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初めての死闘(後編)

アーク初めての辛い戦いです。






 炎の壁が皆を遮り、僕だけが取り残されてしまった。逃げ道は無いらしい⋯⋯直接炎に触れていないのに、全身を炙られているようだ。


「あああ⋯⋯ぐぅ⋯⋯熱い⋯⋯」


 どうしてこうなったのだろう? 獄炎で(さえぎ)られた直径二十メートルのフィールドに、僕は黒い魔導兵と二人きりになってしまった。


 上級魔法を操る敵? こんなの僕一人で勝てるわけない。どうしたらいい?


 対策を考えようとしたんだけど、中の温度が急上昇してくる。考えに集中出来ない!


 熱い、熱い熱い熱い! 肌が焼ける⋯⋯痛い、痛い!!


「“ウォーターフォール”」


 僕は自分に水魔法を放った。エルフさんがかけてくれた炎の耐性魔法が効いてる筈なのに、意味が無い程に体と服が焼けていく。黒い魔導兵の殺気が全身に襲いかかって来た。


 怖いよ⋯⋯打つ手が無い⋯⋯でも逃げられない⋯⋯足が震える。


 パニックになりかけていた⋯⋯肌がどんどん焼けていく。折角体を魔法で濡らしたのに、蒸発して魔力に戻ってしまった。冷静に考える事が出来ない。


 父様⋯⋯母様⋯⋯どうしたらいいですか? やっぱり僕には無理なんですか?

 痛い⋯⋯痛いよ。


 涙もここでは流せない⋯⋯それは直ぐに蒸発してしまうから⋯⋯灼熱の地獄の中、息を止めるにも限界がある。吸い込んだ空気に中まで焼かれ、経験したことのない痛みに襲われた。


 誰か⋯⋯助けて!


「ガガガ⋯⋯“フレイムランス”」


 火炎魔法が僕に向かってくる。もう⋯⋯駄目なのかな? 諦めたく無い。でもどうしたらいいの? 僕一人でどうやったら倒せる?


 フレイムランスを左へ飛んで躱した。思ったより体が軽い? さっき魂魄レベルが上がったお陰なのかも⋯⋯


「“ウォーだーフォールぐ”」


 もう一度自分に水魔法を使う。でも焼け石に水⋯⋯喉が痛くて詠唱も辛い。肌が時間を追うごとに焼けていく。“アンチフレイム”にも限界があるんだ⋯⋯


「だすげて、だるかぁ」


 熱い⋯⋯助けて⋯⋯助けてよ⋯⋯死にたくないよぉ。


「だずけ⋯⋯うぅ⋯⋯」


 時間を稼げば誰か来てくれるのかな? 全力で逃げ回れば? でも何処へ逃げたらいいの? それに、このままじゃ僕は数分と経たずに死んじゃうよ。


 嫌だ⋯⋯嫌だよ⋯⋯僕は父様や母様みたいな英雄になりたかった。でも、僕が望んじゃいけなかったのかもしれない。だって、こんなに怖いんだ。立ち向かおうと思えないんだよ。あんなに毎日頑張って来たのに⋯⋯情けないよね⋯⋯悔しいなぁ。


 もう皆の所へ帰れないのかな?


「ああ゛あ⋯⋯いだい゛」


 膝から力が抜けて、意識が朦朧(もうろう)としてくる。どんなに願っても無駄なのかな? 嫌だな⋯⋯嫌だ⋯⋯


『俺はどんな時でも諦めなかった』


 ふと、そんな言葉を思い出した。


『視界いっぱいの魔法の雨を潜り抜けたんだ』『私は山を引っこ抜いたわ』『ドラゴンと腕相撲をしたことがある!』『雲の上には大きな城があるの』『海には体長十キロの化け物がいる』『空中に咲く花があるのよ』『俺しか入れない伝説の剣が眠る山があるんだ』


 一つ思い出せば、次から次へと蘇ってくる。


 死んだ方がましな程に辛いのに、折れかけていた心が両親の言葉に支えられた。


 諦めちゃ⋯⋯いけないんだ⋯⋯だって⋯⋯


 僕には見たい景色があるんだよ。


「ガガガ“フレイムランス”、“ウィンドプレス”」


 火炎の槍が頬を掠め、地面を風の塊が押し潰した。体に染みついた動きが、自然と回避行動を取る。


「“ヴぉーたーフォーる”」


 体を水で冷やし、また短く命を繋いだ。目を開けているのも辛い。目を閉じて、魔力感知に集中する。


 今までやってきた訓練が、僕の体を自然と動かしている。魔導兵の魔力の流れを感じれば、次に使う魔法がだいたいわかってきた。

 遠くにいたままでは不利⋯⋯どんどん魔法を放ってくるんだ。相手の魔力が尽きるのに期待なんて出来ない。


 そういえば、最初の魔導兵は武技スキルを使わなかった。これもそうとは限らないけど、接近戦に強くない? いや、ミスリルの体なら弱くはない筈だ。でも、時間を稼ぐなら接近戦しか無い!


 僕は⋯⋯まだ⋯⋯死にたくない。都合の良い助けなんか⋯⋯来ないんだから。


 貸してもらった剣を強く握る。それは赤く熱せられていて、手から皮膚を焦がす音がした。


「いぐ⋯⋯よ゛?」


 魔力操作で擬似身体強化を(ほどこ)した。溢れ出した力を操り、地面を蹴って全力で飛び出す。

 以前と全然スピードが違う⋯⋯上がったステータスにびっくりしたけど、初見で上手く操ることが出来た。きっと毎日体術を頑張っていたお陰かな。


 正面から魔導兵に斬り掛かる。剣で防御すると思ったら、軽く左へ避けられてしまった。


 また魔導兵のスピードが上がっている⋯⋯?


 僕の空振りした隙をつき、下段蹴りを放ってきた。体格差が大きいので、更にその下に潜り込んで避ける。


「はあ゛!」


 下段蹴りが頭上を通過する瞬間、敵の足を目隠しにして背後へ飛び込んだ。相手からは僕が消えたように見えただろう。そして背後から首元を狙って突いてみたんだけど、警戒されていたのか屈まれて躱された。


 やっぱりもう警戒されている。他に倒せる方法が無いっていうのに⋯⋯熱い⋯⋯体がもう限界だよ⋯⋯


「“う゛ぉーだーふぉーる゛”」


 何度目の水魔法だろうか。これでまだ少し大丈夫⋯⋯心配なのは残りの魔力量⋯⋯厳しいなぁ。


「ガガガ⋯⋯ギーガガ⋯⋯」


「??」


 その声は、黒い魔導兵の悲鳴のようなものに聞こえた。気の所為かもしれない。だけど⋯⋯


 ──ピキピキ⋯⋯


 明らかな異常だった。まさか僕と一緒に水を浴びたから? 金属疲労? まさか、魔法金属が金属疲労で割れたりするの?

 そんな事は無いでしょ。でも、魔導兵は沢山の魔物を組み合わせたキメラなんだよね。ならそれは純粋なミスリルじゃないってことだ。


 もう一度!


「“ぅぉーだーぶぉーる”」


 詠唱がギリギリだ。声を出すのが辛い⋯⋯でも一応発動してくれたようだ。

 魔導兵は大袈裟に水を回避する。すぐ蒸発してただの魔力に戻っちゃうのに、有り得ない対応だと思う。


 やっぱり魔法の水が苦手なんだ。これならいけるかもしれない⋯⋯


 ポーションを無限収納から取り出して飲み干すと、焼けた頬や肌が少し回復した。


「ガガガ“ウィンドプレス”」


 頭上から降ってきた風の塊を右へ避けて、魔導兵に真っ直ぐ突進する。


「はあ゛あ! “ウォーダーフォール”」


 体に剣を振り下ろすと、魔導兵は左へ回り込むように避けた。直ぐに僕は避けた先へ魔法を放つ。予想はしていたのかもしれないけど、避けきれず水が魔導兵の半身に降り注いだ。


 僕は魔力を過剰に使い、効果範囲を拡大して使ったんだ。さっきの規模を予想していたのなら、これを避ける事は難しいと思う。

 ターキと戦ってなかったら、僕も気が付かなかったかもしれない。魔法はイメージで形を変える。ありがとうターキ。


「ガガガ⋯⋯ギーガガ⋯⋯」


 魔導兵が叫んでいるようだ。やっぱり痛いのかな? 魔導兵も生きているんだね。

 今がチャンスだ。僕はもう一度同じ事をする。


「はあ!」


 再び正面から斬り掛かると、今度は魔導兵も僕の剣を受けざるを得ないようだ。水を浴びたせいで、左半身にヒビが入っていた。そうなるとスピードも出せないみたいで、避けることが出来なかったんだね。


「“ウ゛ェポンズナッチ”⋯⋯はあ!」


 魔導兵の構える剣を、剣技スキル“ウェポンスナッチ”が絡め取る。握力で奪われないように抵抗されたので、握る相手の剣の柄を蹴りあげた。

 魔導兵の手からすっぽ抜けた黒い剣を無視して、ヒビ割れた脚に剣を振り下ろす。


 ──ガシャンッ!!


 脚は剣による衝撃で半分が抉り取られた。強度が思ったより脆い? だって魔導兵は再生するんじゃ⋯⋯そうか⋯⋯


「水⋯⋯浴びだら⋯⋯再゛ぜい、じなぐなるの?」


 黒い魔導兵の脚はガラスのように脆くなっていた。僕の体が焼けるのと同じように、魔導兵の体も熱でダメージを受けていたんだね。


 でも今は再生しない。原因は不明だけど、脆くもなれば勝機はある。


 怒ったのか更に殺気が溢れ出した。とても怖い⋯⋯やるかやられるかなんだ。

 振り回された拳を避けて、少しだけ距離を置く。


「“ウォーダーフぉーる”!!」


 ──バシャン⋯⋯


「ガガガギ⋯⋯ググギギ」


 魔導兵は避けられない。感情があるのかわからない⋯⋯それなのに、僕にはとても悔しそうに見えたんだ。


 もしかしたら、倒された魔導兵のために仇討ちをしようとしたのかな? 僕の事が憎いの?


 ──ビキビキ──バツン!


 左足が完全に砕け、前のめりに倒れた。上半身を起こそうともがいているけど、どう見ても動けそうもない。


 なんだか哀れなものだね。勝手に作られて、何も出来ずに壊される。そんな運命嫌だったよね⋯⋯


 ごめんね。次は幸せになれるように祈っているよ。


「ギギ⋯⋯グガガ」


「“ばワーすラッシゅ”」


 魔導兵の首が飛んだ。最初に倒した魔導兵のより、ずっと脆くなっていた。首が無くなると、その体もボロボロと砕け始める。


「⋯⋯ギ⋯⋯ガギ⋯⋯」


「⋯⋯ごめん゛ね⋯⋯」



 何とも言えない気持ちになった⋯⋯心に余裕が出来てきた分、余計な事を考えてしまう。黒い魔導兵は力尽きた⋯⋯獄炎の壁が消え去って、青い空が顔を出す。壁の消えた外側には、広さ五メートルはある溶岩の輪がこの場所を囲んでいた。


 やった⋯⋯んだよね。


 冷たい風が吹き抜けていく。ただ呆然としてしまって、心の中が整理出来ない。


 収納から一本ポーションを取り出して、中身を少し口に含む。やっぱり美味しくないや。


「あ゛、い゛、う゛、げぇ、お゛」


 もう少し飲まなきゃいけないみたい。体も火傷だらけみたいだし⋯⋯


 ふらつく頭を支えながら、体の状態をチェックした。いつの間にか上半身の服が無くなっているし、全身は焼けて痛々しい。ズボンは丈が半分以下に、靴もボロボロ⋯⋯こんな姿を見られたら、ミト姉さんに怒られる。かも?


 服を新しく買っちゃえばいいかな。


「アーク! アークぅ!!」


 ベスちゃんの呼び声が聞こえてきた。遠くからキジャさん達がこちらに走ってくる? んー、おかしいと思ったら、遠くまで町が焼失しちゃってるみたい。見晴らしが良いと思ったんだ⋯⋯こんなに広範囲に町が無くなってるなんて、あの獄炎魔法は恐ろしいね。


 “プロミネンスウォール”。本来の使い方は防御魔法なんだろう。それで閉じ込められるなんてもう二度とごめんだよ。


 ベスちゃんの大きな声がとても懐かしく感じた。僕はちょっと立てそうもない。膝立ちのまま、体がピクリとも動かないんだ。

 さっき凄い力が流れてきたし、ステータス的には立てる筈なんだけど、気が抜けちゃったのかもしれない。


「アークぅ!!!」


 ベスちゃんがキジャさんを邪魔そうに殴り飛ばして走って来る。キジャさん大丈夫かな?

 マグマのサークルを飛び越えて、とうとうベスちゃんが目の前に到着した。


「あ、アーク⋯⋯」


「ベスち゛ゃん」


 ベスちゃんは飛び付きたいのかも。でも僕の火傷を見て遠慮しているようだ。


「ぼぐね、頑張っだんだよ?」


「アーク⋯⋯」


「あぎらめながったんだよ」


 なんだろう⋯⋯僕の目から涙が溢れ出した。辛かったんだよ⋯⋯あんなに辛い思いをしたのは初めてだった。でもベスちゃんの顔を見たら、やっと安心する事が出来たんだよ。


「どうさまや、かあ゛ざまみだいになりだくて、がんばっだ。がんばっだんだよ」


「そうか⋯⋯」


「もう゛だめだどおも⋯⋯ゲボ⋯⋯おも゛っだんだ。でも──」


「今はもういい。無理して喋るな」


 ベスちゃんは収納袋からブランケットを取り出すと、僕の体に巻いて抱き上げる。どんどん涙が出てきちゃって大変だった。


「もっと早く来れれば良かったな。遅くなってごめん」


「だいじょうぶ⋯⋯」


 これは、僕にとって初めての戦いだった。どうしようもない敵を前にして、本当に怖いと思ったんだ。だけど、僕は諦めたくなかった。生きたいと思っていた。父様と母様の言葉が、僕を支えてくれたんだ。


 この戦いはずっと覚えておくようにしよう。本当の恐怖を前に、途中からギブ達のことを忘れていた。

 一人でも逃げたくて仕方なかった。もっと強い心がないと駄目なんだね。


 もっと強い心があれば、護りたいと願う事が出来れば、最初から諦めること無く立ち向かえたと思うんだ。


「本当に無事で良かった⋯⋯」


 その後ベスちゃんに運ばれて、僕は教会で神聖魔法の治療を受けたんだ。僕の火傷を見た神父様が、辛そうに顔を歪めていたよ。


 ベスちゃんには前と似たような服を買って来てってお願いをする。買って来てくれた服を広げたんだけど、フリル付きのワンピースではなかったと思う⋯⋯おかしいな⋯⋯


 昼食までに帰れるのだろうか? 真の恐怖を乗り越えたはずなのに、ミト姉さんが怖くて仕方がない。






 一章の山場でした。この戦いを経験したアークは、子供ながらに色々な覚悟を受け入れていく事になります。

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