精霊界の危機(12)
盲点でした。それは凄ーく盲点。せっかく跨ったホロホロが、ユシウスの逃げた通路に入れなかったから⋯⋯
大きくなりすぎなんだよホロホロ。そもそも、他の鳥さん達も通れないんだけどね。
少し高い位置に、ヘイズスパイダーが出てきた大きな穴があった。ホロホロは鋭い目でその穴を睨むと、助走をつけて駆け上がる。
「クルルウェ!」
「いや、飛ぼうよそこは⋯⋯」
穴を抜けた先では、戦闘で破壊された跡が生々しく刻まれている。
僕の後には鳥さん達が続き、栞さんと蓮さんを乗せた鳥さんも着いてきた。
気配拡大感知にユシウスが引っかかる。思ったよりも直ぐに追いついちゃった。何で止まっているのかな?
「⋯⋯」
ユシウスと目が合い、僕とライムお姉ちゃんが地面に降りる。
「⋯⋯アルフレッド達はどうなりましたか?」
「半分捕まえて半分は⋯⋯」
「そうですか⋯⋯」
食べられましたとは言えないよ。でも結果は同じだから⋯⋯
ユシウスが剣を抜いて後退る。
「逃げ場は無いぞ」
「そのようですね」
ん? どういう事?
よく目を凝らして見てみると、四季山を丸ごと覆うような結界が張られていた。
あれのせいでユシウスは逃げる事が出来なかったんだ。きっとライムお姉ちゃんが結界を作ったんだろうね。
戦いは夜中から続いている。気がつけば少しだけど明るくなっていた。
「最後に一つ忠告しておきましょう」
「忠告?」
ユシウスが剣を捨てる。
それに今最後って言ったよね。どういう意味で言ったんだろうだろう⋯⋯
荒れ果てた大地に佇むユシウスは、その瞳に諦めや絶望の表情は浮かべていなかった。
「十年以内に世界は変わ──」
──ドガァァアアン!!
「なっ! なに!?」
「上だアーク!!」
それは突然空から降ってきた。ライムお姉ちゃんの結界を貫いて、大剣がユシウスの背中を貫いた。
「ごふっ⋯⋯」
「ユシウス!」
ユシウスが吐血をして、膝から崩れ落ちる。
*
三人称視点
焼け野原になった戦場で、精霊達の殆どは地に伏していた。アークの部隊も例外ではなく、立っているのは雪月虎とボーネイト、ベスだけであった。
「だ、大丈夫なのか?」
ベスはかなり焦っている。せっかくアークに任せてもらったのに、その部隊がいきなり行動不能になったからだ。
「ベスさん⋯⋯大丈夫じゃないっぽいです」
ボーネイトが額から汗を流しながら言った。あらかた敵は殲滅されていたが、まだ全てを倒しきれた訳じゃない。こんな状態で襲われれば、ベス以外無事では済まないだろう。
そんな時、ベスは遠くから迫る敵の増援を感知していた。
(まずいな⋯⋯千? 一万? な!? まだまだ増えるだと!?)
イフリートとシルフの国が落ちた事にも驚いたが、ベスは今の危機的状況に改めて焦り始める。
(逃げ道がない⋯⋯街には子供達もいるのに!? このままでは⋯⋯)
「ゆる⋯⋯さない⋯⋯」
ボソリとそんな声が聞こえてきた。その声はマリーからで、這いつくばりながら顔を歪めていた。
ボーネイトはそんなマリーに近づいて、跪いて抱き寄せる。
「ゆる⋯⋯さない⋯⋯んだから⋯⋯」
「ああ、わかってる」
マリーの気迫のこもる瞳には、薄らと涙まで溜まっていた。
精霊は今誰も飛べなくなっている。雪月虎が部隊の一人一人を、口で咥えて一箇所に集めた。
「ありがとう」
ベスは例を言うと、再び頭を悩ませ始めた。
(⋯⋯三体か。デカいな)
ヘイズスパイダーは大きい方が強い。十メートル級が二体と十五メートル級が向かって来るのがわかった。
「来るぞ!」
ベスがそう言ったその瞬間、その三体は切り刻まれたかのように崩壊した。
唖然とベスがそれを見ていると、一人の老戦士が現れる。
「全く⋯⋯だらしない」
ベスはその人を一度見た事がある。マウンティスで会ったきりだが、忘れようもない。
「む、ムーディス様」
そう呟いたのはボーネイトだ。ムーディスの後ろには、イグニスとファヴリーゼとイフリートがいた。
錚々たるメンバーに、その場にいた全員が息を呑む。
「お前達は一度フレイガースへ戻れ」
そう言いながらムーディスが刀を一振りすると、数百の気配が消える。ベスはそれが理解出来なかったが、実力の差に背筋が凍りつく。
「今度こそ俺が精霊を守ってみせる!」
「期待してますわお兄様」
「新手も厄介だな。時間が無いぞ」
上からイグニス、ファウリーゼ、イフリートだ。気合いを入れるイグニスに、ファウリーゼが微笑みかける。イフリートには、戦場を取り囲むように迫るヘイズスパイダーが見えていた。
(湖に現れた化け物は、王族にしか手に負えないだろう⋯⋯しかし、どうしても手が足りない⋯⋯これでは)
イフリートは奥歯を噛み締めた。万全の力が発揮出来れば、蜘蛛が何体いても相手にはならない。そんな時、北の空の空間が揺らぐ。
「今度は何だ⋯⋯」
全員が見つめる中で、空間から現れたのは巨大な魔導飛行艇だった。飛行艇には沢山の砲門が設置されていて、それが普通では無いのは見ればわかる。
魔導飛行艇と言うよりは、飛行戦艦と呼んだ方が正しいかもしれない。
その巨大な飛行戦艦の数は、実に百以上だった。
*
「もー駄目。もー勘弁して下さい」
そう言って、大の字で甲板に寝転ぶ魔族の青年がいた。彼の名はフィッシュモン。ライムローゼの配下で、五本角の天才魔術師だった。
「良くやった。一分休め」
その青年に声をかけたのは、見た目四十代の五本角の魔族。彼もライムローゼの配下で、名をセキオウと言う。
フィッシュモンはこの大艦隊を魔術で精霊界に連れて来た。膨大な魔力を使って、胸で荒い呼吸をしている。
そこにセキオウから言われた言葉に、「一分⋯⋯?」と呟いて青い顔になる。
ピンク色の瞳を輝かせて、ラズは甲板から精霊界を見下ろした。一目見ただけで、最悪の状況なのは直ぐに理解出来る。
ラズの周りには三人の将軍が並んでいて、同じように状況を確認しているようだ。
「セキオウちゃん。ハクビちゃん。トーガちゃん。ついでにフィッシュモン。私行く所があるから」
「良いぜ、行って来いよ」
「死ぬなよ? 心配はしてないが」
「こっちは任せとけ」
ラズの言葉に、セキオウ、ハクビ、トーガの順で返事をする。フィッシュモンは、「ついで⋯⋯?」と小さく呟いた。
「総員戦闘配置!」
セキオウが手に持った魔導具に声をかけると、全ての魔導飛行戦艦へ声が送られる。
「目標はあの白い蜘蛛だ! 片っ端から焼き尽くせ!」
ラズは将軍達に全てを任せ、一人甲板から飛び降りた。
(ビビ、アークちゃん⋯⋯もう直ぐ会える)
ラズのその瞳からは、自然と涙が溢れ出していた。
遅くなりすみません(><)




