのは女が二人に男が四人の若いパーティーか?」
「多分それ! 六人組!」
アークは顔をぱっと明るくした。感情がダダ漏れなんだよ⋯⋯俺が保護者なら殴って教えるんだがな。
「そうかそうか」
俺は歩きながら近づいた。流石に警戒しているが、俺はアークの五メートル手前で止まる。
「教えてくれるの? 何処に行ったかわかる?」
「ああ、わかるとも。教えてやる」
今にも飛び上がりそうなくらいに、アークは嬉しそうな顔をしている。話の流れからすれば、アークは六人組とは面識が無いと思ったんだがな。
だからどうでもいい情報かと思っていた。これを使うには少し弱いかと思って心配していたんだが、これなら感情を強く揺さぶれるだろう。
「何処? 何処にいるの!?」
「まあ落ち着け」
俺は収納袋を取り出した。それをアークはキョトンとした顔で見つめている。
収納袋を左右に揺すってみる。アークは当然それを見ているが、感情が揺さぶられた様子では無い。
気が付かないのか? 収納袋に入っている意味に。
「そんなに探してたのか?」
「うん! 新人のお姉さんがね、とっても悲しんでるの。僕は皆を絶対に連れて帰るって約束したんだよ? 今は心配して泣いててね、早く連れて帰ってあげたいんだ」
「そうか、なら連れて行くと良いさ」
俺は収納袋に手を入れた。わざと丁寧に一体ずつ取り出していく。
──ズルリ⋯⋯ドスン。
「あ⋯⋯」
「ん? どうした? まだ全部出してないぜ?」
最初に取り出したのは女だ。アークに良く顔が見えるように出してやる。
──ズルリ⋯⋯ドシャ⋯⋯ズルリ⋯⋯ベチャッ⋯⋯
一体ずつ全て取り出すと、アークの顔が固まっていた。
しっかりと動揺もしているらしい。意味がわからなかったみたいだが、ゆっくりゆっくりと理解したのだろうな。アークの目から、涙が少しずつ溢れてくる。
敵の前で泣くなんてやっぱり子供だ。強いだけじゃ生きられないって教えてやるぜ。
「何で⋯⋯何で?」
「良かったなぁアーク。皆見つかって」
俺はユニークスキルの【二人目の支配者】を発動した。
アークの体がビクンと脈打った。ここまですんなりいくとはついてるぜ。
「皆⋯⋯助けに来たんだよ? 寝てないで起きてよ⋯⋯僕いっぱい探したんだよ。お弁当だって持っでぎたんだよ⋯⋯」
泣く子供を見るのは流石に良心が痛むな⋯⋯俺にもまだこんな感情がありやがるのか⋯⋯はぁ⋯⋯直ぐに楽にしてやるよ。
膝を折って泣いているアークの自由を奪い、俺は背後に移動する。なるべく苦しまない配慮くらいしてやるさ。じゃあな──
「シッ!」
一瞬で首を落としてやろうとした瞬間だった。
──ビシィ!──バリバリ!!
「ぐあ!」
アークの体から銀色の何かが溢れ出した。俺のナイフは得体のしれない力に粉々に砕かれる。
何だ!? こんなのは知らない!? 何なんだよこの力は! 制御だ⋯⋯くそっ、駄目だ! 俺のユニークスキルでも制御出来ない!!
バックステップで距離を取る。アークの体は確かに俺のスキルが支配した。その筈だった⋯⋯
凄まじい力の奔流が、周囲の木を薙ぎ倒していく。魔術がどうこう言ってられる状態じゃねえ! 何だよ! こんな力⋯⋯俺に操れるわけが⋯⋯
「くそ!」
俺は吹き飛ばされそうになりながら、必死で地面の岩に齧り付いた。圧倒的なプレッシャーが、アークの体から放たれている。
死体の冒険者は飛ばされていないようだ。寧ろ不思議な力で守られているようにも見える。
アークがゆっくり立ち上がると、力の波動が落ち着いてきた。銀色の闘気のようなものがアークを包み、紫色の稲妻がバチバチと体を守るように纏われていた。
もうさっきのように飛ばされる心配は無いだろう⋯⋯だが、今のアークには全く勝てる気がしない。
「虎の尾を踏んだってわけか⋯⋯陛下。姫様。俺はここまでのようです。すいません」
直ぐにアークは振り返るだろう。そしたら真っ先に俺を殺しに来る。俺のユニークスキルが通じない以上、覚悟を決めるしかねえかもな。
ただで殺られるつもりは無い。最後まで諦めてたまるかよ! 俺は⋯⋯絶対に故郷へ帰るんだ!
もう一度⋯⋯




