消えた冒険者(4)
ギルドの中は今日も煙いです。初めて見る顔の冒険者が、僕のことを見て不思議そうな顔をしています。よくあることだから気にしないよ。
昨日の新人受け付け嬢さんがいる。僕を見つけると、小さく手を振ってくれた。
昨日より少し元気になったみたいで良かったよ。
「おはようございます。師匠」
ターキが僕に走り寄って来た。その顔に笑顔がないってことは、やっぱりまだ見つからないんだなー。
「駄目だったんだ⋯⋯」
「ええ⋯⋯」
リフレさん達と合流して、また森へ向かう。夜の捜索部隊も全く手掛かりが無い様子。皆半分諦めてるのが伝わって来るな⋯⋯
今日もターキとペアになり、割り振られた場所を探し回った。クレイゴーレムがたまに何処かに行ってしまうハプニングがありつつ、くまなく全体を見て回った。
「おい」
「ん? あれ?」
他の場所を探している筈の冒険者さん達に声をかけられる。僕等は彼等とこんな場所で会うはずないんだけど⋯⋯
僕等は七番の探索で、彼等は確か六番だったはずだ。
「ちょっと西に来すぎたかな?」
「いや、悪いな。同じ場所見てても仕方ねえ。今日こそ見つけてやろうぜ」
「うん!」
その場ですぐに別れ、ターキと一緒に引き返した。
クレイゴーレムのナナシーが(適当に名付けた)、また何処かにはぐれたようだ。
溜め息を吐きながら振り返ると、さっきの冒険者さん達が既に何処にも見当たらなかった。
そんなに急に離れることが出来るものなのかな?
「そろそろ一度お昼に戻りましょうか」
「うん⋯⋯そうだね」
ターキの言葉に頷いた。でも何か引っかかるんだ。わけがわからないけど、何かがおかしい気がする。
「んまぅ?」
「わ!」
急にナナシーが見つかった。さっきまで居ないと思ったんだけど、今ではちゃんと目の前にいる。
「びっくりさせないでよね」
「んーーーまっ!!」
魔法を解除すると、ふにゃふにゃになって横たわるナナシー。名前付けるんじゃなかったって後悔したよ。
この日も成果はあげられず、悔しく思いながらギルドに帰った。
ミルクさんが渋い顔をしながらグラスを傾ける。
鎧のおじさんと猫耳さんもいるな。でも今日は猫耳さんで遊ぶ気にはなれない。尻尾はまた今度触らせてね!
新人受け付け嬢さんは仕事をしているようで、必死に何かに取り組んでいた。
*
次の日の朝、冒険者ギルドに入ろうとしたら、あの新人受け付け嬢さんが飛び出して来た。何があったのかわからないけど、泣いているのだけはわかったよ。
きっと中で何かがあったんだ。とりあえず追うべき? 中で事情を聞くべきかな?
「まったく⋯⋯あいつはよぉ⋯⋯」
ギルドの扉が開けっ放しになっていたので、中の様子が確認出来る。今喋ったのはキジャさんだろう。
いつもの探索メンバーが酒場の椅子に座り、キジャさんを囲うように集まっていた。呼ばれてはいないけど、僕もその囲いに参加する。
「まあ今話した通りだ。これだけ捜索しても見つからん⋯⋯残念だが、森の捜索は打ち切りにする」
打ち切り⋯⋯打ち切りだって? まだ待ってるかもしれないのに?
「もう出発してから八日なんだ。流石に厳しいだろ? 引き際だ」
そうなんだ⋯⋯だから泣いてたんだね。探してくれる人がいなくなる。そう思ったんだろう。
でも僕はあの新人さんと約束したんだ。まだ僕がいる⋯⋯まだ僕は諦めてない。だからきっと見つけてあげるからね。
一人であの森を探索するにはどうする方が良いだろう。そう思いながら僕はギルドを出て行った。
あの新人さんはどうしただろうか? なんの装備も無く一人で町の外へは出れないと思う。早く見つけてあげないと可哀想だよ。
「おや? 今日は一人なのか?」
「おはようございますタイラーさん」
「おはようアークツー」
「一号は誰なの!?」
南西門のじいちゃん兵士だ。かなりの高齢なのに大丈夫なのかな。それと僕はアークツーじゃないですからね!
「気をつけて行って来るんじゃぞ?」
「タイラーさんも体には気をつけてね」
「ふんっ! 老人扱いするんじゃないわい。わしゃ何時までも現役だからのう」
「この仕事長いんですか?」
「んー、そうさなー。先々代領主の頃から兵士をやっておるよ」
領主様のおじいちゃんの頃からか。それは年季が入ってる顔をしているわけだ。
「やっぱりおじいちゃんじゃん!」
「まだまだ若いもんには負けん!」
鋭い眼光が無駄にかっこいい。近くにいた兵士さんが苦笑いしている。
「わしゃこの町を護ると決めた時から、一度だって休みはせんかった。誓を守ることこそが、儂の生きる道なんじゃよ」
「よくわかんないけどかっこいい!」
やっぱり面白いおじいちゃんだ。生きる道とか難しくて意味がわからないけど、誓を守るってのは大切だ。
僕も約束を守るために頑張ろう。
「じゃあ行ってきますね」
「ああ、行ってこい」
森まで歩きながら考えた。一番良い捜索方法はないだろうか? エルフのリフレさんでも見つけることが出来なかったしなぁ。
森の声を聞くことが出来る“フォレストウィスパー”でも、そこまで明確な答えがわからなかった。
リフレさんは魔術の気配を探していたんだよね。消えた冒険者さん達はその魔術のせいで遭難したとか? スキルの事には詳しいけど、魔術は全然わからないんだよね。
早く見つかって欲しいな。今日もお弁当沢山持って来たんだから。あの受け付け嬢さんを安心させてあげたい。出来ますよね? 父様。母様。
もう少しで森というところで、こちらへ近付く気配に気がついた。
「ししょーう!」
「ん? ターキ?」
何故かターキが駆け寄って来た。どうしたんだろうか。
「やっぱり師匠は行くと思ってました。俺も手伝いますよ!」
「え? 良いの? お金にならないよ?」
「お金は確かに大事です。ですが、お金にならないことの方が俺は好きなんですよ」
「あはは。そうだよね! お金にならないことの方が大切な時があるものね」
今が正にそうだもの。あ、タイミング無くて忘れてた。
「ターキ。これね、ターキにプレゼントするよ」
「え⋯⋯え! これって⋯⋯まさか⋯⋯」
「収納のショルダーバッグだよ。本当はDランクになったらお祝いにプレゼントしようかと思ってたんだけど、今これがあった方がターキも楽だからね」
ターキはショルダーバッグを受け取ると、手をぷるぷるさせている。
受け取らないって言われなくて良かったな。
「これ、新品ですね⋯⋯使用者登録機能付きの新型じゃないですか!」
「詳しいの?」
「収納バックに憧れない冒険者はいません⋯⋯本当に良いのですか?」
「勿論だよ。容量は一トンで少ないけどごめんね」
「一トン!!?」
ターキは驚きに目を見開いた。また手が震えているみたいだけど、喜んでくれたかな?
「滅茶苦茶高いやつですね⋯⋯師匠でも大変だったんじゃないですか?」
「使い道が無くてね。余ってるんだよ」
「つ!!? ⋯⋯そんな⋯⋯師匠は⋯⋯俺の為に⋯⋯無理して嘘ついてまで⋯⋯こんなに俺は⋯⋯」
ターキが更に震えていた。声もなんか全然聞こえなかったや。
「それで頑張ってね! 無理はしちゃ駄目だよ?」
「はい⋯⋯はい! 頑張ります! ありがとうございます!!」
気合いの凄いターキに少し気圧された。喜んでくれているみたい? 目が血走ってるけど⋯⋯プレゼントして良かったな。
ターキはすぐに持っていた荷物を移し替えた。肩に背負い、それを大事そうに撫でる。
これで荷物も多く運べるようになるし、外での食事も改善されるよね。
「頑張って探そう。二手に分かれた方が良いよね」
「頑張ります。流石に二人で全部は厳しいですがね」
「でもやるよ!」
「はい!」
森を見据えながら、僕とターキは頷いた。きっと新人さんはまだ泣いているだろう。昨日の締め付けてきた腕の力が、頭の中に蘇ってくる。強い力だったんだ。
森の端から念入りに探しなおす。消えた冒険者さん達が小物などを落としていないか探すんだ。
クレイゴーレムを沢山呼び出して、全員に探索を手伝ってもらった。
暫くすると、一体のクレイゴーレムが何かを持ってくる。
「んぱあ。んばんーま! ま!」
「何見つけたの?」
クレイゴーレムが持ってきたのは明らかにゴミだった。でも少し気になったので一応確認してみる。
なんだろう? 見た事のないラベルの缶詰めだ。うぇ⋯⋯なんか生臭い⋯⋯魚の缶詰め? 多分そうだ。生臭いからまだ最近の物だって事かな?
何処で見つけたのかわからないけど、他のゴーレム達も缶詰めを持って来る。
「え! こんなにあったの!?」
空いた缶詰めが何個も何個も出て来るのだ。こんなに捨ててあったのならば、今まで見つかってないのがおかしい。
僕が唖然とそれを見ていると、今度は木箱を抱えて来るゴーレムがいた。
「ちょっと! そんな物何処にあったの!?」
木箱をズシンと僕の目の前に降ろし、褒めて褒めてとゴーレムがクネクネしだす。
「ありがとう。でもちょっと待っててね!」
「んま〜う〜」
木箱の蓋は開いていて、中には同じ缶詰めがあった。今度はちゃんと中身が入っているやつだった。
試しに一つ開けてみる。缶切りは持ってなかったけど、プルタブ付きの缶詰めだった。
中には茶色い液体に浸かった魚の切り身。このまま食べても問題は無さそう。毒耐性もあるからね。
行儀が悪いけど、指で身を拾って食べてみる事にした。少し生臭くて、ハーブと濃い味で誤魔化したような物だったよ。
嫌いじゃないけど微妙だな。保存食としては優秀なんだろうか? 僕の町では見ない物だよ。ギルドに帰ったら聞いてみよう。
ゴーレムがまた新しい木箱を運んできた。また中身が入っている⋯⋯かなり量があるな。
中身の種類が違うのか、ラベルの色が異なる物だった。これも開けてみると、今度は魚がオイル漬けになっている。身が柔らかくて臭みも無いね。うん、美味しいよ。
それにしても、こんなに大量の食料が何故こんな場所に? 誰かが住んでいたりするのかな? そうなった場合、僕はその人から食料を盗んだ犯人になるんじゃないの?
「うぅ⋯⋯これがあった場所へ案内してくれる?」
「んーまっまっま! んぱぁ!」
クレイゴーレム達の後ろを歩き、重い気持ちで着いていく。確かにちょっと複雑な気持ちで着いていったんだけど、急に皆とはぐれてしまった。
さっきまで確かに前に⋯⋯?
「え? あれ? 皆何処?」
「ま? んまぅ?」
「え! いた!」
「ま! ま! ま!」
僕が不甲斐ないせいなのか、クレイゴーレムが手を引いてくれた。
でも、そっちは行っちゃいけないよ。そう思ってクレイゴーレムを止めようとした時、何故そっちに行っちゃいけないのか意味がわからなかった。
クレイゴーレムは命令が無きゃ動けない。僕は木箱があった場所まで連れて行ってくれるように命令した。その命令を撤回しようと思い、同時に疑問がわいてくる。
どうしてそっちに行っちゃいけないと思ったんだ?
だけど理由がわからなかった。どうしてだろう? なんでだっけ?
「んーぱあ! むまう!」
「え? あ、あれ?」
不安な気持ちで溢れていた。だけど、その先の一歩を踏み出した時に、不安だった気持ちが一気に霧散する。
心は穏やかになっていた。何かから解放されたような清々しい気持ちだ。
「まっ!」
「ごめんね。あはは。なんだろうね」
案内してくれたゴーレムにありがとうと言う。背後を振り返ると、樹木に変な魔法陣が刻まれていた。
「これは!」
右にも左にも魔法陣だらけだった。呪いの部屋の御札みたいに、周囲をびっしりととり囲んでいる。
ゴクリと生唾を飲み込んでから、更に歩を進める事にした。
多分あれに何らかの魔術がかけられている。あれのせいきっとここに入れないようにされていたんだ。もしかしたら、この先に消えた冒険者さん達がいるかもしれない。
この場所へ入れたのは偶然だと思う。そして、この魔術の中心へ向えば、きっと何かがあるだろう。




