精霊界の危機(2)
⋯⋯あれ? ヴァンパイアロードがこんなにあっさり?
そんな事はないと思うんだけど、それにしても、
「ドラシー強い!」
『♪』
僕が放ったオーラスティンガーは、地平の彼方まで大地を抉っていた。
魔力、気力、自然の力、スキルの力もそうだけど、全てが増幅されるようになっているみたい。
ヴァンパイアロードはヴァンパイアの王様だよね。だからビビを基準に考えて、挨拶代わりの一発を叩き込んでみたんだけど⋯⋯
「油断するなアーク。奴の魔力は衰えていないぞ」
「⋯⋯うん。わかっているよ」
僕達三人が地上へ降りると、辺りが霧に包まれた。
「⋯⋯ちくしょう⋯⋯いきなり痛えな。人間」
「“オーラスティ──”」
「だからちょっと待てって!!!」
うむぅ⋯⋯仕方ないね。ちょっと待とうかな。
霧が寄り集まり、一人の男性の姿になった。
何処にでもいそうな見た目かな? 三十代前半に見えるけど、見た目が年齢とは限らないだろうね。
「くぅ⋯⋯完全に向こうのペースだ⋯⋯」
「それは気の所為だアーク」
ヴァンパイアロードは首の骨を鳴らし、少しイラついた顔をしていた。
遠くでは爆発音が今も続いている。ヴァンパイアロードに時間を割いてる場合じゃないよ⋯⋯早く片付けて、ヘイズスパイダーを沢山倒さないとね。
「俺はレバンテス・フリード。お前の名は?」
「アーク」
「⋯⋯アークか。お前人間だろ? 人間がなんで精霊界にいるんだ?」
「⋯⋯僕が精霊界へ来たのは、偶然の出会いがあったからかな。ヘイズスパイダーは迷惑だけど、沢山の精霊さん達と知り合えたのは嬉しい。レバンテスがヘイズスパイダーを操っているの?」
もしそうだとしたら、レバンテスを逃がす訳にはいかないよね。
今までの襲撃で、どれくらいの被害が出たのか想像も出来ないよ。
「確かに今ヘイズスパイダーを操ってるのは俺だ。アークが精霊に手を貸す理由は何だ?」
「⋯⋯じゃあ元々は違う人がヘイズスパイダーを操っていたって事? 僕が精霊さんを助けるのは、そうしたいと思ったからだよ」
「⋯⋯考え直せ。そんな事しても無駄になるだけだぜ? もう直ぐ精霊界はユシウスの物になるんだからな」
「どういう事?」
「そんな事より提案だ」
レバンテスは懐から金色の薄い箱を取り出した。僕のさっきの攻撃で、その箱もひしゃげているみたい。
それに構わず強引に開けると、中には煙草が入っていた。
「アーク。お前、俺の部下になれよ。悪いようにはしねえからよ」
「嫌だよ。レバンテスおじさ⋯⋯お兄さん」
「ちょっと臭そうだしな」
「小物感があるよね」
「どさくさに悪口言ってんじゃねーよ女共が! それとどうしておじさんからお兄さんに言い直したんだ!?」
そんな時、大地が大きく揺れた。レバンテスは口角を上げると、曲がった煙草を一本咥えた。
「ふぅ⋯⋯始まったようだな」
今の揺れは何? 相当大きな揺れだったんだけど⋯⋯
「部下にならねーならペットにしてやるよ。それとお前、名は?」
「⋯⋯私はビビだ」
「僕はレバンテスのペットになんかならないよ!」
「そうだぞ? アークは私の可愛いペットなんだ」
「そう! 僕はビビのペット⋯⋯え?」
「本当は戦わずに手に入れたかったんだがな。仕方ねぇ⋯⋯動けなくしてから連れて帰る」
「ちょっと! 私は無視な訳?」
話し合いは終わりと言うように、レバンテスの魔力が高まり始める。
向こうから話しかけてきたのに、随分と勝手だよね。
「“血晶大監獄”!!」
「ッ!!」
レバンテスを中心として、赤い世界が辺りを包む。木々や大地も赤く染められて、僕達とレバンテス以外の人はいなくなってしまった。
ビビもびっくりしているみたい。
「血晶大監獄は全てを禁ずる俺の世界だ。これでもう逃げられねえ」
醜悪な笑みを浮かべるレバンテス。でも僕は逃げるつもりなんか無いよ。
ビビが赤い槍を投げると、続いてアイセアさんが雷を落とす。余裕で避けようと思っていたみたいだけど、雷のせいで体が硬直していた。
「ぐが!」
レバンテスの胸に、ビビが投げた槍が突き刺さった。
普通なら勝負ありだと思うけど、相手はヴァンパイアロード⋯⋯一気に畳み掛ける必要がある。
ドラシーに炎を纏わせると、レバンテスが動揺したような気がした。
僕は正面から斬り掛かろうとしたんだけど、地面が泥濘んでいる事に気がつく。
これは⋯⋯? 何か違和感があるね。
僕が直感的に飛び上がると、レバンテスは小さく舌打ちをした。
「飛ぶ事を禁ずる」
指を向けられると、僕の体が一瞬赤い光に包まれる。
「え?」
「は!? 何で飛んでいられるんだ!?」
何をされたのかわからないけど、僕の体に変化は無いよ。
「余所見は感心しないな」
レバンテスの背後に回り込んだビビが、がら空きの脇腹に蹴りを放つ。
「甘い!」
──ズゴン!
ビビの強烈な蹴りは、肘を構えたレバンテスに防がれた。
「甘いのはどっちかな」
「う⋯⋯ググガアア!」
蹴りは確かに防いだみたいだけど、アイセアさんの力で雷撃を流し込んだらしい。
レバンテスの肌が焼けただれ、声にならない悲鳴を上げた。
「舐めた真似を⋯⋯」
──ゴゴゴゴゴゴ⋯⋯
やっぱりだ。また大地が振動しているみたい。
レバンテスは霧の状態になり、綺麗な体に再生した。
少し魔力が減っているかな? オーラスティンガーで吹き飛ばした時は、あまり効果が無いように思えた。
通常攻撃よりも、魔法で攻めた方が良いのかもね。
「何をしても無駄だ」
「⋯⋯」
無駄かどうかはやってみなくちゃわからないよ。でも、さっきからこの揺れが気になっちゃうよね⋯⋯
黒狐様が、魔族の狙いは世界コアだって言ってた。もしかしたら、黒狐様が戦っているのかな?
あの黒狐様が負けるとは思えないけど、変な不安があるんだよ。
『アーク!』
『え? イフリン?』
『今直ぐに黒狐様の所へ行ってくれ!』
『何があったのですか!?』
『わからん⋯⋯だが、黒狐様の臣下から緊急の通信が入った。まずい状況にあるらしい』
『わかりました』
嫌な不安が現実のものとなる。まだヴァンパイアロードと戦い始めたばかりなのにな⋯⋯
「アーク?」
「⋯⋯ビビ、アイセアさん、レバンテスの相手を任せられる?」
二人は僕の顔を見る。
「何かあったんだな⋯⋯必ず戻って来ると約束出来るか?」
「うん! 勿論!」
「そうか⋯⋯ならこっちは任せてくれて大丈夫だ」
「ちゃんと帰って来てね」
「わかった。ちょっと行ってくる」
指の先を切って、ビビに少し血を飲ませてあげた。それを見たレバンテスが、必要以上にイライラしているように見える。
「人前では駄目だと言っているだろう?」
「いらなかった?」
「いや、正直助かる」
ビビの頬がほんのり赤くなっている。
「お前、“血晶大監獄”から出られると思っているのか? 一度入ったが最後、俺を倒すまで出る事は出来ねえんだよ」
レバンテスを無視して、僕はビビとアイセアさんを見つめた。そう言えば、ビビの腰にはシャムシェルがくっついていたんだったね。
「⋯⋯ビビ、アイセアさん、気をつけてね」
「わかった」
「うん! 任せて!」
「シャムシェルもお願いね」
「はい。アーク様」
「おいおい! 出れねえって言ってるだろ!」
「じゃあねレバンテス。オルカタ、来て」
イフリンとパスが通じていたから、精霊は普通に出入り出来ると思う。
予想通り空間が裂けて、僕はその中に飛び込んだ。
「な、なんだと!! 待ちやが──」
空間の裂け目が閉じる。向こうはビビ達に任せれば大丈夫⋯⋯必ず何とかしてくれる筈だよ。
「ありがとうオルカタ。黒狐様の所へ急いでくれる?」
「畏まりました。ですが、近くまでしか行けませんのですじゃ。転移防止の結界がありますので」
「わかった。よろしくお願いね」
*
四季の山から十キロくらい離れた上空に連れて来てもらった。山からは黒い煙が立ち上り、激しい力の波動がここまで伝わってくる
「オルカタ、ありがとう。ここから先は危ないから、呼ぶまで待機しててね」
「お気を付けて下さい」




