精霊界の危機(13)
ユシウスを貫いた大剣は、黒い炎を噴き上げた。ぎょっとしてそれを見ていると、ユシウスが残念そうな顔になる。
「⋯⋯そう⋯⋯でしたか⋯⋯」
何かを呟いた気がしたけど、僕の耳には届かない。火は瞬く間に燃え広がり、凄く苦しそうな顔になった。
「ユシウス!」
「⋯⋯」
何故かはわからないけど、僕はついユシウスの名を呼んだ。気がつけば僕はライムお姉ちゃんにホロホロの体の下に投げ込まれて、遥か上空に佇む人影から隠されたみたいだ。
ユシウスにはまだ聞きたい事があったんだけど、体が腐れ落ちるように崩れ始める。
いったいあの炎は何? それに、上空の人は誰? 魔族? いや、ちょっと違う気がする。良く見えないけど⋯⋯
ライムお姉ちゃんの警戒する様子を見るに、あの人影は味方じゃないんだね。味方の同士討ちなの? 仲間じゃないのかな?
竜のような鱗のある翼に、黒い翼の二人組みたいだ。距離があって正確にはわからないけど、シルエットだけは確認出来る。
それにしても、ユシウスが脱出を諦めたライムお姉ちゃんの結界が、少しの抵抗も出来ずに貫かれたらしい⋯⋯
ライムお姉ちゃんが警戒するのもわかる。ここからじゃ二人の姿が良くわからないんだ。
あの二人はユシウスの仲間なのかな? もしそうならどうしてユシウスを攻撃したりするの?
「竜人か? 上位の龍人やもしれんな。それともう一人は堕天使か? 違うな⋯⋯鳥の魔物か」
『──ッ! 魔物と呼ばれるのは好きじゃない!』
「え?」
あんなに高い位置にいるのに、ライムお姉ちゃんの言葉が聞こえたの!? 少し苛立った声が頭の中に直接響いてくる。
これは魔術? きっと遠距離会話が出来る魔術があるんだ。
「お前達は勇者の駒か?」
『⋯⋯その言い方も好きじゃないけど、否定は出来ないね』
高い声が聞こえる。女の人だと思うけど、距離が遠くてよく見えない。
「そうか⋯⋯で? この男の口封じにでも来たのか?」
『いや、世界コアを手に入れる手伝いに来たんだけど⋯⋯もう無茶苦茶っぽいじゃん? 目的も果たせないゴミクズは焼却するに限るかなってね』
⋯⋯少し、心の中がざわついた。ユシウスは酷い敵だったよ。どれだけ周りを傷つけたかわからない。でも、君達の仲間じゃないの?
「⋯⋯そうか」
ユシウスは灰になった。許せない敵ではあったけど、こんな終わり方はモヤモヤするよ。
僕は、ユシウスの最後に何を求めていたのだろう。沢山の精霊さんが食べられて、黒狐様まで倒されて⋯⋯本当のところは、ただ皆の命を返して欲しかったんだ。
不可能なのはわかっているよ⋯⋯失った命だもん。返してと言っても返って来ない事くらい。
だからこんなに悲しいんだよ。だからとっても悔しいんだよ。
『ホロホロの下で大人しくしておれ、お主よ』
『ライムお姉ちゃん!?』
『まだ奴らはお主の事を警戒しておらん。ただこのまま足止めされるのも面白くない。妾に任せて先に行っておるのじゃ』
四季山を覆っていた結界が消えた。
『ふふふ。一度は言ってみたかったのじゃ! ここは任せて先に行けなのじゃ!』
二度言ったね。
『わかった。またね!』
『心配するのもわかる! じゃが、お主にはまだやる事が⋯⋯──え?』
『頑張ってね! 行くよホロホロ』
「クルルウェ!」
『ちょ、お主?』
──ドドドドドドドド⋯⋯
ホロホロが走り出すと、後ろにいた鳥さん達もついてくる。
暫く離れた所で、ホロホロの上によじ登った。
ライムお姉ちゃんは、きっと僕が想像出来ないくらいに強い。だから僕があの場所にいるよりも、後を任せた方が良いと思ったんだ。
「⋯⋯スッキリしませんね」
「栞さん」
「ただ、区切りがついた気はします」
ユシウスが死んで、気が緩んだのかもしれない。栞さんは瞼を閉じると、鳥さんの背中に顔を埋めた。
僕は背後を振り返る。もうライムお姉ちゃんが見えないね⋯⋯
──ドドドドドドドド⋯⋯
「⋯⋯」
──ドドドドドドドドドドド⋯⋯
「⋯⋯」
──ドンドンドドドドドドド⋯⋯
「⋯⋯」
──ズドドドドドドド⋯⋯
「飛ぼう! 飛ぼうよホロホロ!」
「クルルウェ?」
ホロホロが首だけ振り返ると、僕の顔を見つめてきた。大きな瞳が迫力あるね⋯⋯何度か瞬きして、決意のこもった良い目になった。
いや、飛ぶのにそんな決意はいらないと思う。
「が、頑張って?」
「クルルウェ!」
「「「クルルウェ!!!」」」
「わ!」
景色が高速で流れて行く。振り落とされないように頑張らなくちゃ。
──ウボゥァアゥアァァァアア!!
大地を揺るがすような大声が響き渡った。僕達に近づいて来る気配がある。
多分精霊界の動物かな? 大きくて赤いマントヒヒみたい⋯⋯でもあの速度なら追いつかれないね。
問題はもっと別にあるみたいだ。
「⋯⋯時間が無い」
世界コアが壊れた事で、精霊界の崩壊が始まっている。空に穴でも開いたかのように、黒い渦が出現し始めた。
もしあれに飲み込まれたら、生きて帰れないと思う⋯⋯迷宮を攻略した時にも似たようなのを見たよ。
「急いでホロホロ!」
「クルルウェ!」
「「「クルルウェ!!!」」」
──ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド⋯⋯
「──飛ぼうよ!!!」
*
三人称視点
黒い翼の女が、ライムローゼに魔力で作った大剣を投擲する。空に浮かぶ二人には、走り去る無数の鳥なんて眼中になかった。
その大きな大剣は、ユシウスにトドメを刺した大剣だ。
「あはは。死ね! 死ね! 死ねよ南海島の魔王様よ!」
次々と大剣を投擲され、ライムローゼは必死に避ける。避けたが爆風が撒き散らされ、バランスを崩して吹き飛ばされた。
辺りには濃い土煙りが舞い、黒い翼の女の攻撃が止まる。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯どうだ?」
「⋯⋯」
竜の翼を持つ男は、その目を鋭くして何も言わない。こんな攻撃で魔王が倒せる訳が無いと、その龍人は知っていたのだった。
「魔王も案外余裕だな! 私にかかれば──」
「油断するな。あれは本物の魔王なんだぞ」
「ユシウスと同じ六本角だろ?」
「⋯⋯お前は知らないのか? 魔王とは地位にあらず⋯⋯六本角の魔族にのみ到達出来る神域なる存在だ」
「は⋯⋯冗談はよせよ。あの女が神域の存在?」
「ああ、あれは神獣か何かだと思って戦え。倒すのが無理そうなら即撤退する」
「ま⋯⋯マジかよ⋯⋯」
「二百年前、俺は別の魔王と戦った事がある。その時は手も足も出なかった⋯⋯だが、今なら倒せる筈だ」
土煙が晴れてくると、無傷のライムローゼが現れる。ただ、服に土汚れがついただけで、傷らしい傷が無い。
「な、何故?」
「さあな⋯⋯だが、ここで魔王を始末出来れば大きな成果だ。俺が前衛をする。サポートは頼んだぞ」
「チッ! わーったよ⋯⋯サポートは任せ⋯⋯え?」
「──!!」
突然背後に現れた気配に、龍人の男は剣を向けた。いや、向けようとして剣が地面に落ちていく。
「な、んだと!?」
「リューナス!」
黒い翼の女が、龍人をリューナスと呼ぶ。リューナスは気がつけば肩から先を失っていたのだ。
「ぐぅっ⋯⋯ライムローゼ!」
「リューナス! ぽ、ポーションだ!」
「ライムローゼ! 何処へ行った!?」
二人には理解が出来なかった。パワーやスピードとは違う力が、リューナスの腕を消滅させたのだ。
「りゅ、リューナスの言う通りだった⋯⋯逃げ──ッ!!」
ライムローゼの姿は見えない。それなのに、確かに近くにいる感じがする。
次の瞬間、大地も大気も消失した。
「──!!」
『魔術なら使える!』
『で、でも息が⋯⋯このままじゃ死ぬ!』
黒い翼の女は、首にひんやりしたものを感じた。一気に汗が噴き出る⋯⋯まるで死神の鎌を、首に当てられているかのようだ。
リューナスも黒い翼の女も恐怖する。
『魔王から逃げれる訳がない』
ライムローゼのその一言を最後に、光も魔力も消失した。
暗く孤独な世界で、二人の意識が闇に呑まれていく。
ライムローゼの額には、青い七本目の角が輝いていた。
闇が晴れ、世界が全て元に戻る。しかし、そこにはリューナスも黒い翼の女もいなかった。
「常識の通じる相手は楽で良い。まあ、例外は一人しか知らぬがのう」
戦闘は一方的に終わった。ライムローゼがアークの向かった先を睨む。
「厄介な敵がいるな⋯⋯妾も早く行かねば──」
──ビリィ⋯⋯
ライムローゼのドレスが破ける。恐る恐る振り返ると、尖った岩に引っ掛けたらしい。
「⋯⋯気に入ってたのに」
深い溜め息を吐いて、ライムローゼは空に飛び出した。
(空を飛べば引っ掛ける事もあるまい。今行くぞ!)
ライムローゼが去った後、その場所には黄緑色のパンツが落ちていた。
遅くなりました(><)




