僕は冒険者です。
僕は冒険者ギルドへ向かいながら、今日の朝のことを思い出していた。
赤ちゃんのいる日々はとても大変です。母様はミト姉さんと協力をしながら子育てを頑張るんだとか。
僕は暫く寝ていたので知りませんでしたが、昨日初めての夜泣きに何度も飛び起きました。
どうしたの? って聞いても、赤ちゃんはまだ答えれないんだって。喋れるようになるまで時間がかかるらしいです。
道理でおかしいと思ったんだよね。赤ちゃんが生まれる時、もう少し右だ! 違う違う! とか言ってくれたら、出産もスムーズにいけたと思うんだ。
父様は一度寝てしまうと起きないらしく、母様は溜め息を吐いていたよ。
でも育児は経験済みだから大丈夫なんだって。
赤ちゃんは女の子だったんだけど、まだ顔じゃ性別がわからない。名前は決まってないけど、父様が強い名前を考え中なんだとか。
どんな名前になるんだろう? 上級剣術最強の技、ディメンションソードちゃんとかになるのかな? それとも神聖剣術の技だろうか? どんな強そうな名前になるのか楽しみだね。
*
はい! そういうわけでやってきました冒険者ギルド。久しぶりのギルドに顔を顰めます。煙草の煙が酷いです。あ〜煙い煙い。慣れたけどさ。
あれは大人の栄養らしいからね。吸ってない人は栄養いらないのかな? 母乳でも飲んでいるんだろうか?
ギルドは実に半月ぶり。新しい顔もチラホラ見える。何か言われる前に踵上げとくべき? 言われてからでもいいかな?
冒険者は移動が激しい人達です。ここは特になにもない町なので、冒険者はさっさと違う町へ向かうんだよ。ドラグスは田舎だからね⋯⋯そこそこ人は住んでるんだけど、大きな街は凄いんだって聞くからね。
この町に家族がいる冒険者は、他の町へはあまり行こうとしない。それでも半数は出て行っちゃうんだ。
ベスちゃんは珍しい部類に入るかもしれないな。ドラグス生まれでも無いのに、何も無いこの町にずっといるんだから。
さて、まずはどうしようかな?
「おい坊主」
突然誰かの声が聞こえた。
坊主って僕をのことだろうか? 多分そうなんだろうね。
声のした方へ顔を向けると、見た目が三十歳くらいの強そうなおじさんがいた。分厚い金属鎧に身を包み、それを麻服の如く着こなしている。とても自然体に見えるんだ。
酒場の椅子に足を組んで座り、瓶のままお酒を飲んでいた。
「僕でしょうか?」
「ああ。お前だ。子供がここに何の用なんだ? しかもそれ魔剣だろ? 何からつっこんだら良いかわからねーや。ハッハッハ」
おじさんは大きな口をあけて笑う。銀歯みっけ!と思いながら、なんて答えようか考えていた。
「長命の種族じゃねーんだろ?」
「僕は人族です。先月五歳になりました」
右手の指を全部立てた。これなら左手を使う日も近い。ふふふ。左手が疼くぅ〜⋯⋯鎮まれ! 僕の左手よ! まだ十一ヶ月早い!
「はぁ〜。五歳か! じゃあもう大人だな」
「わかってるじゃないですか! 貴方は素晴らしい人ですね! 感動しました!」
「お、おう⋯⋯」
こんな良い人がいるんだなー。話してみて良かったよ。この町に来たばかりなのかもね。僕は顔が緩むのを止められない。
「変わった坊主だなぁ。何か依頼にでも来たのか? ここ煙いだろ?」
「煙いです⋯⋯僕はとりあえずミラさんの予定を聞きますかね。ピクニックの約束をしてるので」
「ミラさんって受け付け嬢か?」
「そうです。仲良しなんですよ?」
「ハッハッハ! 良かったなぁ」
「おじさんは何してるの?」
「俺は今パーティーメンバー待ちで暇だったんだ。早く来てくれないと酔っちまうぜ。ガッハッハッハッハッハ」
それ、お酒飲まなきゃ良いじゃないの〜。大人はお酒好きだよね。ミルクさんなんて何時来ても飲んでるし⋯⋯
「なんか食うか坊主。奢ってやるぜ」
「朝食は食べてきました。御気持ちだけ有難く頂戴させて頂きます」
「礼儀正しいんだな⋯⋯俺のこのくらいの頃なんて、川で石ころ投げて遊んでたぜ」
「投擲の訓練ですね! わかります!」
「いや、そうだな⋯⋯ガッハッハッハ」
やっぱり訓練は大事だよね! よくわかるな〜。
「ちょっと。何やってるの?」
また新しい人の声が聞こえた。僕の後ろから猫耳付けたお姉さんが現れる。
細長いモフモフの尻尾が揺れ動いているので、猫の獣人さんかもしれない。布地の少ない服で、かなり身軽そうに見えた。
「朝からなんで子供に絡んでるのよ」
「ガッハッハッハッハ。これが話してみると面白くてな」
鎧のおじさんは膝を叩いて笑った。猫耳さんは目を細めている。
僕は動く尻尾と耳に夢中になった。
さ、触ってみたい。ちょっとだけ⋯⋯いや、触るならちゃんと許可をもらわなきゃ!
「猫耳さん。おはようございます。猫耳触りたいです」
「あら。普通は駄目なのよ? ん〜。じゃあ頬っぺたを触らせてくれたらいいわ」
「どうぞ!」
しゃがんだ猫耳さんに頬を弄ばれた後、約束通り猫耳を触らせてもらった。
ふわふわで暖かい。さわさわしてて手が気持ち良い。
「尻尾もどうぞ」
「ありがとうございます」
猫耳さんの後ろへ回り、尻尾を触ろうとしたら尻尾が逃げた。
もう一度⋯⋯あれ? また逃げた? もう一度? あれれ?
「ほらほら〜」
尻尾が右へ左へ素早く動く。くぅ⋯⋯なかなか捕まらない! ぐぬぬぬぬ⋯⋯
「おい。虐めてやるなよ」
「しっしっし」
おじさんの言葉を聞いて、猫耳さんは悪戯っぽく笑う。
僕は尻尾に集中していた。右へ左へパターンを解析。並列思考で頭の中を総動員だ。
お尻の根元を掴んでも良いんだけど、それじゃあ負けた気がするもんね。
ここだ! というタイミングは直ぐに来た。ほんの一瞬だけ右手を身体強化して、尻尾の軌道に割り込ませる。
──パシィ!
「ニャ!!」
「つっかまーえた。モフモフだぁ」
「ニャ⋯⋯やめ、やめてぇ⋯⋯」
「モフモフモフモフ〜」
「あん⋯⋯ごめんニャ〜」
顔でスリスリすると、尻尾はとっても気持ちよかったよ。
「ガッハッハッハッハッハ! 獣人はな。尻尾が敏感なんだよ。触らせるのは番だけなんだ」
「ツガイって何?」
「旦那様だな。男なら妻か。だから獣人見かけても尻尾掴んじゃいけないぞ。子供なら怒られないけどな。良くある話なんだとよ」
「動いてると気になりますからね」
「確かにな」
でも良い尻尾触れたな。ふわふわモフモフだったよ。
「猫耳さん。ありがとうございました」
「いーえ。次は負けないわ!」
勝ち負けがあったんだね。でも僕は実力を少しも見せてないから次も勝てる! ふふふ。
「僕そろそろ行くね。楽しかったよ」
「またな」
「またね」
軽く手を振って二人と別れた。貴重な良い時間だったと思う。
ミルクさんにお辞儀した後、直ぐに受け付けカウンターに向かった。
ミラさんはカウンターテーブルを見つめながら、少し顔色を悪くしていた。どうしたんだろう? 何かあったのかな?
気がついてないみたいなので、僕は普通に挨拶する事にした。
「おはようございます」
「っ!!! あ、アークちゃん!!」
「は、はい。アークです」
凄い迫力にちょっと怯みました。ミラさんの目が見開かれているからね⋯⋯
「アークちゃーん。ヘルプミー⋯⋯」
「どうしたの? ミラさん」
「うぅ⋯⋯頭撫でて」
「良いですけど⋯⋯よしよーし」
いつも撫でてもらってばっかりだから、撫でるのは新鮮だね。ミラさんが元気になるように頑張って撫でていたら、ミラさんの顔が赤くなってきた。
「ここじゃ恥ずかしい⋯⋯」
「やる前からわかっていたことでしょう?」
ここギルドの受け付けだから人の目が多いよね。
「てっ! 今はそれどころじゃないのよ! まだFランクに上がったばかりの子達が、Eランクのゴブリンの巣の殲滅に行っちゃったの! すっごく止めたのに、自信だけは一流なんだから!」
「ゴブリンですか。巣の規模はどれくらいですか?」
「三日前の調査では二十前後よ。でもゴブリンって増えるの早いし小狡いから危険なのよね」
うーん。一応経験を積むために、ベスちゃんとゴブリン狩りに行った事はあるけど、ホブゴブリンも全く相手にはならなかったんだよね⋯⋯オークの集落よりもずっと楽なのは確かだと思う。
力も弱いし矢もへろへろ。魔法も微妙だし体も楽に斬る事が出来た。ゴブリンの剣ごと真っ二つだよ。
苦戦する要素が⋯⋯無い⋯⋯毒もベスちゃんの鍋よりは楽だもんね。
「あのねえ。アークちゃんを基準にしないでよね?」
「!!」
僕の考えが見えたの? ⋯⋯流石ミラさんだ。
「Fランク冒険者さん達の人数と実力はどの程度ですか?」
「試験ギリギリ合格レベルよ」
「それはちょっと微妙な感じがしますね」
試験官をやっていたからわかるけど、合格の基準ってそこまで高くなかった。
魔法や武術がレベル2でも使えれば合格だし、ターキは特別強かったらしい。真面目だもんね。
「僕も心配になってきました!」
「でしょ! 死んでからじゃ遅いんだから!」
本当に不安になってきたよ。お節介かもしれないけど⋯⋯
「様子を見に行ってみましょうかね」
「本当! ありがとうアークちゃん!」
「場所はどの辺りですか?」
「南西の門を出て真南へ徒歩五時間くらい行った場所に、川が流れているわ。それに沿って上流へ三十分くらい進むと、洞窟の入口が見えてきます。その中にゴブリンの巣があるらしいわ」
「わかりました。冒険者さん達はいつ出発したんです?」
「三時間くらい前よ。追い付けるかしら?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ本っ当にお願いね! アークちゃんにこんな事させて悪いわね」
僕はお金いっぱい持ってるから、そんなに毎日稼がなくても大丈夫。だってお金殆ど使った事ないもの。食事と寝る場所に困ってないからだと思うけど。
「では、アーク。出撃します!」
「行ってらっしゃい」
バンザイしてミラさんとハイタッチする。わけのわからないテンションで、僕はギルドを出発した。
ベスちゃんのいない初めての町の外に、とってもワクワクしちゃうんだ。
やっぱり僕は冒険者なんだなー。なんだかとっても楽しいです。
もふみが欲しい⋯⋯もふもふしたい⋯⋯




