消えた冒険者(2)
ドラグスの南西の門から僕達は出発した。帰らないFランク冒険者さん達の捜索のため、皆気合いが入っているように見える。
なだらかな上り坂を歩きながら、頑張って見つけてあげようって僕も気合いを入れています。
リーダーはエルフのリフレさん。リフレさんって何歳なんだろう? 人族以外の年齢って難しいです。
女性に年齢のことを聞くのは失礼なんだって母様とミト姉さんに言われたよ。なら失礼にならずに年齢を調べる方法を探さなきゃいけないよね。
気になったらどうすれば良いんだろう?
南西門を出たら西北西の方角へ向かいます。
カイザーさん達は、仕事で一度そこに行ったことがあるらしい。他の冒険者さんも結構な人数が行ったことがあるそうだ。
僕ももしかしたら行ったことあるのかな? ベスちゃんと色んな場所を走り回ってたから忘れてるだけだったりして。
リフレさんがたまに後ろを振り返る。一応ちゃんと着いて来てるかの確認だと思う。
僕とターキは最後尾で、仲良く一緒に歩いています。
「ターキは最近どうですか? 調子良いですか?」
「あはは。師匠程ではありませんが、今Dランクを目指して頑張っていますよ」
「わ! ということは、ターキ今Eランクなんだね! 僕もEランクには思い出があるよ。Dランクはすっ飛ばしちゃったけど」
「ふふ、普通は望んでもそんな事にはなりませんけどね」
ターキは苦笑いを浮かべている。でもCランクになるきっかけになった戦いは、本当に初めて死ぬかと思ったよ。あれは恐怖だった⋯⋯だから楽に飛び級したわけじゃないんだけどね。
「Dランクになれば稼げるね!」
「Eでも結構稼げてます。下世話な話になりますが、Cランクだとどれくらい稼げるんですか?」
「んー⋯⋯日によるかな? 昨日狩った魔獣がすっごく高そう」
「ほぉ。師匠がオークやハイオークをぽんぽん狩ってるのは知ってます。そんな師匠が高そうと言うような魔獣ですか⋯⋯」
「ギリギリ勝てたんだ。森で急に襲われてね。ターキも気をつけた方が良いよ? 気配完全遮断してて姿が見えない魔獣もいるからね」
「気をつけれます? それ」
「咄嗟の判断はシビアだと思う。危険察知のスキルは鍛えておいてね。真面目に」
「貴重なお話ありがとうございます。鍛えておきますね」
危険察知のスキルは凄く大事だと思ったよ。隠れてる敵に気がつけないと、簡単にペロンと食べられちゃうもん。
ターキがDランクになったら、収納袋でもお祝いに買ってあげよ。錬金術ギルドに行けば売ってるらしいって聞いたからね。
「お、おい! 何だありゃ!」
一人の冒険者さんが叫んだ。その冒険者さんの視線の先を追うと、町の真ん中ら辺に灰色の巨大な魔獣が寝そべっている。
「何だ! いつからあそこにいたんだ!?」
「う⋯⋯そ⋯⋯」
「なんだあれは!」
「魔獣! デカすぎんだろう!」
「化け物⋯⋯」
「動かねーな⋯⋯死んでんのか?」
冒険者さん達がザワザワしながらアレを見る。確かにタイミング的に皆知らない筈だよね。ギルドマスターのキジャさんから、冒険者の行方不明話を聞いている時に出して来たからなぁ。
「あ、あれは! フォレストガバリティウス⋯⋯Cランクの魔獣よ。しかもかなり大きい⋯⋯。森と同化して姿を消し、気配を完全に遮断して潜むのよ。エルフにも恐れられる災害級魔獣なの⋯⋯体が頑丈でアダマンタイトゴーレム並の強度があり、パワーもスピードも一級品。広範囲を焼き尽くすオリジナル魔法まで連発してくる化け物だわ」
ちょっと! 何で! そんなに! 詳しいの! 過去に戦ったことでもあったのかな!? エルフさんの殆どは森に住んでるらしいから、フォレストガバリティウスは天敵として恐れられてるとかかな!?
「マスターかサブマスか? あれを狩って来たのは⋯⋯」
「狩ったならいつだ?」
「竜戦鎚のベスさんか、蒼炎の魔剣騎士ベルフさんかもしれないぜ?」
「ベスさんならもっと豪快に頭を潰すだろ? ベルフさんなら焼け焦げの残痕が残るだろうからなー」
犯人探しされている気分だよね。あと、蒼炎の魔剣騎士ってかっこいい! どんな人なんだろう。
「姿を消す⋯⋯気配を遮断する⋯⋯強かった⋯⋯お金になりそう⋯⋯」
ターキがチラ見してくる。僕はサッと目を逸らした。
「あ、あー。Fランク冒険者さん達無事かなー!?」
僕の大きな呟きを聞いて、ハッと我に返る冒険者さん達。
そうです! 今はお仕事中ですよ? イノシシはほっといて集中してくれないと困ります。
「早く出発するとしましょうか。町に危険は無さそうね。帰ってから見たい人は見に行けば良いでしょう」
「ああ、そうだなリーダー」
「先を急ごうか」
「わかった。今は依頼に集中しねーとな」
皆の気持ちが一つになり、あっという間に目的地です。
リーダーのリフレさんの前に、各パーティーリーダーが集まった。
「少し情報収集します」
「情報収集?」
「ええ。ちょっと静かに。⋯⋯“フォレストウィスパー”」
リフレさんの放出した魔力が、森全体に染み込んでいく。それにしたがって、森全体から葉擦れの音のような声が聞こえてきた。
『クスクス』『だれだれ?』『なになーに?』『わーいわーい』
これはあれだ⋯⋯神樹に認められた者が授けられる森林魔法だ。葉擦れのような音だったものが、小さな妖精が語らうような不思議な声に変わっていく。
「教えて欲しいの」
『なになーに?』『クスクス』『教える?教えて?』
「数日前に、六人組の男女が来なかった?」
『わかんなーい。わかった』『わかるよ。わからない』『あれはきたきた』『どっちにきーた?』『六人きたきた』『一人もきたよ?』『わいわいがやがや』『きゃっきゃうふふしてた』『でもでも見えない』『いないいない今はいない』『森からでたー?出てないよー』『あっちかこっちかわからなーい』『どこかにいるはずいたはずよ?』『魔力の流れが不思議な不思議』『どこかにあるの』『六人あるよ』『何処かにあるよ』
すっと魔力が霧散した。魔法の効果がきれたのか、伝えることが終わったのか⋯⋯リフレさんは難しい顔をして、鼻筋を押さえて目を閉じる。
「んー⋯⋯六人は来たわ。間違いない⋯⋯楽しそうにしていたみたいね。でも森からは出てないって言ってるのに、何処にいるのかわからないそうよ。迷いの結界に近い魔術が存在しているのかもしれないわ。まだわからないけど、六人は“ある”と言っていた。“いる”じゃないのは⋯⋯多分もう⋯⋯」
背筋が寒くなった。多分もう? もしかして、そういうことなの?
他の冒険者さん達も難しい顔をしていた。間に合わなかったんだろうか? ミラさんの後輩、悲しんじゃうよ? それは嫌だな。
まだきっと大丈夫だよ。
「この魔法も確実だとは思わないでね。でもここに六人が来たのは確かだと思うわ。まだ森の中にはいる筈よ。だから諦めずに探しましょう」
「そうか⋯⋯まあどちらにしても、何か持って帰ってやりてえ」
「そうだな。まずはエリアを分けての捜索か」
「ようっし! おーい。集まれお前ら〜」
全員で歪な小さい輪を作る。ターキも僕の後ろへ立って、頭越しにリフレさんを見詰めた。
「八つに分けて探しましょう」
それから捜索の進め方の説明が始まった。大雑把な地図を八等分して番号をふる。僕とターキは四番を任された。
「頑張ろー」
「はい!」
そのエリアは起伏の激しい場所で、見落としが無いように念入りに見て回る。人が通った形跡を探して歩いているんだけど、数日前の足跡などを見つけるのは結構難しいよね。
こういう時に役立つのは“尾行”スキルや“探索”スキルだ。クレアの犠牲と雑木林の食材探しで手に入れたんだ。でもその両方のスキルを使っても何も反応が無いんだよね。
ターキは召喚の魔法陣を取り出して、小型の白い梟を数羽呼び出した。
「頑張って下さいね」
「ホー」
「ホーホー」
飛び立つ梟は優秀そうだ。ターキは色々万能だなー。凄いよね。
僕も真似をしてみよう。土魔法でお馴染みのあの子達だね。“クレイゴーレム”を五体呼び出して、一例に並べ声をかける。
「皆さんおはようございます。この周辺で、六人組の遭難者がいるかもしれません。助けてあげたいんです! 力を貸して下さい!」
「んむぅ!」
「まー!」
「まむう!」
「んーんー!」
「まむぅ?」
僕が指示を出すと、クレイゴーレム達は散っていった。一体だけ理解出来てるのか不安だけど、複数呼び出すとアホな子がいる事が多いんだよね。何でだろ⋯⋯
それから数時間探し回ったけど、僕達は何も手がかりを見つけられなかった。
昼食の時間になり、全員がスタート地点まで集まって来る。
この森はたまにゴブリンが出るくらいだけど、昼食の時は一応安全を考えて皆で食べることになったのだ。
ここで小さな問題が発生する。具体的に言えば品質の差だ。
リーダーのリフレさんや、Dランクのパーティーなんかは収納袋を持っている。Eランク以下の冒険者はそこまでお金を持っていないので、乾パンや干し肉で腹を満たすのだ。
勿論ターキも干し肉だったけど、僕だけ美味しいサンドイッチを食べるのも悪い気がしたので、恐縮されたが半分こにした。
午後の捜索はエリアを交代したり、自由に歩いて探しても良いことにするらしい。それから夕方まで頑張って探したんだけど、なんの手掛かりも掴めなかった。
残念だなぁ。怪我とかで動けなくてお腹を空かせている姿を想像すると、とても悲しい気持ちになる。
早く見つけてあげたいんだけどな。ごめんね⋯⋯
一日目の捜索は、他のパーティーも成果を上げることが出来なかった。
帰り道、町の外から見えるフォレストガバリティウスが、てっぺんから少し解体されているのが目に入る。
ターキがたまにチラ見して来るけど、僕が倒しましたなんて言える雰囲気じゃない。黙秘権を使いたいと思います。
「皆大丈夫かなー?」
「皆って、消えた冒険者達ですか?」
「うん。進展が無いと不安になる」
「明日また頑張りましょう。夜は夜で探索隊が組まれるみたいですよ」
「見つかると良いなー」
「そうですね。きっと見つかります。祈りましょう師匠」
「うん」
ターキと雑談をしながらギルドまで帰って来た。ミラさんが直ぐに近づいて来たけど、僕達の顔を見て察してくれたみたいだ。
リフレさんが夜に動く冒険者さん達に、昼間捜索した範囲の引き継ぎをする。一応全域は探しちゃったんだけどさ。
「あ、そうだ! アークちゃん、フォレストガバリティウスの査定額が決まったわよ」
「へ、へぇー。あの灰色のやつね」
「??? どうしたの?」
「ど、どうもしないかな!」
ターキのチラ見がガン見になってる!? 今出して欲しくない話題だったよ。
「今日頑張って探したんだけど、気配も痕跡も見つからなかった」
「そう⋯⋯夜も捜索隊が編成されるわ。なるべく早く見つけるわよ」
「うん!」
ふぅ。話題を変えれて良かったよ。
「査定終わったからカードに入金しちゃうわよ」
「ああ、うん。オークとかね!」
「え、フォレスちょちょちょちょちょ〜⋯⋯」
ミラさんの手を掴んでグイグイ引っ張りながら受け付けカウンターに移動する。ランクは上げたいけど目立ちたいわけじゃないんだ。毎日毎日ギルドに来る度に注目されている僕からすれば、道端の石ころに譲りたいくらいもう注目は十分なんですよ。
「も〜どうしたのよ」
「急に手が握りたくなって」
「もっとロマンティックなシチュエーションでその言葉を要求するわ」
「外は夕陽が綺麗だよ?」
「外はね!!!」
ロマンティックは難しいよ?
僕が次の切り返しを考えていると、ミラさんが明細の書かれた紙を出てきた。
ナニコレ。ゼロイッパイ。
「これがフォレストガバリティウスの売却価格ね。これなら立派な家が建つわ。大きな花壇のある庭に屋敷、それにプールだって作れちゃうかも! 良いなーアークちゃん」
「ゼロイッパイダネ。スゴイネ」
「ねー」
ホントウニスゴイネー。120万ゴールドだって⋯⋯これでもA級魔剣は買えないんだろうけど、最近の稼ぎも足したら150万ゴールド超えちゃうよ。
「でもちょっと多くない? 朝は80万ゴールドくらいになるって話だったんだけど」
「査定はちゃんとやったわよ? 解体員さんが言ったのは、最低でもって意味だったんじゃない? これでも税金や手数料とか引かれててね。私にもボーナスが入るの! 大好きよアークちゃん♡」
ミラさんのテンションが高い。頬っぺにブチューっとされた。もしかしたら今日の捜索が上手くいかなかったから、僕が元気出るように明るく見せてるのかもしれないね。そう思ったら少し嬉しくなった。
「ありがとうミラさん」
「私もありがとう」
牙や魔石は後日ギルドまで運ばれてくるそうだ。いくらCランクの魔物の素材でも、毎回こんなに高額で買い取ったりはしないらしい。魔物によっては使える素材が微妙なのもあって、安い場合もあるんだとか。
でもCランクの魔物なら、全身が揃った状態で最低でも20万ゴールドにはなるらしいよ。
オークやいらない薬草も買取に出して、僕のカードに入ってる所持金が1539885ゴールドになった。
こんなにもらって良いのかな? なんだか悪い事している気分になる。これは善行が必要だよ!
3万ゴールドだけ引き出して、帰りに錬金術ギルドに寄って行こう。
*
side ???
星が空を覆うころ、俺は眠気のピークにさしかかっていた。どうやら冒険者達が帰ってくれたらしいが⋯⋯
「⋯⋯」
夜は夜で探しに来る冒険者達⋯⋯勘弁してくれ。こっちは結界魔術でヘトヘトなんだ。
「⋯⋯やっと寝れっと思ったのによ⋯⋯」
俺のボヤきを聞くやつなんていない。眠気を覚ますポーション飲んで頑張るしかないか。




