精霊界の危機(11)
揺らりと立ち上がったその人は、何事も無かったかのような顔をした。
見た目の年齢は、だいたい二十歳くらい。肩の出た綺麗なワンピースドレスに、銀色の長い杖を持っている。
本当に綺麗な人⋯⋯やっぱり何処かで見た顔なんだよなぁ。
「ふふふ⋯⋯やっと見つけた! ん? 妾が誰かわからぬのか?」
「んー⋯⋯」
僕の疑問顔を見て、緑の髪の人がニヤニヤしているみたい。
何かちょっと納得いかないね⋯⋯面白がっている気がするよ?
頭には小さな六本の角があり、高位の魔族と言う事がわかる。
魔族に囲まれたこの状況で、僕はどうする事が最善なのかと考えた。
僕は背後に栞さんを庇い、ユシウスの援軍は一箇所に固まっている。少し離れた場所に三本角の人がいて、蓮さんがぐったりと横たわっていた。
「わからぬか。ふふっ、仕方の無いのぅ⋯⋯まったくのぅ⋯⋯ふふふはははは!」
緑の髪の人は、僕を見ながら誇らしげに胸を張る。さてとどうしようかな。
「聞くがいい! 妾はな⋯⋯アークのライムお姉ちゃんだぞ!!」
「⋯⋯⋯⋯んー⋯⋯?」
「なんじゃとッ!!!」
目の前にライムお姉ちゃんを名乗る人がいるね。わからないフリをしていたら、ショックを受けて仰け反った。
でも、ライムお姉ちゃんがこんなに綺麗な人な筈がないよ? 絶対何かの間違いだよ? あ⋯⋯でも、さっきのあの転び方は⋯⋯?
「そっか。ライムお姉ちゃんだったんだね!」
「ほふぅ⋯⋯あ、焦ったわ⋯⋯思い出してくれて良かったわぁ⋯⋯まあ無駄話もここまでにしておこうかの」
ライムお姉ちゃんがユシウス達を見ると、明らかに全員が緊張しているのがわかった。
え? いつの間に!?
気がついた時には蓮さんが消えて、栞さんの隣に寝かされている。それに遅れて気がついた栞さんは、急いで蓮さんの状態を確認し始めた。
「貴女のような御方がこの場に現れるとは⋯⋯お初にお目にかかります。南海島の魔王様」
「ふむ。礼儀は弁えておるようだの」
「当然で御座います。お噂はかねがね聞いております⋯⋯数多の魔人を従え、竜人の国、獣人の国、エルフの国、ドワーフの国と同盟を結んだ巨大な勢力⋯⋯そのトップが何故このような場所へ?」
「答える必要があるのか?」
「ッ!」
今まで感じた事がないような威圧感がのしかかった。さっき来たユシウスの部下達は、一人残らず膝を折る。
凄い力を感じる。ライムお姉ちゃんがちょっと睨んだだけで、全員が青い顔をしているね⋯⋯それにしても、ライムお姉ちゃんって魔王様なの?
南海島って聞いた事ないなぁ。
「も、申し訳ございません」
ユシウスが頭を下げた。明らかに焦りながら、必死で頭を使っているのがわかる。
「お前達には言いたい事があるが⋯⋯それにしても、随分と好き勝手やってくれたな」
「⋯⋯」
ライムお姉ちゃんが、今も崩壊していく世界コアを眺めながら言う。
あの⋯⋯それ壊したの僕なんだ⋯⋯
「なりふり構っていられないか」
「ユシウス様!?」
ユシウスの力が大きく膨らんでいく。それに動揺した部下が、焦りの表情でユシウスを見る。
「お、お止め下さい!」
「それ以上は危険です!」
部下の人が必死でユシウスを止めていた。
「本当は使いたくありませんでしたが⋯⋯」
「なら使う必要は無いな」
ライムお姉ちゃんが杖を振ると、ユシウスの体から力が抜け出ていくのがわかる。
「なっ!」
「お前は誰の指示で動いている? “魔王”か? いや、違うだろうな⋯⋯やはり勇者の指示なのか?」
「⋯⋯魔神化が解けた? これが、南海島の魔王ライムローゼ⋯⋯貴女も危険ですねぇ。失敗しました⋯⋯」
ユシウスが俯きながら首を横に振った。数ではこちらが分が悪い。でもライムお姉ちゃんが来ただけで、負ける事はないんじゃないかと思える。それだけの力の差を感じるよ。
「素直に喋る気はないと?」
「⋯⋯良いでしょう。逃げられるとは思えませんし、戦って勝てる気もしません。グレイ・グリーンランド様がボクの仕える勇者様だね」
「ふむ。やはりあの勇者か⋯⋯また厄介な相手よな。素直に喋るとは思わなかったが?」
「別に口止めはされてないんだよねぇ」
ユシウスが口角を上げると、壁が数箇所爆発する。此処は四季山の中心だ。生き埋めにでもされるのかと思ったけど、そういう訳ではないみたい。吹き飛んだ穴からは、ヘイズスパイダーがぞろぞろと中へ侵入してくる。
「アルフレッド! 今度こそ頼みましたよ!」
「ハッ! この一命にかえましても」
ユシウスが出口に駆け出すと、瞬く間にその姿が見えなくなった。
「待て⋯⋯待て!」
「栞さん!」
栞さんが悔しそうにユシウスの背中へ手を伸ばす。このままじゃユシウスが逃げちゃうよ。
アルフレッドと加勢に来た魔族達が、出入口を塞ぐように陣取っている。その前を更に塞ぐ形で、ヘイズスパイダーが割り込んできた。
「心配するでない」
ライムお姉ちゃんが指を鳴らすと、複数の空間の裂け目が出現する。その中から大きな鳥さん達が、勢い良くなだれ込んできた。
これには流石の魔族達も動揺しているみたいだ。ずんぐりした大きな鳥⋯⋯過去の世界で一緒に生活した僕のペット。
「「「クルルウェ!!」」」
「ふふふ⋯⋯さあ! 餌は沢山あるぞ! 喰らい尽くせ!」
「「「⋯⋯」」」
「ど、どうしたお前達」
沢山出てきた鳥さん達は、ライムお姉ちゃんの言葉を無視しているように見える。明らかに馬鹿にされているっぽいね⋯⋯何百年も経ったのに、関係の改善がされなかったみたいだ。
「クルルウェ! クルルウェ! クルルウェ!」
一羽の鳥さんが僕に近づいて来る。昔よりすっごく大きくなったけど、一目でその鳥さんがホロホロだと気がついた。
「ホロホロ!」
「クルルウェ!」
「ホロホロ! 会いたかった!」
「クルルウェ〜⋯⋯」
ホロホロのふわふわした胸の羽毛に飛び込んだ。温かい⋯⋯柔らかい⋯⋯モフモフだぁ。何だかとっても嬉しいよ。
ホロホロも嬉しそうだね。目から涙まで流している。他の鳥さんも寄ってきたけど、ヘイズスパイダーの足を口に突っ込んであげたら、前のように呆然とした顔になっていた。
「ホロホロ。ちょっと力を貸してくれる?」
「クルルウェ!」
「ありがとう」
鳥さん達が一気にヘイズスパイダーに襲いかかった。ヘイズスパイダーって結構強い筈なんだけど、鳥さん達には関係がないみたい。
鳥さん達から見れば、ヘイズスパイダーはたんなる餌にすぎないらしい。三メートル級も五メートル級も、バリバリむしゃむしゃ食べられていく。
「わ、妾の言う事は全く聞かん癖に! 聞かん癖にい!!」
ライムお姉ちゃんがホロホロに掴みかかろうとしたみたいだけど、ホロホロを守る三羽の鳥さんに睨まれて後退った。
そう言えば前にも突っつかれていたよね。ライムお姉ちゃんの方が強いんだろうけど、苦手意識でもあるのかな?
「ライムお姉ちゃん」
「⋯⋯うぅ⋯⋯妾の威厳のある姿を見せたかったのに⋯⋯」
「⋯⋯ありがとう」
ライムお姉ちゃんに抱きつくと、優しく頭を撫でてもらえた。
「どうしてここへ?」
「指輪が光ったのが始まりだった。お主が消えてから、この指輪はずっと輝きを失っていたのじゃ⋯⋯妾とラズはテイマーを探して話を聞いてみたのじゃが、普通死に別れると指輪は無くなるらしい。お主らは空気に溶けるように消えていったからの。またいつか会えるとは思っていたのじゃ」
「⋯⋯ごめんね。いなくなったりして」
「こうして会えたのじゃ。後でまた話をしよう」
「うん!」
僕は鳥さんの背中に栞さんと蓮さんを縛り付ける。その頃には、魔族の人が半分になっていた。
何で半分に?
その答えは直ぐにわかった。一羽の鳥さんの口から、魔族の足が生えている。
「⋯⋯鳥さん⋯⋯」
それにしても、どうしてこんなに一方的に攻める事が出来てるんだろう?
魔族の人達は、誰も魔術を使っていないみたい。剣や槍を振り回して、何とか鳥さんから逃れようとしている。
「ライムお姉ちゃん、何かしてる?」
「タネはこれだ」
ライムお姉ちゃんが杖を振ると、変な波動が感じられた。
「これは乱魔の杖。魔力を乱し暴走させる事が出来るのじゃ。今は誰も魔術も魔法も使えん」
「なるほど⋯⋯凄い杖だね」
色々納得だよ。
世界コアが全て崩れると、胸の奥が急に熱くなった。
「くぅ⋯⋯」
これはスキルを覚えた時の感覚っぽい。あまりにも強烈な熱さに、胸を押さえて蹲った。
こんなの今までで感じた事がないよ。何が起こっているのかな?
「どうしたお主!? お主!」
ライムお姉ちゃんが回復の魔術をかけてくれた。それで少し楽になったよ。
「もう、大丈夫」
胸の内側に意識を向けてみると、どのスキルともカテゴリーの違う何かが見えた。
「スキル【創造】?」
タイミング的に、世界コアを破壊した事で手に入れたスキルっぽい。でもこんなスキルは知らないよ?
時間がある時に確かめてみようかな。
「おい!」
アルフレッドに睨みつけられる。
「あの時の借りを返す」
「あの時の? 何を返してくれるの?」
「⋯⋯」
剣と剣が激しくぶつかった。アルフレッドも魔剣みたいだけど、一撃も耐えられずに砕け散る。
「くっ!」
体術スキルの“加歩”を使って、アルフレッドの背後から峰打ちした。
「見事だのぅ」
今の一撃で、アルフレッドは気絶しているみたいだね。
「この人と戦うの二回目なんだ。今は凄く弱ってたみたい?」
「ふむ。残りも終わった」
ライムお姉ちゃんの足元に、魔族の人達が全員倒れている。
いつの間に? やっぱりライムお姉ちゃん強くなってるね。
魔族を全て縛り上げ、ライムお姉ちゃんが作った空間の裂け目に放り込む。
「結構時間かかっちゃった。まだ追いつけるかな? ユシウスは逃がしたくないんだ」
「ふふふ。あやつは逃げれん」
ライムお姉ちゃんが怪しく微笑む。何か作戦でもあるみたい。
「さあゆくぞ! あの逃げた魔族を捕らえるのだ!」
「「「⋯⋯」」」
「何でえ! 何で妾の頼みは聞いてくれんのじゃ!?」
それは僕にもわからないかな⋯⋯
項垂れるライムお姉ちゃんと一緒に、ホロホロの背中に乗せてもらう。
「行くよ皆!」
「「「クルルウェ!」」」




