難産で大変です。
目が覚めたらサダールじいちゃんに抱かれていた。父様が自分達の部屋の前で右往左往しています。この状況はいったい⋯⋯?
え、何事?
クライブおじさんは湯を沸かし、それをミト姉さんが運んで行く。
空にはまだ星が浮かんでいるみたい⋯⋯父様が昔教えてくれたM字ハゲ座が輝いているよ。
眠い目をこすり、小さく欠伸をする。
「起きちゃったのか? アーク」
「おはようございましゅ。サダールじいちゃん」
「おはよう。今スフィアは頑張ってるからな。ここでお祈りしよう」
「母様が? 産気づくってやつですか?」
「そうだ。アークが生まれた時もこんな時間だった」
時計を見てみると、時刻はまだ二時半だった。こんな時間に全員が起きているのは珍しいね。知らない恰幅の良いおばさんが三人もいるよ? あの人達は誰?
「父様。おはようございます」
「ああ。起きたか! あはは。はあ。ああ⋯⋯良い天気だな。ははは。はあ。うう。うぬ。あはは」
父様がすっごく変だ。落ち着かない様子で部屋の前を通り過ぎる。そしたらすぐに引き返す。たまに出入りするミト姉さんに邪魔者扱いを受けていた。
これはもしかして⋯⋯父様が不穏な風を感じたのでは?
「父様。大丈夫なんでしょうか?」
また町が危ないかもしれない。ギルドに走るべきだろうか?
「ああ! 心配いらないさ! 今母さんは戦っている。アークも一緒にお祈りしてくれ!」
「はい! わかりました!」
僕も必死にお祈りする事にした。母様が苦労する程の戦いなら、神様は補佐くらいしか出来ないかもしれない。でもどうかお願いします! 母様を助けて下さい!
ガチャっと部屋の扉が開いた。父様は条件反射のように壁際に寄る。中からは険しい顔のおばさんが出てきた。
「旦那さん。神父様はどうしても来れないのかい?」
「ああ。他にも二箇所で産気づいた者がいたそうだ。神聖魔法の使える者は今教会に残っていない」
「逆子らしくてね、どうも苦戦しそうだよ」
「なっ!! 妻は大丈夫なんですか!?」
「それを今頑張ってんだろう! こんな事言いたかないがね、最悪どっちを選ぶか考えときなよ。まだ体力ありそうだから大丈夫だけど、祈っていてくれよ」
「そん⋯⋯な⋯⋯」
父様はがっくりと項垂れる。サダールじいちゃんも険しい顔をしていた。僕は抱っこから降ろしてもらい、おばさんの元へ駆け寄った。
「母様⋯⋯危ないの? 大丈夫じゃないの?」
「あんたの母さんは頑張ってるよ。神父様がいてくれりゃあもっと安心出来たんだが⋯⋯回復魔法なんて使えるやつはほとんどいないからね」
「アレク! 俺、ギルドで神聖魔法使える人いないか聞いてくる! アレクはここを離れるなよ!」
「すまんクライブ。頼む!」
母様が危ない!? 僕には理解出来なかった。どちらかを選べって話も理解出来ず、頭の中が真っ白になる。
赤ちゃんを待ちながら、あんなに嬉しそうにしてた母様と父様だ。そんなの選べるわけないよ!
逆子がなんだかもわからない。でも僕は母様の傍にいたい!
おばさんを躱して扉の中に飛び込んだ。中には苦しそうにしている母様と、ミト姉さんと二人のおばさんがいた。
「アークちゃん。何で中に?」
「待ちなさい! あんた」
止めようとするおばさんを振り払い、僕はベッドを背もたれにして呻く母様の右手を掴んだ。
「母様! 母様! 大丈夫ですか!?」
「これ! 駄目だって言ってんだろう?」
「回復なら僕がしますから。ここにいさせて下さい!」
母様が僕の手を強く握る。意識が朦朧としているのか焦点が合ってない。これはまずいんじゃないのかな?
「外で待ってなさい!」
「“ヒール”」
「「「!!」」」
僕はヒールを唱えると、癒しの魔力を母様に注ぎ込んだ。
頑張って。頑張って。と、何度も強く思いながら、僕は母様をヒールし続ける。
「これは! ⋯⋯本当に!?」
「まさか⋯⋯」
頑張って母様。頑張って。
神聖魔法には上級となる魔法がない。基本的に中級から最上級くらいの魔力を消費する。
自分の体から魔力がどんどん流れ出ていくのがわかる。何時間持つかわからないけど、いつまでだって頑張るから。
「あら? アーちゃん⋯⋯はあはぁ⋯⋯来ちゃったの?」
「ごめんなさい」
「悪い子ね」
母様に力が戻った気がした。僕がずっと傍にいるからね⋯⋯だから頑張って。
「⋯⋯これなら⋯⋯良し! 誰か、魔力回復のポーションを買ってきてくれないかい?」
「それなら俺が!」
「あんたは旦那だろうが! 大人しく待ってるんだよ!」
「では私が行きましょう。領主様の名前を出せば、錬金術ギルドも叩き起こせるでしょう」
「サダールさん⋯⋯お、お願いします!」
父様がサダールじいちゃんに頭を下げた。父様はまた外に追い出され、ウロウロしているのが気配察知で確認出来た。
僕は目を閉じてずっと母様を回復し続ける。
手が折れそうな程に強く握られていた。でもこれは母様が元気な証だ。
頑張って。母様なら大丈夫。だから頑張って。
一時間くらい経った頃、ミト姉さんが魔力回復ポーションを飲ませてくれた。とても有り難い⋯⋯神聖魔法を授かってから、こんなに連続で使用したのは初めてだ。
神聖魔法が意図せずにレベル2に上がった。良いタイミングで上がってくれたよ。
新しいスキルは持続回復効果のあるリジェネーションだった。
「“リジェネーション”、“ヒール”」
「⋯⋯」
新しい魔法を使い、もう一度ヒールをかけ直す。どんなに回復しようとも、母様はずっと苦しい顔をしているんだ。
悔しかった。もっと上手に出来ればいいのに。必死に回復魔法を使いながら、後は祈る事しか出来ないんだから。
母様の痛みが無くなりますように、赤ちゃんも母様も選ばなくてすむように。僕は全力で祈り続けた。
一分一秒が長く感じる。おばさん達の掛け声が雑音みたいに聞こえた。
今、何時間経ったのだろう? ポーションはそんなに沢山飲んでも意味は無い。
魔力が底を尽きかけているのか、僕の意識も朦朧としてきた。
頑張って。母様。頑張って。赤ちゃん。
周りの声も聞こえなくなってきた。だけど、僕は最後に確かに聞いたんだ。
甲高い産声が確かに聞こえた。
良かった。何とかなったのかな⋯⋯
ありがとうございます⋯⋯神様。僕も父様も母様も、これで苦しまなくて済みます。
*
おはようございます! 僕は元気です! そして、いつの間にか夜になっていました。
何がどうなったのでしょうか? 体から溢れる力が抑えきれません。あ、オナラでした。てへ。
部屋の外では、ガチャガチャと何かをする音が響いています。きっと父様が伝説の剣でも磨いているのでしょう。鋼鉄の剣にしか見えないのが不思議です。
部屋から顔を出すと、父様が座っているのが見えました。母様は? 母様は何処にいるんだろう?
僕がキョロキョロしていると、父様が僕に気がついて勢い良く立ち上がった。
「アーク!」
「父様」
父様が駆け寄ってきて僕を抱きしめる。家の中では走っちゃいけないんだよ? サダールじいちゃんに怒られちゃうんだからね。僕は怒られないけど。
そして父様はボロボロ涙を流し始めた。こんな父様は初めて見る。
「父様?」
「アーク⋯⋯良かった。アークが無事で良かった」
「僕は元気です!」
「ああ。アーク。お前は魔力の使い過ぎで四日も眠っていたんだよ」
「っ!!! 訓練が!!」
訓練四日も休んじゃったの!? 大事件だよ!
「ありがとうアーク。お前がいたから母様は元気な子を産む事が出来たんだ」
「良かったです。赤ちゃん無事で良かったですね!」
「ああ。本当にな」
僕は最後まで頑張れたのかな? 確かに赤ちゃんの声は聞こえたと思うんだけどね。ヒールを止めるわけにはいかないから、気絶する一歩手前でずっと踏ん張ってた記憶があるよ。
僕があそこまで頑張れたのは、気絶する程走り続ける訓練のお陰かな? それとも、限界ギリギリ毒鍋の辛い日々のお陰だろうか? それとも、体が爆散しない程度に魔気融合身体強化をかけ続けた辛い日々のお陰かな? それともあれかな? いや、それともあれかも? いやいや、まさかあれかな⋯⋯それとも⋯⋯
「でも良かったよ。母さんより、お前の方が危ない状況だったんだぞ? 助産婦のおばさんなんかも皆母さんに集中してたからな。赤ちゃん取り上げてホッとした後で、真っ白に燃え尽きたアークに気がついたんだ。もう大慌てだったよ」
父様の声に、ハッと現実に引き戻される。父様が笑顔になって僕も嬉しい。
「あはは。ベスちゃんなら更に限界ギリギリを狙いそう」
「ん? ベスちゃんは女友達か?」
「うん!」
「そうか。いつか遊びにでも呼ぶと良い」
「わかった! 父様の伝説を聞かせないとね!」
「おう! 色々聞かせてあげるよ」
元気が有り余っている⋯⋯体を少し動かしたいけど、それは明日まで我慢しようかな。
もうベスちゃんから一人での町外活動許可が出てるんだ。これをもらうまでが大変だったんだよ? 盗賊には出会えなかったけど、ベスちゃんの不意打ちを避けれるようになったからね。
最初は全然避けれなかったんだ。たまに攻撃じゃなくてちゅーしてくるのは止めて欲しい。本当に。
ミラさんともピクニック行かなきゃかな。約束しちゃったし、とっても楽しそうだよね。
母様はポーションと神父様の神聖魔法で、すっかり元気になっているそうだ。
でも体力の回復にはまだ時間がかかるらしいよ。
今母様はミト姉さんとお風呂に行っているそうなので、僕も一緒に入っておこうかな。
お風呂場の脱衣場へ行くと、母様とミト姉さんの話し声が聞こえてきた。直ぐに服を脱いでお風呂場の扉を開ける。
「アーちゃん。起きたのね!」
「良かった⋯⋯神父様は大丈夫だって言ってたけど、アークちゃん全然起きなかったのよ?」
「寝過ぎちゃったみたい」
「こっちへ来なさい」
母様に呼ばれて近寄ると、両手を広げたので飛びついた。母様が元気で良かったなぁ。
ミト姉さんが赤ちゃんを抱いていたので見てみると、今は寝ているようで穏やかな顔をしている。
タライに湯を張って、赤ちゃんの頭を支えながらかけ湯をする。無事に生まれてきてくれて良かった。
「ちっちゃいなぁ」
「アーちゃんもちっちゃかったのよ?」
「こんなにちっちゃかったの?」
「同じくらいだったかしらね。ふふふ。懐かしいわ」
赤ちゃんの手は本当に小さかった。足の指も本当に小さい。
「早く大きくなると良いね」
「あんまり早かったら寂しいわ」
母様はふふふと笑う。皆で見つめていると、赤ちゃんは声を上げてぐずり出す。
赤ちゃんは母乳を飲んで成長するらしいよ。ミト姉さんは母乳出ないんだって。母様とミト姉さんにどんな違いがあるんだろう? ミラさんは出るのだろうか?
ハッ!!
僕は重大なことに気がついた。
おっぱいが無いベスちゃんじゃ赤ちゃんを育てられない?
ベスちゃんはそのせいで今まで辛い思いをしてきたのかも⋯⋯明日会ったら頭撫でてあげようかな?
赤ちゃんは女の子。妹が生まれて僕はお兄ちゃんになりました。
「ひっひっふー」
「んっまっうー」
「ひっひっふー」
「んっまっうー」
「んぱあ!」\( 'ω')/




