洞窟での戦い
洞窟は岩肌が剥き出しなうえに、とても脆そうな壁に見える。衝撃で崩れて生き埋めになったら大変だな。
洞窟へ入る前に僕は口に布を巻いた。中はきっと悪臭が酷いだろうから、少しでも対策をしておこうと思ったんだ。
カイザーさん達は匂い対策をしてないみたいだけど、大丈夫かなー? 一応僕の予備もあるんだけど、欲しいって言われたらあげれば良いかな。
松明の灯りを左手に持ち、先頭を片手直剣の二人が先導する。洞窟は所々狭く、二人並ぶと余裕が無い。そんなんじゃ剣振れないでしょうに。
「くっ! 酷い匂いだ!」
先頭にいたシドーさんが口を開いた。全員が顔を顰めている。
でもちょっと声が大きかったね。ゴブリン達には侵入がバレているでしょう。装備も音が出ちゃってるから今更なんだけどさ。
きっと今回の依頼は良い経験になる。だから僕は危なくなるまで何も言わない事にした。
この洞窟はどこまで続いているのかな? 狭い場所はかなり狭い。体を横にしなきゃいけない所もあるよ。
奥に進むと、天井は場所により高くなっている。亀裂の隙間から奇襲されたら大変だ。
どうしよう⋯⋯もう危機的状況だよ。
「止まって下さい」
「え? なんでいきなり」
口を挟まずにはいられなかった⋯⋯カイザーさん達が最後尾を歩く僕へ振り返る。大丈夫そうなら止めなかったんだけどね。
僕が皆の足を止めたことで、カイザーさんの顔はほんの少しイラっとしたように眉根を寄せていた⋯⋯パーティーリーダーのプライドってやつかな? でも仕方がないじゃないか。
「そこより少し進むと、ゴブリンに誰か一人が殺されてました。弓を構えて亀裂の隙間で待ち伏せしてます」
「っ!!」
「え!?」
「いきなり至近距離から音もなく矢を放たれた場合、僕でも少し焦りますので報告しました」
先頭にいたシドーさんとブフさんが、僕の言葉で一気に緊張した。マイリーさんは顔を青くして、アンさんはコクコク頷いていた。カイザーさんは少し申し訳なさそうな顔をした後、軽く息を吐く。
「それは本当なんだろうね。匂いで集中力が散漫になっていたようだ。情報をありがとう」
「いいえ、気にしないで下さい。十メートル先の右上の亀裂の中です。気をつけて進みましょう」
「凄いね。そこまでわかっちゃうんだな」
後はなんとかなるだろう。シドーさんとブフさんは、その亀裂の場所へ到着するまでずっと緊張しながら集中している。真顔でカイザーさんもだ。是非他にも注意を向けて欲しい。
「ギュギ!?」
ゴブリンの奇襲は失敗した。もはや奇襲じゃなかったからね。
シドーさんが盾で矢を防ぎ、マイリーさんが“バブルボム”でゴブリンを叩き落とす。トドメにブフさんがゴブリンの心臓を剣で一刺しして終了だ。
ゴブリンは買取素材の角がそのまま討伐の証明にもなるので、ちゃんと全部剥ぎ取って回収しなければいけない。その作業は帰りでも大丈夫だけどね。
先へ進むと洞窟の奥から光が見えてきた。きっとゴブリンの燃やす松明だと思うけど、カイザーさん達は何故か頷き合う。あそこにゴブリンがいるぞ!? と、確認し合っていたのだろうか? 足音を忍ばせる皆⋯⋯バレたくないのなら、最初から注意するべきだと思うよ。
松明に照らされた場所は広間のような部屋になっていた。きっとゴブリンが住みやすいように、自分達で岩を削ったのだろう。
松明がとても良い仕事をしているみたい。灯りのせいで、余計に見えずらい影をいくつも作り上げていた。
地形は凸凹で、壁にも穴が空いている。潜伏し放題でゴブリン達には戦いやすく、初見のこちらは不利になるだろう。
「ぎゃっぎゃっぎゃ! ブキャラギギャ! パウキギャガー!」
「ギャギャギャ!」
「ギャッギャッギャ!」
十体のゴブリンが広間の中央で錆びた剣やナイフを持って立っている。まるでそこへ誘き寄せたいと言っているようだ。
カイザーさん達を見て明らかに挑発しているよ? マイリーさんとアンさんを、醜悪に笑いながら涎を垂らして見ていた。
ゴブリンもオークみたいに繁殖するんだっけ? 捕らえられている人がいたら助けないとね。
「皆! 俺達の実力を発揮する時が来たようだ。気を引き締めていくよ!」
「「「「おー!」」」」
僕がとりあえず状況確認をしていると、カイザーさん達は気合いを入れる掛け声をしていた。
なんだかもう飛び出す雰囲気なんですけど!
僕は隠密で影に隠れている。カイザーさん達は武器を構えて陣形を作った。
「“ファイアスネイク”!!」
「“バブルボム”!!」
アンさんとマイリーさんが魔法を唱える。そして左右からシドーさんとブフさんが走り出した。
練習した連携なのかもしれない。中央からはカイザーさんが薙刀で突っ込んだ。
「うおおあ! “五月雨突き”」
カイザーさんの薙刀技、五月雨突きが放たれる。
ファイアスネイクとバブルボムで体勢を崩されていたゴブリンは、驚きの顔を最後に五月雨突きに刺し貫かれた。
それは一瞬の突き技、頭、首、心臓を正確に狙うスキルだった。シドーさんとブフさんは左右から圧力をかけ、後衛のマイリーさんとアンさんを守る役割があるみたい。
中央で暴れるカイザーさん。でもそんなに上手くいかないよ。
ガツン! ババ! ダダダ!
「うぐっ!」
「なんだ!?」
物陰から石が投げられて、シドーさんの頭に激突する。意識は失わなかったみたいだけど、片膝をついて頭から血が流れた。
「何かが潜んでいる! 気をつけろ!」
カイザーさんの声を聞きながら、僕は危険なゴブリンだけを間引くことにする。
毒をたっぷりつけたナイフを当てるために、影から狙いを定めていたゴブリンをサックリ倒す。
弓も危ない。サックリ倒す! これも危ない! ああ、あれも駄目だ!
僕は一人で忙しく影の中を走り回る。
広場に見えていたゴブリンと、投石ゴブリンくらいは何とかしてね。ゴブリンマジシャンはどうしようか?
「ぐわあ!」
カイザーさんの肩が切り裂かれた。血が少し飛び散ったけど、致命傷ではないと思う。ただ不衛生な武器だから、後で綺麗にしないといけないね。
「“ファイアバレット”!!“ファイアスネイク”!!」
「はあああ!“バブルボム”」
アンさんとマイリーさんが、魔法でカイザーさんを援護した。それは良いんだけど、アンさんが投石を背中に受けてしまう。
「ゲハ⋯⋯ごほ」
「アン! くぅ! “バブルボム”!!」
陣形が崩れ出してしまったみたい。何処から飛んでくるかわからない石のせいで、広間のゴブリン殲滅に集中出来なくさせられている。
「ぐぎゃあっ!!」
「ブフ!!」
ブフさんがゴブリンマジシャンから“ファイアアロー”を受けてしまう。それは腹に突き刺さり、衝撃で数メートル転がされた。
あれは少し危険かもしれない。五秒くらいで消えるけど、内臓を焼かれてしまうから⋯⋯
レベル3の火魔法が使えると思わなかったよ。危ないからサックリ倒す。
仰向けで腹を押さえながら苦しい顔をするブフさんに、カイザーさんが走り寄った。
「ブフ! しっかりしろ! ほら! ポーションを飲め!」
「ガフ⋯⋯すまん」
「きゃああ!」
カイザーさんは焦っていた。シドーさん一人ではゴブリンを受けきれない。ガードを突破したゴブリンが、マイリーさんに斬りかかった。
マイリーさんも何とか避けたけど、お腹を少し斬られている。
「このやろーーー!!“五月雨突き”!!」
──ザザザン!
それは見事に決まり、上手くゴブリンを倒せた。広間に残るゴブリンは後四体。
「皆! 一度ブフに集まってくれ!」
「わかった!」
「うん」
「わかった⋯⋯げほ」
シドーさんは最初に投石のダメージを受けたけど、今は状態がかなり回復しているみたい。マイリーさんは大袈裟に斬られてそうに見えたけど傷は浅いかな。
アンさんは背中に石を受けただけに見えた。でも多分骨折しているね。
ゴブリンを牽制しながら、何とか一箇所に集まった。ブフさんも何とか立てるまで回復したみたい。
あ、ボスが動き出したよ。
広間の奥にホブゴブリンが座っていた。そいつはただ戦闘を眺めていたんだけど、なかなか決着がつかなくて腹を立てているみたい。
それに物陰にいるはずの奇襲役が機能していない。苛立つのは当たり前だよね。僕がサックリ倒しちゃったから、奇襲される筈がない。
「グギャアアアア! グギャオギャクギャ」
「ギャッ! ギャギグ!」
「ギャギャ!」
ボスの恫喝に、ゴブリン達は怯んでしまう。今までホブゴブリンがいるのを知らなかったカイザーさん達も同じだ。
「嘘⋯⋯だろ?」
「上位種⋯⋯い、嫌よ⋯⋯」
カイザーさんとマイリーさんが呟いた。ホブゴブリンはゆっくりとこちらに歩きながら、大きな両手剣を肩に担いだ。
「くっ! やるしかねーのか!」
シドーさんが歯を食いしばった。そんな事はお構い無しに、僕は投石ゴブリン達をサックリ倒す。
「グギャオ! グーゲ、ギャンザバイン!」
ん? ホブゴブリンに魔力が集まり始める。何をするつもりかな? ちょっと興味が出たので僕もホブゴブリンに注目をした。投石ゴブリンのラスト一匹も倒しちゃったからね。
僕結構頑張ってるよ。ミラさんにお願いされて来たけど、来て良かったと思う。
──ズズズズズゥ⋯⋯
ホブゴブリンの集めた魔力は自分の影に吸い込まれ、影から一匹の魔物が姿を現した。
それは闇で造られたような大きな狼で、ホブゴブリンはそれに飛び乗った。
「!!! ゴブリンライダーだって!!」
「そんなぁ⋯⋯レアモンスターじゃない⋯⋯私達にはむ、無理よ」
「くっ、逃げれない⋯⋯か⋯⋯畜生!!」
カイザーさん、マイリーさん、シドーさんが悔しそうに顔を歪めた。マイリーさんは泣きそうな顔になっている。
ブフさんは拳を握りしめて、洞窟の壁を思いきり殴った。
「俺に⋯⋯構わず⋯⋯逃げろ!」
「ブフ⋯⋯駄目だ⋯⋯そんな、お前をこんな所に置いて行けるわけないだろ!」
「馬鹿野郎! ごほ、がは⋯⋯お前は⋯⋯リーダー、なんだぞ」
「っ!!!」
ちょっと待って欲しい。僕の事忘れられてる? 多分?
衝撃の顔で固まるカイザーさんが、血が出そうなくらい歯を食いしばった。
我慢出来なかったのか、マイリーさんの目から涙が零れる。
「盾は⋯⋯もう一人いた方が良いだろ?」
シドーさんがブフさんの肩を掴み、不敵に笑った。
「ふっ、勝手にしろ⋯⋯」
「待て! シドーまで残るつもりなのか!」
「マイリーとアンをよろしくな。隊長さんよ」
「そんな⋯⋯俺達はずっと一緒だって⋯⋯ずっと一緒に冒険するんだって言ったじゃないか!!」
カイザーさんも涙目になっちゃった。
ブフさんとシドーさんがギルドカードを取り出して、カイザーさんにそれを握らせる。
ゴブリン達は空気を読んで襲って来ない。ありがとう⋯⋯
「ほれ、先に行け。俺とブフなら負けねえよな?」
「ふっ⋯⋯当たり⋯⋯前だ」
「くそぅ⋯⋯シドー⋯⋯ブフぅ」
長い! 長いよこのくだり!
僕は場の気まずさも込めて、広間の囮ゴブリンをサックリ倒す。
見詰め合う僕とゴブリンライダー。
「戦う気がないなら僕がやっちゃいますね?」
「「「「え?」」」」
「あ、至高の頬っぺ。タマゴ肌」
「ギャ?」
僕は身体強化スキルを使い、地面を蹴って急加速する。少し左右へのフェイントをかけて動揺させたんだ。それだけで相手は判断に迷い動きが止まるだろうからね。
ホブゴブリンの召喚した狼の前で急停止し、余った力と遠心力で首を刎ねる。生き物かどうか怪しかったけど、召喚された狼は崩れ落ちた。
それでバランスを崩したホブゴブリンの首を、返す魔剣で斬り落とす。
ふぅ。これで討伐は完了です。誰も死ななくて良かったぁ。
ゴブリン達に黙祷を捧げる。唖然とするカイザーさん達を放置して、僕はさらに奥へ進んだ。
人の反応が無ければ良いのだけど⋯⋯あ、あった。
更に奥へ進むと、涙の跡が残る子供を見つけた。それと、二人の男女が縛られて倒れている。多分家族なのかな?
「大丈夫ですか?」
「⋯⋯子供? か?」
「え?」
良かった⋯⋯無事だったみたい。でも子供の顔は赤く腫れ上がっている。もしかしたら、両親の前でいたぶられたのかもしれない。
魔物は本当に酷いよね。繁殖に必要ない男はすぐに食べられちゃうって聞いたけど、この子の父様も無事で良かったなぁ。
怪我はしているけど、捕まった時はゴブリンが空腹じゃなかったのかもね。
男女の拘束を解くと、すぐに子供に抱きついた。三人に“ウォーターウォッシュ”を使い、体を綺麗にしてあげる。
「ありがとう⋯⋯ありがとう⋯⋯」
「いーえ。最寄りの町まで送りますね。“リジェネーション”、“ヒール”」
子供はまだ目覚めないけど、これで一安心だ。ポーションと水の入った瓶を渡し、後ろについて来てもらう。
カイザーさん達と合流すると、僕の後ろにいる家族を見て表情を和らげた。
「囚われた人がいたんだね⋯⋯いや、いたんですね」
「自分の未熟さがよくわかりました」
カイザーさん、シドーさんだ。危機が去った事で、全員ゆっくりポーションで回復出来たらしい。
「ありがとうございます。俺達、本当にまだまだでした⋯⋯全員無事なのはアークさんのお陰です」
ブフさんから長文の感謝をもらったよ。一応“リジェネーション”と“ヒール”をかけてあげた。
「神聖魔法だって!」
カイザーさんが驚きの顔になる。神聖魔法は取得条件が厳しいよね⋯⋯教会が女神様の像を管理してるから、何度も通わなくちゃいけないし。習得のやり方も一般的には教えられていないと思う。
教会の人なら知ってるかもしれないけど。
「ありがとうございました。アークさん」
マイリーさんが頭を下げた。まだ目が赤いよ? さっき泣いてたから⋯⋯アンさんはマイリーさんの言葉に便乗してコクコク頷いている。
「今回は良い勉強になりましたね。結果的にこの御家族も助けられたので良しとしましょう。さて、帰りますか」
洞窟の外に出ると、薄い曇り空が見えた。それを見て安心したのか、囚われていた家族が涙を流す。子供も目を覚まし、父親の腕の中で泣き出した。
落ち着いた場所で皆で昼食を食べる。僕はテーブルを出して椅子に座り、カトラリーとスパゲティーを取り出した。救出した家族にもそれを振る舞って、帰りの体力を補ってもらった。
まだ歩かなきゃいけないから、大変だとは思うけど⋯⋯
僕のお弁当を四人で分けたから量が少なかったけど、不足分はお菓子で埋めよう。
空が夕陽に染まる頃、ドラグスへ帰って来ることが出来た。何か長い一日だったね。
ベスちゃんと二人での冒険は楽しいけど、今日は今日で色々な経験が出来たと思います。
初心者さんの手助けをしてみて、先輩としての責任とか考えちゃったな。
「今日の依頼、どうしたらもっと上手く出来たでしょうか?」
カイザーさんが聞いてきたので、僕が思った駄目だったところ百選を教えてあげた。五個目くらいまでは良かったけど、どんどん顔色が悪くなっていったよ。
最後にギルドで僕が陰で倒していたゴブリンを見せたら、完全に意気消沈しちゃったみたい。
でもね。冒険者の現実は甘くない⋯⋯魔導兵と戦った時に、痛いほど痛感してるんだ。
僕達みたいな一般人は、父様や母様みたいに伝説をポンポン立てられないのだから。
地道に頑張るしかないんだよ。ああ、訓練したくなってきた。
今日も一日楽しかったね。ミラさんにも助けた家族にも感謝されたよ。
最後にギルドで猫耳さんの尻尾を捕まえてから、僕は家に帰るのでした。
もふもふは気持ち良いですね。
「きょ、今日は私が勝つよ!」
「負けませんよ?もふもふしちゃいますよ?」
「大丈夫!変えの下着はある!!」
「???」




