精霊界の危機(8)
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三人称視点
ケットシー族のライオが、空を覆う大きな結界に綻びを見つけた。
ライオは自分の気の所為ならばと思ったが、周りの精霊達も騒ぎ始める。
(結界が無くなる? また⋯⋯あの悪夢が始まるのか?)
「何故だ! まだ結界は大丈夫な筈だろ!?」
皆を代表するかのように、その精霊の言葉は響き渡った。
ライオは空を睨み続ける。
(穴が拡がっていく⋯⋯もう少しで四大精霊様が揃うって時に!)
──ドサ、ド、ドサドサ⋯⋯
ライオは背筋に悪寒が走るのを感じた。奇妙な音が聞こえて周りを見渡すと、精霊が次々と倒れていく。
そんな事は普通じゃ有り得なかった。
精霊は寝る必要がなく、何かを食べる必要も無く生きていける。激しく動いて疲れたとしても、自然の気から力を吸収出来るのだ。
「お、おい! 大丈夫か?」
「ラ、ライオさん⋯⋯駄目だ。急に体に力が入らなくなっちまった⋯⋯う、動けねえ」
ゴリラのような見た目の精霊が、困惑しながら仰向けで倒れていた。その言葉を聞いたライオは、事態の深刻さを瞬時に理解する。
「な、何だって!?」
「クぅ⋯⋯すまん⋯⋯原因はわからないが、意識を保つのでやっとだ。街を覆う結界が完全に無くなれば、ここにも蜘蛛が来ちまう⋯⋯今直ぐに──」
「ああ! わかってる! 今安全な場所に連れて行ってやるからな!」
「違う! 俺の事は構うな⋯⋯奥さんの所へ帰れライオ!」
「⋯⋯お前を見捨てられるかよアホゴリラ⋯⋯だが、少し待っていてくれ。一度帰る必要がある」
「アホゴリラじゃない! 俺の名前はアモーリラだ!」
「まだ元気がありそうだな」
「さ、行け!」
「ああ、わかった⋯⋯」
一度アモーリラに笑顔を向けると、ライオは急いで走り出した。アモーリラは気丈に振る舞っていたが、あれはきっと痩せ我慢だ。
体が急に動かなくなり、結界まで消えかけている。そしてあの恐怖がまた遅い迫ろうとしているのだ。怖くない訳がなかった。ライオは友に感謝をした⋯⋯こんな極限の状態で、あんな事が言えるなんて尊敬にあたいする。
これは生き残れるかどうかの戦争だ。ライオはひたすらに走った。そして愛する妻を見つける事が出来た。
「ダキア! 無事か!? ダキア! ダキア!」
どうやら気絶しているらしい⋯⋯ライオは妻のダキアを背に背負い、急いでアモーリラのいた場所まで戻る。
「待たせた! アホゴリラ!」
「⋯⋯」
どうやらアモーリラは気絶をしてしまったみたいだ。
ライオは周りを見渡した。沢山の精霊の半数が意識を失っている⋯⋯
ライオは何が最前かを考え、出来るだけ大きな結界魔術を行使しようと考えた。
これでも長い時を生きるケットシーだ。魔術の一つや二つ、無詠唱だって行使出来る。
「\§※∀>|☆◎∥…§※*☆!!」
ライオが詠唱を始めると、光の粒が空を舞い始めた。
それは大きく大きく拡がっていき、点と点が線で繋がり始める。
これはライオの知る中で一番強力な結界魔法だった。
「⋯⋯ライオ⋯⋯戻って来たのか⋯⋯」
「ああ、間に合って良かった⋯⋯」
「かっこよく送り出したが、戻ってきてくれて嬉しいよ」
魔力の制御をしながら、ライオはアモーリラを見た。
今のライオにはあまり余裕が無い。会話はそこで終わり、ライオは全神経を結界の維持に回す。
結界には激しい衝突が繰り返されていた。
(何時間保てる? くっ⋯⋯魔力が吸い出されていくようだ⋯⋯トラ、もしかしたら父さんと母さんは駄目かもしれない。すまなかった⋯⋯こんなに早く逝ってしまう父さんと母さんを許してくれ。どうか向こうの世界で、お前が馴染める事を祈っているよ)
ライオはそう心の中で呟くと、強い意志をその瞳に宿した。
最後まで諦めるつもりは無い。でなければ、もう二度とトラに顔向けが出来なくなるからだ。
ライオは目眩に襲われた。急に魔力が抜け出る感覚に、危うく意識を失うところだったのだ。
「おい、ライオ。もうそのへんにしておけ」
「そのへんってなんだよ⋯⋯」
「お前が力尽きたら、奥さんまでここで食われちまうぞ?」
「俺をあまり見損なうな。まだ⋯⋯大丈夫だ」
「まだ大丈夫なうちに逃げろよ! もう俺は十分だ!」
「⋯⋯」
不毛な言い合いになる。ライオもアモーリラもわかっていた。
こんな状況で、気を失ったダキアを連れて逃げれる訳もない。アモーリラもそこまでわかっていたが、そう言わずにはいられなかったのだ。
(く⋯⋯そろそろ本格的にまずいか?)
触媒も魔石も無く、個人で張った結界魔法だ。その魔力消費はとても激しい。
それでもライオは諦めなかった。最後の最後まで、諦めてたまるか。
結界にヒビが入り始める。
(すまなかった⋯⋯トラ⋯⋯)
「貴方⋯⋯」
「ダキア! 気がついたか?」
「あの子が来ているわ⋯⋯あの子を感じる⋯⋯」
「何だって!?」
トラは向こうの世界に逃がした筈⋯⋯何故? どうやって戻ってきてしまったのだ⋯⋯
ライオは奥歯を噛み締めた。愛する息子が、またこっちに戻って来てしまっているのだ。
トラには力が無い。ヘイズスパイダーに囲まれれば、簡単に命を落としてしまうだろう⋯⋯
──ズドドガガガ!!
遠くから爆発音が聞こえてきた。心が動揺したせいで、結界が砕け散ってしまう。
「クソ! まだだ⋯⋯まだこんな所で⋯⋯トラ、せめてトラを向こう側へ送らなければ!」
「くう⋯⋯」
ダキアは体に力を込める。何とか立ち上がり、ライオを抱きしめた。
周りにはヘイズスパイダーが取り囲み始める。
「貴方⋯⋯」
「ダキア⋯⋯」
それ以上の言葉が出て来なかった。
そっと二人は寄り添い⋯⋯最後の瞬間を待っている。
そんな時、ライオ達の周りに雷が降り注いだ。




